悲嘆の夏 21
「結婚する時がきたら盛大で素敵な結婚式にしようよ。
私、友人代表で歌いたい。ミーちゃんのために新しく曲も書くよ」
「えーー、それ、ずるいよお!
じゃあ! あかちんの結婚式にはミンミがベース弾くからねえ……!」
「…………。バラードにしてよ。ゴリゴリのメタルとかハードコアはやめてね」
「ええー!?」
「服装も奇抜なのはダメだよ」
「ええー!? じゃあ――」
「裸に近いようなものもダメ!」
短い付き合い……でも、深い付き合いだからミーちゃんの考えることはわかる。
彼女のファッションは個性があって独特だ。
今着ているシャツも自ら裁断し胸部分しか隠れていないし、
下は真っ赤なニッカポッカという出で立ちだ。
「じゃあ! じゃあ! パン――」
「スケスケもダメ!」
「ええー!?」
「結婚式に来る人は主役の新婦さんより目立ったらダメなの!」
「ええーー!? そうなのー!?」
「ダメだよ。もし、演奏してくれるなら悪魔崇拝の音楽もダメだからね。
協会であげるなら、なおさら」
「ミンミ、そーいうの気にしないよお!
神も悪魔も幽霊も、かかってこいって思ってるうー!」
「戦うつもりなの?
それにミーちゃん、外国にいた時、カトリック系の学校だったんでしょ?」
「そだよー。でもねえ、そこは退学させられちゃったんだよお。
そーいうのもあってえ、日本に帰ってきたんだよお」
「あー、前に言ってたよね。そういえばさ、どうして退学になったの?
詳しく聞いたことなかったから」
「えー、ミンミね、みんなにロックとかメタルのCDを高値で売ってたんだよお。
自分でCDに焼いてねー」
「か、海賊版……」
「そおそお、それえ。ロックとか、そーいうのミンミの学校では禁止されてたんだよお。
でもねえ、みんな聴きたがるから三倍、四倍の値段でも売れるんだよお!
簡単にい、お小遣い稼ぎ……!」
親指と人差し指で輪を作る。どこかピックを持つ指の形に似ていた。
「それが先生たちにバレて怒られたんだよお。生徒は音楽……ロックを聴きたいのにい。
ずっと怒られてミンミ、ムカついたから、女の先生にエッチな言葉を言い続けたのー」
「ええ、大丈夫なの? 貞淑なんじゃないの?」
「ていしゅくー?」
「貞操を……おしとやか……うーん、性に対して清らかでいるべき、みたいな」
「あー、そういうことかあー。うん、うん。
――ミンミに酷いこと言うからあ、他の生徒の前で先生のこと触ったのお!」
「先生を触った?」
胸と股間を両手の人差し指で示す。
「ベースで鍛えた指を高速で動かしたら女の先生倒れちゃってえ」
「ええ……ミーちゃん、パンクだね。そ、それで大丈夫だったの?」
桃色の髪の毛がサラサラと左右に振れる。
「それが原因で退学だよおー。
あなたには悪魔が憑いているう、って言われたんだよー」
「そうだったんだ……外国にいた時も暴れてたんだね、すごいよ」
「まあーねえ! ミンミ最強だからあ! でもさあ、おかしくない?」
「なにが?」
と、聞き返すと彼女は柔らかい頬を膨らませた。
「だってえ、悪魔が憑いてるなら退学させたらダメじゃーん。
払ってあげないとお! 神の学校のくせにい……そんなの変だよおー!」
「救われたかったの?」
「ううん! それに現実で助けてくれるのは神じゃなくて人だよお!」
「それはそうだね」
「ミンミねえ、みんなのこと助けたことあるんだよお!」
「助けたって?」
「その学校にねえ、銃を持った、わるーい人が入ってきた時があったんだよお!」
銃社会の外国では時々聞く話だ。学校内で銃を乱射し多数の死傷者が出る。
日本でも刃物を持った男が小学校に侵入し、死者八名、負傷者十五名という、
非常に痛ましく残忍な事件があった。
「大丈夫だったの?」
「うん! ミンミが床下に隠してたベースで、
銃を撃ちまくっている犯人を背後から殴りつけたんだよお!」
「ええ……銃を持ってるんでしょ? 怖くなかったの?」
「だって、戦わないと、みんな殺されちゃうんだよー?
誰かがやらないといけないじゃーん。みんなに傷ついてほしくないーし」
簡単に言ってのける彼女の胆力は眼を見張るものがある。
「殺すつもりで殴りつけてねえ、両肩と片脚を折ってやったのお!
怪我人はいたけど、誰も死ぬことがなくてよかったあ!」
「すごいね、勇気ある行動で多くの人が助かったんだ……。
ミーちゃんに、なにもなくてよかったよ」
「でもねえ! そんなミンミのことを数箇月後に退学させるんだよお!
おかしいよねえ! ヒーローなのにい!」
「それは妥当じゃない? 禁止されている物を売買……それに海賊版だし。
教師への性的な行動も。完全に学校の風紀を乱してるから……ね」
「ええー!? あかちん、そっち側なのおー!?」
ミーちゃんと話していても、心に浮かぶ憂いは消し飛ぶことがなかった。
私が作った歌として、私の言葉として、三枚目のアルバムは世の中に流れてしまった。
私が作ったものではない。
私が望んだものではない。
もう二度と取り返せない。
私の歌を好きでいてくれる人に申し訳なかった。
同時に、この事態を招いてしまった自分がひどく情けない。
『和泉茜音』は、なにをしているのだろう。
『和泉茜音』は、どこにいるのだろう。




