告白の夏 13
この時間帯でも、お構いなく来訪する自称霊能者……か。
葉月に腕を引かれていく間に臨戦態勢へ入る。もちろん、脳のほうだけれど。
茜音さんは僕の背後で『楽しみー。お祓いされちゃうのかなー』
と、緊張感のない声を上げている。
『もし、お祓いされそうになったら守ってくれる?』
返事はできない。
『ねえ、朝陽くん。守ってね、私のこと』
リビングの引き戸を葉月が開けるとソファに父と母が並び、
その正面には恰幅の良い五十代ほどの男性が座っている。
談話をしていたのか、三人は笑顔のままで僕を見た。
「息子の朝陽です」
と、父はワイシャツから飛び出した太い腕を僕に向ける。
「ほうほう。きみが息子さん……ですか。色男ですな」
わざとらしく目を開いた自称霊能者は「ホンリュウ」というらしい。
光を反射する頭部は剃られていた。袈裟を着用し左手には茶色い数珠を付けている。
――その服装で革靴……か。
「おお……これは……むう……おう、おう」
と、いきなり両の手を合わせ眉間に皺を寄せる。
時折、左右にぶるぶると首を振った。
「わかりました……」
「な、なにがわかったんですか!? お兄ちゃんに幽霊が憑いているんですか!?
憑いているんですよね!?」
葉月は母の横に座りホンリュウの動きに反応している。
僕と茜音さんはソファに座らず傍らで彼の動きを見つめた。
「ウニュウニュノーマン……ゼンゼン……アスリタクノマン……キザンゴザン」
謎の言葉を吐き合唱の手を擦り合わせた。
茜音さんと散歩している時に出会う元高校球児の言葉の崩し方の方がまだわかる。
「いえ……息子さんは……大丈夫です」
――いや、大丈夫じゃないんだよ。
「どういうことなんですか!?」
「問題は……お母さん、それに、きみです」
「えっ……!? 私ですか!?」
――違うよ、ホンリュウ。違うんだ。
茜音さんはホンリュウの隣で彼の剃られた頭を叩こうとしている。
それを知らない彼は太い眉毛をハの字にし母と葉月を見つめた。
「これは……非常によくありません」
「ど、どういうことですか!?」
「これは……土地の呪いです。
この土地に巣食う呪いが、あなたたちの家系を代々呪っています」
――ホンリュウ……それも違うんだ。根本から違う。
この土地の呪い、家系を代々呪う。
新しい土地で新しい家を建てたのだから代々もなにもない。
当事者である父に目を向けると真面目な表情は崩していなかった。
「昔……この地には贄の風習がありました」
「にえ……生贄のことですか!?」
「ええ、そうです。飢饉、天災は神の怒り。
そう信じた村人は怒りを鎮めるために若い……女性。
純血……処女を供物として神へ捧げたのです。毎年、毎年……ね」
葉月は母の肩にしがみつく。
「そこに生まれた……積年の怨み。その怨みが土地に染み付いているのです」
と、彼の声は成人男性が喉を痛めた時よりも低い。
葉月は不安そうであるし父と母は神妙な面持ちだ。
父は気付いていないのだろうか。
自らが土地を購入し当代から始まった、ということに。
「いいですか? 血というものは大地に染みつきます。
供物として捧げられた女性の怨念……これは消えません」
「そ、それで、ど、どうなるんですか?」
葉月の細い声と不安な態度がホンリュウを高揚させたようだ。
「家系が途絶えます」
「えっ、死んちゃうんですか!?」
「そうです。特に子を身籠ることのできる、お二人は先に狙われるでしょう。
呪いとは……そういうものなのです。子が生まれなければ血脈は途絶えますからな」
「どうしたらいいんですか?」
葉月とホンリュウの会話は進んでいく。
「まあ……少し落ち着いてください。私が来たので、もう大丈夫ですから。
それに一つ気になることがあります」
「なんですか?」
「ええ。実はですね――」
ホンリュウの話では土地が呪われている。
そして、この家の敷地には生贄にされた女性の骨が埋まっている、と言い切った。
外は暗くなり街路灯や室内からの明かりを浴びた庭へ全員で出る。
彼は合唱して右往左往しつつ、時折、
「おおう……! ららう! そごんなん!」と、口にしている。
父、母、葉月は静かに見ていて、茜音さんは胸の前で手を組み終始笑顔だ。
その顔には苦味と淡い希望が見受けられる。
僕は哀れみを持ってホンリュウの動きを見ていた。
「むむん! あいや! あらんそう!
