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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第四章 告白の夏

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告白の夏 8

「動いてくれなかった場合。

そこで警察を動かす方法がある。確実とは言わないけど」


「なに?」


「警視庁に電話する」


「警視庁……警察と同じじゃないの?」

と、胡桃は首を傾げる。


「同じじゃないよ。形態は同じでも組織が違う。

東京都を管轄するのが警視庁。それ以外の都道府県を管轄するのが警察庁」


「へー、そうなんだ。じゃあ、私たちのところは警察庁の管轄なんだね。

でも、どうして警視庁に電話するの?」


「警視庁と警察庁は同形態の組織だけど……端的に言えば仲が良くないらしい。

派閥争いとかね。お互いに出向の形はあるようだけど」


「それが関係するの?」


「警視庁に相談すれば、管轄する地域の警察署へ対応するように連絡がいくと思う。

警視庁は東京都管轄という土地柄、真面目に仕事をこなす現場の人が多いと思う。

動画とかを見ていると、そう感じる。

連絡を受けた都道府県の警察側は面子を潰された、と怒るはず。

彼らは正義を持たないけれど、面子なんかは異常に大事にするから」


「でも、怒らせたら……まずくない?」


「いや、怒っても捜査はしないといけなくなる。

警視庁から対応しろ、と連絡がきてるんだから。

それでも杜撰な対応をされたら警視庁に再び相談すればいい。

さすがに動かざるを得なくなると思うよ」


「そっかー、あーくん、すごいね」


「すごくないよ。あとは……もし、これでも現状が変わらなかった場合。

次の行動は……。 

凪咲がさらに傷つくこともあるけど……相手に最大のダメージを与えることもできる」


 凪咲は顔を僕に向けた。

その目は普段よりも赤くなり涙が滲んでいる。


「世論に助けを求める。

世の中には優しい人たちが多くいるし、興味本位で加担してくる人もいる」


「え、でも、どうやるの?」


「SNSで自分の名前と学校名、加害者の名前、関わった教師の名前、被害内容を出す」


「それだと……動画とか撮られていたら……余計に……」


「そう、そういう弱みを握られているから、諸刃の剣になりかねない。

世の中には被害者を攻撃してくる人もいるけど、

これで相手を社会的に抹殺することもできる。

加害者の顔写真を出しても……いや、特定して晒されるから放っておいてもいいか。

名前を変えられたりしなければネットにずっと残るしね。

就職する時に名前を検索されれば採用されないだろう。

まあ、弱みがあるなら、これは最終手段としておいたほうがいい。

まずは行政、警察のどちらかで進めたほうがいいと思う」


 私見を述べたところで「机上の空論かもしれないけど」ということを伝えた。


 胡桃は優しく背中を撫でている。

彼女は自身の痛みがあることで一種の共感があるのだろう。


 凪咲は相変わらず俯いたままで言葉を出さない。


 遠くでは子どもたちが水遊びに興じている。


「反撃しなかった理由は……弱みを握られているってことはわかるけど。

それが理由で凪咲が反撃しない……とは、どうしても思えない。

それすらも関係なく反撃……いや、先手を打つだろ凪沙は」


「私……気付いた……」


「なにを」


「今まで……好きにやってこれた理由……」


 それは己の才覚……というより性格によるものだろう。


「はっちゃんとあっちゃんが……傍にいてくれたから……なんだ、って」


 僕は足元から登ってきた蟻を払い除けて、どういうことなのか、と問いかけた。


「いつも……私が……好き勝手なことしても……」


――自覚があったのか……。


「いつも……二人が……いてくれたから。二人は私の……味方で……いてくれるから。

だから、誰かになにかを言われても……怖くなかった。

でも……転校してからは……」


 一人きりでは多勢に無勢、ということか。

どれほど力を持っていても数の暴力には敵わないこともある。


「今だって……そうだと思うけど。葉月は、いつでも気にしてるよ」


 彼女が反撃に転じなかった理由と同じくらいに疑問に感じていることがあった。


「なあ……凪咲。どうして葉月に言わないんだよ」


 耳には蝉の鳴き声だけが響いてくる。


 その中で細く掠れた声で凪咲が言葉を出した。


「――くれる……から」


「え?」


「助けて……くれるから」


 どういう意味だ? 助けてくれる……助けてくれるのだから良いではないか。


「はっちゃんは……助けてくれる。だから……言えない……」


 再び彼女の太腿へ涙がポタポタと落ちる。


「なんでだよ……言えばいいだろ」


「言え……ない。はっちゃん、学校が違っても助けてくれる。

きっと……学校に乗り込んで助けてくれ……るよ。

自分のこと……考えないで……助けてくれる。

だから……だから……言えない……」


 先程より大きい粒の涙が溢れている。胡桃の背中を撫でる動作も大きくなった。


『凪咲ちゃん……葉月ちゃんのこと……』

と、茜音さんまで泣き始め、僕は凪咲にとって辛辣な言葉を吐く決意をした。


「葉月のことを想っているようだけど。それは……葉月を一番傷つけることになる」


 涙が溢れた凪咲の瞳は本来の姿をしていない。


「葉月は凪咲のこと親友だと思っているよ。

事件を起こせば、後で教師や同級生に釈明や弁明したり、僕にだって謝ってくる。

