第80話 堕落の秒読み
至る所で薪を割る音が軽快に響く。
ぽつぽつと見える木造家の屋根から糸のような細い煙が昇り、荷車を引く村人と楽しそうに会話する農夫。
建物も人の着る服も質素で、構造も見栄えも現代とは全く違う。
どうやらここは、遥か昔の光景のようだ。
緑に囲まれた小さな農村の奥、鉄の響く音のする方へ向かう輝く剣を携えた一人の女性の背中が見えた。
頭上で回る光輪と、純白の一対の翼。
天使ルシェリアだ。
時折剣の方へ目をやり、笑顔を浮かべ語りかけている。
なんとも天使らしい神々しさと、慈愛に満ちたオーラだ。
そんな彼女が、あのような禍々しい姿に変貌するなんてとても思えない。
『なんだか嬉しそうですね。ルシェリア』
『あなたの宿る剣を創った鍛治士とやらに興味が湧きましたので。どのような者か今から楽しみで仕方がありません。きっと、あなたのように素敵な者なのでしょうね』
腰に下げられた剣が一人でにゆらゆらと揺れた。
『とーぜんですとも! ご主人様はこの村一番の鍛治士と有名ですから!』
『ふふ。そうですね』
人里から離れた山小屋から鉄の打つ音が響く。
ルシェリアは金属の奏でる心地良い音色に身を任せるように瞳を閉じ、音のする方へと歩いていく。
『あ、ご主人様の気配です!』
木戸に手を掛けたルシェリアの手がビクッと固まった。
いきなり刀身から半身を具現化したカルマナ。
『お、驚かせないでください。まだ見えませんよ』
『えへへ。嬉しくてつい』
『そうでしたね。あなたにとっては久方ぶりの再会ですものね』
ルシェリアが小屋の扉を開けるや否や、カルマナは大きな声で叫んだ。
『ただいま! ご主人様〜!!』
すると、作業をしていた男性が気配に気付いた様子で立ち上がり、こちらを振り返った。
カルマナの声に振り返ったというよりは、突如として自分の目の前に現れた明らかな異彩を放つ彼女の気配に引っ張られたと言った方がいいか。
どことなくセドリックと重なる、優しくも芯のある眼差しだ。
『あなたは・・・?』
男は困惑した様子で尋ねた。
『私はルシェリア。語らずとも誠実さが伝わってきます。そのひたむきな姿勢は素晴らしいですね』
すると、鍛治士の男は面食らったかのように驚きを露わにした。
『て、天使ルシェリア?! 創造主であるルシェリア様がどうしてこんなところへ?!』
ルシェリアは輝く剣を見せた。
男は刀身から半身を乗り出すカルマナに全く気付いていない。
『人が納めた供物の中からこの剣を見つけました』
『た、確かにその剣を打ったのは私ですが・・・』
すると、ルシェリアは澄んだ瞳を輝かせて顔を近づけた。
『この剣を打った者に興味を持ちました。そして、この剣がここまで導いてくれたのです。一体、どのようにしてこの素晴らしい剣を創ったのですか?』
鍛治士は目のやり場に困った様子で視線を外した。
『その剣を打っている時、声が聞こえたのです。私はそれを剣の心と呼んでいますが、その心が私に生を訴えたのです。無機質な物に宿る生命の鼓動を』
しばらく沈黙が続くと、鍛治士は創造主の様子を伺うように口を開いた。
『とはいっても、聞こえたのはその剣を打った時が初めてで、もう一度その声を聞きたくて鍛治に没頭しましたが、結局その一回だけでしたが・・・』
ルシェリアは目の前にかざした剣を眺め、不思議そうにカルマナと顔を見合わせている。
『このように、ご主人様も私を見てくれないんですよ〜。私はこんなにもご主人様を愛しているのにぃ〜』
『アイ、ですか・・・』
『あ、ルシェリアはそういうの分からないんですよね。ここがとっても温かくなって、幸せな気持ちになるんです♪』
胸に手を当てるカルマナ。
『確かに、私は特定の感情は抱きませんが』
『ふふふ。つまり、愛を知っている私の方が一歩先を行っているということですね♪』
すると、ルシェリアは頬を膨らませて剣を見つめた。
『あなたも私と変わらないでしょう。それに、あなたのアイとやらは伝わっているようには見えませんが?』
『はぅ?! 痛いところを突きますね。さすが創造主』
『自分で言うのもなんですが、その創造主を安く扱われているようで複雑ですね・・・』
二人は声を出して笑い合っている。
心の底から楽しそうだ。
本当に、互いに心を通わせているんだな。
『ん? いま、剣から少しだけ寂しさを感じたような・・・?』
唖然とする鍛治士に、ルシェリアは慈愛に満ちた微笑みを咲かせた。
『ふふ。これで二回目ですね。剣の心を感じたのは』
『今のが・・・』
『安心してください。あなたが感じたものは本物です。刹那ではありましたが、確かにこの剣は発していました。どうか、これからもその誠実さを持ち続けてくださいね』
ルシェリアは、してやったかのように悪戯な笑みをカルマナに向けた。
悔しそうに口を噤むカルマナに気を取られていると、鍛治士の男はパッとルシェリアの手を取った。
『なんて愛に溢れたお言葉。本当に、ありがとうございます』
嬉しさが無意識に出てしまったのだろう。鍛治士は慌てて手を離した。
『も、申し訳ございません! 無礼なことを・・・!』
ルシェリアは瞳を潤わせ、彼をただ見つめていた。
その頬はほのかに桜色に染まっている。
すると、カルマナは仕返しと言わんばかりに意地悪な顔で彼女に耳打ちした。
『あなたも知ってしまったようですね♪』
ルシェリアはおもむろに胸に手を当てる。
『鼓動が、早い・・・? これが、アイ・・・?』
創造主と鍛治士は恍惚とした眼差しで互いに見つめ合っていた。
『名を、聞いていませんでしたね』
『アルカディウスと申します』
『アルカディウス・・・』
そう呟くルシェリアの表情は、より温かみのある笑顔に変わっていた。
まるで、人が幸せを感じている時のような。
『私は、長い間ずっと独りでした。こうして誰かと触れ合い、心を通わすことがこんなにも満たしてくれることを知りませんでした』
『ルシェリア様・・・』
『感情というものを理解したい。もっと深く、この胸の高鳴りの理由を知りたいのです。ですから、これからは私と共に歩んでくれませんか?』
『このアルカディウスにとってこれ以上ない光栄であります。ですが、私なんかでは・・・』
ルシェリアはすっと彼の前に手を差し出した。
『あなたが良いのです。友が引き合わせてくれた、この縁が』
すると、アルカディウスは覚悟を決めた眼差しで跪き、その手にキスをした。
『あなたの想い、しかと受け止めました。あなたの隣を歩むと誓います』
『ふふ。よろしくお願いしますね』
これが、創造主と一人の鍛治士の出会いと始まり。
なんて幸せに満ちているんだろう。
初めて愛という感情を抱いたルシェリアは、烏滸がましくも可愛らしく、一人の女性のような人間的な魅力に溢れている。
だが、そんな人間にまで理解が及ぶくらい目線を合わせることができる彼女が、一体どうしてあんな姿にまでなってしまったのか・・・。
二人の愛に祝福を祈りながらも、この先に待つ転機の訪れに疑問を抱かずにはいられなかった。
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