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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第二章 悲嘆の夏

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悲嘆の夏 20

「きみが簡単に仕事を飛ばせば、困る人がいることを忘れてはならない。

きみはプロジェクトの頂であり、中心だ。きみがいなければ和泉茜音は成立しない。

しかし、同時に彼ら……裏方の尽力なくして和泉茜音は成り立たない。

その人たちにも生活があるということを忘れるな。

『和泉茜音』は、きみであって、きみではない」


 ドクンと胸が鳴る。


 私は……私じゃない。


「だからって……勝手にアルバムを出したんですか……?

私が他の人……嫌だって……知っているのに……」


「今までは特に干渉しなかっただろう。いや、する必要がない。

和泉茜音が作る楽曲に張り合える者など多くないからね。

歴代で数えても片手に収まる程度だ。

しかし、曲が作れないというのなら……話は別だ。

――なぜ、そこまで自作に拘るのかな?」


 胸から込み上げてくる感情。

どうしようもない不甲斐なさを持っていた。


「私は……私の言葉で歌いたい。私の言葉で伝えたい。

他の誰でもない、私の歌を好きだと言ってくれる人に歌いたいからです。

音楽とファンに真摯でいたいからです」


 平良さんは口元を押さえ咳をする。


「一つ教えておこう。知名度があれば、どのような音楽も売れる。

これは音楽に限った話ではないよ。どこのエンターテイメントも同様だ」


「知名度……」


「そう、知名度だ。作品の良し悪しに限らず聴く層がいる。

なぜか、わかるかな?

――和泉茜音の名前があるからだ。

初回に七十万枚をプレスしたが、発売日である今日、ほとんど完売したと聞いたよ。

アルバムの内容は正直……褒められたものではないが売れているんだ」


「音楽……そのものに価値はないんですか?」


「名さえ売れていれば、僅かしか介入する余地がない」


 確かに平良さんの言う通りだ。

他のミュージシャンにしても新作が出るとなれば、必ず購入してくれるファンがいた。


 それは決して悪いことではないと思う。


 思うけど……音楽とは関係のないことだ。


「もう一つ……聞きたいです……」


「なにかな?」


「私の歌を好きって……平良さん、前に言ってくれました。

でも……誰が作っても同じってことですか?

和泉茜音がリリースする音楽なら……なんでもいい、ということですか?」


 本心を聞きたい。彼の口から。


 彼が髪の毛を掻き上げる仕草をすると、左にある袖口から覗く傷跡。


 私が付けたも同然の傷。


 その傷を見る度に心が痛む。


 演奏家としての彼を奪ってしまったのだから。


「――もう……私の音楽は……私である必要がないってことですか?

私の音は……いらないっていうことですか?」


 彼は私を真っ直ぐに見て答えなかった。


「このことは他言無用だ。もちろん、知っているのは当事者だけだ。

この件に関わった彼らは、その点においてもプロフェッショナルだ。

漏れるとしたら、きみしかいない。

――きみのためだ。他言は無用だ」

 

 後に三枚目のアルバムは駄作と酷評された。


 他言無用と言われたけど、信頼できるミーちゃんにだけは経緯をすべて話した。


 後日、評論雑誌を買ってきてくれて、彼女は私の隣でニコニコとしている。

普段は見ることのない批評に目を通すと、評価の良い文字は一つとして並んでいない。


 和泉茜音らしさのない平坦な曲。


 売れるための安易な曲の連なりだ。

 

 彼女の才能は、すでに枯れ果てた。


 当たり障りのない、どうしようもない歌詞。


 若くして置きにいっていることが情けない。


 こすられ続けてきたメロディの繰り返しだ。


 誰にだってできることを繰り返す意味はない。


 安っぽい恋愛の歌だけで構成されたアルバム。


 枯渇している。「いずみ」とは名ばかりだ。


 一作目のアルバムは、どこか初々しさと瑞々しさが表れていた。

天性の歌声である透明感に加え、等身大の歌詞は秀逸、捨て曲も無く次作を期待させた。

二作目のアルバムは一作目を超えてくる圧倒的な楽曲の数々。

間違いなく稀代のシンガーソングライターが現れた、と人々は感じた。

彼女は歴史に名を残す、という確信だ。


 しかし、三作目は……取って付けたような面白味のないメロディの連続。

世の中に氾濫する安っぽい恋愛の歌が中心で、

前作までの鮮やかな情景と機微を見せるラブソングとは並べるに値しない。

さらに、彼女の得意である、痛みを歌いながらも癒やしを人々に与える、

という良さが失われている。

まだ三作目。まだ十代。彼女というアーティストを評価をするには時期尚早だ。

彼女の今後の活躍に期待する。

 

「ねっ! あかちん! みんなわかってる!

あのアルバムは、あかちんらしくないーーって」


「うん……」


「あかちん……ねねっ、あかちん……!」


「なに?」


「あかちんの音楽は、勇気をくれるんじゃないーよ」


「え?」


「ミンミねー、あかちんの音楽から、勇気をもらったこと一度もないっ!」


「な、なんで、今言うの、それ。そんなにはっきり……それにドヤ顔だし」


「へへん! 一度もないよっ! 一回もないんだからねえーー!」


 右手を高く上げ、左手で脇の下を隠している。


「もうやめてよー、悲しくなるからー。

これ以上、追い打ちかけないでよ……ミーちゃん、ひどい……」


「ちがーうのっ!」


 彼女は優しく私を抱きしめてくれた。

力強い言葉が耳元で生まれる。


「あかちんの音楽は、いつも優しく抱きしめてくれるんだよお!

