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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第三章 降雨の夏

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降雨の夏 9

「そんな奴らが蠢いている場所があんだよ」


「どこですか?」


「カラオケ番組。あそこで高得点を出すのにトーナメントとかで勝負してるだろ?」


「あー、あるみたいですね。しっかり観たことないですけど」


「あいつらな上手いんだよ。歌唱力だけならプロも負ける奴が多くいるだろうな。

歌唱力だけ、ならな。

ピッチも安定しているし、抑揚とかビブラートのかけ方もちゃんとしている。

でもよ、上手いだけ……それ以外なんもねえの」


「なんにも?」


「ああ。聴いた人が『すごい』って讃えるだけで感動がねえんだよ。

上手い、テクニックはある。

『わー、すごい』それだけだ。それに気付いてんのかな?」


「きつい言い方……」


「あいつらバカ丸出しの顔してんだよ。

僕は、私は、こんなに上手い!って、よくあんな感じで歌ってられるよな。

上手いだけのことに価値はねえよ、バカが。

それは音楽じゃねえ、なんの競技なんだよ、バカが。死ね、消えろ」


「き、清原さん……ど、どうしたの?

女の子に振られたりしたんですか?」


「ちげーよ。この間、その番組に出てた女をプロデュースする話がきたんだよ。

断る以前に、その女が事務所に来たから、目の前で歌わせたんだ」


「そ、それで……どうなったんですか?」

と、眉間に強い皺を寄せる彼に問いかける。


「番組の時みたいにドヤ顔で歌いやがるから、

人から歌が上手くてすごい、とだけ言われたいなら俺の前から消え失せろ、ってな」


「ひどい」


 鼻で笑う彼は、さらなる罵声を浴びせたことを話す。


「てめえの歌で人を感動させることは不可能だ。歌ってるだけの今のお前はゴミだ。

一生、俺の前に姿を見せるな。明日にでも日本の裏側へ旅に出て二度と帰ってくるな。

二度とこの島国に足を踏み入れるな、野生動物に喉元を喰われて死ね、って言った」


「ひ、ひどい……。そんなこと言わなくても……」


「お前にもわかんだろ。あいつらの歌はテクニックを聴かせるだけ。

本当にそれしかねえ。音楽は競技じゃねえのに。

スポーツじゃねえんだよ、クソガキ共が。カラオケの点数で競い合うバカが。

数値化できねえのが音楽なんだよ、クソ共が」


「あの……やっぱり女の子に振られたんですよね?」


「ちげーよ。

ちなみに俺はカラオケで歌う一般人は好きなんだ。

スナックで聴く……その辺の人が一生懸命に歌う音楽は好きだ、あれこそ音楽なんだよ」


「それわかります。私も好きです。

音を外しているとか、ピッチが安定していない、とか、どうでもいいですもんね。

一生懸命……言葉をメロディに乗せているから美しいんですよね。

あれって後天的には得られないものの一つだと思います」

  

