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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第三章 降雨の夏

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降雨の夏 1

 蜩が一日の終わりを目指し鳴く。

汗ばむ夏の日というのは、とても長く感じ、その分、得したような気持ちになる。


『モモダー、おいしー!』

と、茜音さんは瓶の口と桃色の唇を触れ合わせる。


「人とか車が来たら渡してくださいよ」


『わかってる、わかってる』


 彼女は部屋で飲むモモダーより外で飲むほうがおいしいと言って、

今のように屋外で飲むことを好む。

毎度のことだが、ひやひやしながら周囲を警戒している。


 今日は終業式が学校で執り行われ夏休みが明日から始まる。

午前中で学校が終わり、茜音さんとスーパーへ買い物に行った帰りだ。


『ねー、ねー、夏休み、どこに遊びに行く?』


「――行かないですよ。ギターケース持って歩かないといけないのに」


 茜音さんは隣から姿を消した。


 振り返るとモモダーを持つ右手が震えている。


『な、な……夏休み……ど、どこに行くー?』

と、眉間に皺を寄せ、笑っているのか、怒りに震えているのか、よくわからない。


「どこに行く、って……どこか行きたいところがあるんですか?」


『旅行行こうよ……! 二人で!』


 傍から見れば一人旅だろう。


「アルバイトにギターの練習、曲作りもあるので……無理ですよ。

学校の勉強、それ以外の勉強や調べ物もあるので」


『一緒に夏の思い出作りたくないの?』


「思い出……ですか。

それって……そうですね、普段の生活は思い出にならないんですか?」


『き、きみは……なにを言っているのかなー?』


 歩き出した彼女のモモダーは強く握られているように見える。


「幸せって特別な日から得られるものではなくて、

何気ない日々の中にあるものなのかな、と」


『き、急に詩人み、みたいなことを……』


 作詞も合作と言われているから、詩のようなことを考える習慣が生まれていた。 


「特別な日を求めすぎて、特別じゃない日を軽んじているともいえます。

多くは特別な日じゃないのに、です」


『…………。私と一緒に出かけたくないってこと?』


「そうは言ってませんよ。

本当にやることがあるから時間を作るのが難しいんです」


『私と一緒にいたくないんだ』


 彼女の強く握りしめるモモダーを奪い取り、

『あっ! なんで取るの!』という声を無視した。


 前方の角を曲がり近所のおじさんが走ってきたからだ。


 ジョギング程度の速さで下を向いている。


「こんにちは」


「おぎんちゃーちゃ! くするん!」


 タンクトップ姿で汗を流すおじさんは、日頃から、よくわからない挨拶をする。

野球部であったそうだから、彼ら特有のオリジナルの挨拶があるのだろう。 

それも個人個人で言葉の崩し方が違う。


『ねえ! 聞いてるの! 私と一緒にいたくないの?』


 住宅街に入ったため反応することができない。


 この場で声を出したら周辺の住人から不審者扱いされてしまう。

返事をすることなく、そよ風に吹かれながら足を進めていく。


『もういい……モモダー返して。私のモモダーなんだから』


 買い物袋の中へモモダーを入れ帰宅した。


 手洗いのために階段へギターケースを立て掛け、

買い物袋を隣に置くと「おおーい、朝陽、ちょっと来い」と、父の声がした。


 リビングの戸を横に引くとソファに三人が座っている。


 母は穏やかな笑顔を僕に向けた。


「今日、中澤さんが来てね、お礼言われたよ」


――中澤?


「誰?」


「かおるちゃんのこと助けてくれたんでしょ?」


――あの時の女の子か。


「この前の顔の傷……かおるちゃんのこと助けた時のものだったんだね。

ありがとう、助けてくれて」


「お兄ちゃん、なんで言わなかったのー!

