告白の夏 12
すべてのバンド演奏が終わり五名の審査員がグランプリを決める。
個人の好み、それぞれの主観が入っても、最後のバンドに真っ直ぐ撃たれたはずだ。
結果は予想に反していた。
配信者の人だけは宮古島のバンドの札を上げている。
「最後のバンドが優勝……じゃないんですね」
『え?』
「演奏技術だけをみれば他のバンドの方が高かったですけど」
『うん、いいんだよ。コンテストって……そういうものだから。
色々……ね、あるんだよ、業界には。
どの業界のコンテストも大体そうなの。行われる意味とかね』
含みのある言い方だ。
「そういうものなんですか」
『この大会がそうかはわからないけどね。今はネットで多くの人が聴ける環境だよ。
聴いた人がわかってるから、それでいいでしょ』
茜音さんは宮古島のバンドを称賛する。
『その時にしかない音。その時にしか出せない音。
この子たちは真っ直ぐに聴かせてくれた』
「ボーカルの人……存在感がすごいです」
『うん。私も同じ気持ち。朝陽くん、覚えておいてよ』
上腕を人差し指で刺される。
「なにをですか?」
『この先、この子たちのバンドが続いていくかはわからないけどさ。
一つだけ、予言しておくよ』
「予言?」
『ボーカルの子は世に出るよ。音楽を続けていけば……必ず出る。
言葉と歌声を同化させて歌い上げる子だから。それに最大の武器があるからね』
「声質ですか? 前に言っていましたよね」
『ううん。もちろん声質もすごくいいよ』
「他にあるんですか?」
『人に想いを伝えられる声。
これは、どれだけ練習しても手に入らないよ。彼女が持つ天性のものだから』
確かに……そうだ。どこが良いなどを明確な言葉で表せず感情に訴えかけられた。
天性のものと言っているが僕の隣に座る女性も同様だ。
『それに人を惹きつける魅力があるの。これもボーカリストには必須だね』
「歌う時のパフォーマンスもカッコよかったです」
『うん、そうだね。覚えておいてよ、私が言ったこと。
――弟子よ、彼女が世に出たら私のことを褒め称えなさい』
「なぜ僕が褒め称えるんですか。
自分で確認、当たっていた、自己満足して終わりでいいでしょう」
茜音さんの視線は批評の言葉を出している目の細い配信者を捉えていた。
『見れないかもしれない……じゃん』
「見れない?」
『私は幽霊。いつ、いなくなるか……わからないでしょ』
聞きたくない言葉だ。
隣に座っている。手を少し伸ばせば触れることができるのに。
彼女は……幽霊。
いつか、いなくなってしまうのだろうか。
*
夏休みは残すところ数日となっていた。明日から三日間、葉月は家からいなくなる。
以前言っていた「葉月会」なるものがあるからだ。
『哀しみの中で偽り、は?』
「…………。哀しみの檻で偽り、のほうが閉鎖的でいいかなって思います」
『うん! いいかも!』
茜音さんが生んだメロディに二人で考えた歌詞を当てている。
『ラララー。せめて、ラララ、ララ、ラララー、ラララー、奪われるものであるなら』
「――遠くで揺蕩う七色の」
枠組みとしての歌詞はほとんど完成していた。
「アサーヒ!」
道端で自転車に乗るソムさんと出くわした。
「ソムさん、お久しぶりです」
「アサーヒ! サイキン、コナイナ!」
ソムさんは夜勤だ。
頻繁に夜出歩くと母、葉月の両名から怪しまれるため避けていた。
父は喜ぶだろうけれど。
「アサーヒ、コレ、ヤルヨ」
手に持つ袋から取り出した見たことのないパッケージ。どうやら外国の菓子のようだ。
「ありがとうございます。じゃあ、代わりに……これを」
保冷バッグからモモダーを取り出した。
