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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第四章 告白の夏

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告白の夏 17

「私にとって音楽は……いつも隣にいてくれるものだったんだけど。

今は……隣にいてくれなくなっちゃったのかな」


「おねえちゃん、さびしいの?」


「うん。寂しい……のかな。

どうしたらいいのか、自分でもわからなくなっちゃったんだよね」


「おねえちゃん、痛いの? なみだ……でてる」


 気付かぬ内に双眸からポロポロと涙が流れていた。


「あ……ごめん、ごめんね」


 指先で払っても溢れてくる。


 人が生む本当の優しさは……いつでも温かい。


「おねえちゃん、泣かないで。おねえちゃんの歌好きだよ。

これからも、もっと聴きたい。泣かないで」


 小さな手が私の右手を握る。


 温かい。人の温もりだ。


 涙が止まらない。


 私の音楽を好きでいてくれる。


 しばらくそうしていると、結衣ちゃんはパッと立ち上がり、

「おねえちゃんが元気になるように、もっと探してくるね!」と、駆け出した。


――結衣ちゃんも……つらいはずなのに。


――あー、情けないな、私。


 先程貰った淡い水色のシーグラスで弦を撫でる。

独特な音色だ。深みのある音。豊かな倍音が風に乗って消えていく。


 余韻を感じていると再びスマートフォンへ着信があった。

画面には平良さんの名前が表示されている。

恐る恐る指を滑らし、少し待ってから端末を耳に当てた。


――平良だ。今、どこにいるんだ?


 微かに冷たさのある彼の声は不安を駆り立てた。


「あ、えっと……」


――隠さなくていい。スタジオにいないことはわかっている。

彼は昔から嘘が下手だ。真っ向勝負しかできない男だからね。


「あの……海に来てて」


――プリプロを投げ出して海……か。


「ごめん……なさい」


 電話越しの言葉は続かない。

鼻腔から酸素を吸い上げ吐き出す音が微かに聞こえた。


――音楽は……いいのか? 夢は……きみの夢は、もう満足したのか?


「して……いません」


――そう……か。


「あ、あの……必ず……」


――なにかな?


「必ず……最高の一曲を持って帰ります」


――最高の一曲……か。


 機器で繋がる二人の間に沈黙が流れた。


――今までの中で……最高傑作にすると言い切れるのかな?


 心臓がドンと鳴る。同時に感情が喉元から迫り上がった。


「はい。必ず……最高傑作にしてみせます」


――そうか……それでこそ和泉茜音だ。


「え……」


――どこの海だ? きみの地元近くの海か?


 私が言い淀むと彼は鼻で笑う。


――連れ戻そうとは思っていない。

そこの地域であれば、雨の予報が出ているから降り出す前に片付けをしなさい。


 いつもより優しい声だ。昔は今のような言葉をくれることが多かった。


――車で行ったのか?


「あ……はい」


――大雨になるようだから帰りの運転は気を付けなさい。

それと……雨に打たれ風邪をひいて声が出ません、これはプロ失格だ。


 世の中の色々なことを彼は教えてくれた。私の問いかけには、すべて答えてくれる。

疑問に思うこと、納得いかないこと。

同時に人の話を盲信し鵜呑みにするな、と、教えてくれた。


 自身で考えること。


 それが生きていく上で大事だと言われた。


 いつからか聞けなくなっていた。

世の中の不条理なこと。それに纏わる様々な話。

彼の意見を聞きたかったけど、お互いの忙しさや関係性に壁が生まれ話せなくなった。


 そして……私の胸の中には、ずっとグルグルと黒い靄がある。


 今なら言える気がした。


「あの……平良さん」


――なにかな?


「ごめんなさい……私の……せいで、平良さんの――」


――また、その話か。


「だって……」


――きみのせいではない。何度言ったらわかるんだ。


 自身の身勝手な贖罪にすぎないのかもしれない。


――きみは悔いているようだが、私にとって、あれは――すまない、来客だ。


 微かにノックのような音が聞こえた。


――新曲、楽しみにしているよ。


「はい……帰ったら持っていきます」


――帰りは安全運転、気を付けて帰ってきなさい。


「はい、さようなら。失礼します」


 電話を切ると湿った風が髪を反らせ暗くなった画面はすぐに光る。


 今日は親しい人からの着信が続く。


「はーい。どうしたの?」


――ハロー、あかちん。


「うん。今どの辺りなの?」


――もう少しかかるかなあー。バスが少ないんだよお。


 田舎町は都会と比べてバスの本数が少ない。

悲嘆な声を出す彼女を激励しつつ、先の話と今の状況を語ることにした。


「ねえ、ミーちゃん。清原さんのギター盗んだの?」


――うん! 盗んだよお!


 一切の躊躇なく答える彼女に口角が上がってしまう。


「私のために……?」


――うん! あかちんのこと泣かす人はミンミがやっつけるからねえ!


「気持ちは嬉しいんだけど。清原さん……あのアルバムに関与してないよ」


――ええーー!? そうなのお!? あ、でもお、別にいいやあ。

キヨスケはミンミのことバカにしてくるからあ、それの仕返しってことでえ。


 ミーちゃんは独自の呼び方をする。

清原さんのことをキヨスケと呼び、平良さんのことをマッタイラーと呼ぶ。


「ギター、高い物だったんだって」


――うん! 知ってるよお! 闇で捌いたら、すごい金額になったからねえ!


