告白の夏 14
「なんなんですか? その骨は」
「この地で苦しんだ人の骨だ……!」と、骨を強く握った。
「どう見ても人骨じゃなくて……鶏の手羽元に見えるのですが。それに他の骨も」
「あっ……確かに。あれ――」
葉月は地面にある骨を見て、某有名チェーン店の骨に似ていると被せてきた。
その店が取り扱う部位に手羽元は無いから別で購入したのだろう。
「それに掘り返す前の土の色。他の所より色が濃かったですよ。
湿った土が上にきている証拠、詰めが甘いんです。埋まっているところも浅すぎる」
「なにい……」
黄ばんだ歯は左右にギリギリと動いている。
「事前に人の家へ忍び込み埋める。不法侵入は犯罪ですよ」
「私が埋めたと言うのか……! この無礼者が……!」
「そう考えることが妥当だと思います。
それに……その因習があるとしたら、おそらく戦前、昭和初期以前ですよね?」
「それがどうした……!」
「少なくとも百年は前ということになります」
「そ、それがなんだ……!」
「百年以上前の骨に肉が付いているのは、どう考えてもおかしいでしょう」
ぱっと目を開き僅かな肉片が付いた骨を見つめるホンリュウ。
僕と手羽元を交互に見る。
――いや、気付けよ。
「地中にあれば微生物が分解します。
小学生でも知っていることです。ご存知ありませんか?」
「き、きさま……! きさまあ……!」
「自称霊能者の中には、不安な相談者のカウンセリングという側面もあるでしょう。
そこに救いを求める人もいるので否定はしません。
ですが……藁にもすがる思いで来た人を騙す。
人の弱みにつけ込み、金を騙し取る、性的なことをする、自身の信者にして利用する。
あなたたち、自称霊能者のしていることは……人として最低です」
「黙れ……! クソガキが……! 消すぞ!?
今に消してやる……! お前のことなんて滅するぞ!」
『わっ! 朝陽くん、消されちゃうよ! 逃げて!』
と、茜音さんが目の前に来て両の手を胸に当てる。
「このクソガキが! 人の粗探しをするなぞ、言語道断! 浅ましいにもほどがある!
お前は必ず地獄へ落ちる! 不信者が……! クソガキが!」
「地獄……ですか。
餓鬼道、畜生道、阿修羅道、地獄道へ行くのは、あなただと思いますけど」
「黙れ! 黙れ、クソガキが……!」
口元には泡立つ白い唾液。激怒している姿は滑稽で哀れだった。
「おい……ホンリュウさん」
静観していた父が口を開く。
「俺の息子のことをクソガキと言っていますが、それ以上言うなら相手になります」
「なにい……親が親なら子も子か! このクズどもが……!」
「俺のことを悪く言うのは笑えますが、家族のことを悪く言わんでください」
「黙れ! お前らのこと消してやるぞ……!」
「よく当たる……霊能者、という人たちがいます。
今の世の中、情報の収集は容易です。
一つ調べれば、芋づる式で様々なことを知ることができます。
それに……本人しか知らぬことを当てる、これも簡単です」
「なんだと……!」
「――普通に考えればわかります。
霊的な相談の中には現象に付随し自身の内側に秘めたもの、感情によるものも多い。
感情は大きく分けて正と負。
これに当てはまらない人はいない。限定的に言えば落ち込んでいる人が対象です。
平時に自称霊能者のところへは行かないんですから」
「あ、確かに」
と、ホンリュウより先に葉月が合いの手を入れる。
「百人に同じことを言ったとしても十人くらいには当たります。要は確率の話なんです。
人の歩みは違ったとしても大枠の苦悩は同じですから。
最初は信じ込ませるために普遍的なことを聞けばいいんです」
「え、お兄ちゃん、どういうこと?」
「例えば『最近、悩み事がありますね?』これを質問すれば八割から九割は該当する。
悩みの無い人のほうが少ないから。
悩みの原因を聞き出して、それの元凶は悪霊、生霊の仕業と言えばいい」
「あー、確かに……」
「他にも若い人であれば『恋人がいますね?』
年配の人であれば『あなたの大切な人が亡くなりましたね?』
社会人に『今はつらいですね?』『一人で泣いていますね?』『仕事がつらいですね?』
多くの人が該当することを広げていく。そうすれば簡単に騙される人がいる。
当たっている、と錯覚してしまう。誰にでも起こりうることを聞いているだけなのに。
生きづらいのは霊のせい。人生が行き詰まる、好転しないのは霊のせい。
そうやって捲し立ててれば納得してしまう人もいる」
「どうして?」
「不安になったところを攻められているから。
自分以外の目に見えない力によって人生が阻害されている、と考えてしまう人がいる。
人は良い情報よりも悪い情報を信じやすいしね」
「そっか……」
葉月の声とは対照的にホンリュウを声を荒げる。
「お前……ナメるなよ……? 私をナメるな……!
私は力を持つ者だ! ホンリュウだ!
