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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第三章 降雨の夏

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降雨の夏 16

 凪咲に目を合わせずテーブルへ置いた食べかけのバーガーを見つめる。


「はあ? てか、痛いんですけど?」


「触るなよ」

と、ギターへ向かおうとする彼女を引っ張った。


「離せよ……! お前が触んな……!」


 左肩を強く蹴り飛ばされ掴んでいた手が外れる。


「ちょっと……! なぎちゃん……!」


「さ、先に手を出してきたのは……あっちゃんのほうだから……」


 青菜に塩をかけたような状態になって黒髪や頬を触ったり落ち着きがない。


「なぎちゃん……? どうしたの?」


「あっちゃんが悪いの! あっちゃんが先にやったの!」


「掴んだのは悪かった、ごめん。

でも……すごく大事なんだ。油が付いた手で触らないでくれ」


「――それって……フリ? フリだよね?」


 普段の凪咲に戻った。


「フリじゃない。冗談じゃなくて本当に触るなよ。触ったら――」


「触ったら、なに? お前を殺す、って? やれんの? あっちゃん、私を殺せるの?

別に生きていたくないから……殺してみれば?」


 腕を組み僕を見下ろしているが、その姿は虚勢であることが見て取れる。


「――なぎちゃん、なんでそんなこと言うの?

