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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第四章 告白の夏

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告白の夏 1

「お兄ちゃん、行くよー」


 扉から顔を出した葉月は小さめの麦わら帽子を被っている。

すぐに顔を引っ込め階下へ下りていった。


「あの……さすがに不審に思われるのでギターは置いていきますよ」


『うん、わかった。気をつけて行ってきてね』


「――じゃあ、夕方くらいには戻ると思います」


『あ、ねえ、お墓ってどこなの?』


 自身が住む市にある広大な敷地の霊園名を告げた。


『私のお墓があるかも。おじいちゃんとおばあちゃんも、そこの霊園だから』


 茜音さんは隣町の出身であると以前に言っていた。

今は合併しているから同じ市であるけれど。


『私のお墓参りもしてきてね』


「ええ……目の前にいるじゃないですか」


『それはおかしいよ。お墓に幽霊がいないといけないみたいじゃん』


「その言い分もおかしいですよ。今は……一旦、幽霊の有無はおいておきます。

いる、と仮定して話します」


『どうぞ』

と、頬を膨らませている。


「通常の墓参りの建前は故人が墓にいるという考えが多いと思います。

お盆は墓地から自宅に連れてくるという風習もあります。

その時点で、故人……幽霊は墓、もしくは冥土などにいることが前提です。

茜音さんは、ここにいるんですから」


 彼女は両の手を膝に叩きつけ威圧感のない目で訴える。


『いいから……! お墓参りしてきて!』


「お兄ちゃーん! 置いてくよー!」

と、階下から叫ぶ声がする。


「見つけられたら……してきますよ。広いので期待はしないでください」


『ありがと! いってらっしゃい!』


「…………。いってきます」


 学校へ行く際やアルバイトに向かう時は必ず出立の挨拶をしてくれる。

あれは、いつだったか。

彼女は『結婚したみたいで嬉しい』と、言っていたことがあり、

それ以来、出発する時に返事をすることが気恥ずかしくなっていた。


 霊園までは父の運転による自動車で向かい、太陽に熱せられた広い駐車場に止める。

エアコンの効いていた車内から足を出す。むわっとした熱気が身体の表面を侵食した。


 周りは森林に囲まれているが墓地自体は平地となっていて容赦のない陽射しが襲う。

母と葉月は日傘を差し前方を歩いていたけれど、

急に「あっ!」と、葉月が声を上げ横方向に駆け出した。


 視線の先には蹲っている女性の姿があった。


 葉月が駆け寄ると女性は僅かに顔を上げた。


 二度、見かけたことがある。


 一度目は自宅から茜音さんと出た時で、二度目はゴリラに襲われていた時だ。


 父、母、僕も葉月の後を追いかけ女性の様子を窺う。

ひどく真っ青な顔をしているが顔からの汗は微かに滲んでいる程度だ。

白く細い身体は真夏の攻撃に耐えることが難しい。


 葉月が背中をさすり母が「大丈夫ですか?」と、日傘で影を作り目線を合わせる。


 そして……すぐに微笑みに変わった。


「久しぶりー、帰ってきたって聞いていたけど、顔を合わせることがなかったから。

大丈夫? 具合悪くなっちゃった?」


 母はカバンから冷えた飲料を取り出し女性へ向けた。


「はい、飲んで。最近、暑いからねー、熱中症かな?

