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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第二章 悲嘆の夏

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悲嘆の夏 16

 殴られたことで普段の冷静さを失いつつある。

言葉は通じるが、話の通じない彼らだからこそ余計だ。


 苛立ちが増してくる。


「なんなんだ……あなたたちは」


「ハッハー! ヤルノカ! ニホンガ! ヤルノカ!?」


「他国へ来て好き放題に犯罪をする。

日本の司法は甘いから、関係ないということですか?」


 鋭い視線を浴びせてみても彼らの嘲笑は止まらない。


 一人が僕の胸ぐらを掴み上げた。


「ナンダ、オマエ! ニホンガ!」


 チリチリとした髭を蓄える男性からは香辛料の香りがした。


「外国には法が裁きを与えなくても民衆が……マフィアが犯罪者を殺す。

人道に反する犯罪を民は許さない。人の感情を蹂躪する犯罪を。

ただの死刑より、よほど苦しむ方法で殺される。

でも……日本は違う。感情より法を優先する」


「オマエ! ウルサイ! ナニ、イウ! ダマレ!」


「文化も教養も品性も無い。日本に来て好き勝手なことをする。

その挙げ句……難民気取りですか」


「ナンダ! オマエ!」


「ニホンハ! オレタチノ、モノナンダ!」


 拳が頬に食い込む。


「色々な人が……守ってきてくれた日本です。

あなたたちに奪われる道理がない」


「ハハ! ニホン、モラウ! ニホン、オレタチノ、モノダ!」


「コノクニ! ヒロゲテ! オレタチノ、モノニナル!」


「ミンナ、ヤッテヤル!」


「ニホン、ナクナル! ハハ!」


「だから……嫌われるんですよ。他国の人から。

明確な理由がある。先入観による感情じゃない。わからないですか?

――あなたたちの存在は、世の中で迷惑なんですよ」


 口内の味を変えた鉄。滲むより遥かに大きく頭へ上っていく。


「――出ていけ……」


「アア!? ナンダ!」


「日本から出ていけ。

あなたたちに傷つけられる日本人の気持ちがわからないだろ?

日本は日本人の国なんです。あなたたちは他の国に住めばいい」


「コイツ! サベーツッ! サベーツダ!

コイツ、サベーツスル! サベーツダ!」


「差別されるようなことしておいて……先手を打って被害者気取り。

そんな人と共に過ごしたいと思う人がいるわけない。

どこかの島でも買い与えてもらって、そこで同族と暮らせばいい。

あなたたちの好きなことができますよ」


「サベーツダ! サベーツ! サベーツダッ!」


「奪われ……犯され殺される。そんなの身内同士でやっておけよ。

あなたたちは……それでしか生きられないんだから。

日本を……日本人を巻き込むなよ」


 拳を振り上げた男性の腕を茜音さんは押さえようとしてくれるが止まるわけがない。

あえなく僕の顔面を捕え刈り取られた芝生が頬に刺さった。


「コイツ、サベツスル!」


「サベーツダ! サラウ! サベーツハ、コロス!」


「コロス! コロース! サベツ、ダ!」


「サベツダ! サベツダ! サベツダ! サベツダ!」


 倒れ込んだ僕の腹に靴がめり込んだ。


 息ができない。


 無理に酸素を供給しようとしても緑の香りだけが鼻腔を埋める。


「あのー、さっき警察呼んだっすけど、もうそろそろ来ると思うっす」

と、覇気と抑揚のない声がした。

 

 荒い呼吸の中で視線を上げると、片手にスケッチブックを持った男性が立っている。

草臥れた白いTシャツにボサボサの茶髪は根元が黒に変わっていた。


「ナンダ、オマエ!」


「オマエ、モ、コロスゾ!」


「警察来るっすよ。警察、ポリス。あっ、ほら、ほら、サイレンの音」


 彼の言う通り、緊急走行の音が夏を織りなす音に緊迫感を与えた。


「早く行ったほうがいいんじゃないっすかね。

あんたたちのことだから逮捕は無くても……。

さすがに話ぐらいは聞かれるんじゃないっすか」


 外国人は舌打ちをし、倒れている僕を全員が睨みつける。

彼らの母国語で何やら恨み言を言っているようだ。

女の子にも指差し何やら言葉を吐き出して、四人は足早に立ち去って行く。


 仲裁に入った男性が気怠そうに僕の前に屈んだ。


 彼には見覚えがあった。


 コンビニで老人が暴れている時に、背後でクスクスと笑っていた大学生風の男だ。


「――きみ、この前も揉めてたっすよね?」


 眉を下げ指先で頭皮をぽりぽりとかいている。


「あの時の……コンビニにいた人ですね」


 瞼と首を連動させた彼は続ける。


「そうやって……人のことに、いちいち首突っ込んでると……いつか死ぬっすよ」


 言葉の強さと相反し彼は不気味なくらいに笑顔だった。


「僕も……そう思います」


「だったら、どうしてっすか?

その子が襲われて後味が悪くなるなら、警察に通報だけしとけばよくないっすか?」

と、僕の背後にいる女の子へ一度目を向け茜音さんが反発する。


『通報してたら間に合わないよ……!』


「市民の安全を守ることが彼らの職務っすよ。

なんも気にすることはないっす、国民が税金を払い動いている組織っすから。

いや……動かさないとダメなんすよ。暇を与えると彼らはロクなことをしないっす。

堕落した組織に堕落した人間が増える一方っす。

公務員は公僕なんだから国民のために尽くすべきなんすよ」


「――言われているからです」


「なにをっすか?」


「人を……助けるように」


「――人を助ける……っすか。

無力な正義に価値は無いと思うんすけど……ね」

と、スケッチブックを膝の上に置き冷笑を浮かべる。


『そんなことないよ!

