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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第四章 告白の夏

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告白の夏 11

「片方の話だけを鵜呑みにしていることが信じられない。

証拠もなにもない中で言い分を信じていたら、相手側の言いたい放題じゃないか。

それが通用するなら警察官と検察官はいらないし裁判の必要もない」


「開き直らないでよ……! お兄ちゃん、なぎちゃんに酷いことしたの!?」


 凪咲は相変わらず顔を手で隠しているが、時折、手の隙間から喜々とした目が見える。


「朝陽、ちゃんと答えて」


 母は神妙な面持ちだ。


「してないよ。無理矢理なんてするわけがない。むしろ、僕は被害者だよ」


「じゃあ、なぎちゃんにしたことは認めるの?」


「違う。そういう意味じゃない」


「あの日……あっちゃんが……どうして嘘をつくの……」


――こ、こいつ。


「凪咲のことをそういう風に見るわけがない」


「い、いつも私のこと……エッチな目で見てくる……」


 声を震わせる凪咲の背中に葉月の手が往復した。


「二階から侵入して僕たちが作った料理の九割を食べ尽くし、

勝手に怒って、勝手に暴れて、葉月の部屋で一人で寝た、というのが大まかな流れ」


「僕たち……? なぎちゃんとご飯作ったの?」

と、葉月が首を傾げた。


――しまった。


「言い間違い。とにかく、なにもしていない。するわけがない。ありえない」


「した……したんだよっ……!」

と、凪咲の手のひらに当てる声はリビングに少し反響した。


「私が素麺こんなに食べられないって言ったのに無理矢理……食べさせた。

私は嫌だったのに……何度も嫌だ、怖いって……言ったのに」


「もー! なぎちゃん……!」

と、撫でていた手で背中をパンと叩く。


「それにね……プリン……はっちゃんのプリンまで口に押し込んできたの」


――無心で頬張っていたのはどこのどいつだ。


「プリン……お兄ちゃんが食べた、って言ってたよね?」


「ああ……まあ……」


「ごめん……はっちゃん。私がプリン食べたの……ごめん」


「ううん! なぎちゃんなら食べてもいいよ! 今度は一緒に食べよ!」


 旅行から帰った葉月が冷蔵庫を開け叫び声を上げた。

二階にいた僕と茜音さんの耳にも聞こえるほどの声量。


 僕が食べた、と言うと目を潤ませて、

「楽しみにしてるって知ってるのに食べたの?」

と、子犬のような顔をしていた。


「全部……全部、食べちゃったの?」

と、頬に伝う雫を見つめ、泣くほどのことなのか?と、少しばかり呆れた。

勝手に凪咲へ渡した僕に非があるのだれけど。

来月の販売時にプリンと焼き菓子の購入を約束をしたことで解決に至っている。


 しばらく談笑を繰り返し、母と葉月はキッチンへ向かい夕食の準備を始めた。

昨夜の内に凪咲が来るかもしれないからカレーにしてほしいと伝えている。


 リビングにはクッキーを食す凪咲と僕だけが残された。


 彼女に破壊された自室の窓は、翌日に茜音さんと共に応急処置をした。

大きめの破片を集め接着剤で繋ぎ合わせ、その上からビニールを貼っている。

未だ父や母に業者へ依頼してほしいと言えていない。


「大丈夫か?」


「なにが」


 口から溢れたクッキーのカスがショートパンツの皺に落ち、

指先で拾い上げて空になった包装紙の上に乗せている。


「今は……胡桃の言うように夏休みだから……そんなに気負うこともないか」


「あっちゃん、いいよ」


「え?」


「無理に……心配してくれなくて」


「そういうわけじゃない」


 凪咲の黒髪は左右にバサバサっと揺れた。


「あっちゃんは……昔から優しいからさ。

それに……私のことは嫌いだろうな、って、わかってる」


「勝手に人のことを決めつけるなよ」


「じゃあ……あっちゃんは、私がいなくなったら……」


 グラスを掴もうとする手は震えていた。


「私がいなくなったら……さ、泣くの?」


 真っ直ぐな瞳は憂いを含む。


 いなくなったら。


 彼女の置かれている状況により起こることへの婉曲表現なのだろう。


「ちょっと葉月! なにしてるの!」


「飲めるかなって思っただけだよ……!」


「飲めるわけないでしょ!」


「ふざけてみただけだもん……!

