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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第二章 悲嘆の夏

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悲嘆の夏 1

 梅雨が過ぎ、一足先に鳴いている蝉たち。


 どれくらい鳴いていられるのだろうか。


 どのような想いを抱いているのだろうか。


 白雲が点在する下でギターを抱え目的地へと足を進める。


 目指す先は「夕焼けの宴」という楽器店だ。

茜音さんが楽器店の店長である清原さんに会いたい、と言ってきた。

ギターに張られた弦も劣化し、購入しなければいけないという話にもなっている。


 彼女はギターから現れた日に清原さんに対し『約束守ってくれたんだ』

と、発言した。


 彼女の未練の一つは楽曲を完成させること。


『大切な人に……届けたい。約束したから』と、これも言っていた。


 清原さんとの約束なのだろうか。


「清原さんとは、どんな関係なんですか?」


『あれ、前に言わなかったっけ。古い友人だって』


 聞きたいことは……そんなことではない。


『あっちは私より全然年上だから、もうおじさんになってるよね。

会うの楽しみだなー。

シワシワになってるか、太ってたらどうしよ。笑っちゃうかも』


 いくらかひび割れたアスファルトを進んでいく彼女の足取りは軽やかで、

その反面、僕の足取りはなぜか重くなっていく。


『約束』とは、なんなのだろう。


 夕焼けの宴へ到着した。

外壁の木材は艷やかというより、落ち着いた雰囲気を醸し出す意図的な加工がされている。


 ガラス張りである扉の取手を持つと、潤いを持った手のひらがひんやりとした。

薄暗い店内には何十本の楽器が所狭しと並んでいるが人の姿は全くない。

左右を見渡すとカウンターには金色の髪だけがあって僕の視線と合致する。

下を向いているから表情は窺えない。


 以前、来た時も同様だった。


『あっ、あの人かな? 清原さーん!』


 茜音さんは声を出し歩み寄っていくが、当然、声をかけられた主は反応しない。

僕が声をかけてみても、金色の髪は大きく動くことがなく微動しているだけだった。


 急に金髪の男性が大きく飛び上がった。


 耳にイヤホンを付けていたようで手早く両耳から抜き取っている。

こちらに落ち度があるとは思わなかったが、とりあえず謝罪を口にした。


「おお、びっくりしたな……。どうした?」


「清原さんだー!って……ええ……!? 変わってないー!」


 茜音さんから道中に聞いて驚いたのは、清原さんが五十歳前後ということだった。

僕が初めて夕焼けの宴に来た時は清原さんのことを三十歳前後だと思っていた。

金色の短髪を逆立てて、首元には金色のネックレスが光っている。

しっかりと彫りの深い顔の中には意志の強そうな大きい目が並び、

今のように笑っていなければ威圧的に感じ萎縮してしまうだろう。


「弦を買いに……来たんですけど」


「おお……そうか。ビビらすなよ……」


 アクセサリーや手のひらサイズの箱に収められた弦が並んでいる棚に連れて行かれた。


『清原さん、久しぶり。変わってないねー。

もう詐欺みたいなものですよ』

と、背後に纏わりついて声をかけているが、相手からの反応は微塵もない。


「どれにする? 学生にも優しい比較的安いやつとかもあるけど」


『コーティング弦一択!』


「あの……コーティングしてある弦ってありますか?」


「おう、あるぞ。朝陽の使ってるアコギ用だと、これとかこれだな」


 清原さんが指先で示す、と同時に茜音さんの声が上がる。


『朝陽くん、その濃い紫とオレンジ色のやつ。

ゲージはイチニー、ゴーサンで』


「ゲージはイチニー、ゴーサンで」


 僕はギターのことはわからないから、すべて茜音さんの言葉を繰り返すだけだ。


「初めたばっかりで、けっこう詳しいな」


「ははは……一応、勉強したので……」

と、愛想笑いで誤魔化す。


 紫と橙色の箱の弦を三セット購入するが、僕の思っていた金額よりもだいぶ高かった。

レジで会計を済まし袋に入れられた弦を受け取ると、

清原さんは強面な顔と相反する言葉を穏やかに出した。


「どうだ、ギターは。弾けるようになってきてるか?」


「練習はしています」


『なってきてますよー。私が師匠なんだから当然です。

朝陽くん飲み込み早いし、音楽センスありますから。

清原さんのことなんて、すぐに抜かしますよ』


 茜音さんは僕の背後から、すっと顔を出し、練習内容などを得意気に告げている。


「わからないこととかあったら、いつでも聞きにこいよ」


「はい。ありがとうございます」


「――お前さ、なんかあったか?」


 要領を得ない漠然とした言葉に僕が質問で返すと、清原さんは片側に唇を上げた。


「少し変わったなって思ってよ。雰囲気な。身に纏う雰囲気」


「雰囲気……ですか」


 初めて来店した時は、どのように映っていたのだろう。

僕は他人から、どのように見られているのだろうか。


『ちょっと……清原さん、私の弟子に変なこと言わないでください!』


「悪い意味で言ったわけじゃねえからな」


 二人の会話は奇跡的に噛み合った。


「そうだな……。

初めて来た時は、暗い……ってわけじゃねえけど、

内に秘めたモヤモヤが漏れ出してるっつうかな。

悩みが滲んでいる、というかな。

それが今は少なくなったって……感じだ」


「そうですか……」


 確かに抱えきれぬ不安……というより、胸の奥に隠してしまったものはある。

言葉にするには難しく、誰かに話せるほど容易でもない。

誰かに聞いて欲しいとも思わない。

誰かに聞いて欲しいとは、自己中心的な考えにすぎないのだから。


 話すことはない。


「わりい、わりい。変なこと言っちまったな。

ただ、朝陽にギターを譲ってよかった、って思ってよ」


『それはそう。清原さん、ありがとう』

と、茜音さんは深く頭を下げる。


 僕はギターケースを右手で持ち直し、カウンターに手をつく清原さんに問いかけた。


「あの……どうして、このギターを譲ってくれたんですか?

