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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第三章 降雨の夏

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降雨の夏 15

 小学生時代の夏休み。

気に食わない教師がいるという理由で凪沙は腐敗爆弾というものを製造した。

生のレバー、納豆、玉ねぎ、バナナ。それらを細かく刻み、

炎天下に三日間放置した物を漏斗で風船に詰め込こんだ。

教師が新車を購入することを聞きつけた彼女は納車する日を待ちわびていた。

僕と葉月は止めたけれど、そのようなことで諦める人物ではなく、

十発近い腐敗爆弾を新車に叩きつけ、全弾命中させると校舎の中へ走り去っていった。


 数分後、泣きながら戻ってきた彼女の隣には車の持ち主である教師がいた。

購入したばかりの自動車が腐った食べ物に侵されている惨状を目の当たりにし、

教師は鬼の形相で僕に向かってきたのだ。


「なんでこんなことしたんだ!」と、怒鳴り散らし、教師の背後に付いていた凪咲が、

「先生のこと嫌いだから……って、あっちゃんが……。

私とはっちゃんは止めたのに……!」と、泣き声を上げた。


 通称、腐敗爆弾襲撃事件という。


「どうしたの、ボーッとして。はい、お兄ちゃんの好きなやつ」


 パティとチーズがダブルになったバーガーを渡され黄色い包装紙を見つめた。


「あっちゃん、私のことオカズにするなら……まあ、別にしてもいいけどさ。

今、脳内で犯すのやめてくれる? あと、ライブ感が大事とかでトイレに駆け込むなよ」


 僕は教師に首根っこを掴まれ職員室へ連れて行かれた。

夏休みであるから教師の数は多くない。

散々罵られ糾弾された後で両親が呼び出される。

唯一の救いは、僕がやった悪行とは思っていない、と、両親が庇ってくれたことだ。

学校内で起きたことであるから他の子どもの関与は否定できない。

一人の大人として責任を取る、と言って、教師の新車を一緒に洗車してくれた。

父、母、葉月、僕。

腐敗爆弾の凄い悪臭が立ち込める中でカーシャンプーの爽やかな香りも混ざり、

壮絶なものであったが、変な笑いへと変換され四人で泡を含んだスポンジを動かした。

真犯人は、その光景がおもしろくなかったのか、両親が帰った後で僕と言い合いになる。


 洗車していたことで日はすっかり暮れていた。

凪咲が一人で歩いて帰るのは危ない。葉月と一緒に背後から付いていくことにした。

凪咲が自宅へ入るところを見届けて、踵を返し、

葉月に彼女へ対する恨みつらみを吐き出していると、

背中に強い衝撃が走り僕は地面を舐めることになる。

仰向けに押さえられ腐敗爆弾に使用した生レバーなどを口内に押し込まれた。

吐き出そうとしても鼻と口を両の手で強く抑え込まれ、

呼吸できない反射によって胃袋へ流してしまう。


 帰ってから母の胸の中で息もできないくらい大号泣し、

葉月も隣で頭と背中を撫でてくれた。


「お兄ちゃん、シェイク何味がいい?」


「別になんでも……いい」


「おい、童貞。なんでもいいじゃねーよ。

三択だよ、三択。事なかれ主義なんて気持ち悪いから。

――あ、四択だ。一個は期間限定のあるから」


 胡桃が目撃した給食のカレーにヘビを入れた事件にしても、

元々は僕の漫画を盗んでいった彼女が自宅の浴室で読んでいたことが原因だった。

浴室の湿気、さらには浴槽の中に落とされ、無惨な姿にされた漫画を労う気持ちで、

「普通、風呂場で紙媒体は読まないだろ」と、葉月に話した。

彼女も「人の大切な物を壊したり、傷つけたりしたらダメだよ」

と、個人の意見を凪咲に伝えた。


 それが彼女には不愉快だったようだ。


「――じゃあ……チョコレート」


「あ、チョコレートはもうないや。私のでよかったら飲んでいいよ」


「はっちゃん、童貞を甘やかしたらダメ。

あっちゃんが『あまちゃん』になっちゃうじゃん」


 夏祭りの日に胡桃が言っていた体育の時間のこともはっきりと記憶している。

凪咲は生肉を振り回し僕に襲いかかってきた。

後にわかったことであるが、チャーシュー用の豚バラブロックに麻紐を三重にして通し、

肉の塊を四本ほど連結させヌンチャクや三節棍にも似た武器にしていた。

例にもれず肉は炎天下で数日放置していたもので強い悪臭を放っていた。


 逃げ惑う僕。腐敗した肉を振り回す凪咲。


 授業に乱入され激昂した体育教師と彼女が一騎打ちになったことは、

当時の在校生で知らぬ者はいないし、今でも語られているはずだ。

体育教師は黄色と赤色のバトンを二刀持ち、凪咲は靭やかな豚バラブロックを回す。

ほとんどの在校生が教室からベランダへ飛び出し謎の声援と歓声を上げていた。


 横薙ぎの攻撃が顔面に入った教師は倒れ、口の中に腐った肉をねじ込まれた。

軍配は凪咲に上がったが、駆けつけた教師数名によって取り押さえられた彼女。

「凪咲が死するとも、自由は死せん……!」と、高らかに宣言した。

明治時代の自由民権運動の指導者が刺客に襲われた際に言い放った言葉を模倣している。

在校生は生徒が教師を打ち負かしたことを喜んでいた。