「だな。だから、俺はスナックに行くのも好きなんだよ。

――で、お前、歌詞と曲は順調か?」


「話変えすぎ……。でも、気にしてくれるんですね」


「するだろ。俺はプロデューサーだからな」


「前回よりはできていますよ」


 歌詞の手直しはしているけどデモ音源の多くは完成していた。

納得できているか、と言われると……そうではない。

もっと……聴いてくれる人に真摯でありたいのに。


「それによ……平良の野郎が定期的に連絡してきやがる。

まあ、俺じゃなくてスタッフにだけどな」


「そうですか……前回のことがあるから信用されてないですもんね、私」


「――あいつの信用なんてどうでもいい。

まあ……別に曲が作れなくても死には死ねえよ」


 私が歌詞を添削している隣で清原さんとエンジニアさんはアレンジの話を始め、

スタジオミュージシャンさんたちは休憩に行っている。


 スタジオの扉が開く気配がした。


 目を向けることなく文字と頭にあるメロディで会話していると、

肩を優しく叩かれ、振り返ると白髪交じりの中老男性が微笑んでいた。


「久保さん!?」


「おーす。久しぶりだね、茜音ちゃん」


 久保正哲くぼまさてつさん。

自らもシンガーソングライター、バンド活動を行う傍ら、

様々な人へ楽曲提供を行うヒットメーカーだ。


 私は彼の音楽で育ってきたと言っても過言ではない。

みんな知らないだけで彼の生み出すメロディに触れている。

有名なミュージシャンへの提供、アニメ主題歌など枚挙に暇がない。

海外からも彼の音楽は評価され偉大な作曲家だ。


「どうしたんですか!?」


「いやー、久しぶりに茜音ちゃんの顔でも見ようかなって。

清原くんに聞いたらリハーサルしているって言うからさ。はい、これ差し入れ」


 有名店のシュークリームが顔を覗かせた。


 私は人の曲を歌うことを良しとしない。

それでも尊敬する人が私のために作ってくれた曲だけは別だった。

彼のメロディに私の歌詞が乗る。ファンの間でも人気のある曲になっていた。


 久しぶりに会う彼の笑顔はとても穏やかで優しい。

そうであるから、彼の生み出す音楽に癒やされる人がいる。


 手直しするためのペンを止め久保さんとの談話を始めた。

業界の裏話や楽曲の制作秘話を聞くことが楽しみだった。


「――そうか。茜音ちゃん、書けなくなったか」


「はい……書けないわけじゃないんです。

でも、聴いてくれる人たちに真摯でいたいから。

そういうことを……考えていると……。

コードはいいのかな、メロディは、フレーズは、このままでいいのかな、

歌詞はいいのかな、って考えちゃうんです」


「まあ……なあ……。生みの苦しみだな」


 スタッフさんが渡したコーヒーをゆっくりと啜りながら久保さんは苦い顔をした。


「生みの苦しみ……ですか」


「そう、生みの苦しみ。なにかを生み出すことは自分の内側から引っ張り出すこと。

それは楽しさや嬉しさといった感情だけではなく、

むしろ悲しみや苦しみによるものが多い。

だから、なにかを作るというのは苦しいんだ。

本当の意味での創作は苦しい。そういうものだよ」


「久保さんも……そういうことあるんですか?」


 彼は顎を上げて大きく笑った。


「ははは! そんなんばっかりだよ、俺なんて。

それに十曲作って全部捨ててしまうこともある。

――まあ……捨てたところで、また会うんだけどね」


「失礼かもしれないけど……意外でした。久保さんの作るメロディは美しいから。

いつでも大切に一曲、一曲作り上げてるのかと思いました」


「大切にはしているよ。だけどね、納得できないなら世には出さない。

俺たちは生み出すことで一種の責任が生まれる。

適当に量産するなんて、聴いてくれる人たちに申し訳ないからねえ。

なんだってそうだよ、ある一定の基準を満たして量産すれば売れるさ。

でもね、作品という物は、また違う。適当に出すこと。

それは作品に対する冒涜で、相手への侮辱でもあるんだな、これが」


 朗らかに笑っているけど、彼自身のことすら揶揄しているように感じた。


 そして……私は胸が痛んだ。


「あの……久保さん。私ね……前回のアルバム」


「ああ、もちろん聴いたよ」


 胸が痛い。


「あの……あのアルバム――」


「――茜音ちゃん、自分で作った曲じゃないんだろ?」

と、笑顔は変わらず私に向けられている。


「どうして……誰から聞いたんですか?」


 平良さんの話では関わった人たち、彼らは秘密を漏らすことはしないと言っていた。

ミーちゃんには唯一話したけど、彼女も人に言う子ではない。


「そんなの他人から聞かなくてもわかる。

茜音ちゃんが作ったメロディでも詞でもない、ってすぐにわかったよ。

一曲だけなのかと思って、次々と聴いてみたら全部違うんだから」


 胸が締め付けられると同時に顔の辺りへ血液が集まる。

恥ずかしい。尊敬する人に聴かれた上に見透かされてしまったこと。

その反面、やはりこの人は気付いてくれた、という安堵も胸の辺りを巡った。


「気付かないわけないさ。茜音ちゃんの音楽は特別だ。

作曲家たちは寄せにいっていたようだけど、寄せにいったが故に離れていっている」


 目から涙がポロポロと溢れる。


「私……あんなことやりたくなかったんです……」


「茜音ちゃんがしたわけじゃないだろう。知らないところで勝手に動かれただけ。

――俺はさ、アルバム聴いてから、すぐに平良くんに連絡したよ」


 滲む視界の中で卓上の一点を見つめ、溜め息を吐く彼の言動に耳を傾けた。


「久しぶり……だったな。人に怒鳴ったの。

もちろん、俺は彼らのレコード会社にもレーベルにも関係ない人間だけど……ね。

あれは許せなくて怒っちまったなー」


 堪らえようとしても涙は止まらない。


「本人が了承してるなら、なにも思わないけどね。

本人の知らぬところで勝手にリリースするのはダメだ」


「どうして……」


「ん?」


「どうして……私が了承していないって……」


「きみ、だからだよ。

音楽に対して、これほど真っ直ぐに取り組んでいる茜音ちゃんが良しとするわけがない。

これほど音楽に誇りを持つ人間が了承するわけがない」


 目の前に白いティッシュが現れる。


 清原さんの節くれだった手が隣にあった。


「あの野郎が勝手にやったんですよ。

俺の言うことは聞かないから、大先輩のマサさんに指導してもらったほうがいいっすよ」


「俺が言ったところで聞かねえだろ……平良くんは。

この前、話した時も一貫してたよ。

『和泉茜音を売るのは私だ』ってね」


 久保さんの隣に立った清原さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「守銭奴が……。

バンド時代は、あんな奴じゃなかった。やっぱ売る側にいくと変わるもんなんすかね?

金、金、金、それだけっすよ」 


「いや……そうではないと思うぞ。彼の真意は」


 小さく頷きながら言った久保さんは、清原さんの否定する言葉を笑顔で聞いていた。


「彼はさ……和泉茜音を最高のミュージシャンにしたいんじゃないか。

『彼女は世界を獲れる』と言っていたからな。

確かにやり方は良くないが……彼も彼なりに思うところがあるんだろう」


「ないっすね。

マサさんは人が良いから、ああいう金儲けしか考えない奴のことも良く見るんすよ。

人の悪いところも勝手に良い風に変換するんだから」


「そんなことは……ねえだろう」


「あるんすよ。

この間もキャバクラで、母親が大病してるっつうキャバ嬢に高いシャンパン開けて。

――あの女、ホストに現生で大金渡してたっすよ」


「え、ええ? そう……なの?

お母さんが病気で、おばあちゃんが余命幾ばくもなく入院していて……。

弟の大学費用は? 奨学金の返済は? 父親がギャンブルで作った借金は?」


「嘘に決まってるじゃないすか。

奨学金? あいつ中卒っすよ? 義務教育上がりっすよ。

父親は普通の会社員で母親はパート。弟は看護師の仕事していて、

バアさんは年金じゃなくて投資で儲けている。

――これは黒服から聞いた話っすよ」


 久保さんは口をすぼめている。



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