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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第三章 降雨の夏

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降雨の夏 7

「物資が不足して戦況も悪くなったとはいえ特攻することはおかしいです。

兵士がいなくなったら戦うこともできなくなるんですから。

とても合理的とは思えません」


『特攻は最後の手段だったんだろうね。本土決戦が始まれば民間人が犠牲になるから』


「本土決戦にはなっていませんけど、

数十万人の民間人が空襲によって虐殺されていますよ。

原爆を落としてきたこともそうです」


 戦勝国が日本の民間人を大量虐殺した、ということが語られることは少ない。

教育の中で「日本が悪いことをした」と、刷り込まれることも一因だ。

本土決戦となるダウンフォール作戦が決行されていれば民間人の被害は甚大だった。


『朝陽くん、知ってる?

終戦……八月十五日から四日後の八月十九日にあった特攻のこと』


「八月十九日……いえ、知りません。特攻があったんですか?」


 茜音さんはこくりと頷き僕を見る。


 最後の特攻は……玉音放送がされる前に飛び立った人たち。

玉音放送がされた後に沖縄へ向かった人たちもいる。

これは聞いた後か前かで意見は分かれていた。


「終戦の後で他にも特攻があったんですか?」


『うん。満州で最後の特攻があったの』


 満洲国……関東軍が行ったのだろうか。

終戦末期の満洲には全体で一五〇万人ほどの日本人が在留していたはずだ。


『終戦後、満洲から引き上げる日本軍人さんと日本の民間人がいたの。

その時……日本の民間人は現地の人々に次々と襲われた。

終戦になったのに中立条約を破っていた他国も変わらず進軍する。

奪われて、犯されて、殺される。女性と子どもは酷く……凌辱されたんだよ』


「他国」とは、現在、戦争をしている国のことだ。当時は名前も違ったけれど。

その国は領土を奪おうと満洲を強襲し、さらに北海道まで奪う計画があった。

中立条約を一方的に破棄し火事場泥棒を国家として行おうとした者たち。

あまつさえ、その国の当時の首相は兵士による性暴力を推奨、褒美と呼んだ。

当該の軍が攻め入った地域の性暴力は苛烈を極めたという。

あまり知られていないけれど、シベリア抑留となった人たちの中には女性も多くいた。

男性のように過酷な労働はなかったようだが敵兵による性被害に怯え暮らしていた。


『現地には日本へ帰国、満洲から脱出できていない日本人がいる。

――満州に戦闘機の訓練をする部隊があったの。

でも、そこの日本軍人さんたちに戦える武器は無かった。

あったのは弾薬が搭載されていない訓練用の戦闘機。

そこにいるのは教官さんと見習いのパイロットさんたちだけ。

軍人さんたちは上層部に指示を仰いたけど、直ちに降伏、退却、とだけ言ったみたい』


「終戦していますから……ね」


『うん。でもね……軍人さんたちは命令に従わなかった。

終戦になったの。戦う必要はなくなったの。

もう……戦わなくていいんだよ。どうして命令に従わなかったと思う?』


「軍人としての誇り……矜持ですか」


『うん、それもあると思うよ。

それに……個人として人道、正義、人としての思いやりがあったからだよ』


「思いやり……ですか」


『民間人を一人でも多く日本へ逃がすために、

侵攻してきた軍に訓練用の戦闘機で特攻したの。

彼らは十一人。それは侵攻してきてる軍の僅かな足止めにしかならない。

でも、戦う気力があるのだと見せつけることはできて牽制にはなる。

その後、戦死した彼らの行動は命令違反として糾弾されたの。長年蔑まれてきたんだよ。

それでも……命令違反をしてでも、軍人さんたちは、

少しでも多くの民間人を守るために自分の命を賭したんだよ』


 おそらく今の日本、国家権力を持つ組織に、それほど気骨のある人物はいない。

正義、矜持、人道より、己を優先する者が多いからだ。

義を持ち芯の通った者など、まずいないだろう。


『人が人を想うこと。私は……その方々を同じ日本人として誇りに思う』


「……………。

その満洲での成功率はわかりませんけど、特攻で成功したのは一割強と言われています。

特攻による敵国の死傷者は特攻人数の二、三倍にはなるようですけど。

成功できなかった多くは無駄死にじゃないですか。その犠牲は正しいんですか?」


『ちょっと待って。今の言葉は聞き捨てならないよ。

今、無駄死に、って言ったよね?』


「言いましたけど」


 彼女の白い肌が歪み眉間に皺が寄る。


『取り消して。

今の日本があるのは、あの時代、あの戦争を戦ってくれた人たちがいるからだよ。

愛する人を守りたくて、国を守りたくて、道を守りたくて。

命懸けで守ってくれた人たちを悪く言うのは絶対に許さない』


「事実は事実でしょう。それに……戦争を起こしたということも事実です」


『戦争を起こした事実……私たちが教育されてきたことって正しいの?

敗戦国になって……勝った国側から強制されたものでしょ?

