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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第二章 悲嘆の夏

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悲嘆の夏 18

『――朝陽くんは、どうしたらいいと思う?』


「警察官がお互いに強く監視するしかないと思いますけど。

一般人が内部事情を知ることは叶わないですから」


『内向的な組織って身内を庇うよ。

そこには仲間意識もあるだろうし、少数になりたくない意識も働く。

自身にも後ろめたいことがあって、明日は我が身と恐れる人もいるよ』


「そうです……ね。後は、同様の罪であっても特定の職業には重罰を科すなどです。

立場を利用した犯罪は厳罰化しないといけません。

現実を見ない、所謂、人権派は騒ぐと思います。

職業差別だ、無能な人が騒ぐのは火を見るより明らかです」


『いるよね、そういう人。相手の人権を奪っても自らの人権だけは強く主張するから』


「罪を犯さなければいい、ということに気付けない憐れな人たちです」


『うん。他にはある?』


「あとは裁判内容に関わらず、特定の職業は別枠で罰金を収める。

これは、財産の三分の一を接収するとかでもいいと思います。

他にも警察官による事件が起これば世論が徹底的に組織を糾弾し、

「誠に遺憾」で済ませずに、具体的な改善を図ることですね。

民間企業は顧客に改善を求められれば対策するんですから」


 彼女は笑顔を僕に向け小さく揺れている。


「なんですか? 変なことを言いましたか」


『んーん、違うよ。

どうしたらいいかを普段から考えているから、すぐに言葉に出せる。

考えることは大事。師匠は嬉しいんだよ』


 真っ直ぐに向けられる瞳から目を逸らす。


 視線の先には遊歩道があって、こちらをじっと見つめる犬がいた。


『――ね、さっきの人たちのこと』


「外国人ですか?」


『うん。弟子の見解を聞きましょう』


「――僕は外国人が嫌いですよ」


『朝陽くん……。あまり強い言葉――』


「弱く見えますか?」


『もう! 邪魔しないでよ!』


「外国人が全員嫌いというわけじゃないです」


『――うん。わかってるよ。

朝陽くんが、なにもなく嫌う人じゃないってことくらい師匠はわかってる』


「外国人だから」

と、排他的な思考をしているわけではい。

僕が住む市の農業には技能実習生として働く人もいるし、

チェーン店などで慣れない言語を使い業務に勤しむ者も数多くみかける。


 みんな懸命に働いていた。


 ソムさんとの関係もある。

彼が僕に与える笑顔は、接客業特有の偽りを含む笑顔ではなく、

本心から生まれているものだと感じていた。

彼との会話は気が休まるし、茜音さんも夜勤のソムさんに会うことを楽しみにしている。


 問題は一部の外国人だ。


 しかし、善人、悪人、と判断することなど難しいのだから大枠として、

「外国人」と、捉えることになる。


「彼らの中には日本を見下して、侮っている人がいます。

その中には日本に来て母国の文化を押し付けようとする人さえいます」


『郷に入れば郷に従え。これって良い言葉だよね。

人道や道徳に反している文化なら直したほうがいいけど。

私は他国に文化を押し付けることも変だと思うし、

それを強制されて許容しようとする日本人もおかしいと思う。

――国って、人、文化、土地だと思うから』


「はい。例えば、相手の文化を尊重して土葬の計画を立てている県もあります」


『へー、今は埋葬も相手に合わせるんだ。

極一部の地域なら日本でも土葬の文化は残っているけどね』


「そうみたいですね。

――日本の先人が、なぜ土葬から火葬に変えたのか。

そういうことを考えられない頭を持つ人たちが話を持ってくるんです。

ただ相手の意見を飲み込むだけが正しい……それは大きな過ちです。

外国人を無闇に迎合することが正しく、自分は博愛で美しいと思っている。

――愚かですよ。

自身には関係ないと根底で思っているんです」


『そうだね。日本に良くない文化があれば淘汰されるべきだとは思うし、

良い文化が外国にあるなら入れたらいいよね。

でも、譲ってはいけないところがある。それは民意としてあるからね』


「議員、首長、国会。日本人のことより外国人のことばかりですよ。

日本が外国人で埋め尽くされても日本といえるのでしょうか。

不誠実で不義理な政策も『外国人』という反発意識を生むんです」


 冷たく言い放つと彼女は『怒ってるねー』と笑い、他には無いのかと問いかけてきた。


「――さっきの争いに関して言えば、外国人による犯罪があります。

不起訴になることが多いと言われますけど、

その分、警察が外国人を逮捕している、という事実もあります。

外国人だと海外への逃亡の恐れがありますから。

不起訴なのは証拠不十分だからだと思います」


『あ、確かに不起訴ってニュースで見かけるね』


「人口あたりの犯罪率について考えると、一概に外国人のほうが多いとは言えません。

その部分に関しては日本人も同じなんだと思います。

それに日本の警察は全体で見れば、とても優秀ですから、しっかりと捕まえてくれます。

さっきの警察官のような人ばかりではないので」


『あー、思い出したら、ムカついてくる……』

と、茜音さんは小さな握りこぶしを作る。


「警察は仕事していますよ。逮捕していますからね。