ボケたのにマジギレのツッコミなんておもしろくない!

本当に飲むわけないじゃん……!」


 キッチンから母と葉月の大声が聞こえた。


 ここから見えるのは葉月が手にしている透明な袋に入った薄黄色の液体。

肉を酵素で柔らかくするために使った果汁なのだろう。


「どう? 泣くの?」


「…………。泣かないよ」


「そっか……ほら、ね、私のこと嫌いじゃん」


「全体を見ずに一点だけで結論を出すなんて愚かだ」


「マウントとんないで。いなくなったら……さ、少しくらい……泣いてよ。

あっちゃんが私のこと嫌いでも、私は……私は、あっちゃんのこと……」

と、手にする包装紙は乾いた音をたてる。


「私は……あっちゃんに悪戯するの好きだから。

――小さい頃、あっちゃん、はっちゃんと一緒に冒険したこと今でも……大切な思い出。

あっちゃんは……いつでも優しかった。

少しぐらい……泣いてくれたら……嬉しい、かな」


 久しぶりに見た。幼い頃、可愛げのある悪戯をしていた時の笑顔だ。


「…………。そういうことには……ならない」


 ソファへ背を預け言葉を続ける。


「葉月がいるのに、そういうことにはならない。

凪咲も葉月がいるから、そういうことはしない。

葉月をずっと泣かせるようなことを凪沙がするわけない」


「…………。そっちだって決めつけてるじゃん」


「これは長年二人を見てきた客観的な意見」


「決めつけには変わらないじゃん」


「まあ、そうだな」


 僕は久しぶりに凪咲に対し笑みをこぼした。


 苦笑だったけれど。


 彼女も静かに笑った。


 食卓にはメインのカツカレーが並んだ。

凪咲は一人で何杯もおかわりし十合炊きのジャーを空にした。

自宅には凪咲専用のジャーが存在する。米の出処は農家である彼女の両親だ。

大量に送ってくれるから、どれほど食べても問題がない。

凪咲が来ることを知った父は仕事帰りにケーキを購入し夕食を共にした。


 彼女が以前、自宅へ来た際に懸念していたことは現実のものとなる。

夕食を食べ進めていく中でボロボロと泣き出してしまった。

僕以外の三人は凪咲の涙に、とても動揺している。

三者三様の疑問と慰めを口にしていた。

それでも常人では考えられないほどの量を食べきり、

自動車で迎えに来た彼女の父親と笑顔で帰宅していく。


 シャワーから出ると暗がりの階段の上で葉月が立っていた。

なにをするわけでもなく廊下に佇む姿は、まるで幽霊だ。


「な、なにしてるんだよ……普通に怖いから」


「お兄ちゃん、ありがと」


「なにが?」


「なぎちゃんのこと、ご飯に誘ってくれて」


「別に……」


「この前、来た時ね、元気がなかったから。

今日は泣いていたけど……昔みたいに笑っている時もあったから。少しだけよかった」


「そう……か」


 背中を壁に預ける葉月へ問いかける。


「凪咲……なんか言ってた?」


「ううん。なにも」


「そうか」


「私……信用されてないのかな。なぎちゃん……悩みがあるんだと思う。

親友だと思ってるの……私だけなのかな」


 床に視線を落とす葉月に対し深い溜め息を吐く。


「親友だからこそ言えないこと。

大切に想っているから……言えないこともあるんだろ」


「そうなの……かな。でも、私は言ってほしいよ」


 葉月を越え自室へ伸びる廊下を歩き出す。


「大丈夫だよ、凪咲は。なにかあっても大丈夫」


「え?」


「葉月がいるんだから大丈夫だよ」


「う、うん……!」


 この問題はどうするべきなのだろうか。