ソムさんのコンビニには売っていないから、近くの自動販売機で購入したものだ。
外出すれば一度に何本かストックとして買い溜める。
「コレハ、キレイナ、イロダナ。ノンデイイカ?」
肯定の意味で手を差し出す。
浅黒い肌から滲んだ汗を手で拭い、薄桃色の瓶を握りゴクゴクと喉に流している。
「コレハ……! アサーヒ! コレハ……コレハ、ウマイゾ! コレハ、イイ!」
さらに体内へ染み渡らせていく。
「ハア……ハア……コレハ……ウマイ。ドコニ、ウッテル?」
「スーパー、道の駅とか、自動販売機にも多くありますよ。
コンビニにはあるところとないところがあります。ソムさんのところには置いてないです」
『そうだよねー、ソムさん。モモダーおいしいよね。
これでモモダーファンが一人増えた』
「コレハ、アレダ、オンナト、キメル。キメル、シカナイ。コレハ、イイ」
「言い方がよくないですよ。普通に飲む、でいいでしょう」
「ソウナノカ? オンナニ、カッテイク。
ソウダ、アサーヒ、オマエ、オンナ、イルノカ?」
『いますよー!』
と、茜音さんは右手を大きく伸ばす。
「いませんよ」
「ワタシ、シリアイ、オンナ、イルカラ、アウカ?」
『ちょっと、ソムさん! 朝陽くんが浮気することになる!』
「お気持ちだけで十分です。必要ない、という意味です」
「イイノカ? アレダ……ナンダ……。
オパ……オパイ、デカイゾ。シリモデカイ。エロイゾ、イイダロ?」
僕とソムさんの間に茜音さんが割り込んだ。
『だったら、どうしたの!? おっぱいは形とか柔らかさとかが大事なんですー!
あと乳輪の形とか乳首の長さとか色とか! 大きさなんて重要じゃないんだから……!』
「いえ、気持ちだけで。
これはあまり言いたくないんですが……僕たちと海外の方の感性って違うので」
「カンセイ? ドウイウ、コトダ?」
「例えば、日本では、ふくよかな人に需要が……。
つまり人気がそれほどなくても、海外では人気であることも多いです。
ソムさんの発言は、もしかしたら、とんでもなく大きな人の可能性もあるので」
「ソウナノカ? オパイデカイ、シリデカイ。
イイダロ? コレハ、イイダロ?」
『だから、重要じゃないの……! ソムさん!
大きければエッチってわけじゃないの! 奥ゆかしいエッチな感じがいいの!
恥じらいの中にあるエロス! それが日本の女の子のエッチなところなの……!』
「デモ……アサーヒ、トモダチ、ナンカ、シテヤリタイ」
『うちの流派では不純な交際は認めてない!』
この時……かつてのソムさんの姿を思い出した。
胡桃に絡んでいた中年男性を撃退した時のことを。
「それなら……戦い方を教えてほしいです」
「タタカイ?」
『戦い方?』
二人の疑問が僕の顔に刺さる。
「ソムさんのムエタイを教えてほしいです」
「ダレカニ、ナグラレタノカ?」
「いえ……そういうわけじゃないんですけど」
「ダレカ、コロシタイノカ?」
『ちょっと、ソムさん。爽やかな笑顔で殺すとか言わないでよ』
「違います。色々なことに首を突っ込まされるので自衛のためも兼ねて。
なにかあれば戦えたほうがいいかなって」
「クビ、ツッコム? ジ、ジエイ……?」
『朝陽くん、危ないからやめたほうがいいよ』
日々考えていた。
言葉だけで説得するなど甘いことである。できないこともあると学んだ。
胡桃の時の中年男性にしても、女の子に絡んでいた外国人にしても、ゴリラにしても。
「後学のため……いえ、悪いことには使わないので、ソムさんの技を教えてほしいです」
「ソウカ。タタカイ、シリタイノカ」
彼は腕を組み真剣な顔つきに変わる。
『朝陽くん、やめておきなよ。ソムさん、やる気満々の目をしてるよ』