私の中ではイジメられて言えないのかと思って心配してたのに!」


 どうやら、あの時の親子は母と知り合いで、

話題の中で件の経緯を話し、ギターを持っていた高校生くらいの男の子ということになり、

母が僕の写真を見せたようだ。


 親子は被害届けを出したらしい。

今では友達数人、男子を含めて帰宅するか、それが難しい時は親が送迎している。

教師たちも見回りを始めたそうだ。


「朝陽も立派に成長してるな」

と、父は顔を綻ばせた。


「話はそれだけ? じゃあ、もう行くよ」


『待て待て、朝陽。今の話は嬉しいことだが……これから話すのは問題事だ」


「問題? なに?」


「幽霊がいるんだって!?』


――古くないか、その情報。


 父は一ヶ月ほど東北地方へ出張していた。

母と葉月が幽霊の存在で騒ぎ始めた頃は家にいたはずだから知らぬことはない。

いや……この家族は色々な話を共有するから、

話題が多すぎて幽霊騒動が漏れてしまった可能性もある。

本来なら一番に盛り上がる話だろう、と呆れた。


「いないよ、幽霊なんて」


「いるもん……! 見たもん!」


「なにい、葉月は実際に幽霊を見たのか……!?」


 父は大きくない目を少しばかり開かせる。


「実物を見たわけじゃない。

幽霊が起こしたと思っている現象を見た、と言っているだけ」


「だって、漫画あったんだもん……!」


 父は急に神妙な面持ちになり、テーブルの上に肘をつき、

両の手を組んだ中央に固そうで丸くない顎を乗せた。


「それで……朝陽の見解は?」


 声色を作った低音で問いかけてくる。


 なぜ…… 真面目なふりをするんだ。


「どこまで聞いたの」


「そうだな……二階からの音、さっちゃんが見た漫画とタオルケットの件。

その話を二人にした時の二階からの足音。そして、葉月が見たパソコンと漫画。

――つまり、全部だな」


 さっちゃん、とは母のことだ。

父はとおるで「透くん」と呼ばれ、母は皐月さつきで「さっちゃん」と呼ばれている。


「それで……朝陽の見解は?」


「音の正体は……家鳴りの可能性があるから別に珍しくないよ。

漫画が置かれていたこと、タオルケットが乱雑になっていたこと。

パソコンの画面がついていたこと。

それは僕が片付け忘れ、消し忘れ、それだけだよ」


「本当か?」


 静かに冷淡な目を向けている。


 まるで裏切り者を確かめるマフィアのボスのように。


 しかし……わかっている。

父は普段から快活で調子の良い人だ。

今だって役者のように演技を楽しんでいるだけだ。


「本当というか……隠す必要がないと思うけど」


「私は……見たの!」


「前にも言ったけど、客観的事実がないと証拠にはならない」


「まあ、二人とも落ち着きなさい。

動揺は冷静さを失わせます。真実を見えなくするものですよ。

私はね……今回の事件……どうにも不思議な点が多いと思うんです」


――誰なんだよ……。


「私は三人の言い分を疑っているわけじゃありませんよ。

三者三様……おかしな点は見られない。

しかしね、三人の話を総合して一つの疑惑が生まれたんですね。

それは……なにか――」


 鋭い目は僕の動作を制限した。


「この事件……どれも朝陽さんの部屋で起きているんですよ」


――ふざけていても、そこには気付くんだ。


「二人が言う漫画、タオルケット、パソコンは僕の部屋だけど、

二階からした音まで僕の部屋と決めつけるのはおかしい。

そういう決めつけは真実を見えなくする。

音の出処が判明していない以上、二階全体、

もしくは屋根裏も視野に入れて考えたほうがいいよ」


「おや、妙ですね。急に饒舌になる……とは、なにかあるんでしょうか?」


「事実を述べているだけ。

それに……二階のほうから音がしたからって二階とは限らない。

音は振動だから壁伝いに流れてきた可能性も否定できないし、

一階と二階の空間に野生動物が入り込んだ可能性もあるよ」


「その推理も確かに的を射ていますね。

しかしね、私は……今回の事件を私なりに考え……一つの事実に辿り着きました」


「それは事実じゃなくて仮定の話だよ」


 ソファから立ち上がった父は僕の前へ歩いてくる。


 双肩に大きい手が乗せられた。


「朝陽……! お前、女の子を連れ込んでるな!?」


「は……?」


「そうなの……! 私もそう思う!」


 満面の笑みを浮かべる父に葉月は同調した。


「もー、二人ともやめてよ。

朝陽だって恋したい年頃なの。女の子ことが気になる年齢でしょ。

家に連れてきても言えない……家族に隠したい時ってあるでしょ?」


――味方のふりした、敵じゃないか。


「どうなんだ、朝陽! どんな子なんだ! かわいいのか!? ゆるふわ系か!?」


「お兄ちゃん、答えなさい……! どんな子なの!」


「は、はうっ! まさか、ヤンデレ系とかか……!? メンヘラか!?

か、かわいいのか!? どうなんだ!?」


「もう……やめなよ。

朝陽が好きで付き合ってる相手なら、かわいいって言うに決まってるでしょ。

――それで、どんな子なの? 教えてよ、朝陽」


――くっ……論理的に戦える状況じゃない。


 その瞬間だった。


 タン、タンタン。


「え……え、今……足音しなかった?」


「うん、した……ね」


「ん? したか?」


 タンタン、タンタン。


「した……! 俺にも聞こえたぞ!」

と、父はリビングを飛び出した。


 葉月も後を追いかける。

両肘に手を添えた母さんは僕に目配せし共に行くように促す。


 廊下に出ると父さんと葉月が身を寄せ合い階段の下にいた。


 傍らにはギターが置かれている。


 ヒタ、ヒタ、ヒタ。


「ひゃあい……! あわ……な、なんか……いるよ……!

か、階段になんかいるよ!」


「な、なんだよ! な、なんかって、なんだよ!」


 母は僕の背後にしがみつき、そっと押されるように二人のいるところへ向かう。


「ゆ、幽霊だよ……! だって、今……の音、階段を歩く音だったよ!」


「き、気のせいだろ……!」


「裸足で……歩くような音じゃなかった? スリッパの音じゃなかったよ!」


 階段下に到着すると薄暗い階段の中央に茜音さんが立っていた。


 さっきのタンタンという音は、階段を上がったり下ったりを繰り返した音。

ヒタヒタという音は父と葉月が現れたから、足音を消すように動いた結果なのだろう。


『朝陽くん……ごめん。一人で暇だったから……階段の上り下りしてた。

聞こえると思わなかったから……ごめんね』

と、父と葉月の頭上から声がした。


「ど、どうするの、お父さん!」


「どうするって、なんだよ……!」


「二階見に行かないと……! 上にいるよ!」


「俺が行くのか!? あ、朝陽の彼女なんだろ!?

別に……見に行かなくていいだろう……!

――い、いや……見たいな!」


「だから見に行ってよ……! 彼女だったら見たいし、人だったら安心できるもん!」



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