表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第一章 幽霊と僕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/101

幽霊と僕 15

「音楽に対する作り方、聴き方、聴く姿勢も大きく変わったんだと思います」


 再び椅子をくるりと回し机上へ視線を変えてペンを動かす。

スムーズに動作する時もあれば、緩徐になることも、停止してしまうこともある。


「今は特定のミュージシャンを聴くというより、

SNSで流れてきたショートの音楽……切り取られた部分のことです。

気に入らなかったら飛ばして、気に入ったら、

その曲をサブスクなどで聴くことが多いと思います」


『へー。切り取り、ってサビとかでしょ? それは昔から変わらないけど。

朝陽くんは、そういうことにも詳しいんだね』


 物事の歴史や変遷を調べることは好きだ。

時代毎に移り変わっていく流れ。

それによって何が起こり、何が残り、何が消えていくのか。


『はい。質問です。朝陽くんは、私の曲は聴かないの?』


 目を向けることはしなかったが、視界に入る白い腕は天井へ伸びていた。


 彼女は僕を試すような微笑みを浮かべているに違いない。


「聴きましたよ」


『わー、ありがとう。どうだった? 感想、感想、聞かせてよ』


 声がパッと明るくなり聴いた後の評価を強いてくる。

葉月が作った料理の時には言えなかった本音。

それと類似した言葉を伝えれば良い。


 本当の言葉を。


 ペンを指先で強く掴んだが結局は返答する前に次の言葉が耳へ届く。


『あー、三枚目のアルバムは聴かなくていいからね』


「なんでですか?」


『なんでも。これは師匠からの命令です』


 こうなると頑固になり人の話は聞かない。

共に過ごしている日々で学習した。


『最近、朝陽くんが好きなのとか、聴いてるの教えてよ』


「最近よく聴いているのは――」


 あるミュージシャンの名を上げた。

僕と同世代であるが、昨年、一気に知名度が上がり一躍人気となった人である。

曲が好みであるから通学中にもよく聴いていた。


 茜音さんの聴きたいという要望に答えて、スマートフォンから室内へ音を響かせる。


 人気のきっかけともなった曲を聴くと、

『いい曲だねー。切ない歌詞に物悲しいメロディが歌声とよく合ってる』

と、顔を綻ばせた。


「今は……確か十六歳だと思います、学年は僕の一つ上で高二ですね」


『へー、十六歳、すごいね。素敵な曲。他にもあるの?』


「ありますよ。アルバムも出ています」


『そっかー。ねっ、お願いがあるの』


 両の手を合わせた彼女の願いとは、

そのミュージシャンのアルバムを購入してほしい、というものだった。


 その必要はない。

すでに購入済でスマートフォンでいつでも聴けるのだから。

一人だけで聴いた方が良いと思い、イヤホンを渡すと彼女はベッドに寝転んだ。


 目を瞑り、ただ静かに、五十分ほどの世界へ入っていく。


『いい……。すごく……素敵』


 聴き終わった茜音さんの笑顔は晴れ晴れとしていた。


「他にも……いますよ。この子も確か十五歳です」


 青い海の前で青いギターを掻き鳴らし、自身の想いをぶつける女の子の動画を見せた。


『わー。この子もすごくいいね。

歌声も歌い回しも歌詞との相性が良くて……等身大の歌詞が素敵。

きっと……この歌詞は今の彼女にしか書けないタイプのものだよ』


「そういうのあるんですか?」


『うん。あるよ。その時、その瞬間にしか書けない歌詞ってあるんだよ。

私にもあるもん。

あの時は書けたけど、今だったら書けないな、っていう歌詞あるよ』


「生きていく中で価値観や考え方が変わった、ではなくてですか?」


『うん。想いも考えも変わっていないのに。

不思議だと思わない? その時代を越えて生きているはずなのに書けないの』


――その時にしか感じられないもの……か。


『だから、一瞬一瞬を大切にした方がいいよ。

目の前の生きている時間を大切に……ね。先ばかり見ないで、今を見なさい。

大事なことは……今だよ。

これも師匠からの教えです』


 ふふ、と笑い、グミを静かに咀嚼している。


『――すごいね。今の子たちは。

才能と努力でしっかりと音楽の道を歩んでる』


「今の子たち、って……昔もいたでしょう」


 あなた、も。

というのは一度口内まで走ってきたが、踵を返し喉の奥へ隠れてしまった。


『さっきからなにしてるの? 勉強?』


「茜音さんから教えてもらったメジャースケール、

ダイアトニックコードを書き起こしているんです」


『おー。偉いぞ、弟子よ』


「この十二個のメジャーキー。

一つのキーに七種類のコードがあって、

これがコード進行の核になるという認識でいいですか?」


『そうだよ。それがコード進行を作る上で基本だね。ダイアトニックコード。

――口頭で一回教えただけなのに、スケールの並びを理解したんだね』


 特に難しくは感じない。

全音と半音の関係、規則性のある音の並び、それをキー毎に当てはめればいいだけだ。

指先を動かしているのも、考えることなく脳内から瞬時に出すためだ。


『メジャーとマイナーは平行調の関係だから、