私たち日本人が考えることを放棄したらダメだよ。

事実なんて、歴史なんて、いくらでも改竄されることってある。

勝てば官軍負ければ賊軍。朝陽くんだってわかってるんでしょ?』


「なにをですか」


『どうして戦争が起こったか、なぜ、日本は戦争に踏み切らなければいけなかったのか。

なぜ、戦争反対派がいたのか。それでも強行した理由。

ううん、戦争へ進むしかなかった理由、やむを得ないことがある。

朝陽くんは色々なことを勉強しているから知っているはずだよ。

自分の中でわかっているはずだよ。 

それなのに、どうして……どうして、そんなこと言うの?』


 返答せずに両の手を擦り合わせ沈黙する。

 

『他の国の人が日本を非難するのはいいよ。

自国の民の目を逸らすために戦争の話を持ち出すこともあるし。

賠償金欲しさに騒ぐこともある。

――日本人も色々な考え方、色々な想いを抱いていいの。

いいんだよ、色々な考え方をして。生きていく中で、それは大事なことだから。

でも、朝陽くんは日本人でしょ? 一つだけ……否定したらダメなことがあるんだよ』


「一つだけ……ですか」


『人のために戦ってくれた人たちのこと。

人を守るために戦ってくれた人たちのこと。

ご先祖様が命を賭して人と国を守ってくれたんだよ。

だから、今も日本があるんだよ? その人たちのことをどうして悪く言えるの?

さっきも言ったけど、改竄されることなんていくらでもあるよ。歴史は改竄されるんだよ』


「国を守ってくれたとしても、戦争そのもの、そこに生まれる殺人、虐殺、虐待、性暴力。

――戦争は悪ではないんですか?」


『戦争の善悪は言ってないよ。話をすり替えないで』


「すり替えてはいません。

個人間の争いで起きた犠牲ではないんですから、

国家として戦争のことは考えるべきだと思います。

争いの先も中も後も考えるべきですよ」


『私たち日本人は戦争は悪だ、っていう話ばっかりする!

戦争はいけません、二度と起こしません、そればっかりだよ。

真実を探そうともしない。なんでも鵜呑みにしてしまう。

そこにあった人が人を想う気持ちを無視する!』


「それはおかしいんですか?

戦争の是非を語ることは、おかしくないと思いますけど。

戦争が先にあって、そこに様々な想いが生まれるんですから」


『戦争の是非と同じくらいに、そこにあった人の想いを考えないといけないの!』


「人を想う気持ちさえあれば、誰かが犠牲になるのは……いいんですか。

それを良しとするんですか?」


『そんなこと言ってない……! 勝手に決めつけないで!』


「決めつけているのは……茜音さんですよ。

そこにあった人の想い、って言いますけど、実際に会ったことも話したこともない人。

その人たちの想いを勝手に決めつけているじゃないですか」


『それは……そうかもしれない。私が勝手に言っているだけかもしれない。

でもさ……朝陽くん、あの時代を戦ってくれた人たちのことを無駄死になんて、

酷い言葉で否定するなら日本にいなくていいよ。

どうして、そんなこと言えるの? 出てけばいいじゃん……!

どうして日本にいるの? 日本が好きだからじゃないの!?』


「僕に出てけっていうなら……茜音さんだって――」

と、唾液と共に次の言葉を飲み込んだ。


『なに? 言いたいことがあるなら言いなよ。言わないのは卑怯だよ』


「僕の意見が気に食わないなら……出ていけばいいじゃないですか」


『…………。一緒にいたくないってこと?』


「茜音さんが先に言ったんですよ。否定するなら出ていけばいい、って。

それは茜音さんにも言えることです」


『………………。わかった。私のこと……ギターは置いていっていいから早く帰れば』


「感情的になって……話にならないですよ」


 普段の生活の中で周囲の人間と言い争いになどならない。


 彼女とだけだ。


『どっちが? 話にならないのはどっち?

命を賭けた人の想いを否定すること、個人の言葉を否定すること、

それを同列に考えていることのほうが話にならないよ。

――もういいから、早く帰りなよ。置いていけばいいよ。別に恨んだりしないから』


「本当に……いいんですか」


『いいよ……! 私にいなくなってほしいんでしょ!』


「そんなことは……言っていないです」


『言ってるのと変わらないよ……!

朝陽くんが私と一緒にいるのが嫌なら置いていってよ!

もう顔も見たくない!』


「でも……置いていったら……」


『いいよ、気にしなくて。

別に私のことなんか気にしなくていい、早く帰って』


「――わかりました」


 空は黒く覆われている。

梅雨から始まり夏休みが始まっても続いていた青空は消えた。

東屋から出る時、茜音さんの言葉が背中を撫でる。


『朝陽くん……これだけは覚えておいて。

ご先祖様は人のため、国のため、道のために戦ってくれたんだよ。

命を賭してくれたんだよ。

戦争は命を簡単に奪う。命は平等じゃないから奪うし奪われる』


 戦争は命を無慈悲に奪う。奪うけれど……。

いつの時代の争いも「守るための戦い」というものがある。


 かつての日本も同じだ。


 茜音さんに知っているはずだ、と言われた。

そうだ。知っている。明確には言い切れないが自身の答えもある。

学校教育ではなく色々なことを調べ、総合的に考えれば辿り着く。


 大東亜戦争は……守るための戦いだった。


 日本人を……日本国を守り、アジア諸国を支配国から開放するための戦いだったのだ。

もちろん、そこには様々な国益としての打算があった。

結果として第二次世界大戦後、大国からの支配を受けていた国々は独立することになる。


『日本人なら……日本のために戦ってくれた人たちを敬う。それだけは忘れないで。

軍人さんだけじゃない。戦中を過ごしていた人々。

そこには痛みがあった。苦しみがあった。悲しみがあった。

だからこそ、今があるんだよ。

あの時代に散っていった命、すべてを敬う気持ち。

それができるのは他の誰でもない、私たち日本人だけだよ。

――日本人だけなんだよ。そのことだけは……覚えておいて』


 その声は透き通りつつも震えていた。


 返す言葉がなかった。



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