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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第二章 悲嘆の夏

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悲嘆の夏 14

             * 

 

 平日のアルバイトが終わり帰宅すると、食卓で葉月と母が物々しい様子で話していた。


 勤務する日の帰宅時間は主に二十一時頃になるが、

母と葉月は僕が帰宅するまで夕食を摂らない。

父は僕よりも帰宅するのが遅いから、平日に食事を共にすることは少なかった。


「おかえり」


「おかえりー!」


「……ただいま」


 手洗いうがいを済ませ、食卓につけば、葉月と母でしていた会話が巻き戻る。


「お兄ちゃん! 大変……! 大変なの……! これは本当にまずいよ……!」


「主語がない」


 両の手を合わせ「いただきます」と、口にしてから適度な塩気の味噌汁を飲む。


「幽霊……! 幽霊がいたんだよー! ゆ、う、れ、い!」


 食卓に手を付き僕のほうへ身を乗り出す。


「行儀が悪い」


「えっ、これってお行儀悪いの?」


「…………。それで? 幽霊って?」


 また茜音さんが何かをしたのだろうか。


「今日ね、学校から帰ってきて、勉強するかなーって思ったの」


「そしたらね、幽霊がいたらしいのよ」


「ちょっとー、お母さーん。私のエピソード取らないでよー!」


「ごめん、ごめん。続けて、葉月」


「もうっ! 人のトーク奪うのは大罪だよっ!」


 頬を膨らませた葉月を宥めようと、母は抱きつき頭を撫でている。


 仲の良い……親子だ。


「私ね、お兄ちゃんが去年勉強していた参考書を借りようとして部屋に入ったの。

でね、パソコンがついてて。あれ、お兄ちゃん帰ってきてるのかな、って思ったの」


 平日の昼は茜音さんが暇であろうから、パソコンはいつでも使えるようにしてある。

そこに葉月が現れたのだろう。


「私が帰ってきた時に靴は無かったし。

でもね、パソコンがついてるから、これは確認しないといけないって思ったの。

ロックが解除されていることなんてないから」


「確認……? なんの?」


 綺麗に揚げられた小アジフライを箸で掴み問いかけると葉月はニヤリとした。


「お兄ちゃんがエッチなの見てないかの確認だよっ!」


――こ、こいつ……。


「妹として確認するべき責務があるのです!

なにかあれば検挙しないといけないのです!」

と、右手を頭部に当てキリッとした表情で敬礼した。


「ちょっと、葉月やめてよー。

朝陽がマニアックなの見てたら、どうするの? リアクションに困るでしょ」


――注意するのは、そこじゃないだろう。


「えー、でも、でも! 変なの見てたら、私たちが止めないといけないでしょ!」


「それもそうね。女の子に興味無いですよー、みたいな雰囲気出してるから、ね。

確認するのは正解ね」


――くっ、こいつら……。


 ほうれん草のおひたしを掴む箸が震えてしまう。

茜音さんは……僕のいない間に何を見ているのだろう。


「そ、それで? 見たら……なんかあったのか」


 僕の声も微かに震え、動揺が混ざってしまったかもしれない。


「うーん。エッチなのはわからなかったけど、音楽の動画ばっかりだった。

ネットの閲覧履歴は事件、事故ばっかり」


「そ……そうか」

と、胸を撫で下ろす。

 

「でも、疑いが晴れたわけじゃないから。

今後も捜査を続けていこうと思います……!」


 再度、背筋を伸ばし敬礼している。


「もう、やめてってば。葉月、どうするの?

けっこう……偏った性的嗜好を持ってたら。私は知らないままでいいよ」


「えーー!? お兄ちゃん、気持ち悪いー!」


――こ、こいつら……。


 葉月に対し思春期のくせに母親と手を組み性的な話をしてくるな、と、思うが、

変に怒りを表すと図星だという新たな視点で攻撃されることは目に見えている。


 咀嚼とは別に、奥歯に力を込め、苛立ちを静かに抑え込む。


「それで……幽霊とは関係ないだろ」


「トークは掴みが大事なんだよっ!」


――それはその通りだ。


「それでね……収穫がないまま部屋に戻ったの。

少し経ってから、違う参考書が必要だな、って。

また、お兄ちゃんの部屋に入った私は驚いたのです!」


 再び食卓に手を付き身を乗り出した。


「どうして?」


「私が最初に部屋へ入った時。

机の……パソコン周りには、なにも置いてなかったのに、漫画が重ねられてたの!」


「私の時と同じね」

と、母は神妙な面持ちで彼女の発言を肯定した。


「見落としたんだろ」


「ないよ! それは絶対にないよっ……!