 胡桃のことも解決できていない。


 いつでも無力だ。大人であれば対処できることも今の僕は何一つできていない。


 しかし、どこかで思っている。


 悪童は同級生のイジメなどに負けるわけがない、と。


 僕にトラウマを植え付けた人間が負けるところなど見たくない。


 負けるわけがない。


 部屋に入ると茜音さんがタブレットをこちらに向けてきた。


『弟子よ、読んでください』


 停止している画面には大勢の人が並んでいた。

「軽音」や「グランプリ」などの文字が羅列されている。


「なんですか、それ」


『高校生の音楽の大会』


「ああ、結構、ありますよね」


 数多くある大会の中の一つなのだろう。


『私はもう聴いたの。これアーカイブなんだけど朝陽くんも一緒に聴こうよ』


「いいですよ、僕は」


『なんで!』

と、タブレットはベッドに沈む。


「勉強しないといけないので」


『それも大事だけど! 朝陽くんと同世代の子たちの音楽を聴いてみて』


 どうやら大会を主催しているのはミュージシャンと配信者のようだ。

配信者の動画を見ることがあって、ピアノ演奏や雑談がおもしろい人だ。

前職の話をすることもリスナーの興味を惹き、

悪しき慣習を真っ向から否定し、一節には、その業界へ就職する人が激減したほどだ。


 彼女の圧に押され渋々聴くことにした。


 大会は全国から集められた九組のバンドがいる。

全国津々浦々。ガラステーブルに置いたタブレットを二人で見た。


 一組目、二組目、三組目、と進んでいく。


 茜音さんはチラチラとこちらの様子を窺う。

理由はわかっている。特に三組目は圧巻のパフォーマンスだった。

あえて無表情を貫き通し四組目、五組目、と進んでいく。


 八組目。北海道から来たスリーピースバンド。

曲が始まった瞬間、ベッドに乗せていた臀部を浅くする。

体格の良い男子高校生が叩くパワフルなドラミングは熱い。

この大会で見た、どのドラマーよりも激しさと確かな圧が感じられる。


 視界へ僅かに入る茜音さんはニヤリとしているようだった。


 九組目。これで最後だ。沖縄……宮古島から来た男女混合の五人組バンド。


『朝陽くん……先に言っておくね。人を感動させる音楽があるよ』


 楽器隊が緩やかな音を鳴らしボーカルの語りから始まる。

それは彼ら彼女らが生まれた地で起こったこと、今も脅威にさらされていることを話す。

そこに悲観的な印象はなく柔らかい声と優しい笑顔がある。


 語りが終わると演奏する曲名が伝えられた。


 その瞬間、ボーカルの女の子の表情は一変する。


 青い海を泳ぐような奥行きのあるエレキギターの音色。

ドラム、ベース、キーボードの音が入り楽曲を彩る。

進んでいく儚げで綺麗なメロディ、伴奏が生む気持ちの良い疾走感。

そしてなにより……ボーカルの女の子の圧倒的な存在感。


 歌詞の内容は争いによる痛み、嘆きを歌っているのだろうが、

彼女の歌声は切なくも晴れ渡る青い空を見せてくれる。

争いで失ってしまった「あなた」と、そこにあった想い、これからの未来。

いつか「あなた」と会う日まで自分たちは音楽を続けていく。

タイトルは決意表明のように感じる。


 言葉を出す必要がなかった。


 呼吸が浅くなっている。それほど想いが込められた楽曲だ。


『すごいでしょ。私も聴いた時、泣いちゃったもん。

これがボーカリストの本当の表現力だよ』



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