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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第三章 降雨の夏

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降雨の夏 2

 父は何度も首を小さく動かし、戦場を共にする同志のような目を僕に向けた。


「よし……朝陽、行くぞ」


「どうして」


「俺たちで確認しに行くんだ。

こういう時は男が先陣をきって女性を守るんだ。朝陽に……俺の背中を見せてやる」


「僕は疑われているんだから行く理由がない。

それに幽霊じゃなくて生身の人間なら怖くないでしょ」


 父は屈強で武術も嗜んでいたから、その辺にいる人間に負けることなど考えられない。


「お父さん、早く行ってよ……!」


「い……今、行く! 俺のタイミングで行かせてくれ!」


 しばらく静寂と沈黙が続く。


「ゆ、幽霊だったら……どうするんだ?

お父さん殺されちゃったら、どうするんだよ……!」


「知らないよ……! 早く行ってよ!」


「なんの策も無しに行くのは無謀だろう……! 戦いには戦略が必要だ!

それに……俺のタイミングがあるんだ! 俺のタイミングで行かせてくれ!」


――やたらとタイミングに拘るんだ……な。


 僕の背後にいた母は、いつの間にかいなくなっていて、

「透くん、粗塩持ってきたよ!」

と、厚めの袋から粒子の集合体を渡す。


――そもそも、塩は有効なのか?


 茜音さんは普通に塩気のある食べ物や菓子類を食す。

塩単品というのは例外かもしれないけれど。


 何度かの押し問答の後、父は階段に佇む茜音さんの脇を通り抜け二階へと向かう。


 すべての部屋を確認したようだ。


 結果は当然のように誰もいない。


 久しぶりに四人で食卓を囲み、話題は幽霊のことや除霊する話で持ち切りになっていた。


 霊能者に依頼しよう、と。


 その存在に信憑性を確かめる術はなく、いくらでも偽れる。

他の人には見えていない事柄なのだから何でも言いたい放題だ。

僕からすれば自称霊能者というのは、弱った人を騙す最低の人間に映る。

彼らの能力に関わらず、一定の拠り所にしてしまう人がいることも理解していた。


 霊能者もそうだけれど、目の前の三人がオカルトに深く傾倒してしまうと、

当初の目的である茜音さんを成仏させる必要性が無くなってしまう。


 成仏を手伝うこと。


 葉月と母が霊感商法に巻き込まれたり、感化されないように始めたのだから。


 食事を終えリビングの引き戸を動かした時だ。


「なあ、朝陽」


「なに」


「今年の家族旅行、どこに行きたいとかあるか?」


「沖縄に行きたい……!」


 僕より先に葉月が答え母も追従した。


「私は京都がいいな」


「えー、夏の京都って暑いらしいよ? それに今は訪日外国人で溢れてるってー」


「千枚漬けが食べたいの」


「きっと、早く帰れ、って、遠回しすぎてわからないことされるよー」


「――朝陽は、どこに行きたい?」

と、父は再度僕に向けた。


 引き戸から手を離さず一考する。


 旅行先ではなく別のことを考えていた。


「――僕はいい。今回は行かない」


「えーー!? 行こうよー! お兄ちゃん!」


「そうよ、朝陽。頻繁に行けるわけじゃないんだから。

夏休みぐらい、みんなで旅行行こうよ」


「――なんかあるのか?」


「アルバイトのシフト、簡単に変えられないんだよ。

人が少ないし……他にも勉強とかあるから」


「えー、行こうよー、ねー、行こうよー」


「三人で行ってきて」


「行こうよー、お兄ちゃーん」


 振り返ることなく廊下に出る。


 階段付近の廊下で座っている茜音さんと目が合う。


 不意に身体が前傾し首と肩にいくらか柔らかい感触と重力が加わる。

横目で確認すると父の太い腕が乗せられていた。


「なに……。だから、行けないって」


「それはいい。わかった。男として朝陽の意見を尊重するさ。

――俺が聞きたいのはそこじゃない、別のことだ」


「なに?」


「行けない理由……本当は女か? 女の子なんだろう?

