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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第一章 幽霊と僕

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幽霊と僕 14

 蓋が固着していて茜音さんの力では開けることができず、

代わりに開けてみたが、開栓口より広い中身は取り出せそうもない。

どうやら畳み方が甘く、内部へ入れた後で広がったようだ。


『見たい……な。こんな経験そうそうないもん』


 土手に戻り商店で貰った袋を活用することを考えた。


『どうするの?』


「袋の中にボトルメールを入れて割ります」


 手頃な石を探し袋の上から叩いてみると、瓶は簡単に割れ中身を取り出すことができた。


『見せて、見せて』


 割れた瓶から摘み上げた紙を手に持った彼女は眉間に皺を寄せ文面とにらめっこした。


「どうしたんですか?」


『うん……英語……筆記体だから読めない』


「貸してください」


『筆記体読めるの? すごーい』


 しばらく文面に目を通し沈黙する。


『どう?』


「いえ……」


『あー、わかった。

本当は読めないのに読めるふりしたんだ。

私に良いところ見せようと思って。かわいいぞ、弟子よ』


 パンパンと肩を叩いてくる。


「違います」


『じゃあ、秀才くん。早く教えてください』


「友人に宛てた手紙みたいです。冒頭は拾った人に向けています。

ネイティブのニュアンスは掴めないので、僕なりに噛み砕きますけど、いいですか?」


『もちろん』


「こんにちは。

あなたは誰でしょう。どこの国の人でしょうか。

私と出会ったことのない人が読んでいるのだと思います。

私にはこの手紙が届いてほしい人がいます。

その人は私の大切な……とても大切な友人です。

そして……その人には届かないと私は理解しています。

おかなしな話でしょう。

でも、綴らずにはいられませんでした」


『うん、うん。それから……?』


「お元気ですか? 今は笑っていますか?

私はあれから……少しだけ進むことができています。

いつまでも下を向いていたら、あなたに怒られてしまいますからね。

共に笑って、傍にいてくれたのは、あなただけでした。

いつでも優しい、あなたが大好きでした。

一人でいることの多かった私に声をかけてくれて、ご飯を一緒に食べてくれました。

一緒に買い物をして、一緒に遊んだこと。

あなたは忙しい人でしたが時間を作ってくれましたね。

とても嬉しくて今でも覚えています。

でも、あなたに……私はなにもしてあげられなかった。

悩んでいる時に助けてあげることができませんでした。

涙を拭いてあげることもできませんでした。

あなたの苦悩を持ってあげることができませんでした」


『うん……。あるよね……うん……』


「ずっと友達でいたいです。勝手に思っていてもいいですか?」


「ああー、あわー、いいよ、大丈夫だよー」


 僕の指先は手紙を持ち直すことに集中した。


「続きが……あります」


『なに……もう……もう泣けてくる……よ』


 目尻に滲んだ涙を拭いている。


「いつか音を出す時……その時は一緒に演奏しましょう」


『え……音楽やってたのかな?』


「最高の歌声と最高の音を天国の人々に聴かせて感動させましょう。

それと……あなたの歌声は私が守るから安心してください。

あなたの声は世の中に残ります。

いつまでも、いつまでも残るべきなんです。

だから、大丈夫です。

さようなら。また会いましょう。

あなたの親友より。

――ここで終わりです」


『あわわー』


 彼女は記念としてボトルメールを薄手の白いカーディガンのポケットへ入れた。


 砂浜の土手に戻り、茜音さんの過去のことや僕の学校やアルバイト先の話などをする。

茜音さんは笑いながら砂を集め山を作っていた。

しばらくそうしているから海を眺める。


 穏やかな波がゆっくり来ては帰っていく。


 モモダーを口に含み隣に目を向けると、

いつの間にか遊びを止め、両の手で抱えた膝に顔を埋めている。


「どうかしたんですか」


『んー。なんでもないよ』


「海に来たい、って言ったのは茜音さんですよ。

見なくていいんですか」


『さっきから……遊んでるじゃん。休憩中なの……』


「大丈夫ですか」


『なに……大丈夫って……。なんでもない、って言ってるじゃん』


 間髪あけずに鼻を二回啜る音が聞こえた。


「――泣いているんですか?」


『泣いてない……』


 少しばかり声が震えている。


「なんで泣いているんですか……」


『泣いて……ないから……もういいから……』


「泣いてますよ」


『泣いてないってば……しつこい……』


「わかりました」


 海の声へ耳を傾けていると隣からの嗚咽は少し大きくなる。

拒否されたのだから、これ以上踏み込むことはしない。

泣いている理由もわからないし、僕はそれを止める術を持たない。


『――師匠からの教え……です』


 声が震えているのは変わらない。


「なんですか」


『女の子が……もういいって……言っても……諦めずに……声をかけてください』


「なんですか、それ」


『女の子が……泣いてる時は……優しくしないといけません』


「声をかけたら否定されました」


『否定されても……泣いていたら……優しく……抱きしめないといけません』


「そんなことはないと思いますけど」


『もしくは……頭を撫でて……あげないといけません』


「…………。それもないと思いますけど」


『弟子は……師匠の言うことを……聞くものです』


「師匠の言うことだけを盲信し、

自我を持たぬ弟子は、弟子としてダメだと思います」


『もう……いいです。わかり……ました。あなたは破門……にします』


――勝手に弟子にしたのは、あなただろう。


『もう二度と……うちの敷居は……跨がせません……』


――敷居は僕が住む家のことなのか?