本当に……久しぶり。都会の空気と田舎の空気は全然違うよね。

私、東京にいた頃は嫌だったから。空気がねー、合わなくて」


 女性は水滴が付着したペットボトルを見つめた後で首を振った。


「まだ飲んでないから大丈夫よ。はい、飲んで」

と、キャップを捻り女性の顔へ近付けるが先程より強く首を振る。


「――透くん、車のキー貸して」


 母の言葉に察しがついたようで父はポケットを弄り黒い塊を渡した。


「歩ける?」という言葉が言い終わる前に、女性は急に立ち上がり母と父の間を抜ける。

身体を前傾させ、青白い顔を浮かべたまま、ゆっくりと歩き始めた。


「ちょっと待って。ね、待って。家まで送るから」


 追いかけていく母の言葉を頸椎の動きだけで拒否している。

顔を覗き込み必死に訴えかけているが、女性の動作は変わらず首は縦に動かない。


 母は眉毛を垂らし手にしていた飲料を半ば無理矢理渡した後で僕たちの元へ帰ってきた。


「あの子、なんだって?」


「うん……。ずっと……首を振ってただけ」


「お兄ちゃん、あの時の人だよね?」


「うん。あの人って……誰なの?」


 まだ眉を八の字にした母に問いかける。


「森川さんの娘さん。ほら、静香さん知ってるでしょ」


 静香さんとは母が自宅で開催している趣味の料理教室に顔を出す一人だ。

静香さんの家は海のすぐ近くだと聞いたことがある。

ゴリラに襲われていた女性が消えていった付近だ。

付近だ、というより、そこが彼女の自宅なのだろう。


「東京で働いて一人暮らししてたんだけど。最近、実家に帰ってきたみたい」


「前から……あんな感じ?」


 伏し目がち目な母は先程の女性より軽く首を振った。


「明るくて元気のある子だよ。

スーパーとかで会うと、いつも笑顔で挨拶してくれてね」


 石畳が並べられた方向へ視線を戻すと、いつの間にか女性の姿は見えなくなっていた。


 どこか口数の減った四人で目的地へと向かう。


 墓には「砂山家」と刻まれている。

母はカバンから白いタオルを取り出し、父、僕、葉月へ渡す。

手桶に汲んだ水を繊維に染み込ませ四人で墓石を拭いていく。

劣化が殆どない石に引っ掛かりが生じることはなくスムーズにタオルを動かせる。


 四人が同時に敷石の上に立つと狭いから、父母を残し僕と葉月は階段石を下りた。


 母は水鉢に水を注ぎ花立に色とりどりの花を生けた。

袋から取り出した供え物を丁寧に並べていく。

風が強く吹いている中で、父は踊り狂う火と緑色の線香の仲を取り持つ。


 隣から視線を感じた。


「なんだよ」


「なんでも……ないけど」


「じゃあ、見るなよ」


「見たっていいじゃん」


「じっと見られたら多くの人は嫌な気持ちになるだろ」


「それは……うん。あのさ、私、この匂い好きなんだよね」


 辺りには沈香、白檀の香りが漂う。独特の香りは自身の現在地を明確に知らせる。


「お墓参りに来ないとしない匂いだもん。

普段から家でも焚こうかなー、なんか落ち着くよね」


「――有害物質だよ」


「え……!? そうなの!?」


「そうだよ、多量の有害物質を含む。

日常的に使うと肺機能の低下、喘息の発症にも繋がる」


「や、やめとこ。一年に数回でいいや……」


 父と母は並んで手を合わせている。


 その背中は静かだ。


 なにを想っているのだろう。なにを伝えているのだろう。


 二人は示し合わせたかのように振り返る。


 僕と葉月は煙立つ線香を渡され順番に香炉へ焚べる。

ゆらゆらと小さい穴から出ていく白煙はどこへ向かうのだろう。

幽霊が茜音さん以外にもいるのであれば、故人は何を想っているのだろう。


 しばらく墓石を眺める。

横目で確認すると葉月は手を合わせ顔にはポツポツと汗が滲んでいた。

それに倣い無心で同様の動作を行う。


 言葉を伝えてたところで相手には聞こえない。


 意味のない……ただ、ありふれた行為に感じる。


 結局は故人を偲ぶことで自身の拠り所にしたり安定を図っているにすぎない。


 僕には見えている茜音さん。


 様々な人に故人が見えたら……世の中はどうなるのだろう。


 泣くのだろうか。


 喜ぶのだろうか。


 怒るのだろうか。