本当のこと言えよ、さっちゃんと葉月には言わないから。男同士の内緒の話だ。

――女の子絡みで行けないのか?」

と、僕の耳元で囁く。


「違うよ。アルバイトのシフトとか」


「隠すな、隠すな。本当は旅行に行ってる間に、女の子を連れ込もうとしてるんだろ」


「違う……って」


「他の国の学生がやるホームパーティーはやめろよ。  

酒は……まあ……あれだな。

でも、ドラッグにマリファナ、そういうのはダメだからな。ヒャッハー、するなよ」


「違うって。さっきの浅い推理も間違っているんだから、今の推理も見当違い」


 父は豪快に笑った。


「いいか、朝陽、よーく聞け。

今回の推理が間違っていたとしても、俺は一度も人生の選択で間違ったことがないんだ。

――いいか? 選択を間違ったことは、ただの一度もないんだ」


「選択と推理は関係がないよ」


「そうか? 推理を当てたこともあるぞ。

さっちゃんが俺を大好きだということ、結婚を望んでいること。

この推理は間違っていなかったしな」


「人前でのプロポーズは断れなかったって、前に母さん言っていたけど」


「な、なにい……!? そ、そうなのか!?」


「それはそうでしょ。

東京駅の真ん前でマイクパフォーマンスしながらプロポーズしないでしょ、普通。

多数を味方につけて相手に結婚の強要するなんて卑怯者だと思うよ」


 先に東京駅に到着した父は、マイクとスピーカーを使い、

街頭演説さながら道行く人々へ、これからプロポーズするから見守っていてほしい、

砂山透の一世一代の大勝負、と言い観衆を味方につけたようだ。


 母が待ち合わせ場所に到着するとマイクを使い、

二人の馴れ初めから、今まであった苦楽を涙ながらに語る。

そして、これからのことを語り、大量のサツキと指輪をプレゼントしたそうだ。


「そんなの断れないでしょ?」

と、母は頬を赤らめ語っていた。


 そして「断るつもりもなかったけどね」と、笑顔をさらに深くし言葉を続けた。

この話は少なくとも十回以上聞かされている。


 抜粋しただけだから責められる覚えはない。


「さっ……さっちゃん!」

と、上体を崩しリビングに駆け出したが、

引き戸に手をかけたところで暗がりに立つ僕を見つめた。


「なっ、朝陽。女の子をひどく傷つけるような男にはなるなよ。

喧嘩して泣かせてしまうことがあっても……二人で笑っていられる男になれよ。

ちなみに俺は、さっちゃんを泣かせたこと嬉し泣き以外にないからな」


「…………。だから、間違っているって、その推理」


 ギターケースと買い物袋を持ち部屋に向かう。


 茜音さんは飲みかけのモモダーとチョコレート菓子を口にしている。


 僕には考えられない行為だ。甘い物を甘い物で流し込む。


『旅行、行かなくていいの?』


「聞こえていたんですか」


 夏休みの課題に早速取り掛かりペンを走らせた。

教科書の重要な箇所を抜き出しノートに素早く記す。


『あっても年に数回でしょ、家族旅行。夏休みなんだから行けばいいのに。

アルバイトとか勉強をがんばるのも良いことだけど、家族と過ごすのも大切だよ。

何日行くのか知らないけど、その数日って、すごく大切だと思う……けど』


 無意識に筆圧が強くなったのか、ノートには途中から濃淡が表れた。


『行かないの?』


「行きません」


『どうして?』


「どうしても、です」


 ベッドに座る茜音さんを一瞥する。

すぐに教科書に視線を戻したけれど彼女に気付かれてしまった。


『ねえ……。ね、もしかして、私のために行かないの?』


「違いますよ。アルバイトがあるからです」


『私のこと置いていきたくないから?』


「…………。違います」


『私を一人にしたくないから? 離れたくないから?』


「違いますよ。父のような浅い推理はやめてください」


『間違っていないと思うけど? 朝陽くんのお父さん』


「どういうことですか」


『女の子絡みで行けないのか、って。当たってるじゃん』


「二人の推理は根本から間違っているんですよ」


『そっか、そっかー。私のために家に残る道を選んだのかー』


 ベッドに寝転んだ彼女の身体が視界に入る。


『ふふん。家族がいないからって獣にならないでよね』


 僕は溜め息をノートにぶつけた。


『女の子には優しくしないとダメだよ』


 言い返したい言葉のせいで要点を纏める脳内が鈍くなっていく。


『聞いてるの? 優しくしてねー』 

 

 クスクスという笑い声が続く。


『もう答えなくていいよ、伝わってるから。

ありがと。その気持ち、すごく嬉しいよ』


 彼女は気持ちの良いハミングを始めた。


             *


 自室にいても夏の温い風が頬を撫でる。

茜音さんが自室と外の世界の境界を無くし、窓枠とベランダの間に腰掛けているからだ。


『夏の風が気持ち良いー』と彼女は言う。

僕はリモコンを静かに押し、エアコンは冷気を吐き出すことをやめた。

暑い……窓を閉めたい衝動に駆られる。

とは言っても、二、三日に一時間程度であるから諌めることはしなかった。


 白い薄手のカーディガンから取り出した青い物体を太陽に向け眺めている。

出会った時にギターケースから取り出した物だ。


 前に聞いたことがあるが、どうやら「シーグラス」らしい。


 課題を進めていると視界の片隅に彼女の大きい挙動が確認できた。


 ベランダから身体を乗り出している。


「危ないですよ」


『朝陽くん……!』


 振り返ることなく名前を呼んだと同時に外から人の声がした。


 手摺りから身を乗り出す茜音さん。その背後から外を覗き込むと男女の姿がある。


 女性が腕を掴まれていた。


「――う……う……」


「おらあ……! 来いよ! うらあ!」


 女性の声は聞き取れないが、男性の声は蝉の声しかしない住宅街に響いていた。


『朝陽くん……! 助けてあげて!』


「助けてって……痴話喧嘩に入り込むのは……」


『違うの! そんな風に見えない……! 朝陽くん、お願い……!』


 瞳を潤ませ頼まれたのは初めてだった。

 

 男性の手は女性の胸ぐらを掴み細い身体の自由を奪う。


 もう片方の手で首を掴んだ。


『朝陽くん……!』


 その声を聞き終わる前に部屋を飛び出した。


 階段を素早く降りていくと、廊下にはアイスを口にした葉月がいて、

「わあっ! な、なに!? びっくりした……!」

と言ったが、声を背後に残し玄関を勢いよく開けた。


 門扉を越えると五メートルほど先に二人の姿がある。


 女性は首に食い込む手に必死で抵抗しようとしていた。

しかし、プロレスラーのような体型をしている男性の力には到底及ばない。


「なにしているんですか?」


 僕の声で二人が同時に振り向く。


 女性には見覚えがあった。



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