告白の夏 16
――認めてねえよ、あんな……守銭奴。
口調は強いけど心は温かい人だ。
以前、私のせいで平良さんが傷付いた時もそうだった。
私が落ち込んでいると、
「同情や謝罪は人を惨めにさせることがあんだよ。お前は気にせず歌ってりゃいいんだ」
と、背中を押してくれた。
「清原さん……鬱憤が溜まってるんですね。
海に来ますか? ミーちゃんも来るみたいです」
――行かねえ。海には近付きたくねえ。ギターのパーツは錆びるし車も傷む。
電車は乗りたくねえし……な。それにミンミが来るなら、なおさら行けねえ。
「え、どうしてですか?」
――あの野郎、三枚目のアルバムのことで俺に報復しようとしてる。
「そ、そうなんですか? ミーちゃん一言も言ってなかったのに」
――だから、家にはほとんど帰ってねえ。アルバムが出た日の夜中に襲われたんだよ。
「え……襲われたって、それも知らなかったです」
――俺がデリ呼んだ時、デリ嬢と一緒にマンションへ入ってきやがった。
言葉巧みに女を騙して部屋までな。なんで俺がデリを呼んだってわかんだよ。
どんな察知能力してんだ、あいつ。イカれてる。
「ミーちゃん、そういうところ……人に対する勘と嗅覚が優れているから。
それで大丈夫だったんですか?」
――これ、冗談じゃねえぞ。あの野郎……チャカ持っていやがった。
「チャカって?」
――拳銃のことだ。
「え、ええ……!? 大丈夫だったんですか?」
――大丈夫じゃねえよ。サイレンサー付きで部屋の中で撃ちやがった。
ここは日本だ。銃社会の外国と一緒にすんなよな。
逃げたけどよ……次の日、家に帰ったら部屋の中がメチャクチャに荒らされてた。
しかも……ヴィンテージギターの数本が盗まれた。
英語で書かれた置き手紙があってよ、なぜか和訳してあったな。
清原さんがアルバムに関与していないとはいえ私のために……怒ってくれたんだ。
「なんて書いてあったんですか?」
――親友を泣かせる人は許さない。私に切り刻まれないよう夜道には気を付けろ。
イチモツを二度と使えなくさせてやる。ミンミ・ザ・リッパー。
「…………。ふふっ……、ご、ごめんなさい。ミーちゃんのこと……許してあげ――」
――許すもなにもねえよ。義理を欠いたのは俺らの方だ。
まあ、若い頃だったら全勢力で迎え討っていたけどな。
以前、清原さんや平良さんに聞いたことがある。
彼らの時代、インディーズシーンは音楽に暴力が付随していたのだ、と。
ライブで客と喧嘩、対バン同士で喧嘩、打ち上げでも喧嘩。
敵対するバンドのメンバーを攫うこともあったらしい。
今の姿からは想像できないけど平良さんも血気盛んだったようだ。
「多分ですけど……盗まれたギターは、もう売り払われていると思います」
――あの……野郎、クソガキが。
あの中の一本はイギリスの名工が作ったギターで、一千万以上出して買ったんだぞ?
ありえねえぞ、そこは許してねえからな。
彼の話によれば完全ハンドメイドで英国の職人が作った品のようだ。
私はミーちゃんの活発な行動に笑みをこぼし清原さんへ伝えた。
「警察には言わないでください。ギターのことはミーちゃんに聞いてみますから」
――ちっ、なんとなく後ろめたいから警察に言えてねえんだ。
なあ、マジで売られてたら……どうしよ。それは……ありえないよ……な。
やだな……そうなったら……。
急に声のトーンが落ちる。
彼は落ち込むと乙女になる瞬間があって笑ってしまう。
「そうなったら巡り合わせ、ですよ。
どこかで……そのギターを使って次の人が良い音を鳴らしてくれますよ」
――ふざけんな。俺は違うからな。
お前がこの前言ってたみたいに、次の奴へギターを託そうとは思ってねえよ。
「素敵じゃないですか」
――ああ?
