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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第四章 告白の夏

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告白の夏 7

「将来、良い母親になるんじゃないかな」


「お母さん……に」


「別に深い意味じゃないから。

世の中の結婚していない、子どもいない、婚期逃した人たちみたいに噛みつかないで。

あと子どもが欲しくてもできない人のことは言っていない。

おばさんたちって正当性を持ち合わせずに、すぐに噛みつくから」


「あはは、噛みつかないよ。私は……なれないよ」


「どうして?」


「私のしてること……してる人が、お母さんになったらダメだもん」


 マスカラが塗られた睫毛は下方向に向かう。


「そんなこと……ないだろ」


「ううん、あるよ。ダメだよ」


「安易に金欲しさでやっているわけじゃない。

それに三つ子の弟たちのことを考えている胡桃は良い母親になれると思うけど」


「うん……。本当はね、なれたら……いいかなって……思う」


「じゃあ、それでいいよ。そのことで卑下する必要もない」


「ヒゲ……?」

と、顎に手を伸ばした胡桃は、つるりとした肌を指先で撫でる。


「それは髭。卑下は自身を下に見るような言い方のこと」


「あはは、難しい言葉はわからないからー」


「そんなに難しい言葉じゃないと思うけど」


 会話をしている中で彼女は正面へ視線を移した。

僕の言葉に反応せず表情が固まっていたから、その瞳の先を追いかける。

その先には公衆トイレがあって同年代の女子が四、五人固まっていた。


 胡桃は静かに立ち上がり荷物を置いて駆け出して行く。


 その後ろ姿を見た後で茜音さんを一瞥する。彼女も僕と同様にその動向を探っていた。


 現場に到着した胡桃は五人の人物たちと話している……というより、

激論しているように見えるが相手側は首を傾げ立ち去っていく。

胡桃の前には一人の人物が座り込んでいた。


 白いTシャツ姿の子は、俯いていることと距離も相まって、その表情は窺えない。

どうやら女の子のようではある。

屈んだ胡桃は、その子に何やら話しかけ、脇の下に腕を回しトイレへ共に入っていく。


「なにか……あったんですかね?」


『うん……。私も二人の会話を聞いてて見てなかったから』


 二十分ほど経ち二人はトイレから出てきて、こちらへ向かってくる。


 胡桃が肩に手を回し、足取りを相手に合わせ、

距離が五十メートル、二十メートルと近付いてくる。


 俯き加減の人物。


 凪咲だった。


「凪咲……」

と、僕が声を出すと同時に胡桃はベンチに彼女を座らせ、その横に自身も腰を下ろした。


「凪咲、どうした?」


 彼女は口を開かない。

その横顔は歯を食いしばっているようにも見える。


 先日、自宅に侵入してきた彼女は朝起きると葉月の部屋から姿を消していた。

バーナーによって割られた窓ガラスを閉めていたが、

朝には開け放されていたから侵入部から脱出したのだろう。


 前傾させた彼女の背中を通り越し視線だけで胡桃に問いかけた。


「さっき教えてくれたこと……話していい?

あーくんとは小さい頃から知ってるんだよね? 話して……いい?」

と、胡桃は凪咲の背中を擦りながら問いかけるが微かに震えているだけで反応がない。


 凪咲の側頭部をしばらく見つめていた胡桃は静かに口を開いた。

 