メジャーを覚えれば、そんなに大変じゃないと思うよ。

ディグリーの位置は変わるけど』


 目の前にアルファベットが並ぶ。


 音楽理論は義務教育で習うドレミファソラシドではなく、

CDE……という表記が基本で、口頭においてはイタリア語を合わせて使うようだ。


『ダイアトニックコードは、人との関係みたいなものだよ』


「人との関係?」


『キーとは主役です。

人生の主役は、あなたです。

残り六個のコードは、あなたの人生に大きく関わる人です。

愛してくれる人。理解してくれる人。支えてくれる人。助けてくれる人。

背中を押してくれる人。寡黙だけど、しっかりと見てくれる人。

それ以外にも人生には関わらなければいけない人がいますよね。

さあ、なんでしょうか』


「嫌いな人とか、性格が合わない人ですか」


『そうです。

ダイアトニックコード以外をノンダイアトニックコードといいます。

該当するキーの音階以外を含んだコードを使うことです。

苦手な人に会うと不安になったり緊張したりしますね?』


「まあ……そうですね」


『嫌いな人も人生には必要だよ。

反面教師にしたり、自分の価値観を広げるために必要だからね。

嫌なことも必要。これも覚えておきましょう』


「つまり、自分に合わない人をノンダイアトニックコードに置き換える……と。

それをコード進行に含めたほうがいいんですか?」


『うん。ダイアトニックだけで作っても、いい曲は作れるよ。

でも、ノンダイアトニックを使うことで不思議な感じや緊張感が生まれるんだよ。

曲の中に安定、緊張、開放が混在している。

それがいいの。それを心地よく感じるのが音楽』


 人差し指を立て自信に満ちている。


 僕は再びペンを動かしながら、ベッドに寝転び漫画を読み始めた茜音さんに問いかけた。


「さっきのアルバム聴いて、どう思いますか?」


『すっごいよかったよ。歌声も曲も。特に好きになったのは八番と十二番。

八番の二回目サビ後にくるCメロがいいの、サビがもう一つ増えたみたいで。

曲中に一回しか出てこないメロディだから、すごくドラマティックになる』


「確かに良い曲ですよね」


『ああ、やっぱり音楽っていいなって思う。

幽霊になったけど聴けてよかった』


 茜音さんは胸の膨らみに開いた漫画を置き天井に顔を向けた。


 十六歳のミュージシャンは顔を世に出さず活動している。

昨今のミュージシャンが顔を出さないことは、珍しいことではないと茜音さんに伝えた。

顔を出さない理由は本人が言及していたけれど、

それすらも売り出すために大人が作り出した思惑のような気がした。


 妖しげな魅力に対する羨望、未知なるものに対する想像。


 顔を出さないことに不満を漏らす者がいるけれど僕には理解できない感情だ。

音楽を聴くのだから外見は関係ない。

容姿で聴く人たちを否定するつもりはないけれど。


「本当に自分で作っているのかな……って僕は思うんですけど」


『そうだね、すごいもんね。すごいからこそ、疑う気持ちが生まれたのかもね。

――でもさ、仮にそうだとしたら、どうなの?』


 ベッドから起き上がった茜音さんは真っ直ぐにこちらを見る。


「少しがっかりします。

年齢で聴くわけじゃないですけど、売り方には付加価値がそれぞれありますよね。

年齢や他の設定も彼女……それがセルフプロデュースならいいですけど、

裏でしっかり指示している人がいたら萎えますよね、実際。

発信する言葉なども裏方が考えていることだってあるかもしれませんし」


『そっか……まあ、そうだよね。

――でもさ、一つだけはっきりと言えることがあるよ』


「なんですか?」


『人を感動させる音楽に罪はないよ』


 僕はアルファベットの羅列を見つめた。


『朝陽くんが好きな歌手と曲ならそれでいいじゃん。

私は彼女の歌が好きだよ』


「そうですね……。つい邪推してしまうので。

――もう一ついいですか?」


『いいよ。弟子の疑問や苦悩を師匠が受け止めてあげよう』


 微笑む姿は見慣れたけれど、僕は茜音さんを長く見ていられない。


「今はAIで音楽が作れるんです。時間なんていりません。

一回クリックするだけで作れるんです。そのことに対して、どう思いますか?」 


『AI……ってなに? 聞いたことはあるかも』


「人工知能です。音楽の場合、様々な曲を学習させて最適解を導くんです。

こういう風に作って、とか。ミュージシャンのなになに風に作って、とか。

さっき言ったパソコンで誰でも音楽が作れるというのは、

DTMを使えることが前提としてあります。

でも、AIを使えばクリック一つで作れる時代なんです」


『クリック一つ。それって作ってる……のかな。

うーん。でも、作ってる……の?』


 珍しく胸の前で腕を組み小首を傾げている。


 閉じていた目がぱっと開く。


『――ううん……それは作ってない。

お店に置かれたドリンクバーのボタンを自分で選んでから押して飲み物を手にする。

この飲み物は僕が作りました、どうぞお飲みください、は違くない?』


「やっている人たちは、クリエイターぶっていますよ」


『なにかを作る時って自分の内側から出すんだよ。

なんでもそうだよ、音楽、絵画、書道とか』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