店で問題を起こせば、母に頼んで菓子折りを持っていって謝罪していたよ。

出禁にならないように……お願いします、って。

ドリンクバー事件も市民プール魚放流事件も寿司強奪事件も他の事件の時も。

凪咲は知らないだろうけど……さ」


 彼女の嗚咽はひどくなる。


「――前に聞いたんだよ、葉月に。なんでそこまでするんだよ、って。

そしたら笑顔で返された。

『親友だもん。たった一人の大好きな親友だから』って」


 凪咲は両の手で顔を覆って、ひどく荒れた呼吸になる。

息ができているか不安になるほどに。


「だって……だって、はっちゃん……の迷惑にな……る。

私も……大好きだから……言えないよ。言えない……言えないよ……」


『うん……あるよね。大好きだからこそ……言えないこと……あるよね』


 茜音さんは凪咲の前に屈んで伝えている。


『大丈夫なんだよ。話して大丈夫だよ。

一人で考えることも大事だけど、人に話すことも大事なんだよ。

そこまでの想いをしっかりと伝えればいいんだよ。

葉月ちゃんは受け止めてくれるから大丈夫だよ』


 その声は届かない。


 二人の涙だけかと思えば、胡桃まで泣き始めてしまい、真夏の空気は湿っていく。


「それで……遊びに来た時に夕飯食べないで帰ったのか?

葉月と一緒にいると、つらくなるから?」


 手で顔を覆ったまま首を振る。


 凪咲を知る僕からすれば考えられないのだ。

遊びに来て母の料理を食べずに帰宅することなど今までなかったのだから。


「み、みんなで……ご飯食べたら……みんな……優しいから……泣いちゃうから」


 僕は微かに溜め息を吐く。


「三人とも残念がってたよ。

母さん……凪咲の好きな海鮮丼にするのに、刺身を漬けに下ごしらえもしてたし。

久しぶりに来てくれたからって、有名店の鰻の蒲焼きもテイクアウトしていた。

父さんも帰りに大量のケーキを買ってきてたよ」


 彼女の嗚咽は激しくなる。


 このような弱々しい凪咲は見たくない。


「今日、旅行から帰ってくるから。

明日、夕飯食べに来いよ。母さんにカレー作るように頼んでおくから」


 彼女は市販のルーを使わない母のスパイスカレーが好物だ。


 返事は無い。


「僕の口から葉月には言わないけど。

凪咲が本当に葉月のことを親友だと思っているなら話したほうがいいと思う」 


「言って……言ったとして……はっちゃんは……もう……もう……わかんない……」


「葉月は大丈夫だよ。いつだって凪咲の味方だから」


「でも……でも……どうしたら……いいか、わかんない……わかんない」


 傍若無人な人物が流す涙は見ていられない。


 あの暴れている時の不敵な笑みは帰ってこないのだろうか。


「ね、あーくん。今は夏休み中だからイジメも基本的にはないと思う。

さっきもたまたま会ったから、みたいだから。

なにかするにも……もう少し考える時間があってもいいと思うんだけど。

いきなりだと……行動するのは怖いと思う」


「まあ……うん」


「ね、大丈夫だよ。私たちがいるから。もう大丈夫だからね、怖くないよ」

と、胡桃は凪咲の身体を抱きしめ頭を撫でている。

 

 僕たちはバスに揺られ地元へ到着した。

凪咲の家まで付き添うために問いかけたが、胡桃が送っていくと言う。

買い物帰りで重い荷物があるはずなのに、それらを気にせず共に歩いていく。

自身の家庭のことがあるにも関わらず、バスの車内でも凪咲を気遣い話しかけていた。


 二人の後ろ姿を見つめていると茜音さんが、

『痛みを知っている人は、人に優しくできるんだよ』

と、悲しみを含む微笑を浮かべた。


 二人と別れてから潮風が横から当たる道を歩く。


『朝陽くん……どうするの?』


「とりあえずは凪咲の意思を尊重しますよ。

胡桃が言うように夏休み期間であれば、基本的に被害はないでしょうし」


『相談した先生……最低だよ。本当にクズ』


「そんなもんですよ、教師なんて。

顔を見ればわかるじゃないですか。そのほとんどが無能で呆けた顔をしていますよ。

小児性愛者の顔をしています」


『朝陽くん。あまり強い言葉をつか――』


「弱く見えますか?」


『最後まで言わせてよ!』


 反対側の車線をタンクトップを着たお爺さんが自転車で走ってくる。


「ういーんちい! あぼぼう!」


「こんにちはー。お気をつけて、もう若くないんですからー」


「ばぎゃーん! おぎゃんちゃーゆすう! ひぱれんぞいに!」


『な、何語……?』


「あの人も野球部だったんだと思いますよ。彼らは特有の挨拶が染み込んでいるので。

地方の高校野球観戦が大好きなお爺さんです」


 僕たちは話の筋を戻した。


『先生。本来は柔軟な考えで良識を持ち合わせていないといけない職業だよ。

でもね……無理なんだよ。先生に、それを望むのは無理なの』


 隣を歩く茜音さんは呆れたように呟いた。


 辺りには蜩の声が生まれている。


「どうしてですか?」


『まず多くの人は教師という職業が立派、って勘違いしている。本人も周りもね』


「そうですね。昔はそうだったのかもしれません」


『うん。それに一般企業と学校は違うんだよ。

基本的に先生は大学を出たら、教師という職業……その形として働き始める。

学校という世界しか知らないの。生まれてから学校という組織しか見ていない。

世の中で暮らしていることが社会を知ることじゃない。

社会を知るとは、その中で色々な経験をすることだからね』


「経験ですか。確かに……教師、そのほとんどは学校しか知らないですよね。

途中から教師になる人は別だと思いますけど」



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