――ここです……な」
彼が指差した先には低木が植えられている。
すぐに気付いた。その違和感に。
「ここに……ありますな。ご主人、なにか掘り起こせるものは?」
父は庭にある物置から園芸用のスコップを持ってきてホンリュウへ渡す。
彼がザクザクと掘り返していくと地中から数本の骨らしき物が姿を見せた。
「ひいっー! ほ、骨だよ!」
と、葉月は母に抱きつく。
『わー、本当だ。骨だねー。ボーン、ボーン』
茜音さんは拍手をして、まるで花火を見て感嘆するような声を出す。
「これは……かつて、生贄にされた女性の骨です。
怨みが強く……強く残っています」
「ど、どうしたらいいんですか!?」
「これを回収したところで……怨みは消えません。
骨から土地に染み付いた呪い……その呪いは矛先を変えているのです」
「矛先……ですか?」
葉月の問いかけにホンリュウは濃い眉毛を強く中央へ寄せる。
「女性の怨みは……今や、きみとお母さんへ向けられています」
「ええっ!? なんでですか!? お兄ちゃんじゃないんですか!?」
――なぜ、僕が呪われている前提なんだ。
ホンリュウは手のひらに収まる大きさの骨を親指と人差し指で掴む。
「家系を途絶えさせる……ため。あなたたちのご先祖は件の首謀者だったのです」
「ええっ!?」
――ホンリュウ、違う。ご先祖は、この家には住んでいないんだ。
演出、演技もできない自称霊能者は滑稽であると見下す他ない。
「どうしたらいいんですか?」
「アビノリ、ビーマン、セルフ」
彼は目を閉じ何事かブツブツと聞き取れない声を繰り返す。
「これは……人の深い業が渦巻く……大きな祓いが必要になりますな」
「どういうことですか?」
「すぐには祓いきれません」
「えっ!」
「きみとお母さんは、私のところでお祓いを受ける必要がありますな」
茜音さんはニコニコとしながらホンリュウの背後へ回り後頭部を手のひらで叩く。
弾かれているけれど。
「そうですな……お一人ずつ私の自宅で払うことにします。
いいですか? 他の者に影響……取り憑く恐れがあるので、必ずお一人ずつで。
付き添いの方も認められません」
『この変態……!』
と、茜音さんが彼の弛んだ腹の裏にある腰を蹴り飛ばす。
自称霊能者は往々にして、お祓いと称し悪事を重ねる。
もうこれ以上付き合う必要もないだろう。
敵だとしても最後まで話を聞き最低限の礼儀は尽くしたのだから。
脳内に集まる血液を緩和させるためにポリポリと頭をかいてホンリュウへ告げる。
「母と葉月の一人ずつ……ですか。なにが目的ですか?」
「なにが……とは、どういうことですかな? お祓いをすると言ったでしょう」
「あなたたち自称霊能者は、お祓いと称し性的暴行を加えることが多々あります。
お祓いには明確な定義もないですから、相手の言うことに従うことも少なくない。
あなたたちは、不安になった人につけ込み、さらに精神的に追い詰めるんです」
「な、なんだと!? お前、ぶ、無礼だぞ……!」
鼻の穴を大きく広げ声を荒らげた。
――ああ……イライラする。
父も母も葉月も僕らの問答を様子見し、茜音さんはホンリュウの目を潰そうとしていた。
「一人でなければいけない、明確な理由がありますか?
あなたの主観ではなく客観的事実に基づいて答えてください」
「さっきも……言っただろう! 一人ずつしか祓えん!」
「それは客観性に欠けます。僕たちが付いて行ってはいけないのですか?」
「他人に移るんだ……! この馬鹿者が……! 話を聞いていないのか!」
「客観性に欠けます。説明してください。
他人に移るのであれば、なぜ今は大丈夫なのですか?
払う時に移るのであれば、あなたも危険なのでは? 移るとは距離が必要ですか?
それはどれほどの距離で、どれほどの時間を要しますか?」
あえて矢継ぎ早に攻撃してみる。
「移ることが前提……移ってもいいので僕も行きますよ。
僕に移して、その後で僕を祓えばいいのでは?」
「ふ、ふざけるな……! 軽々しく移すなど……! なんたることだ……!」
「人の不安を煽り……さらに傷つける。
あなたたち自称霊能者は最低な行為をしているという自覚はありますか?」
「お、お前、無礼だぞ! 青臭い小僧のくせに……!
わ、私はな……! 修行に修行を重ね、由緒ある寺――」
青筋を立てた彼の口から出てきたのは有名な宗派の名だ。
目を見開く中心の瞳は汚い、隣にある空白は黄ばんでいた。
「お坊さん。煩悩を捨てることも修行の一つですよね?」
「そんなことは当たり前だ……! 私には一切の欲がない!
人々のために……! 悟りを開いておる……!」
近所迷惑を考えず夜の虫が負けるほどの声を上げた。
「その時点で煩悩が捨てきれていない、と僕は思うんですけど」
「なにい……! どういうことだ!」
「どこどこの寺の出身。その時点で一種のブランディングを表している。
つまり、どこどこの大学出身だからエリートだ、のように。
マウンティング、箔をつけるため、肩書が欲しい。
そのようなことを考えている時点で、煩悩を持ち合わせていると思いますけど。
肩書欲しさにそこで修行する……正に煩悩の塊です。
修行するだけならいいですけど、名前を得意気に出すのは……そういうことでしょう。
ずいぶんと本質から、かけ離れていると思いますけど」
彼らが煩悩を捨てきれていないことは数々の事件を見ても明らかだ。
近年起こったことでも複数ある。
例えば、五十代の警察官と四十代の住職が共謀し未成年の女の子へ性的暴行した事件。
他にも学校の行事として寺で合宿した女子高生たちに対する、わいせつ事件。
その一件が明るみになり、他の生徒、卒業生に話を聞くと、
多数の生徒が被害を受けていた事実が発覚する。
普遍的なもので言えば、葬儀や法事の時に渡されるお布施。
渡す金額が高ければ戒名の位が上がるというのはおかしいだろう。
生前、どれほどの信仰心を持っていたところで金によって位が変わるのだから。
信仰より金を選ぶ。
個人的にはそのような位に何の意味も何の価値もないと思うけれど。
金、性、地位、目当てで動くだけの集団。丸めてしまった頭には善も徳も無い。
「無礼だぞ、お前……! なんたることだ……!
ご主人、どういう教育をされているのか!」
父を鋭く睨みつけ空中を右手で切り裂く。
「ええ……まあ……」
と、父は苦笑し僕を一瞥したので、お構いなしに話を続ける。