「自分が死んでも、次の人、次の人、次の人、って繋がれていく。
素敵なこと……ですよ、それは。
人の想いも同じです。繋げていくことができるんですよ」
――お前は、な。俺ん時は棺の中にギター入れて一緒に焼いてくれよ。
死んでからも弾くために、な。
「ふふ。多分ですけど……弾けないですよ」
――あ? どういうことだよ。
「火葬する時、一緒に入れるのがエレキなら各金属パーツは外されそう。
ペグ、ブリッジ、弦も。フレットは外すのが面倒で、そのままにされそうですけど。
これじゃ弾けないですよ」
――お前な……現実的すぎんだよ。ロマンが足りねえ。
「女の子はいつでも現実主義なんですよ、これは覚えましょう」
――上から目線で言うな、ガキが。
「うるさい、性欲の塊。いつもエッチなことばっかり考えて」
――お前には色気が足りねえんだよ、バカが。
勘違いしてんな、お前は、まだガキなんだよ。
一人でクヨクヨして泣いてんなカス。
強い言葉は温かい。
――まあ……あれだ、お前は楽しん……いや、曲を持って帰ってこいよ。
「ふふ、わかっています。ありがと、清原さん」
――おう。じゃあ、まあ、ゆっくりしてこいな。
「はい、バイバイ」
電話を切り集中力を戻そうとすると女の子……結衣ちゃんが駆け寄ってきた。
「おねえちゃん……! きれいなの見つけたよ!」
手のひらには淡い夏のような水色の石と初恋のような薄桃色の石が乗せられている。
「これはシーグラスだね」
「シー、グラス?」
「そ、シーグラス。
ガラスが海で長い時間をかけて波に削られると角が取れて丸くなるの」
「へー、そうなんだー」
手のひらに乗せる水色の一枚を摘み私に向けた。
「おねえちゃんに一枚あげる!」
「え、いいの!? ありがとー」
「うん……!」
「大事にするね」
「わたしも大事にする! おそろいだね!」
「うん、お揃いだねー」
私たちは二枚のシーグラスを青さが隠れてしまった灰色の空へ向ける。
二人で顔を見合わせると、なにが面白いのか、声を上げ笑い合う。
傍らに置いたクーラーボックスから飲み物を取り出す。
ラベルを剥がして上部にあるプラスチックを使い、飲み口を止めているガラス玉を落とす。
「結衣ちゃん、はい、どうぞ」
この地域の名産品である薄桃色の炭酸飲料を渡した。
「わあ! モモダー! おねえちゃん、ありがとー!」
「どういたしまして。モモダーおいしいよね。
ね、結衣ちゃん、乾杯しようよ」
「うん!」
「じゃあ、二人の出会いにかんぱーい!」
「かんぱーい!」
ぶつかり合う瓶の雫が砂浜へ垂れる。
青空は隠れてしまったけど爽やかな味は夏を感じさせてくれた。
結衣ちゃんは隣でさらさらとした砂を片手で掬う。
「――おねえちゃんは……お仕事しているから、学校には行かないの?」
「うん。卒業したから行ってないよ」
「わたしは……明日から学校が始まる……の」
夏休みの終わり。今日は八月の終わりだ。
太陽のように輝いていた彼女の笑顔は、目の前の空模様と同様になる。
「なにか学校で悩み……つらいことがあるの?」
俯きモモダーを握りしめる彼女に問いかけた。
「うん……友達いない……から、学校行きたくない」
「そっか……友達か。寂しい、よね。学校は嫌いになっちゃったの?」
「うん……楽しく……ない」
「学校のことは簡単に言えない……けど。
私は結衣ちゃんを友達だと思ってるんだけど……私だけかな?」
「え……おねえちゃん……友達になってくれるの?」
「もちろん。もう友達でしょ?」
「うん……!」
と、微笑んでくれた。
微笑んでくれた……けど。
唇を口内に隠す結衣ちゃんの横顔は寂しい。
それはそうだ。同年代、同級生の友達が欲しいはずだ。
「私の親友のミーちゃんも紹介するね。今ね、こっちに向かっているみたいだから」
「ミーちゃん?」
「うん。きっと結衣ちゃんも仲良くなれるよ。明るくて楽しくて、優しい子だから」
「そうなんだ……ミーちゃん……」
彼女を助ける言葉は見つからない。
日々、想う。
どれだけ大いなることを考えたところで、絵に描いた餅になることがほとんどだ。
どれほど願っても救えないことがある。
音楽を始めてから一つの想いがある。
そこに生まれた成すべきこと。
人を助けたい、と。
音楽でもそれ以外でも。
心を痛めた人の助けになりたい。
「ね、結衣ちゃん、聴いてほしい曲があるの」
「え、なーに?」
「結衣ちゃんが少しだけ……少しだけ元気になれる曲を歌うから。
私が最初に作った曲だよ」
自身のファーストシングルだ。平良さんが最初に褒めてくれた曲でもある。
元々は自身を鼓舞するために書いた曲だけど、今は多くの人の背中を押してくれる。
「――――――」
白波の音とギターの音色、私の声が重なっていく。
「――――――」
ギターのサウンドホールから最後の一音が溢れていった。
「すごーい! きれい! おねえちゃん、すごい!」
小さな手が生み出す大きな拍手。
何事にも代えられないものだ。
名誉、お金、地位、権力。すべて些事だ。
人が贈ってくれる本当の気持ちに勝るものはない。
「おねえちゃんが作ったの?」
「そうだよ、自分で作ったの。『和泉茜音』って調べたら出てくるよ。
今度、CDをプレゼントするね」
「うん!」
かわいい笑顔だ。
私の音楽は私である必要性があった。
よかった。と、思うと同時に憂いと安堵が混ざる表情を純粋な瞳に見透かされてしまう。
「おねえちゃんも……悲しいことあるの?」
「え?」
「悲しそう……だいじょうぶ?」
この子は痛みを知っているから本心で私に気遣う言葉をくれる。
まだ幼い……そんなことは関係がない。
痛みを知っている人は大きく二つに分かれる。
自身が苦しんだから、その痛みを他人にも強制させようとする者。
自身が苦しんだから、その痛みは他人を労る糧に使う者。
隣の女の子は心優しく他人を労る気持ちを持っている。
とても……とても大切なことだ。