「あの……イジメられてるんだって……今の学校で」


「イジメ……か」


 冷静に反応したけれど僕からすれば考えられなかった。


 イジメられるような人物ではない。

普段の行動的にはイジメの標的になるだろう。

異端児であるし、その行動は常軌を逸している。

しかし、同級生や同年代に迷惑をかけるというのは基本的に見たことがない。

僕を除いて。

むしろ、同年代の誰かが大人などから虐げられていれば率先して戦う人物だ。


 理不尽にイジメられる、というのは相手に対し強く出られない者が狙われやすい。

イジメられる側が持つ、ある種の優しさに付け込む部分もあるのだろう。

反撃をしてこない、というのも前提としてある。


 隣に座る人物は違う。

反撃どころか先手必勝でいくタイプなのだから。物事の是非も関係がない。

自身が納得いかないことには全身全霊で立ち向かうのだ。


 そこに人道、倫理、常識、なにもない。


 我道を貫くだけだ。


「凪咲……本当にイジメられてるのか?」


「…………。あっちゃんには……関係ない」


 少しばかりハスキーな声は普段より掠れていた。


「葉月は……知っているのか?」

と、問いかけると小さく首を振る。


「ね、あーくんに話してみようよ、ね」


「話したって……意味ない……」


「あーくん、助けてくれるよ」


「…………。別に……助けてほしくないし。それに……助けてくれないと思う」


「そんなことないよ。私のことも助けてくれたよ」


 助けていない。その言葉は……聞きたくなかった。


「凪咲……僕は信じられない。凪咲がイジメられてるなんて。

イジメられたとしても何十倍にして返すだろう。

相手側がまた仕掛けてくるほどの強靭な精神力を持っているとは思えないんだけど」


 相手が多数で来て勝ち目がなかったとしても個人を狙って襲撃するはずだ。

トイレの個室、帰り道、自宅にいる時。腐敗したもので戦うはずだ。

相手の行為が度を超えていれば、殺さないまでも四肢のどれかを折るくらいはする。


 そういう人物だ。


「話して……いい?」

と、胡桃が口にしても首を縦に振ることも横に振ることもない。


「あのね、あーくん……動画とか撮られてるみたいで……」


――そういうことか。


 弱みを握られ反撃に転ずることができないということか。

それでも反撃しないことに納得はできないけれど。


「原因……イジメに発展した理由があると思うけど」


「転校した先でイジメられている子がクラスにいたみたい……で。

その子のことを助けてから……みたい」


 僕には話さずとも、あの短い時間で胡桃には話しているのか。

少しばかり寂しさ……というより、胸の奥がひんやりとする。


「そのこと……親に相談というか、話したのか?」


 凪咲は横に首を振る。


「誰かに話した?」


「担任に……話した」


「どうなった?」


「学校だと……話しづらいだろうから……って。

休みの日に……会って」


 彼女の身体は小刻みに震えている。


「個室で……落ち着いたところで、話したほうがいいからって。

ホテルに……行こうって」


「ひどい……」

と、彼女の背中を擦る胡桃は呟いた。


「なにか……されたのか?」


「無理やり連れて行かれそうになったけど……走って逃げた」


 胸を撫で下ろすと同時に、凪咲の安易さ、教師の外道な行動に怒りを覚える。


 その日以来、担任までイジメに加担するようになった、と告げられた。


「なんで……教師なんて簡単に信用するんだよ。

世の中の事件やデータを見ればわかるだろ。

その多くが性的な目的で教師になっているのは明白だ。

休みの日に呼び出されて二人きりで話したい?

それを信じて行くほうもどうかしている。もっと危機管理能力を持てよ」


『朝陽くん……! 傷ついている子にそんなこと言わないで!』


 茜音さんの怒声が僕にのみ届く。


 傷つけられた被害者は往々にして救いを求めた先でも被害にあうことがある。

外道というのは、そういうところにこそ身を潜めている。


 救済の場には必ず悪魔がいる。獲物を物色し喰らうために。


 偽りの爽やかな笑顔、仮面を装着し近付いてくる。


 凪咲の横顔を見ていると熱風が流れた空中に数滴の玉が落ちていく。

そのような凪咲を見るのは初めてだった。

どんな時でも悪びれることなく、不敵な笑みを浮かべていた彼女から溢れる感情の雫。


「信じていい教師もいるだろうけど、基本的には小児性愛者として見ていればいい。

特に男性教師は。

変態なんだな、異常なんだな、って、最初から、そういう風に見ておけよ。

言葉に出さないで内に秘めているのは自由だし、

別に学校にいる間だけ、深く付き合う必要もないんだから。

教師を尊敬する必要もなければ慕う理由もない。

――簡単に教師なんて信用するなよ」


 彼女の涙は止まらない。


「凪咲……凪咲のしたことは間違っていないと思う」


 鼻から伸びる体液を胡桃がティッシュで優しく拭き取っている。


「そのイジメられてる子を助けた行為は間違っていないし、

それがきっかけになって、今の現状になっていても助けたこと後悔してないんだろ?」


 溢れる涙と共に頭を振る。


「それなら、それでいい。問題は戦う術を間違えたこと」


「どういうこと、あーくん」


「今回は教師に相談した時点、休日に会いたいと言った時点で見限るべきだった」


「でも……他に相談できる人がいなかったんじゃないの?

一人でつらくて……勇気を出して相談したんだと思うよ。

私も……そういうの……わかるし」


「他に相談……か。

まず、学校がダメな前提で進めるけど、教育委員会も役に立たない可能性がある」


「じゃあ、どうするの?」


「行政、市役所。ここも仕事をしてくれるかは、わからないけど……相手を選ぶ。

福祉課とか児相じゃなくてもいい。

そうだな……住民課の窓口には優しそうな人が対応していることが多いから、その人に。

特に子どもがいそうな女性がいい。

その人に相談すると他の課を指定されるだろうけど。

話を聞いてほしい、と言ってみるとかね」


「断られたらどうするの?」


「断られてもいい。印象を残して、その人の良心に訴えることはできる。

まともな倫理観があれば気にしてくれるはずさ」


 凪咲は俯いたまま、時折、ちらりとこちらに目を向ける。


「市役所がダメなら警察。学校や市役所を飛び越えて最初から警察でもいい。

殴られたりしたら、その日の内に病院で診断書を貰って被害届を出せばいい。

相手に罰としてのダメージを与えるなら警察に最初から言ったほうがいい」


「でも……動いてくれるのかな?

私たちの住んでる所の警察って、あんまり……良いイメージがないんだけど」


 胡桃の言うことには同感だ。

というより、彼女は濁したけれど普段から彼らの行動は目に余る。

警ら中もそうだ。

コンビニなどに屯している素行の悪い人物たちを見ても職務質問の一切をしない。

ただパトカーでドライブをしているだけだ。

それが犯罪者への牽制になると言うかもしれないけれど。

以前の外国人との争いで目にした警察官の態度も思い起こされる。


 税金を喰らうだけの怠惰な存在。


 そこに義は存在していない。



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