 この事件の発端は子どもの頃に葉月と共に見つけた黒い野良猫に関係があった。

野良猫は近所の家で飼ってもらうことになり、

半分放し飼いにされていて、僕らの家にも遊びに来る。

ある日、自宅に来ていた凪咲のところに猫が近寄った。


 彼女は猫のヒゲを両の手で引っ張り、それを目撃した葉月が、

「なぎちゃん、やめてよ……! なんで、そんなことするの……!?」

と、初めて凪咲に声を荒らげ怒った。


 葉月は猫を抱きかかえ「ごめんね、ごめんね、痛かったね……」と、泣いてしまう。

僕は凪咲に向かって「葉月と猫に謝ってくれよ」と言い、

これによって生肉を振り回すことへ繫がり、体育教師一騎打ち事件が勃発した。


 つまるところ、彼女に物事の是非は通用しない。

自身が納得しなければ暴挙に出る。そのような人物なのだ。

これは彼女が起こした事件のごく僅かなものだ。異端な行動は枚挙に暇がない。


 僕はポテトを一つ掴んで口に入れる。


「ちょっと、そこ私の陣地なんだけど」


 目の前にある一番近い距離の芋を食べただけだ。


「なぎちゃん、みんなで食べよ。ね、いっぱいあるし」 


「私の陣地だから。はっちゃんはいいけどさ。

あっちゃんが私の兵糧を奪うなら戦争も辞さない」


「戦争って……みんなで食べようよ」


「土地、水、食べ物、女、それの奪い合いが戦争の始まりだし。

争いは、いつでも隣にあるんだよ、はっちゃん」


――面倒くさいやつだ。


「ほら、これは陣地外のやつだから、足軽のあっちゃんも食べていいよ」

と、凪咲からチキンナゲットを渡される。


 静かに形成肉を見つめた。


 あれは中学二年の体育祭だ。

昼休憩の前に葉月から「おいなりさん」を渡された。

口に含むと何やらやけに酢が効いている……いや、変な味がすると思った。


「さっきの母さんが作ったの? それとも葉月? 

なんか……いつもと違う味がしたけど」


「え? お兄ちゃんが、なぎちゃんに作ってほしい、って頼んだんでしょ?」

と、首を傾げ言った。


 その後、腹を下し嘔吐と下痢に襲われる。


 この事件の真犯人は後に悪びれる様子もなく詳細を語った。

前日の夜に作り、午前中の休憩の合間に食べようと思っていたが、

屋外に常温で放置していたおいなりさんを結局食べる気になれず僕の元へと流した。

フードロス厳禁だから、と、彼女は僕に狂気じみた笑みを見せる。


 目の前の薄茶色の揚げ物も何かの細工がされている可能性があった。


「どうしたの? なんでそんなに見てるの? あ、ソースあるよ」

と、葉月は四種類のディップソースを目の前に並べてくれた。


「ああ……いや……」


「てか、あっちゃん、様子おかしくない?

え、もしかして、私が色っぽくて緊張してるの?

あーもう、本当に童貞丸出しなんだから」


――恐怖だよ。疑心暗鬼なんだ。


「なぎちゃん……違うの。今ね、うちには色々あるんだよ」

と、葉月は白身魚を挟んだバーガーを小さく口に含んだ。


「なに、色々って」


「幽霊……幽霊が出るんだよ……!」


「ゆ、幽霊!? 本当に!? 見たい!」


『いるよ……! ここに!』


 茜音さんは真っ直ぐに手を上げた。


「幽霊なんて……いない」


「えー、だって、あの音とか漫画とか幽霊の仕業だよー」


「なんなの、なんなの? はっちゃん、詳しく教えてよ」


 葉月は事の詳細を凪咲に伝えた。


「へー、確かに、なにか……いそうだね」


「だよね!? なぎちゃんもそう思うでしょ……!?」


「うん。てかさ、あっちゃんが関係してんじゃないの?」


 鋭い目……そこには真相を突き止めようとする意思が感じられた。


「その状況からするに、この部屋が怪異の主な発生源なんでしょ?」


「そうなの……! お兄ちゃんの部屋で起きてるの……!

音の出てるところは……確認できてないけど。

それでね、お父さんは、お兄ちゃんが女の子を連れ込んでるって!

私もそう思うの……!」


 忙しなく言葉を続けた葉月はシェイクを飲み込み喉を労る。


「へー、あっちゃんが女を……ねえ」と、切れ長な目が僕に刺さる。


 凪咲は変なところで勘が働く。

葉月のように聡明であるとかではなく野生じみた嗅覚を働かせることが昔からあった。

小学生の頃、葉月の手提げ袋が紛失したことがあり推理と比喩ではない嗅覚で見つけた。


 緊張とポテトによって乾いた喉をバニラ味のシェイクで潤す。

凪咲の僕を品定めするような視線は不意に右方向へと流れた。


「ねえ、あのギターって、いつからあるの?」


「えー、いつからだっけ……お兄ちゃん、いつ買ってきたんだっけ?」


「六月の頭くらい」


「怪異が起こり始めたのは?」


「え……うーん、確か六月とかだと思うよ」


「このギターが来てからじゃないの?」


――なぜ、わかるんだ。


「えー、んー、でも……うん。同じくらいの時期かも。

どうだったっけ、お兄ちゃん」


「さあ……覚えてない」


 茜音さんに目を向けると笑みを浮かべ足をバタつかせている。


「ちょっと、あれ見してよ」


 急に立ち上がった凪咲の左手首をしっかりと掴む。


「は? なに? 離してよ」


「触るなよ」



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