朝陽くんが助けてくれたから女の子は傷つけられなかったの……!』

と、茜音さんが一歩前に踏み出した。


「人を守る力が無い。それなのに助けにいくのは正しいんすかね?

無謀な正義による自己陶酔っすか? 守れないのに突っ込む。

それも一種の悪じゃないっすか?」


『悪意から目を背けて耳を塞ぐ、知らないふり。行動しないで声も上げない。

だから、痛みを抱える人が減らないの! そんな世の中は良くないって気付いてよ!』


「自分の正義に酔うためだけに行動して満足っすか?

――きみが死んだら、どうなるんすか?

それを少しは考えたほうが……いいっすよ。

きみは頭が良さそうだから、わかりそうなもんすけどね」


――わかっている。


 誰かの犠牲は誰かの幸福となって、誰かの幸福は誰かの悲哀になる。


『黙って静観しているだけの人が、人を想う朝陽くんのことを悪く言わないで!

朝陽くんが助けなかったら、女の子には一生の傷が残ってたよ!

それは消えることのない傷なの!』


 いつの間にか彼と茜音さんの会話になっている。

とは言っても、彼の元には何の感情も届いていないのだけれど。


「じゃあ、どうしたら……よかったんですか?」


 大学生風の男性は白雲がぷかぷかと浮かぶ青空を見上げた。


「――力っすよ」


 僕は彼の単語を繰り返す。


「そう、力っす。さっきの場面、きみに彼らを瞬殺できる力があるなら問題はなかった。

これは、なにも腕力……暴力のことだけじゃないっすよ」


「権力……ですか」


「そうっす。世の中には権力、という力があるっす。

本当に人を助けたいなら権力を手にするしかないんじゃないすか。

そのほうが多くの人を救えると……俺は思うんすけどね」


 パトカーの音が近付いてきて、彼は面倒なことになる前に退散すると言い、

僕たちに背を向けスケッチブックを持つ手を上げた。


「もし……きみが今後、権力を手にしたいと考えるなら覚えてほしいっす。

一つだけ覚えておいてほしいっす」


「なんですか」


「そこには、抗えない、従うしかない、ことが多々あるっす。

善悪、苦悩、葛藤という苦汁を飲み続ける。

それを仮に超えたところで中央の正義は腐っているんすよ。

もはや、正義とは呼べない。いや、本当の悪はそこにいると言っても過言じゃない。

中央が腐っていれば枝分かれした先も腐る。

一つだけ覚えておいてください。

――権力は腐敗するんすよ」


 少しばかり首を横に曲げた、彼の四分の一ほどの顔が見える。


「最後に一つ……きみの行動は、少しだけ眩しかったっすよ」


 彼はそう言い残し夏の炎天下を歩き遠ざかっていく。


『さっきは、なにもしないくせに、って言ったけど通報してくれたことは感謝してるよ』

と、茜音さんは手を振っていた。


『朝陽くん、大丈夫? 痛くない? 頭痛くない?』


 横で茜音さんが問いかけてくるが当然のように返事はできない。


『ごめんね……人助けとは言ってるけど……。

朝陽くんに傷ついてほしくない……ごめんね』


 茜音さんにだけわかる程度に小さく首を振ると、

背後にいた女の子が近寄ってきて「ごめんなさい、ごめんなさい」と、繰り返す。


「きみはなにも悪くないよ。謝ることなんて……一つもない。ケガとかは?」


「な、ないです。でも……でも……ごめんなさい……ごめんなさい」


 ボロボロと涙を零す女の子を見ていると慰めの言葉も見つからない。

彼女は何もしていない。日々を歩んでいただけだろう。

それなのに外国人によって、その穏やかな日々を奪われた。


 そう……無法者の外国人によって、少女のすべてが奪われるところだった。

彼女に植え付けられた恐怖心は、この先も消えることがない。 


 パトカーが公園付近の路上に停車する。

水色と紺色の制服に身を包んだ二人の男性警察官が苦い顔で向かってきた。


「おーい、きみたちか? 通報したのか? 喧嘩してるってのは」


 一人は四十代前半だろう。

一重瞼の目は細く、でっぷりとした身体で荒々しい呼吸をしている。

もう一人は凛々しい眉毛が特徴的で、目鼻立ちのはっきりとした二十代半ばの男性だ。


「で、それで? なに? きみらが喧嘩したの? なに?」

と、捲し立てるように、開いているかもわからぬ視線を僕たちに向けた。


 手帳とペンを持ち、早くしろと言わんばかりに睨みつけてくる。


 本来なら事の始まりから説明したほうが良いのだろうけど、

とてもじゃないが動揺している女の子に話させるわけにはいかない。


「端的に言いますと、女の子が外国人四人組に絡まれていました。

彼らの言動からするに性的暴行目的です。そこに僕が間に入りました。

外国人の彼らは、すでに逃走しています」


「ほー、外国人……ねえ。その根拠は?」

と、細目とペン先が訝しむ。


「外見的特徴……だけとは言いませんが、日本語の抑揚の付け方が日本生まれ、

日本育ちとは違います。それに彼らは外国語で会話していました」


「それだけで外国人か? それで外国人と決めつけるとは早いよ、きみ」

と、中年の警察は若手の警察官を一瞥し、二人は意思を同調させ笑い合う。

 

 瞬時に理解した。


 そうか……そういう感じでくるのか、と。



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