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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第四章 告白の夏

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告白の夏 18

 灰色から黒へ部分的に変わった空を見上げる。


「雨……降りそうだね」


「おうちに帰ってカサ持ってくる! おねえちゃんのぶんも持ってくるね!」


 私が制止する前に土手を駆け上がり背中が小さくなる。

帰宅すれば自身は雨に脅かされることもないのに。

相手を気遣う心を結衣ちゃんは持っている。


――優しい子……だな。


 世の中は優しい人が一方的に傷つけられる現実があった。

平穏に過ごしている人が様々な悪意によって心を壊され殺される。

人の痛みを理解できない者もいるし、人の痛みを自身の愉悦にする者もいる。

傷つけられた人をさらに傷つける者もいた。


 傷つけられた人の心は二度と戻ることがない。

深い痛みを知らない人は、時が過ぎれば治ると思っているけど、そんなことは決してない。


 深い傷は……ずっと残る。


 様々な痛みを持つ人と触れ合う中で私は決めた。

その人たちにとって癒やしの数分になるような音楽を作りたい。

傷は治らなくても流れている涙が緩やかになることがある。

涙が止まらなくても……少しでも変わることを願って。


 遠くの空で爆弾のような雷鳴が響いた。


 濃い色に変わった波は何かを引き込むように口を開けている。

風は髪をバサバサと後方へ飛ばし、気温が下がる海辺は少し肌寒いくらいだった。


 手首に付けていたヘアゴムで髪を纏めギターへ視線を戻す。

溢れてくるメロディを伴奏の上に並べていく。

試行錯誤しながら何度も何度も繰り返す。抱きしめては離れて、離れては抱きしめる。


 音が鳴っているのに無音のような感覚。

自分の音しか聞こえない。一種の快楽に身を委ね音符は次々と頭の中で描かれていく。


 弦を押さえる指先にボタボタっと大きい雨粒が弾けた。

頭上を見上げると無数の水滴が次々と落下してくる。

急いでギターをケースに入れ近くの海岸林に避難しようと立ち上がった。


 その瞬間……未だ鳴り止んでいなかった頭の中の音は急に途絶える。


 聞こえなくなった。


 大切な旋律は鋭い日本刀に斬られたように崩れ落ちていく。

砂浜へ落ちていく音符は粉々に砕けた。


 聞こえるのは叫び声を上げる強い風と襲い来る波の音だけだ。


 消えていく。音が……消えていく。


 もう離したくない。


 私は……奪われたくない。


 真っ黒な空、喪失の恐れ。


 掴んでも指の隙間から逃げだしていく。


 それが……一番怖い。


 黒く染まりゆく海へ駆け出す。


 すでに湿った砂浜は足取りを重くする。


 止まるわけがない。


 心だけは絶えず前方へ向かう。


 怖く……ない。


 怖くない……自分に言い聞かせた。


 消えないでほしかった。


 だから、すべてを飲み込む海を追いかけた。


 追いかけて、追いかけて。


 いつだって失うことのほうが怖い。


 怖くない。大丈夫。怖くないから。


――大丈夫だよ。



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