問題なのは司法、裁判官たちですよ。

判例を大事にするわりに、個人の裁量における情状酌量が強すぎるんです」


『被害者の感情は汲まないのに、加害者には寄り添う側面があるからね。

おかしいよ、そういうところ。

被害者に落ち度がなくて、一方的に加害した人にも情状酌量するもんね。

そんなの間違ってるよ』


「はい。最近も到底、納得できないことがありました」


『どんなこと?』


「ある外国人が女子中学生に性的暴行しました。

裁判の結果は、懲役一年、執行猶予三年です。

なぜ、執行猶予が付くのだろう、と僕は思います。

相手との年齢差で不同意性交等罪は確定な上に、女の子は拒絶しています。

これで執行猶予が付くんですから、日本の裁判官は狂っていますよ」


『中学生の女の子……』


「――現在の不同意性交等罪は、五年以上の有期拘禁刑です。

執行猶予が付くのは三年以下の拘禁刑、五十万円以下の罰金を言い渡す時です。

五年以上である不同意性交等罪には執行猶予の適応はされないはずです。

なんらかの減軽があったんです。

今回の場合、自首減軽、未遂減軽に当たりませんから酌量減軽があったのかな……と」


『ちょっ、ちょっと待って。その減軽?とか、よくわからないんだけど。

わかるように教えてください』


 白い手のひらが僕の腕を押さえる。


「減軽は有期の刑を二分の一にすることができます。

減軽になると、五年以上の拘禁刑である不同意性交等罪は、

二年六箇月以上、十年以下の範囲に変わります」


『へー。あ、そっか。

つまり……減軽になると執行猶予の条件、三年以下に該当しちゃうんだ……ね』


 僕は静かに頷いた。

犬は未だこちらを見て尻尾を振り、飼い主の女性はスマートフォンに夢中だ。


『さっき言っていた減軽の種類は?』


「自首減軽は、事件が発覚していない時、

犯人が特定できていない時、自ら名乗り出ることです。

未遂減軽は、相手に抵抗されたりして未遂に終わった場合や、

自らの意思で犯行を止めた時です。

自ら止めた場合は減軽することが決まっています。

酌量減軽は……所謂、情状酌量です。

汲むべき事情、加害者の環境や生い立ちですね」


『へー、そうなんだ。朝陽くんは法のことにも詳しいね』


「この加害者には自首減軽も未遂減軽も当たりません。

つまり、酌量減軽があったんだと思います。

それに合わせて示談があったのかもしれません。

ただ……酌量というのは裁判官の裁量で決まってしまうので。

同意、不同意が不透明な場合を除いて、

一方的な性加害の場合は汲むべき事情なんてないと思いますけど……ね」


 一つ溜め息を吐いた。


「その時に執行猶予を付けていなければ、起こらなかった事件が後にあります」


『どんな事件?』

と、眉毛を下げる。


「執行猶予を言い渡された加害者。

その裁判の三箇月後に別の女の子へ性的暴行を加えています。

――被害者は十二歳の女の子です」


 茜音さんは、しばらく黙り込み、ベンチの僅かにささくれた木に指を食い込ませる。


『ねえ……朝陽くん、前に言ったけどさ。

性のことって簡単じゃないんだよ……』


 茜音さんの涙が頬に転がる。


『無理やり……されるって、女の子には……すっごく怖いことなんだよ。

痛いこと……なんだよ。身体の傷は治るよ。でも、心はずっと痛いんだよ。

その時のことだけじゃないんだよ……心が抉り取られるの。

痛みはずっと消えない。残っちゃうものなんだよ……』


 加害者は罰を受けても数年でしかない。

罰とは名ばかりだ。

被害者、被害者の家族が負う痛みに比べれば砂の一粒にもなりはしない。


 日本の刑務所の暮らしは海外と違う。衣食住が保証され安心安全で痛みは無い。

それらも国民の税金で賄う。

外国では性犯罪者に厳しくすることが当たり前で、投薬に加えGPSの監視もある。 

性犯罪者の再犯率は極めて高いのだから。


「泣かないでください」


『だって……だって……。

その子たちのこれからを考えると……苦しくな、るんだもん』


 彼女は人のために涙を流す。


 それを理解できない人もいるだろうし嘲笑する人もいるだろう。

偽善と罵る人もいるだろう。

少なくとも僕の目に映る彼女は本当に他人のことを考えている。


 浅い呼吸で嗚咽を漏らす彼女を見ていると、視界の隅に変化があった。

俊敏な動きで柔らかな芝生を潰し、四足を回転させ向かってくる茶色い毛の塊。


 こちらを見ていた犬だ。


 リードを引きずった茶色い犬は、尻尾をブンブンと振り回し茜音さんの足元に来て、

「ワン! ワン!」と、吠えた。


 手で顔を隠していた茜音さんが犬を見る。


『イッヌ……イッヌ……イッヌー!』

と、涙を流しながら犬の頭を撫でる。


 茶色い犬も茜音さんが撫でる度に「ワン! ワン! ワン!」

と、喜んでいるように見える。


 撫でているのかと思ったが、やはり人間の時と同様に弾かれているようで、

ふわふわとした茶色い毛並みに触れることはできていない。


「見えているんですかね?」


『あっ! 確かに! 見えて……いるのかな?』 


「茜音さんのほうにしか行かないし……明らかに茜音さんの顔見てますよね」


『か、かわいい! イッヌ、かわいー! ま、前足……かわいい!

お名前は? お名前はなんていうの?』


「ワン! ワン! ワン!」


 僕には止めることができない。

通りすがりの犬は、いとも容易く溢れていた感情の雨を止めた。 



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