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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第三章 降雨の夏

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降雨の夏 20

『叫んでいることもあるんだけど……大丈夫かな?

他にもハードコアとかオルタナとか流れてくるよ』


 彼女の口から海外の仮面を被ったバンドや白塗り眉なしのバンド名が告げられる。


「多分、家に誰もいないと思っているんですよ」


『うん……いいんだけどね、好きな音楽を聴くのは。

ジャンルに偏見があるわけでもないし、私も色々なジャンル聴いていたから。

でも、絶叫しているから……色々さ、あるのかなって』


 ギターケースを瞬間的に上げ持ち手を握り直す。

 

「茜音さんの音楽を聴かせればいいじゃないですか」


『うん、私の曲も聞こえてくるよ。すごく嬉しかったなー』


 葉月は和泉茜音を知っていた。

以前、僕が部屋でギターを弾いていると、

「そのギターって茜音ちゃんのギターと同じ物なの? 高いんじゃないの?」

と、言われたことがある。


「それなら大丈夫でしょう」


『え?』


「茜音さんの音楽を聴いているなら大丈夫ですよ」


 偽りなく自然と言葉が出てきた。


 彼女は僕の前に飛び出して満面の笑みを浮かべ問いかけてくる。


『それは私のことを……好きってことかな?』


「また変な曲解を……。

どのような思考をしていたら、それに繋がるのか、意味がわかりません。

茜音さんの歌を聴いて、人を傷つけたり、人に悪意をぶつけたり、欲望に塗れたり、

犯罪者になるような思考にはならない、ってことです」


『え……ありがと。初めてだね、私の曲について言ってくれるの。

前に聴いてくれたって言ってくれたけど、それっきりだし』


 夏休みに入りアルバイトへ向かう道中などでは、毎回、和泉茜音を聴いている。

口にすることはなかったけれど。

すべてのアルバムを購入したが、三枚目のアルバムは和泉茜音の音楽とは思えなかった。


 上辺だけで作られた偽りの物を聴いているようだった。


「三枚目のアルバム……聴かなくていい、って前に言いましたよね」


『うん……言ったよ』


 急に声の質が湿り気を帯びた潮風のようになる。


「どうしてですか?」


『私が……作ったもの……じゃないから』


 前を向いて歩き出した彼女を風は包もうとはせず強く背後から叩きつける。


「すみません……話したくないことですね」


『ううん。朝陽くんには話しておきたい』


 彼女の口から事の詳細が語られた。


『私は……そんなことしたくなかった。

私の音楽は、私である必要がないのかな、って。

私の音は……いらないのかな。すごく苦しくなったし、悲しくなった』


「――そんなことないです。それに大丈夫ですよ」


『え?』


「全員がわかるわけじゃないでしょうけど、茜音さんじゃない、って気付きます。

気付かなくても聴かない人が多いと思います。

――茜音さんが作った音楽は確かにある。

茜音さんの音楽は今でも聴かれている、それでいいじゃないですか」


『――慰めてくれるの?』


「違いますよ、事実を述べただけです」


『泣かせたくないな、って思ったんだ?

抱きしめないといけない、って思ったんだ?』


「違います」


『前に教えたよね。

泣いている女の子がいたら、抱きしめるか、頭を撫でないといけないって』


「誰にでもやっていたら逮捕されて起訴されますよ」


『いいよ、抱きしめて』


 空中に差し出した両腕を僕へ向けている。


 軽い溜め息をわざとらしく吐いて、緊張を見透かされないようにした。


「性は簡単なことじゃないんでしょう」


『もー、なんでそれを今言うの……!? お互いの想いが一致しているならいいの!』


「それこそ不同意であったことを同意であるかのように言う人たちと同じにな――」


『そうやって私のことイジメて楽しんでる、サイテー!』


「イジメていないです。怒らないでくださいよ」


『じゃあ、抱きしめてよ』


「じゃあ、の意味がわからないです」


『知らない人に私が抱きしめられてもいいの?』


「今のところ茜音さんに触れられる人はいないですけど」


『そういう話はしてない。

私が他の人とそういうことしても、朝陽くんは気にならないってこと?』


「それは……」


『それは?』


「個人の……自由じゃないですか」


『…………。もういい。もう知らない』


 彼女は青空が広がる下を歩き始めた。


 華奢な身体を見つめる。


 いつまで……一緒にいられるのだろう。


 何事にも永遠は無いけれど、その時は迫っているのだろうか。



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