喧嘩しないでよ……久しぶりに三人で会ったのに……」


 バーガーの包装紙がクシャリと音を立て、下を向いた葉月の身体を凪咲は包んだ。


「ごめん、ごめん、はっちゃん。違うの、冗談だよ。

もー、それくらい……わかってよ。ね、冗談なの」


 背中を撫で慰めの言葉と相反する目を僕に向けている。


「だって……。冗談でも……生きていたくないとか言わないでよ」


「んー、そういう時ってあるでしょ? ほら、あれ……売り言葉に買い言葉って。

それに、ちょっと、あっちゃんをビビらせようとしただけ」


「やだ……やだよ。そういうこと言わないでよ……」


「うん、うん。わかった、もう言わない……から」


 昔から一緒にいることが不思議だ。


 優しく快活な葉月、傍若無人な悪童の凪咲。


 二人は保育園から共に過ごしている。今は別々の学校になってしまったけれど。

凪咲が他人から責められれば、いつでも味方になり擁護していたのは葉月だった。

本来なら擁護できない時も、謂れのない理不尽に責められる時も。

彼女が同級生との仲介役になり、凪咲も周りと上手くやっていたように思う。 

葉月が庇うものだから、それが僕にも伝染し、

腐敗爆弾襲撃事件の時も凪咲が犯人だ、とは言えなかった。


 少しばかり気になっていた。


 凪咲の様子が以前と変わっていることに。


             *


 夏の空から降り注ぐ陽射しは眩しく、少し落ち着いた攻撃でも痛みは強い。


『元気ないい子だったねー』


「はい? ちゃんと見ていましたか?」


『見てたよ。一部始終をね』


 ジャンクフードを食した僕は、葉月と凪咲の恋愛話に呆れ自宅から出てきた。

あの二人は僕がいても普通に卑猥な話をする。

それは男子が話す内容と比べ生々しく現実味が強すぎるのだ。

笑いになっていない、笑うところがない。

性的な話を食べ物に例えるなら男子の話はスナック菓子、女子の話は水飴だ。


 自室が凪咲によって荒らされることも懸念したが、

葉月が止めてくれるだろう、という希望を胸に秘め、

ギターを持ち女子の交流の場を離れた。


 行く宛もなく葉桜で覆われた道を歩き、凪咲の悪行の数々を茜音さんに教える。


『基本、腐らせてからの攻撃をするんだね』


「人の嫌がることを徹底的にやるんですよ」


『でも、楽しそう』


「第三者だから言えることです。被害者はたまったものではないです」


『それは……うん、確かにそうだけどねー』


「他にも……例えば、僕に対する嫌がらせ以外に、

世の中に迷惑かけることを平気でしていましたよ」


『どんなこと?』


 小学生高学年の頃、母、葉月、凪咲、僕で映画を見た帰り。

ファミリーレストランに寄った時のことだ。


「僕が途中で飲み物を取りに行くと、凪咲がドリンクバーの所でせっせと動いている。

なにしているんだ、と思って覗くと、彼女はグラスにオレンジジュースを入れて、

それを氷の入った箇所へ大量に注いでいたんです」


『えー』


「もう……どうしようもないですけど注意したんです。

そしたら『こうすれば、みんなが冷えたの早く飲める』って言ったんです」


『子どもの頃でしょ? みんなのために……って思ったんじゃない……かな』


「いえ……そうではないと思います。凪咲は不敵な笑みを浮かべていましたから」


 その後、母が店に対し平謝りしていたけれど、本人は知らぬ存ぜぬという顔をしていた。


「他にもありますよ。中学校に迷い込んだキジを捕まえて家庭科室で焼き鳥にしたり」


『ええ……豪快な女の子だねー』


「――キジを焼き鳥にしたのは別に非難しなかったです。

狩猟免許が無いので違法ですけど凪咲は自分で捌いて内蔵も全部食べていましたから。

一般生徒の前で血抜きして毛を毟って、教師たちには散々怒られていましたけど」


 その思い出話で一つの話題を生み出した。


 後ろで両の手を組み、彼女の顔には木漏れ日が当たり、その横顔に問いかける。


「――僕のところでは無かったんですけど、

世の中の小学校などは自分たちで飼育した動物を食べるところがあるみたいです」


『あー、豚さんを育てるやつかな?』


「そうです。高校とかでも鳥を飼育して食べるところがあるみたいです」


『それがどうかしたの?』


「それを教育と称しているのは……いくらか疑問があります」


『はい、師匠が話を聞きましょう』


「命を学ぶため、というのは理解できます」 


『うん。そうなんだろうね』


「育て、殺し、食べる。ここに疑問は感じません。

ただ……見方を変えればおかしいと思います。個人的には浅い考えだと思っています」


 茜音さんは言葉を出さず緑の隙間から差す陽の光をしばらく見つめていた。


『そっか……目的のことに疑問を感じるんだね。

育てた動物を食べることじゃなく、愛でた動物を殺し食べること。

――心を通わせた動物を食べることに』


「そうです。動画でしか見たことがなくて実際に目の当たりにしたことはありません。

映像を見る限り長い時間を共に過ごしているようです。

人間と動物、お互いに信頼関係があるように見えました。

――それを自らの手で殺めるんです」


 隣りにある国道には法定速度を無視した他県ナンバーが走っていく。

轟音を響かせるスポーツカーは声の邪魔だ。


「僕たちは植物にしろ動物にしろ生き物を食べます。

栄養も摂るし、嗜好品としても食べます。それは生きていく上で必要なことです。

どの生物もなにかを食べて生きているので」


『当たり前のことだけど感謝する気持ちは大事だよね。

感謝する気持ちを持てるのも人間だけだと思うし』


「僕がおかしいと思うのは『教育のため』で生き物を殺していることです」


『うん、確かに、そうだね』


「動画を見たら『これで命を学べる』というコメントもありました。

『普段は代わりに屠殺してくれる人がいる』という声もありました。

これは僕の勝手な憶測にしかすぎませんけど、

屠殺を生業にしている人は、屠殺する対象に情を持っていないと思います」


『そうだね、深い愛情を持っていたら屠殺できなくなっちゃうもんね。

心が保てなくなるだろうし。

言い方は悪いけど……死を前にする現場には少なからず慣れ、というものがあるから』


「実際に経験した人から『命の尊さを学べた』といったようなコメントもありました。

――僕は考えました。

そうしなければ命の尊さを学べないのか、理解できないのか、って」


『そう言わないと、そう思わないと、心の均衡が保てなかったからかもしれないよ。

自分が育てて愛した生き物を自分の手で殺す。

本心で思っている、って言うかもしれないけど、心は傷ついたと思うよ。

だから、そう思わないといけない、自分の選択を否定することになるから』


「そうですね。屠殺場に行って屠殺させてもらうだけではダメなのかな、と思います。

長い時間を共に過ごした生き物を殺す理由がわかりません。

――それも『食べる』ことが目的ではなく『殺す』ことが目的で。

『教育のために殺す』この考えは身勝手すぎると思います。

教育と称して命を無駄に奪うことになんの意味があるのかな、って」


 言葉に出すと憤りがどんどんと生まれてきてしまう。


「教育者が『命を教えている』という悦に浸る行為にしか僕には見えません。

教師が教育という名の下に自己陶酔しているんですよ」


 茜音さんを一瞥すると、いつの間にか僕の横顔を捉えていた。


『ね、朝陽くん。人には心があるよね。

心があるから、すべての人に平等なんて存在しない。命も平等じゃない』


「そうです……ね」


『朝陽くんが言っているように共に過ごした生き物を教育のために殺すこと。

その教育の是非は私もわからない。

他の考え方でそうしているのかもしれないしさ。

――でもさ、愛する生き物を殺したくない、愛していない生き物は殺せる。

それは命が平等じゃないことと同じだよ』


 そうだ、この世に平等というものは存在しない。


『――ね、酷いこと言っていい?』


「いいですよ」


 茜音さんは僕より一歩前に踏み出し人差し指を宙で振っている。


『うーん。そうだね……例えば……どうしようかな。

――この間の胡桃ちゃんと変態おじさん。この二人が崖から落ちそうです。

どちらか一方しか助けられません。どちらかは絶対に死んでしまいます。

朝陽くんは、どちらを選びますか?』


 そのようなことは考えるまでもない。


「胡桃です」


『そう、そうなの。それは朝陽くんが胡桃ちゃんと心を通わせているから。

心を通わせている人を見殺しにするなんてできない。

人は人であるからそ命を秤にかける。その時点で命は平等じゃない』


 普通は聞かない言葉だ。

僕たちは「命は平等です」と教育される。そんなもの……この世にないと知っている。

大人が上辺だけで取り繕う浅ましい答えが返ってこなかったから安堵した。

茜音さんがそのようなことを言わないとわかっていたけれど。



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