と、僕とソムさんの間から離れ茜音さんは言った。
彼は一から教えると時間がかかるから、すぐに使える技だ、
と言って教授してくれることになった。
それはムエタイという格闘技としてではなく実戦として使えるように。
どの格闘技も遡れば元々はそうであったようにムエタイの成り立ちも同様だ。
人を殺すために生まれた殺人術。
僕が教わるのは人を殺すためではなく、他人から絡まれた時の対処法だ。
「コレハ、イマハナイ。ナンダ、コウナ、アタマヲ、アテルンダ」
頭突き。
誰かに絡まれる多くが至近距離であるから、いきなり頭突きをすることが有効らしい。
確かに頭部の骨は硬い。それを相手の鼻へぶつける。
多量の出血によって通常の呼吸ができなくなるようだ。
「アトナ、チカイト、ナンダ……コレハ。モウイイ、ツカムゾ」
首に湿り気を帯びた太い腕が回される。
「ココニ、アテルノハ、ナレテイナイト、ムズカシイ」
ソムさんにバランスを崩され、僕の身体が前傾し、鳩尾と脇腹に膝で攻撃する。
といっても軽く当てるだけなのだけれど。
彼の話では体格差があると体勢を崩すことも難しいようだ。
「ダカラ、ソンナトキハ、コレダ」
首に回されていた腕が解かれ、ある程度の距離になった瞬間、彼の右膝が宙を舞う。
金的だ。
真夏の中でヒヤリとした。
「コレハ、モラッタラ、ダレデモ、タテナイ」
『危ない……今、当たるところだったよ!』
「ワタシハ、トメラレル、アンシンシロ」
『万が一ってこともあるでしょ! 過信しないでよ!』
ソムさんは他にも至近距離で出せる肘の攻撃を教えてくれる。
毎度ギターを持ち歩く僕の手を気遣う節もあった。
そして、相手の首を締めて意識を奪う技を見せてくれる。
「コレハ、ヤリスギルナ。トンダラ、ヤメテオケ」
首に太い腕が食い込む。
背後から掴むのだが、自身の身体は横向きにしておけ、と言われる。
相手からの反撃の面積を減らすためだ。
木陰に移動して今までの技を再度教えてくれる。
「アサーヒ、アレカ、オンナノ、タメカ?」
「違いますよ。絡まれた時のためです」
「ソウカ。オンナ、マモレナイ、ヤツハ、アレダ。カッコ、ワルイカラナ」
「そうですね。あの……ありがとうございました」
深く頭を下げると彼も同様の動きをした。
顔を上げた後のソムさんは、年の離れた兄が弟に優しく諭すような声色を出す。
「アサーヒ。ヤルトキハ、キメロ。マヨウナ。イイナ、マヨウナ。
マヨウト、コッチガシヌ。ヤルナラ、キメタラ、マヨウナ」
「わかりました」
別れ際に手を振る彼は穏やかな言葉を出した。
それは何十、何百の戦いを経た人物の言葉だったのかもしれない。
「アサーヒ、タタカウコトハ、イタイコトダ。
デモナ、タタカエナイ、コトノホウガ、ズット、イタインダ。
マモレナイ、コトハ、イタインダ。
ソレナラ、タタカイ、エラベ。アサーヒ、タタカエル」
この日、僕の師匠は二人になった。
茜音さんと共にコンビニから帰ると、三和土に見たことのない革靴が揃えられている。
白い袋を廊下に置いて疑念を抱く。外はまだ明るいが夕方というより夜だ。
このような時間にいる来訪者。
リビングから葉月が顔を出しスリッパを鳴らして駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! 来たよ……!」
「だれが? 靴の人?」
「霊能者さん! 霊能者さんが来たよ!」
『えー、本当に!?』
と、茜音さんは手を口に当て目を大きく開く。
成仏を手伝う理由は変なことに巻き込まれないようにするためだった。
――結局は……こうなるのか。
「霊能者……」
「うん! 視てもらおうよ! もうね、張り切ってるよ!」