あの時、その場の流れでどんどん話が進んでいったので」


 あの日、ギターを購入しようと足を運んだ日。

高額なギターばかりが置かれた店内で、アルバイト代では賄えないと判断し帰宅を決めた。 

その時に店の奥から売り物ではない、茜音さんのギターを持ってきてくれた。


 清原さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたかと思えば、

すぐに満面の笑みへと変わった。


「ああ、それはな――」


 背後から店内へ人が入ってくる音がした。


 振り返ると銀色の眼鏡をかけた理知的な中年男性が立っている。

高そうな紺色のスーツを細身に纏い、夏にも関わらず、

しっかりと深紅のネクタイを首から下げている。


 僕らを一瞥した後で、目を逸らさずに進んできた。

真っ直ぐに伸びた背筋、骨盤辺りから可動する足は彼という人物を表している。


平良たいらさん……」

と、茜音さんがポツリと言葉を出した。


 レジ前に平良たいらという人物が近付くにつれ、僕は横へと身体を移動させる。

そこには何か得体のしれない雰囲気があった。

彼がレジに到達すると、清原さんは眉間に皺を寄せ、両の手をカウンターに広げた。


 一人は直立不動。もう一人は臨戦態勢。


 清原さんは相手に喰らいつくような眼差しを向け、

目を離すことなく煙草に火を点けた。


「なにしに来た。もう来るな、って言ったよな」


「なにしに来た、とは相変わらずだな。

それに店内で喫煙するなよ、ありえないだろう、今の時代に」


「うるせえ、俺の店だ。すべての場所で喫煙可能だ」


「こちらはモラルの話をしているのだよ」


「うるせえよ。

――それで、なんの用だ?」


「なんの用……か。

まず、きみが電話に出ないから直接足を運んだわけだ」


「それで?」


 平良さんは銀縁の眼鏡を右手の人差し指で上げた。


「茜音くんのギターを渡してくれないか」


「無理だ、帰れ」


「なぜ?」


「商業目的だけに、あいつのことを利用するな」


「音楽は商業だ。ビジネスだ。

切っても切り離せない関係だ。

金を生み出すから音楽を大衆に届けられるんだ。

いいかげん、そのようなパンク精神に溢れたギターキッズみたいなことを言うな。

いつまで青いままでいるつもりだ。現実を見て言葉を出してくれ」


「否定はしてねえよ。金は大事だからな。

売れるからこそ次に繋げられるし、他の奴らのためにもなる。

ただな……音楽を商業目的だけにするな、って言ってんだ」


 清原さんの眼光は変わらない。

 茜音さんは黙ったままで、平良さんは鼻を短く鳴らした。


「いいか? 今回の追悼ライブは節目でもある。

茜音くんに影響されたアーティスト。親交のあったアーティスト。

彼女が好きだったアーティスト。どれもビッグネームばかりだ。

それが今回のライブで一堂に会する。チケットを通常の二倍近くに設定しても完売したよ。

まあ……久保さんとミンミだけは首を縦に振ってくれなかったがね。

ふっ……ミンミに関しては激怒されてしまったよ。

人心を利用しチケット代を高く設定するなんて茜音くんの意志に反する……とね」


「そりゃ、あいつは怒るだろうな。

茜音と一番仲が良くて、あいつの気持ちを汲んでいたんだから当然だ。

――で、そのライブがどうした」


 清原さんの抑揚のない冷淡な物言いに、平良さんは首を斜めに曲げ、

右手で顔を覆うように、こめかみ付近を刺激した。


「理解しているのに、理解していないふりをするなよ。

無知は罪だが、知らぬふりも罪だ。

――わかるだろう。きみも……こちら側にいた人間だ。

それを良く思わずとも、多少の理解はあるだろう」


 一度、溜め息を吐いた彼は続けた。


「人を感動させるには演出がつきものだ。

それこそ人を強く惹き付けるものが……ね」


 誰も発言しないまま、彼は大きく鼻から酸素を吸い上げる。


「――茜音くんに憧れた今一番人気のアーティスト。

そのアーティストに彼女のギターを弾かせ、彼女の曲を歌わせる」


「そこに意味はあるのか?」


「大衆は感動するさ」


「ギターは渡さねえよ」


「もちろん、無料でギターを渡せ、とは言わない。

それ相応の見返りはする。

きみが望むなら追悼ライブに出てもいいし、出演料も破格の値段で検討しよう」


「はっ……。

独立して短期間で最大手と肩を並べるレコード会社にした社長ともなれば、

言いたい放題、やりたい放題だな。

――どんな悪徳な商売してんだよ」


「私はビジネスの話をしているんだ。

くだらない非難は控えてくれよ。あいにく暇なわけではない。

こんな田舎に引っ込んだ、きみに会いに、はるばる来たのだから」


 お互いの強烈な視線がぶつかる。


 この場の空気は二人が交わす言葉で威圧感に満たされていた。

僕と茜音さん……いや、店内にある数々の楽器も静かに時が過ぎることを待っている。



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