前を見ろー!とか、進めー!とか、逃げるなー!とか、そんなんじゃないのー」


「うん……」


「苦しいーーって思う時に……優しく抱きしめてくれる。

あかちんの音楽って、すっごーいんだよっ!」


「うん……ありがと」


「天才ベーシスト、ミンミちゃんのおすーみつきだよっ!」


 ミーちゃんの言葉によって目尻から少し垂れる涙を指先で拭う。


「ふふ、ありがと、ミーちゃん。

でもね……自分で天才って言わないほうがいいよ」


「どしてー?」


「天才は自認しないものらしいよ、平良さん曰く。

それに私も日本人の文化として謙遜しているほうが良いと思うよ。

ミーちゃんは間違いなく天才だよ。でも……だからこそ言わないほうがいいよ」


「ええーー!? そーなのー!? よく言ってるよお!?」


 私から離れた彼女は目を丸くした。


「これから言わなければ大丈夫だよ」


「ええー、でも言いたいなあ……。

だってねえ、自信がないと良い音って出ないんだよお。

ミンミが一番最強のベース弾くんだってえ!

いつだって、あかちんの隣で弾くのはミンミなんだからねえ!

ミンミのベースが一番なんだからあ!」


「みーちゃん……あまり強い言葉をつか――」


「弱くないよー! ミンミは弱く見えないよー! 弱くないよー!」


「ちょっとー、最後まで言わせてよ!」


 私が自身の歌詞を眺めていると、ミーちゃんは床に置いた紙にペンを走らせていた。


「はい! できたあ!」


 文字が綴られた紙が渡される。


「初めて歌詞書いたんだよお!」


「うん……。ごめん、読めないんだけど」


「ええーー!?」


 四ヵ国語を使うミーちゃんは英語で歌詞を書いていた。

速く書くために生み出された文字は読むことができない。

お互いの主張を繰り返す争いの後、二人で見つめ合い笑う。


「ねえねえ、あかちん。ごめんねえ……なにもしてあげられなくてえ……」


「え、どうしたの?」


「あかちん……つらいのにい……ミンミ、なにもしてあげられない……」


「そんなことないよ。ミーちゃんと一緒にいる時だけだよ、心から安心するのは。

――いつも一緒にいてくれて、ありがとう」


「ううん……ミンミも……そうだよお、あかちん」


「――ミーちゃんは私の……たった一人の親友だよ」


「しんゆー?」


 ミーちゃんは日本で生まれて外国で育った。

高校生の頃に日本へ戻ってきたが、文化や人との関わり方の違いで、

対人関係にはずいぶんと苦労したようだ。


 友達に挨拶の軽いハグをすれば男好きと言われ、

身振り手振りは調子に乗っていると嘲笑された。

敬語が上手に使えないことで礼儀知らず、と非難されたこともあるらしい。


 ミーちゃんと初めて会った時、彼女に今ほどの表情は無かった。

目を合わせてくれず一言だけ挨拶を口にした。

日本に来てからの経験が暗い影を落としていたようだ。


 本来の彼女は箱に閉じ込められ明るさを忘れていた。


 リハーサルの休憩時間や楽屋で待機している時、

いつも端っこで小さく座り、一人でご飯やお菓子を黙々と食べていた。

みんなと一緒に食べようと誘っても首を振るだけで近付いてくることもない。

一人きりで……ベースと会話するような音を出していた。

仕事は真面目で頼まれたことは確実に演奏していたし、

ドラマーの人と会話は少なくても音で意思疎通していたから、

バンドメンバーから邪険にされることもなかった。


 最初は声をかけても肯定、否定、どちらかの一言があるだけだったけど、

だんだんと二人の距離が縮まり私のかけがえのない人になっている。


「うん、親友。一番仲が良くて、信頼している友達のこと。ベストフレンド、親友」


「しんゆー。ミンミもあかちんのこと、しんゆーだよお!」


「うん。約束することじゃないけど……さ。いつまでも親友でいようよ」


「うん……! いいよお! 約束するよお!」


「ありがと。私ね、色んな夢があるんだけど……さ。

ミーちゃんの結婚式で歌うことも夢なんだよ」


「ええー? ミンミ結婚しないよお? 相手もいないからあー」


「これからのことはわからないじゃん。

あんなに声をかけられているんだから、一人くらいは良い人がいるかも」


 ミーちゃんは首を傾げ私の言う意味が伝わっていない。

彼女は多くの人からアプローチをかけられるが、それが普通のことだと思っている。

というより、挨拶みたいなものだと感じているようだ。

外見も可愛いし、愛嬌もあり人懐っこい感じは誰もが惹かれる。


 それでも声をかけた側が困ることもあった。

連絡先を聞かれて、なぜか両親が住む自宅の電話番号を教えているからだ。



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