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三本の聖剣と司教さま〜巡る勇者の宿命を超えて〜  作者: SSS


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第82話 最後の欠片

 

 どこまでも広がる真っ白い風景。


 どこに向かえば戻れるのか分からない。


 早く戻らなければならないのに・・・。


『こっちですよ』


 雪のように白い手に引かれ、霧の中を漂う。


 魔王となったルシェリアは、勇者の血を途絶えさせないことで、いつか世界の脅威となる自分を止めてくれる者を探し続けていたのかもしれない。


 どうして五大勇者の時だけ襲来したのか、今なら分かる気がする。


 きっと、本人すら気付かないほど心のずっと奥底で、彼女たちなら自分を止められるかもしれないという期待を抱いていたんだ。


 何千年もの間、そんな存在を探していたんだ。


 たった一人で苦しみながら・・・。


 俺がその苦しみからあなたを解放する。


 突然発した眩い光に目を細める。


 長い宿命の輪廻はここで終わらせる。


 ロザリアとカルマナ。


 二人と一緒に。


 だから、待っていてくれ。ルシェリアーーー。




 ーーー我に帰ると、手には五つの結晶が光りを放つ聖剣セレニティが握られていた。


 内なる自分と闘っているのか、魔王はただ苦痛に頭を抱えている。


 ルシェリア・・・。


『オオオオオオオオ!!!』


 叫ぶや否や襲いかかる魔王の腕を受け止めると、踏ん張る地面が衝撃で大きくひび割れた。


 くっ・・・。


 ただでさえ絶対無敵の存在だというのに、より狂化している。


 どうすれば魔王を救える?


 どうすればこの化け物を止められるんだ。


「はあああっ!!!」


 渾身の一閃を放ち、何とか魔王を遠ざける。


「はぁっ はぁっ・・・」


 くそっ。なんて力だ。


『もはや貴様らの魂は要らぬ・・・』


 魔王の深紅の瞳が強い光を放つ。


『ここで殺す!!!』


 速いっ・・・?! 剣を構えるのが間に合わない!


「させない!!」


 ロザリアが盾となり、魔王の攻撃を受け止めた。


 彼女の意志を表すように、聖剣グリムガウディが強い輝きを放つ。


『汚らわしい勇者がぁ!!』

「汚らわしくても構わない! それでも、私があなたを止めて見せる! ルシェリア!!」


 激しい競り合いを制したロザリアが魔王の体を大きく吹き飛ばした。


『貴様らは殺す・・・。勇者の血は我が絶やす・・・』


 魔王が呟いた瞬間、空間が大きく捻じ曲がるような強い目眩を感じた。


 同時に悍ましいほどの圧迫感を覚えた。


 うめき声をあげる魔王に釘付けになっていると、禍々しい体が、まるで頭上から墨を垂らすように更に闇に染まっていく。


 体のあらゆる部位から蒸気のような細い煙が上がり、熱気或いは狂気の影響か、地面がゆっくりと溶け出した。


 剥き出しになった双角と三対の翼。


 黒き髑髏の吸血鬼とでも呼ぶべきか。


 もはや原型は留めていない。


 同時に、これまで以上に凶悪な力を宿したその姿に息を呑む。


 僅かに震える手が、柔らかい温もりに包まれるのを感じた。


『大丈夫ですよ。カインさんは、そのまま真っ直ぐ前を見据えてください』

「どうすれば勝てる? どうすればルシェリアを止められるんだ? 分からないんだ。あんな悍ましい相手に、どうやったら勝てるのか・・・」


 カルマナは、少し困ったように微笑んだ。


『少しは効果があるかと思ったのですが、やっぱり過去を垣間見るだけでは鎮まってくれませんね。さすがルシェリアです』

「今はそんな呑気なことを言っている場合では・・・」


 ふいに、凄まじい風が俺やロザリアを守るように吹き荒んだ。


 聖なる白い光の粒子の舞う風が、豹変した魔王をも遠ざけるほどに舞い上がる。


 地獄のような状況に突如訪れた幻想的な風景に目を奪われていると、いつの間にか辺りは白い風景に包まれていた。


 警戒するように周囲を見回すが、俺とロザリア、そしてカルマナの三人しかいない。


「い、一体何が起こったんだ・・・?」

「ここはきっと、カルマナの世界」


 隣のロザリアは、何かを悟ったような表情で前を見つめていた。


 無意識にその視線を追うと、後ろに手を回し静かに微笑むカルマナの姿があった。


『第三の剣を目覚めさせる時が来てしまいましたね』


 あまりにも優しい口調のカルマナに、心がざわつく。


「第三の剣を創り出すのに必要な条件は・・・満たしていたんじゃないのか・・・?」


 カルマナは微笑みながら首を横に振った。


『いいえ。天使の加護と五つの結晶だけでは不完全なんです』

「お前が言ったんだろ・・・? 二本の剣と天使の加護、五つの結晶が揃えば第三の剣が現れるって・・・」


 気付けば震える頼りない声で、分かりきっているはずの質問を投げかけていた。


 時間稼ぎだ。


 何とか今この時を繋ぎ止めようと必死になっているんだ。


 その先を考えないようにしていた。


 俺にとってそれは、この上なく恐ろしいことだから・・・。


 そんな俺の心を分かっているかのように、カルマナは言葉をそっと置いた。


 俺が心の奥でずっと恐れていた言葉を、消えてしまいそうなほど儚い笑顔で。


『お別れの時です。カインさん』


 ずっと心の奥で感じていた不安が一気に押し寄せた。


 彼女が時々見せた脆さや弱さの正体は、このことだったんだ。


 カルマナが何かを語っている。


 でも、何も頭に入ってこない。


 どうしてそんな風に話せるんだ。


 どうして、そんな笑顔を見せることができるんだ・・・。


『初めてあなたと出会った時は、この姿で覚醒したばかりで記憶が曖昧でした。でも、あなたが五回目のループを敢行した時、全てを思い出したんです。ルシェリアのことも。勇者や聖匠の役目も。そして、私の本当の役目も』

