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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第五章 夏の宴

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夏の宴 3

 言えなかった私が偉そうに言うことでもないか、と、髪を掻き上げ、

長袖であるワイシャツの丈が短くなった。そこに現れた鉛筆の太さほどの傷跡。

どこからあるのかわからないけれど手首まで縦方向に伸びていた。

視線に気付いた平良さんは袖のボタンを外し捲る。


 傷は前腕から手首まで続いていた。


「これは名誉の負傷だよ。私の中で唯一、恥じのない誇りだ」

と、顔を綻ばせる。


 平良さんは決して悪い人ではない。

先を目指したが故に失っていくものがあったのだろう。

本心とは裏腹に。

その重荷は清原さんとミンミさんの脅迫によって引きずり下ろされた。

本当は対処できるが望んでいない。今の横顔がそれらを物語っている。


「一つ聞いてもいいですか?」


「なにかな?」


「先程の組織の話です」


 組織。多くの人が所属する。

これから社会の中で生きていくために聞いておきたいことがあった。

公園で女の子が外国人に襲われている時のことだ。

大学生風の男性が放った言葉が蘇る。


「前に……言われたことがあります。

『権力は腐敗する』と、教えられました」


「権力は腐敗する、か。それは英国の政治家、思想家の言葉で言い得て妙だ。

『権力は腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する』

核心であると同時に少し見方を変えるべきだ、と私は思う」


「見方ですか」


「そう、『権力は腐敗する』のではなく『権力は腐敗している』という見方もできる」


――権力は腐敗……している。


「綺麗な果物の中に腐った果物を入れる。だんだんと周りも腐る。

腐った果物の中に綺麗な果物を一つ入れると……すぐに腐る。

腐敗の速度が違うということだ」


「それは……多くの組織がそうだと思います。

特に国家権力を持つ組織は。どうすれば改善すると思いますか?」


「それは答えようがない……な。

きみが考えていることであれば、きみが見つけるべき難題だ。私には見つけられない」


「考えてはいるんですけど……」


「考えることは大事だ。

――茜音くんにも……よく言っていたんだ。

答えが見つからないことでも、自分でよく考えたほうがいい。

自身と向き合い、他人と関わり、様々なことを考えていきなさい」


 平良さんは青空を見上げ立ち上がる。


「悪いね。少し……話しすぎたな」


「いえ……」


「茜音くんのギター、大事にしてくれ。

私が認めたミュージシャン、素晴らしい音楽家のギターだからね」

と、背を向けた状態で話を続ける。


「茜音くんは私のことを恨んでいるだろうな。

私は……最後まで言えなかったよ。彼女の音楽は……。いや……なんでもない」


 僕に目を向けた彼は胸ポケットから透明のケースを取り出し一枚の名刺を向ける。


「スカーレットソウル 代表 平良隆一」


「困り事があったら連絡してきなさい。

できることは力になろう。これもなにかの縁だ」


 車に乗り込みウィンドウガラスから手が出ると、微かに茜音さんの楽曲が聴こえた。


 高級車は田舎町の国道から消えていく。


 夕焼けの宴に到着して店内へ入る。

前回と同様に清原さんはカウンターで俯きスマートフォンを操作していた。


「うおっ! おらあ……ビックリさせんなよ」


「すみません」


 いくらかの談笑をした後で、清原さんが所有するギターを渡され目の前で演奏した。


「お前……天才じゃん。この短期間で、そんなニュアンスつけられる奴いねーよ。

誰かに教わってんのか?」


「いえ……まあ……」


「独学か? 三箇月経たずにスラム奏法もやるとかすげえよ。

いいじゃねえか、若き才能。やっぱ若え奴らは吸収力がちげえな」


 茜音さんが聞けば師匠が優秀だから、と言うだろう。


 以前、問いかけたことを再度質問する。

その時は途中で平良さんが現れ最後まで聞けなかった。

茜音さんに別角度から聞いた時も冷やかされたから真相は知れていない。


「あの……どうしてギターを譲ってくれたんですか?」


「ああ……それはな、茜音に頼まれてたんだ。

自分のギターは一人で泣いているような奴に渡してくれってな。

そいつは、きっと人の痛みを知っているから、自分の想いを繋いでくれるってよ」


 出会った当初に言っていた。約束を守ってくれたんだ、とはそういうことか。


「そんな風に見えたんですか」


「ほとんど勘だ。音楽は直感が大事だからな」


「そう……ですか」


「なんとなくな。気を悪くすんなよ、変な意味で譲ったんじゃねえ」


「はい、わかっています」


「いつでも渡せるようにメンテナンスは欠かしてなかったからな。

あいつには感謝の一つも貰いたいくらいだ」


 以前、茜音さんが言っていた。

アコースティックギターはエレキギターと違い、

経年劣化によりトップ浮きなどの不具合が生じる、と。

アイロン、ネックリセット、補強材などを使用し、