最初に入った時は無かったもん! もう一回入った時に、何冊も置かれてたの!」


「世の中に『絶対』は存在しない。安易に使うと叩かれる」


「無かったの! 絶対に無かったもん!」


 こうなれば戦うしかない。


「無かったという証拠を見せてくれ」

と、僕は咀嚼した白米を嚥下し冷静に伝えた。


「え、証拠……? そ、そんなの……できるわけないよ!」


「そう、できない。見間違いとかではない場合。

葉月が捏造している可能性がある、と、こちら側は思うよ」


「見たもん……!」


「それは葉月の主観。

客観的事実に基づかないと証拠とは認められない」


「見たの……!」


「世の中には虚言で注目を集めようとする人が一定数いるし、ネットには溢れている。

本当に人を信じさせたいなら根拠を示すか、証拠が必要。

――ちなみに虚言を吐く人って、自らがついた嘘を脳に刷り込むから、

自らの虚言が本当にあったことと認識する人もいる」


「お母さーん! お兄ちゃんがイジメてくるよ……!」


「もう……二人ともやめて。ご飯食べているんだから喧嘩はしないで」


「だってー。お兄ちゃんが私のことを嘘つきだって言うんだもん……」


 嘘つきとは思っていない。

むしろ事実として受け入れている。


 こうなれば話題を変えることが好ましい。


「大体……なんで参考書? 葉月には特に必要ないと思うけど」


 彼女は学年でも常に三番以内に入っているから、

近場の高校であれば、どこの学校でも問題がない。


「お兄ちゃんと同じ高校に行くって決めてるから!」


 僕の通う穴来あなき高校は県内でも有数の進学校だ。

自宅からも二番目に近い学校で通学に不便はない。


「なんでだよ……やめろよ」


「やーだよ! B.M.Tの人たちがいるから絶対に行きたい!」


 B.M.Tとは僕の通う穴来高校で生まれたロックバンドだ。


 今年の一月にメジャーデビュー。

去年の文化祭で大規模な野外ライブを行い、そのことは在校生の語り草だ。

軽音楽部も彼らが作ったものらしいが、進学校にしては珍しく部員数が二十名もいる。

彼らのライブの成功が元になっているのは確実だし、

メジャーデビューしたことも拍車をかけていた。


「B.M.Tか。今、在学しているメンバーは二人だけ。

残りの三人……ボーカルの人は元々、在校生じゃなかったし、二人は今年卒業したよ」


「ええー!? そ、そうなの!?」


「好きなら、それくらい知っておけよ」


「えっ……ということは、優詩くんは……?」


優詩ゆうし」とはB.M.Tのギタリストだ。


「いないよ。ギターの優詩ゆうしさんとキーボードの美波みなみさんは卒業してる。

いるのは、ベーシストの凛花りんか先輩とドラマーの人」


「凛花ちゃんに会いたい……!」


「今、三年だから、葉月が入学しても凛花先輩もドラマーの人も卒業してる。

あ……いや、ドラマーの人はいる。留年してるから」


 葉月は肩を落とす。

味噌汁を箸で撹拌して「別に……ドラムの人は……いいや」

と、小さく俯いた。


 このドラマーとは苦い思い出がある。

入学して間もない頃、校内を歩いていると、いきなり喧嘩を吹っかけてきたのだ。

何もしていないのに、前方から肩で風を切り、怒鳴り散らしてきた。


「おい……! そこのイケメン!

お前、ツラがいいからって調子乗んなよ! やっちまうぞ!」

と、息巻いていた。


「いえ……調子には乗っていないです」


 進学校にしては珍妙な事件だ。

彼は底辺高校にでも行っているほうが妥当であろう風貌だった。

パーマなのか縮れた毛を逆立て、着崩した制服、垂れた目が特徴的だ。


「ああ!? 先輩に向かって口答えか!?

俺はB.M.Tの人気メンバーだぞ!」


 人気があるのは彼以外のメンバーだ。


 小さい身体で虚勢を張っていた。

そう、いつかのコンビニ老人のように。

そこに現れ助けてくれたのがベーシストの凛花先輩だった。


「金本くん……や、やめて……かわいそう……」


「ああ!? てめえ、後輩の前だからって、調子のんなよ!?

先輩は後輩の言うことに逆らわねえもんなんだよ!」


「そんなの……おかしいよ、変だよ。

そ、それに、それなら……わ、私は……金本くんの先輩……だよ。

金本くん、留年して今も……二年生で……私は三年生だから……」


「つっ……てめえ! ごちゃごちゃ言いやがって……!」


「言う……よ……」


「ああ!?」


「優詩先輩に言う……詩織さんにも……言う……」


「て、て、てめえ……、脅してんのか!?」


「金本くんの師匠……ひょっとこさんにも言う……」


「て、てめえ……」


「美波先輩に……相談する」


 その名が出た瞬間、急に彼は僕らの視界の外へ消える。

廊下で土下座し「すみませんでした。もう二度としません」と、謝罪を口にした。


 春の出来事であったが、遠い昔のように感じる。

ベーシストの凛花先輩は大人しかったけれど、眼鏡を掛け小さくて可愛らしい人だ。


 そして……ドラマーの人のことは今でも嫌いだ。


 そのようなエピソードを話していく内に、

幽霊騒動から葉月の学校で起こっている問題について母と葉月は持論を交わす。


 夕食を食べ終え部屋に戻る。

茜音さんはベッドに寝転んでいて『おかえりー』と、身体を起こした。


『さあ、今日は学校でなにがあったか、師匠に話しなさい』


「ないですよ、なにも」


『一人の人生になにもない、ということはないのです。答えなさい、弟子よ』


「特に変わりなく。茜音さんは……どういう一日だったんですか?」


『あー、私のこと知りたいんだー。気になってるー、意識してるー』


 隣に来て肩をツンツンと人差し指で突く。


「別に……知りたくないはないですよ。

僕には、なにもなかったから聞いただけです」


『あらら、拗ねちゃった。

――今日はねー、私が死んでから今までの事件とかをネットで調べて、

その後はー、お菓子食べて、色んな動画見たりして……後は漫画読んでたかな』


 仕方のないことだけれど、引きこもりのニートのような生活だ。


『あっ……! そうだ! 夕方に葉月ちゃんが入ってきて……。

私が見てたパソコン触ったり、漫画が置いてあるの見て……怪しんでた……かな。

辺りを見回してクローゼット開けたり。

――大丈夫だった? ごめん……ね』

 

 まるで路端に綺麗に咲いていた花が摘み取られ、

炎天下に晒されたせいで急に萎れていくように見える。


 茜音さんは明るい人物だけれど、今のように急に大人しくなることもあった。


 その姿をあまり見ていたくない。


 理由はわからない。



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