「本当の、役目・・・?」

『はい。確かに、ルシェリアを救うことは私が抱き続けた積年の願い。けれど、それを成すために絶対に必要な、私にしかできない役目があるんです』


 カルマナは、そっと自分の胸に手を当てた。


『魔王を倒すことのできる唯一の聖剣『イモータル・ブレイカー』を覚醒させるには、完全に力を目覚めさせた私の魂をセレニティに戻さなければなりません』

「イモータル・ブレイカー・・・」

『私は、あなたが子供の頃からずっと共に戦い苦難を乗り越えた聖剣セレニティの鞘として、その役目を負っていました。あの時は消えてしまいそうでしたが、カインさんのおかげでこの通り、本来の力を取り戻せました。ですから、それもおしまいです』


 そんな・・・。


 魂を剣に戻すことでイモータル・ブレイカーを生み出すというのなら、カルマナは・・・。


『歴代最強の勇者ロザリアと、歴代最高峰の聖匠カインさんの二人が同じ時代を生きていることは偶然ではありません。過去の勇者たちが紡いできた願い。そして、フローリスやイザベラが確信し、命を懸けて繋いだ魔王討伐の瞬間は、全てこの現代で生を共にするお二人に集約するのです』


 俺と、ロザリア・・・。


 ロザリアは、覚悟を宿した瞳でカルマナの話に耳を傾けている。


 理屈は分かる。


 でも、カルマナがいなくなるなんて嫌だ。


 絶対に。


「そのイモータル・ブレイカーとやらを創り出さなくても大丈夫だろ? 五つの結晶と『天使の加護』を備えたセレニティも、ロザリアのグリムガウディだってある。ジュリエットもいるし、フリードたちとも和解した。全員で協力すれば魔王を・・・」


 再び、カルマナはゆっくりと首を振った。


『あなたはもう分かっているはずですよ。これ以外に方法がないということを』

「嫌だ。俺は嫌だ・・・。お前を失うくらいならこのまま戦って死んだ方がマシだ」

『それではロザリアを救えませんよ』


 カルマナの微笑みが鋭いナイフのように心に突き刺さる。


「それなら他の方法を探そう!! きっとお前が犠牲にならずに済む方法がっ・・・!!」


 カルマナの手が義手を撫でる。


『今はもう、副作用による紋章の影響はほとんど出ていませんよね。それは、混沌と秩序。破壊と修復の象徴であるルシェリアの血を分けた勇者と、その片割れ聖匠の本来持つ力である秩序と修復の力が甦りつつある証。もう、後戻りできないところまで来ているのです』

「今は役割の話をしている場合ではないだろ?! お前を・・・!」


 無意識に前のめりに話す俺の横から、そっと肩に手が置かれた。


 力が込められたその手は僅かに震えている。


 真紅の瞳に涙を滲ませたロザリアが、静かに首を振った。


 絶対に口にはしまいと決意したその唇が、今にも綻びそうなほど震えていた。


 そうか・・・。


 ロザリアも、イザベラやルシェリアの過去を垣間見ている。


 勇者としての重すぎる宿命を背負った彼女が。


 カルマナの献身を見てきた彼女が。


 カルマナを突き放すなんてできるはずがない。


 何より、仲間を大事にするロザリアが別れを告げられて、苦しまないはずがない。


 ・・・お前は、本当に強いな。


 その揺るがない信念に、どれほど救われてきたか。


 こうしている今だって。


 差し出されたロザリアの手を握り返した時、荒波のようにざわめき立てていた心が凪いでいくように感じた。


「格好悪いところを見せた・・・。覚悟は、できた」


 ふっと、唇に温かいものが触れた。


 何が起きたのか分からず、一瞬頭が真っ白になった。


「お、おい! 何して・・・」


 どこまでも透明で優しい笑みを浮かべたカルマナの頬には、たくさんの涙が溢れていた。


『ふふっ。ロザリアへのささやかな抵抗です』

「お前な・・・。こんな時に、なに冗談やってるんだ・・・」


 恥ずかしそうに微笑む彼女の姿が涙で滲んでいく。


『本当に、最高の聖匠に成長しましたね。それでこそ私の運命共同体です』


 ほんの少しだけ、涙を流したまま寂しさを湛えた笑顔を見せたカルマナは、すっと俺から離れた。


『ロザリアも、イザベラが向こうで得意になるくらい強く、美しくなりました。安心してカインさんを任せられます』

「思えば、カルマナは私のお母様みたいなものなのよね。でも、同じくらい大切な仲間だということは変わらない。あなたは私の大切な友達だよ。いつまでも」


 カルマナがニコッと微笑むと、彼女の体が淡い光に包まれた。


『そろそろ限界のようですね』


 いざとなると、何を言ったらいいのか分からない。


 今もまだ混乱している。


 だが、カルマナに対する願いだけは、ずっと決まっている。


「見守っていてくれよ。この戦いの行方を。そして、俺たちの歩む未来を」

『ふふっ。もちろんですとも。約束しましたもんね』

「お前の願いは、必ず俺とロザリアが叶える。お前の隣で。だから、共に行こう」


 今までで一番美しく咲き誇る満面の笑みを見せてくれたカルマナは、光の粒子となって白い景色の空へ昇華していく。


 そんな彼女を象徴する温かな光をいつまでも見送っていた。


 固く手を結んだロザリアと一緒にーーー。

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