消すぞ……! 滅してやる!」
「やれるなら、どうぞ。
あなたたち自称霊能者は、人の痛みを利用して、自らの欲望を満たそうとする。
人として最低な……卑怯者です」
「黙れ、クソガキが……!」
「おい、ホンリュウさん。仏の顔も三度まで。
それ以上、俺の息子を罵らないでください」
「黙れ……! 無礼ではないか! せっかく来てやったのに、この仕打ちとは!」
――ああ、イライラする。
「もし……葉月と母に、酷いことをするなら――」
――ああ、止まらない。
「あなたを……殺します。世の中に絶対はありませんが必ず殺します」
辺りは静寂が包む。虫の鳴き声だけは今も健在だ。
「こ、殺す、だと……!?」
脂汗を流した彼は唾液を飛ばし醜く叫ぶ。
「法治国家であっても、従わないことが自身にとって最善であることもあります。
殺したくないので、お引取りください」
『そう! 変態坊主! 二度とうちの敷居を跨がないで!』
と、茜音さんは華奢な身体で恰幅の良いホンリュウを押しやろうとする。
「ふ、不愉快だ……! お前らは全員、地獄に落ちる! 地獄に落としてやる……!」
「――先に言っておきます。
信者、協力者の力を使って報復するなら、こちらも最大級の反撃をします」
もちろん虚言だ。とりあえずは威嚇しておくことが賢明と考える。
視線はホンリュウから離さず淡々と言葉を並べた。
「なにかするなら一生の痛みを与えます。逃げても地の果てまで追いかけます。
それは僕ではないかもしれません。
世の中には一般人の考えの及ばない人間がいることをお忘れなく」
凪咲の顔が浮かぶ。
彼女であれば報復される前に攻撃を仕掛けるだろう。
ホンリュウが何かをしてくるのであれば、彼女は手助けしてくれるだろうか。
彼女の今の状態を考えれば援護は頼めないけれど、
葉月のためであれば間違いなく動くはずだ。
「なんなんだ!? ふ、不愉快だ……! わ、私は帰る! このクソどもが!」
踵を返したホンリュウは門扉へ向かい、背後を追いかける父。
その後ろ姿は謝罪しているようにも見えた。
ポケットから取り出した財布を開き数枚の札を渡している。
ホンリュウは闇夜で僅かに光る頭皮をぺしりと叩き門扉を丁寧に閉めていった。
全員でリビングへ戻ると父は手を叩き大笑いを始める。
「お、おい……朝陽! 失礼だぞ! ほ、仏に仕える人に……対して!」
先程までの神妙な面持ちは三人から消えていた。
「ごめんねー、最初から信じてなかったんだけど。
友達に幽霊の話をしたら、その人の知人経由で来るって話になったの」
母は笑いながらも謝罪を繰り返している。
「やめてよー! 最初は信じてたのにっ!
途中から変だと思って笑うの我慢してたんだから!」
「ごめん、ごめん。
私も我慢してたんだけど、骨が出てきたところで実は笑っちゃったの。
え、手羽元!?って。軟骨らしきものもあったし、ドラム部分の骨もあったよね」
「俺はおもしろそうだから黙ってたのに、朝陽が喧嘩売りにいくからなー」
自称霊能者に騙される、どうやら杞憂だったようだ。
「視てもらうだけなら、そこまで高くないしな。
夏の一種の余興としては楽しかったな」
「それで最後にお金を渡したの? あんな自称霊能者に」
と、僕は呆れた。
「朝陽が言うように報復に来たら面倒だろ? だから、金を渡して謝ったんだよ。
そしたら、あの坊主……もう一万円欲しいって、な。
そこまで言わせたら報復の心配はない。楽しい時間を貰えたことへのチップだよ」
確かに……そういう守り方もあるか。
茜音さんは僕の隣で首を小さく左右に揺らしている。
「私に憑いている、って言うから嘘でも驚いちゃったよー!
幽霊が憑いているのは……お兄ちゃんなのに!」
――そうだよ、ホンリュウより当たっているよ。
「じゃあ」
と、僕はギターを片手にリビングから出るため背を向けた。
「朝陽、ちょっと待ってくれ」
旅行の話をされた時と同様に呼び止められる。
「なに」
「最近、ひとり言……言っているんだって?」
振り返ると父は眉毛をハの字にして、前のめりでソファに座っている。
先程の笑顔が僅かに残っているだけだ。
隣の母も同様の表情をしていて落ち着いた様子で僕に問いかけた。
「なにか……心配事、悩みがあるの?」
「ないよ」
「あるよ……! お兄ちゃん、最近、変だよ! ひとり言言ってるの変だよ!」
父と母が知っているのは葉月からの報告によるものか。
そういうところが嫌なんだ。
何でも共有しようとするところが。
「言ってない」
「言ってるもん。こっそり部屋の前で聞いてる時もなにか……言ってるよ。
誰かと話してるみたいに……」
「電話だよ」
「前に入った時は電話じゃなかったよ!
電話ができない状態なのに誰かと話してるみたいだった」
深い溜め息に負の感情を奪い去ってほしいと願う。
「言いたくないなら言わなくていいんだよ。
私たちは……いつでも朝陽の味方。そのことだけは忘れないでね」
「そうだぞ。一人じゃなくて俺たちと話そう。俺の武勇伝聞くか?
日々更新中だぞ。出張先で地元民から陰湿なイジメを受けたこととかな。
やっぱあるんだよ、県民性。あそこには、もう行きたくないな。
朝陽も行ってみるか? そこは陰湿な感じが空気感で――」
――ああ、イライラする。
生臭坊主……余興のために現れた自称霊能者との対峙。
今は目の前の三人から追求され慰めにも似た言葉を与えられている。
その言葉の数々が身体を這う虫のように感じた。
「お兄ちゃん、悩みがあるなら話してよ」
――イライラする。