リペアしたところで前とは状態が変わるらしい。

もっとも、そこまでの時は経てないけれど。


「もうすぐなんだよ……なあ」


 清原さんはカウンターに転がっていたギターのサドルをくるくると指先で回す。


「あいつのよ……命日がもうすぐなんだ」


 茜音さんの命日は死因を調べた時に把握している。


「あいつが今も生きてて……どこかで歌ってんじゃねえか、って。

そんな風に……考えることあんだよな。死ぬわけ……ねえってな。

どっかの国で歌って誰かを幸せにしてんじゃねえか、ってな」


 無骨な印象を受けるけれど繊細な人なのだろう。

サドルを弄る指先は隣に置いていた白いナットを掴む。


「ほんと……あんな奴そうそういねえよ。

てめえのことより人のこと。かっけえよ、あいつ。

ただな……最後の挨拶もしねえ……いつも無礼すぎんだよ」


 指で弾いて空中に飛んだ白い塊をキャッチしてから沈黙した。


 平良さん、清原さん、ミンミさん。


 茜音さんのことを想っていた。


 一つ……考える。


 どのような展開になるか、わからないけれど。


 静かな店内で清原さんに考えを告げ、彼は訝しんだが、頭を下げると深く聞かず、

「ああ、わかった」と、了承してくれた。


 店を後にする。

清原さんの寂しげな目を思い出し、自転車と共に歩く足を止め店舗の看板を改めて見た。


――そういうこと……か。


 名称の意味合いを考えることは少なくない。

最初に訪れた時も一考したが答えは見つからなかった。

ここに来る道中で受け取った平良さんの名刺を取り出す。


「夕焼けの宴」


「スカーレットソウル」



             *



『それで二人に会ったの?』


 帰宅を悟られないように音を立てず自室へと逃げ込んだ。

今日は父も家にいて急にリビングから出てくるのでは、と玄関で焦りがあった。


 茜音さんには平良さんと清原さんの話をしている。

黙っていることは不義理になると感じたからだ。


「後悔……しているんだと思います、平良さん。

茜音さんに言いたいことがあったけど言えなかったようです。

自分のこと恨んでいるだろうな、って」


『そっか……。うん。教えてくれて、ありがと』


 タブレット端末を太腿の上に置き画面には猫と飼い主が戯れている。


『わかってたけどね。平良さんが私のためにしてくれているって。

わかって……たんだよ』


 画面の中で飛び跳ねる猫を指先で撫でた。


『私の音楽を最初に聴いてくれて……褒めてくれた人だもん。

恨みなんか一つもないよ。いつも色々なことを教えてくれたし。

感謝してることしかないよ』


 椅子に座り教科書をパラパラ捲ると、彼女は無音に近い室内へ声を置いていく。


『あのね、私のせいで……平良さんは傷ついたことがあるの』


 どういうことか、と問いかけると視線を落としタブレットの画面を黒くした。


『おじいちゃんとおばあちゃん……私を育ててくれたって話したでしょ?』


「はい」


『二人はさ……殺されたの』


 彼女の発言は予想できていなかった。こちらに目を向けず瞼を落とし話を続ける。


『平良さんに会ってから打ち合わせとかで東京に行くことが多かったの。

帰りは平良さんが家まで送ってくれてね』


 タブレットに触れる指先は僅かに揺れていた。


『家に帰ったら……二人が血だらけで倒れてて……』


 喉から捻り出す言葉は悲痛だ。


『犯人が……まだ、家の中にいて……私は外に逃げて……』


 犯人は不法滞在者である外国人の三人組。強盗目的で侵入し祖父母を殺害したそうだ。


「大丈夫だったんですか?」


『平良さんが家の前に……まだいてね……助けてくれた』


「そう……だったんですか」


『うん。でも……相手は三人組で刃物とか鉄パイプ持っていて。

平良さん……私を守るために……左腕を深く切られたの』


 ワイシャツから覗いていた腕の傷を思い出す。


『私のせい……ケガしたせいで……左手がうまく動かないの。

日常生活には問題ないんだけど……平良さん……ベーシストだったから』


 彼女の中に深い痛みとして刻まれているのは表情と声の質でわかる。


『おばあちゃんとおじいちゃんが死んじゃって、なにも考えられないし……。

どうしたらいいか……わからなくて。

平良さんケガしてるのに、葬儀の段取りや色々なこと……手配してくれたの。

――私は……平良さんから演奏者としての腕を奪った』


「茜音さんのせいではないですよ。悪いのは、すべて犯罪者でしょう」


『でも……私を助けたせいで……』


 近年でも外国人による窃盗、強盗、強盗殺人は耳にすることが多い。


 移民、移民と声高らかにする政府は日本人の安全など知ったことではないのだろうか。

移民政策の大義として日本国のため、としている。

少子化、それに伴う人材不足の補充。本懐は別のところにあると思う。


 政府役人の利益を貪る醜悪な笑みは、国民の悲嘆な痛みに他ならない。

日本人が痛むだけの政策は国としての形を崩壊させていくだろう。

国民の中には諦めている者もいるし、自分には関係ないと思っている者もいた。

自身の利益のみを優先する政治家は悪、というだけでなく我関せずという国民も同様だ。



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