 右手を茜音さんへ向けた。


 手を伸ばせば簡単に触れられるはずなのに、その距離は目測よりずっと遠くに感じる。


 震えているのは彼女の肩ではない。


 僕の手が震えている。


 右手を栗色の髪の毛にそっと乗せる。


 彼女の身体は一瞬大きく挙動した。


 艷やかな髪を撫でる。

タンパク質の塊であるはずの髪の毛から、

彼女の気持ちが手のひらを伝い、こちらに流れてくるような気がする。

 

『私の……弟子を続けて……いいことにします……』


 梅雨を超えれば、真夏の陽射しは……すぐそこにある。


             *


『今はどんな音楽が流行ってるの?』


 机の前でペンを走らせていた僕に茜音さんは問いかける。


「流行り……うーん。ジャンルとかは詳しくないので」


『朝陽くんって音楽聴かないの? ギター買うぐらいなのに』


 ベッドに座った茜音さんはシーツの上に読んでいた漫画を置いた。


「聴きますよ。学校に行く時も行ってる時も。家でも聴きます」


 茜音さんと出会ってから部屋で音楽は聴いていない。

彼女との会話が常になっているからだ。


『でも、この部屋にはCDが一枚も無いよ』 


 そうか……彼女は亡くなっていたのだから、世の中の変遷を知ることがない。

茜音さんが言うように、僕の部屋の棚には漫画と参考書などが収められているだけだ。


「今の時代CDを買う人は多くないと思いますよ。

特別に好きで応援したいとか、物として所有したいとかなら別ですけど」


『じゃあ、どうやって聴くの?』


 視線を机の前の文字列から茜音さんに移すと、首が横へ小さく曲がり何やら不満そうだ。


「サブスクに登録してスマホなどで聴きます」


『サブスク?ってなに?』


「サブスクリプションといって、定額で様々な音楽が聴けるんです。

音楽以外にも映画、ドラマなどのサブスクもあります」


『あー、定額サービスのことね。へー、CDを買わなくて聴けるんだ。

――あっ、私が生きてた頃もストリーミングとかはあったよ。それのこと?』


「そうです。

ストリーミングは再生方法で、サブスクは定額で利用するサービスのことです。

音楽はサブスクに加入して、スマートフォンで聴くことが主流です」


『へー』


「パソコンで聴く人も多いと思いますし、

車などで聴く時もBluetoothという機能でスマホから車へ送って聴けます」


『そうなんだ。色々変わったんだね』


 時代の変わり目に立ち会うことができなかった人に聞きたい。


 新鮮な意見として。


 指先で掴んでいたペンを置き、椅子と共にくるりと回り茜音さんに問いかけた。


「嫌ですか?」


『なにが?』


「定額料だけで色々な音楽を聴けること。

作り手側としてはどうなのかなって。

憤りを感じているミュージシャンもいるみたいですけど」


 茜音さんは目を丸くしたまま答える。


『色々な音楽が聴けるならいいことだよ。

お金が無くて買えないこともあったから。

あーでも、友達と貸し借りする楽しみもあったかなー』


 コンビニで購入したチョコレート菓子を口に放り込んだ茜音さんは笑っている。


 共にコンビニへ買いに行った日から足を運ぶことがあって、

あの時の外国人店員は、僕たちが来店する度に母国のことや友人、彼女のことを話す。

そして必ずホットスナックや飲み物をご馳走してくれる。


 もちろん一人分だけだ。


 彼の名はソムという。


 彼の名前を僕が省略したものだ。

彼の国では名前が長いため、本名とは別にニックネームで呼び合うことが主流らしい。


「音楽の作り方もずいぶん変わったみたいです」


『作り方?』

と、口をすぼめて紙パックの乳飲料をストローから吸い上げる。


「今はパソコン一台あれば、すべてのことができて完成させることができます」


『どういうこと?』


「僕は詳しくないですけど……。

歌や楽器の録音以外にもミックスダウンという作業があるんですよね?」


『うん。トラックダウンとも言うね。マスタリングして完成だよ』


「それがパソコン一台でできるんですよ。レコーディングスタジオじゃなくても」


『へー。じゃあ、誰でも家にいてできるんだ』


「そうです。パソコンがあれば、その人が……楽器を演奏できなくても、

音楽の知識がなくても曲を作れるんです。

コードやメロディを指示してくれるソフトやアプリもあるそうです」


『楽器ができなくても? それ音楽制作って言わないんじゃない?』


 創造、創作する立場の人の意見をもっと知りたい。


 作り手側としての誇りを持っていたであろう人に。



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