幽霊と僕 16
「感情……ということですか。
――他にはAIで歌声を作り歌わせることもできます」
『歌声?』
「はい。例えばミュージシャンの歌声を学習させて他の曲を歌わせたり」
『カバーみたいな感じ?』
「まあ……近いとは思います。
故人になったミュージシャンに新たな音源は作れませんが、
AIに歌声を学習させて……歌うものもあったりしますよ」
不用意な発言をしてしまった。
英国のロックバンドに所属していた故人のボーカリストが、
AIによって日本のアニメ主題歌を歌唱していることに対して僕は言ったのだ。
しかし……。
茜音さんも……故人だ。
彼女はベッドから勢いよく立ち上がった。
『ちょっと待って……。それ……私のもあるの?』
「わからないですけど……検索してみますか?」
パソコンを立ち上げ、動画プラットフォームを開き「和泉茜音 AI」と打ち込む。
何個かの動画が検索通りに表示され、その一つをクリックする。
世代間を飛び越え名曲がAIによって作られた和泉茜音の歌声で室内へ流れた。
『歌ったことないよ……この曲。
そもそも私はカバーしたことない。
フェスで他の人と一緒に歌うことはあったけど……』
僕は彼女の歌声を聴いたからわかる。
結局は人工知能が生み出した偽物にすぎない。
和泉茜音の歌声ではない。
本家本元は格が違う。
人工的で価値のない声は彼女に対しての冒頭だ。
『こんなの……ひどい……よ』
「そういう時代なんですよ」
『私がみんなに向けて歌ってたのは……。
みんなが聴いてくれたのは……私の想いを乗せてたからだよ……!
こんなの私の歌声じゃない! 消してよ……!』
机に乗せた手は震えている。
彼女が声を荒らげたことも初めてだった。
「消すって……僕には無理ですよ」
『どうして……! 消してよ!』
普段の真っ直ぐで黒い瞳が悲痛な色をしているように見えた。
「茜音さんの所属していた事務所とかレコード会社などが削除依頼しないと。
それに……。
茜音さんの声を学習させたAIが歌っているだけなので法的な問題はないと思います。
茜音さんの歌声を使用しているのではなく、AIが歌っているので……」
『そんな……』
「別に茜音さん本人が歌っているわけじゃないから……いいじゃないですか」
『私が歌ってる、って思う人もいるかもしれない……』
茜音さんは机に顔を向けている。
その間にコメント欄に目を向けると実際にそのような発言が散見された。
彼女の歌声ではないと僕が判別することは容易であったが、そうではない人もいる。
「茜音ちゃん、この曲歌ってたんだ」
「さらに切なくなって泣けてくる」
「死ぬ前にとってたやつだろうな。他にもあるから聴いてみる」
コメント欄に「和泉茜音ではない」という文字は、
長いスクロールの旅路で二つ三つあるだけだった。
「今はこういうのよくあるんですよ。気にしてもしょうがないですよ」
『気にするよ……! 私は……私たちは音楽と真摯に向き合って作って……歌うの!
なにも考えないで作ってるわけでも、どうでもいいと思って歌ってるわけじゃない……!
自分の中から手繰り寄せて……苦しくて……それで歌うの!
こんなのおかしいよ……!』
「――僕に怒らないでくださいよ」
『だって……』
「こういうこと言いたくないですけど……。
聴いた人がそれでいいと思うなら、それが答え……一つの正解なんじゃないですか。
人になにかを届けたいと思った時点で、
すべての評価は届けられた人に委ねられていると思います。
それが本人でもAIでも、届いた先……聴いた人がいいと思えば、それまでですよ」
茜音さんの目からボロボロと涙が流れた。
その目からは悲しみというより、痛みが流れているのだと感じ、
安易な言葉……失言をしてしまった、と強く後悔する。
彼女の歩んだ道を知らないのに、その軌跡に土をかけるような真似をしてしまった。
『どうして……なんで、そんなこと言うの……』
「いや……その……」
『私の音楽は……私である必要がないってこと?
――もう私の音は……いらないってこと?』
「そこまでは……言っていないです」
『ひどいよ……』
白い指先で目元から溢れる感情を何度も拭っている彼女を前に、
椅子から立ち上がることもできないし、声をかけることもできない。
彼女は身を翻し、ベッドに力無く倒れた。
小さい背中だけが僕の視線と合う。
「あの……茜音さん……」
『もう……いい。聞きたくない……』
「あの……」
『もういい……うるさい……話したくない……』
「いや、あの……」
『もういい。朝陽くんは……そんなにAIが大好きならAIになっちゃえばいい』
その後、寝る直前まで二人の間に会話が戻ってくることはなかった。
電気を消す時に見た小さい背中は寂しいままだ。
「あの……すみませんでした」
床に敷いた毛布に寝転び、僅かに見える彼女へ言葉を続けた。
「茜音さんが……必死で作っていた音楽。
それを否定するような言い方しちゃって……すみませんでした」
反応は無い。
「僕もAIの活用は芸術の方向じゃなくて、社会の無駄を無くす……効率化したり。
ヒューマンエラーなどを無くすものに活用されればいい、と思ってるんで。
茜音さんを――」
いつもの小さく柔らかな寝息は聞こえない。
「――傷つけるつもりはなかったんです。
すみません……でした」
『――うん……わかった。許してあげる。師匠は心が広いから』
いつもの茜音さんの声に戻っている。
「ありがとうございます」
『その代わり、今日は隣で寝なさい。いつも床で寝ているから痛いでしょ』
「いや……それは……。毛布敷いているので大丈夫です」
『いいから隣で寝なさい。師匠は弟子に手を出したりしません』
「いや……でも……」
『早く寝なさい。睡眠はとても大事です』
「今日……だけですよ」
『ちょっと待ちなさい。なぜ、上から目線なのですか。
どうか、どうか、お願いします、と、私が言われる立場だと思いますが』
ベッドを明け渡しているのは僕だろう……。
茜音さんは壁側を向いている。
僕は机の方を向いてベッドに横になった。
お互いの身体は触れてもいないが、無表情な背中を合わせているだけで、
ぼんやりと胸の辺りが熱くなるような感覚がした。
彼女が寝返りを打つ度、背中に腕が触れる。
『空から降るそら豆……ビーン……ビーン……。
それはビームだ……月の光……カリカリする梅は……』
結局、朝まで眠ることはできなかった。