「お兄ちゃん……大丈夫?」


 葉月の小さい声で我に返る。


 俯いたまま階段石を下りると「ちゃんと話したか?」

と、父は目尻を垂らし僕の肩に手を置く。


 重い……重い手のひら。返事をせずに目を逸らした。


 四人で来た道を戻っている。墓参りしたいところがある、と単独行動を告げた。

父と母は首を傾げたけれど残った線香とライターを渡してくれる。

葉月は「私も行く……!」と、言ってきかないから、やむなく連れて行くことにした。


 道中の車内で調べていたから目星はついている。

茜音さん……いや、和泉茜音が眠る場所。

どうせ情報など無いだろうと検索してみたが、意外にも彼女の墓場は簡単に見つかった。

確かに、この霊園だ。

丁寧に道程が示されたサイトがありスマートフォンを見つめ歩みを進めていく。


「ねえ、誰のお墓参り行くの?」


「和泉茜音」


「えっ!? 茜音ちゃんのお墓ここにあるの!?」


「そうらしい」


「っていうか、お兄ちゃん、茜音ちゃんのこと好きなの!?」


「最近、よく聴いて……いるかな」


――生の歌声も。


「私は前から聴いてるよ……! お兄ちゃんより先に聴いてるんだからね!」


 深く長い溜め息を吐き出し葉月の発言を否定する。


「それ、やめとけよ。初期から聴いている、有名になる前から聴いている、とか。

他のミュージシャンにしても言わないほうがいい」


「どうして?」


「いるんだよ、そういう人たち。

まあ、今の葉月が茜音さんのことを言ったところで該当しないけど。

自称『古参』って言う人たちいるだろ」


「うん」


 前方から墓参りに似つかわしくない派手な服装の人物が歩いてくる。

身体に合わぬ大きな白シャツにはペンキのようなものが飛び散っていて、

袈裟斬りにされた箇所を数点の安全ピンで止め、その隙間から肌が見えていた。

身丈は肋骨の下から臍までカットされている。

さらに目を下げると青と黒のチェック柄のミニスカート。


「そういう自称古参の人たちって、新しく聴く人を『にわか』とか言うんだよ」


「あー、言うかも。でも、初期から知ってるなら古参じゃん」


「その言葉に、なんの価値があるんだよ。

すごいのはミュージシャンで、ファンがすごいわけでもなんでもない。

古参は、ただのファン。

売れる前……下積み時代に数百万円くらい活動資金として渡してるなら別だけど」


「初期から応援していて……育てたみたいな?」


「その人たちじゃないといけない理由がないだろ

他にも応援してくれる人はたくさんいる。有名になる人は、なるべくしてなると思う」


「えー、運も必要だっていうけど」


「有名になるための準備が整って、最後は運っていうだけだろ。

――古参なんてものに価値はない。

逆にミュージシャン側からすれば迷惑だ。新しいファンを攻撃されているんだから。

何者でもない自分の存在価値を『古参』というところに見出して、すごく哀れだ。

なにも持たないから、自分を古参という呼び名で語る。

彼らは勘違いしているだけ。そこに気付いていないのか、気付いていないふりなのか。

どちらにしても哀れだよ」


「あまり強い言葉をつか――」


「弱く見えますか」

と、普段の茜音さんとのやりとりが反射的に出てしまった。


 この流れを作った人物は葉月ではない。


 すれ違いざまに派手な服装をした人が言ったのだ。

僕たちが立ち止まると、その人物はケラケラと笑っている。


「――今のねえ、親友がよく言ってたんだよお。

返答とタイミングがベストだったよお、きみい才能あるよお」


 桃色が主体で紫が間に入っている髪がサラリと動く。


「えっ……ええ!?」


 葉月は目を見開き次の声は大きくなる。


「あ、あの……! ミンミちゃ……ミ、ミンミさんですか!?」


「そだよー、ミンミちゃん、でーす」


 細い手首に巻かれたアクセサリーが揺れ両の手を大きく振っている。


――ミンミ?


「ファ、ファンなんです……! あ、握手してもらえますか?」


「いいおー。ファンサービスしとこー。知っててくれてえ、すっごく嬉しいよお」



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