 やはり売ってしまったようだ。


「返してあげられないかな?」


――ええー、無理だよお。足がつかないように闇で売ったからあ。


「闇……って。そのお金はどうしたの? せめて、そのお金は渡したほうがいいよ」


――それも無理だよお。


「どうして?」


――あかちんを傷つけたこと、ミンミをバカにすることの痛みを教えてやらないとお。


「お金は渡してあげてよ」


――検討します。


「なんで、急に真面目なの。初めて聞いたよ」


――検討します。努力します。尽力します。


「もうふざけないでよー」


――弊社に持ち帰り検討します。ご了承ください。


 壊れたロボットのように繰り返すミーちゃんに別の話題を与える。


「ね、ミーちゃん。新しい友達ができたよ」


――ともだちー?


「そ、友達。小さい女の子。小学校低学年かな。

ミーちゃんも仲良くなれると思うよ」


――ワラベ……かあ。


「ワラベ……なんで昔の言い方なの?」


――仲良くできるかなあ……。


 外国にいた時は誰とでも仲良くしていたそうだが、

帰国した際の学生時代の経験で、人との関わりを躊躇してしまうことがある。


――あっ、女の子ならワラベじゃないねえ! メラワだよお!


「メ、ラワ? やめてよー、なんか嫌だよ、その言い方!」


 日本に来てから熱心に勉強していて、彼女は私よりも色々なことに詳しい。


――あかちん、なんか声が嬉しそうだねえ!


「え、そう……かな」


――うん! いつもより嬉しそうだよお! ミンミにはわかるよお……!


 砂浜で屈む結衣ちゃんを見つめた。


「ねえ、ミーちゃん」


――なにい?


「人との出会いって素敵だよ。たくさんのものをくれる」


――どしたの、あかちん。だいじょーぶ?


 私の言葉ではなく鼻を啜る音に対して言っている。


「うん、大丈夫。良い曲が書けそうな気がする」


――良い……曲。ああー! そのメラワのおかげって言いたいのお!?


「うん」


――ええー! ミンミの力は及ばないのにい!

メラワがきっかけをくれたのお!?


「そのメラワ……ってやめてよ。なんか言葉の響きが怖いよ」


――ええー、じゃあワッパ!


「それは男の子。こっちに来たら話してあげて。結衣ちゃん、っていう名前なの」


――ミンミ、ワッパと……うまく話せるかなあ……。


「大丈夫だよ、ミーちゃんなら。結衣ちゃんも優しい子だから」


 結衣ちゃんは立ち上がり、こちらを見て大きく手を振ってきた。

その動作を真似た後でミーちゃんへ今の想いを語る。


「ねえ、子どもたちって……本当に真っ直ぐだよね」


――真っ直ぐう?


「子どもたちってさ、すごく真っ直ぐで綺麗な瞳をしている。

多くの人がいつか失ってしまう子どもの頃の感性。

忙しない社会の中で気付いたら無くなっちゃうんだろうね。

でもさ……子どもと大人の良いところを持っているって素敵だと思う。

今ある感性を忘れないで大切にしてほしい、って思う」


――ミンミは今も持ってるけどねえ! 音楽の初期衝動は変わらないからあ!


「それはそうだね。

子どもたちってさ……心が白いから人や環境に強く影響を受けやすい。

だから……守ってあげたい。

多少の痛みは必要だけど、酷く傷つけられないでほしい。

――次の子たちの未来を守っていきたい。子どもたちが一番大切なんだよ」


――あかちん、よく言ってるもんねえ。


「うん」


――じゃあ、ミンミはワッパのためにお菓子買っていくよお!


「わっ、ありがとー。助かるよー!

飲み物はあるんだけど食べ物は持ってきてなかったんだよね」


――いいよお。ワッパが、あかちんの友達ならミンミの友達でもあるからねえ。


「ワッパ呼び、やめて。女の子だから」


――ええー、もう定着したから、こう呼ぶしかないよお。


「ふふ、やめて。怖がらせちゃうでしょ。

――ね、ミーちゃん。いつもありがと」


――え、どしたの?


「こうやって私のこと気にして来てくれる。嬉しいよ」


――当たり前だよお! だって、あかちんとミンミはしんゆーだもんねえ!


「うん。親友だね」


――あっ! バス来ないけどタクシー来たよお!

じゃ、お菓子買ってから行くねえ! キヨスケのお金だけどお!


「うん。ありがと。じゃあね、バイバイ」


――バーイ、したっけー!


 スマートフォンを白いカーディガンのポケットに入れギターの音を大地に落とす。


 結衣ちゃんの姿を見ながらポロポロと弾いていると脳内に音が溢れた。

イントロのフレーズが明確な形になり綺麗な音であると自画自賛した。


 鼻歌とギター。歌詞を含め作っていく。


「おねえちゃーん! さっきよりきれいなの見つからないよー」


「あー、残念。もう少し探してみたらいいのがあるかも」


 近くに寄ってきた彼女に微笑む。


「結衣ちゃん。今できたフレーズ聴いてほしいの。

イントロとAメロの断片しかないんだけど」


「――――――――」


「わー、すっごくいい!」


「うん、ありがと」


「おねえちゃん、すごーい!」


 やはり喜んでもらえると私の音楽は必要とされていると感じる。


 私は彼女の綺麗な黒髪を撫でた。


「ね、結衣ちゃん。学校が嫌だって、さっき言ってたよね?」


 小さく頷く彼女は雰囲気を変えた。


「この曲が完成したら結衣ちゃんに贈るよ」


「わたし……に?」


「うん。これから歩んでいく道が素晴らしくなるように。

楽しい時はもっと楽しくなるように、つらい時には抱きしめてくれる。

そういう曲を作るからね」


「うん……!」


「みんなにも聴いてもらいたいから、がんばるね」


「うん! 楽しみ!」



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