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三本の聖剣と司教さま〜巡る勇者の宿命を超えて〜  作者: SSS


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第79話 来るべき対峙

 

 変貌を遂げた魔王の赤き瞳が見据えた相手に、俺の心臓は激しく脈打った。


 カルマナだ。


 魔王は三対の翼を羽ばたかせ、彼女の臓物をぶちまけるために長い爪を振り下ろした。


 逃げるんだ!! 今すぐに!!


 心の中で叫ぶしかなかった。


 禍々しい爪が彼女を切り裂く瞬間、割れんばかりの凄まじい破裂音が響き渡り、真っ白い衝撃波が拡散した。


「ぐっ・・・?!」


 眩い閃光と荒れ狂う暴風に思わず目を閉じる。


 風が弱まり耳に残る残響が消えた時、声が響いた。


『大丈夫ですよ。カインさん』

「カル、マナ・・・?」


 目の前に、ふわりと白いミトラが舞い落ちた。


 おもむろに顔を上げると、金色の光に包まれたカルマナの姿があった。


 闇夜を照らすように足元から湧き上がる無数の光の粒子が彼女の周りを飛び交う様は、燦然と輝く一等星のように眩しく見えた。


 その神々しさにしばらく目を奪われていた。


 魔王の腕を難なく受け止めたカルマナが腕を払うと、魔王は舞う葉のように後方へ吹き飛ばされ、咄嗟に防御した腕も一瞬にして千切れ飛んだ。


 そんな圧倒的な彼女の力よりも、その佇まいに、ただ惹きつけられてやまなかった。


 ロザリアもジュリエットも唖然として立ち尽くしている。


「お前、その姿・・・」

『ふふっ。五つの結晶の力を宿すセレニティをあなたにお返ししましたからね。私の力も本来のものに限りなく近づいているのです』

「大丈夫、なのか?」

『もちろんですとも! 四千年ぶりに感覚が戻った気分です♪』


 カルマナは細い腕を振り上げニコッと微笑んだ。


 ドクン・・・。


 その温かい笑顔に、強く心臓が締め付けられた。


 まるで、今まで形の分からなかった暗闇が、ようやくその姿を表したような・・・。


 そんな不安だ。


『貴様・・・』


 ゆっくりとこちらに向かい歩を進める魔王に注意を戻す。


 当たり前のように腕を再生させている。


 圧倒的な力を覚醒させたとはいえ、カルマナの聖なる力でも決定打にはならないのか。


『貴様。何者だ・・・』

『おや。落ちる所まで落ちて目が節穴になってしまったようですね』


 挑発するように、カルマナは不敵な笑みを浮かべ手招きして見せた。


『貴様ぁーーー!!!』


 余裕を演じる彼女に、魔王は大地を揺るがす咆哮を上げ、熱気のように揺らめく赤黒いオーラを爆発させた。


 低く轟く雷鳴とともに地面に入った亀裂が一気に割れる。


 次の瞬間、一気に距離を詰めた魔王の爪がカルマナに襲いかかった。


 瞬時に壁のような光の魔法陣を出現させ攻撃を受け止めたカルマナは、魔王の腕をそっと掴んだ。


 そして、魔王に向かい微笑みながら優しく言の葉を放る。


『私はカルマナ。あなたの友人ですよ。ルシェリア』


 その言葉を聞いた瞬間、魔王の体が雷に打たれたかのように硬直した。


『ルシェリア・・・? カル、マナ・・・?』


 呟いた瞬間、まるで時空が歪むような強烈な軋み音が木霊した。


『グアアアアアアアア!!?』


 突然、魔王は頭を抱え地に膝をついた。


 激しく息切れし、苦痛に顔を歪めている。


 今までに拝むことのなかったその表情が、その身に起きていることが尋常でないことを物語っていた。


 カルマナは金色に包まれた手を差し伸べる。


『あなたに別れを告げられたあの日から、私の願いは生まれました』


 苦痛に顔を歪める魔王はその手を振り払い、よろめきながら後退した。


 まるで何かに怯えるように。


『それ以上我に近づくな!!』


 歩み寄るカルマナを拒絶するように、魔王は彼女の足元に亀裂を入れた。


『独りになったあの日から、四千年間ずっと願い続けました』


 カルマナは亀裂の入った地面を軽々と飛び越え、睨みつける魔王を見下ろした。


『私の声を聞くことができた特別な勇者たちに頼りました。ですが、彼女たちの想いと力をもってしても、私の願いを叶えることはできなかった』

『あなたを救うという、唯一の願いを』


 魔王は歯を食い縛り、悔しさを滲ませている。


 それは、慈愛の中に溶けた憐れみの眼差しを向けるカルマナに対して必死に抵抗しているように思えた。


『取るに足りない脆弱な生命ごときが、我を救うだと・・・? 下らぬ。戯言を宣うことで優位性を保とうとするか。我は、勇者の一族を根絶やし世界を滅ぼす存在。貴様のような稚魂など容易く・・・』


 吐き捨てる言葉とは裏腹に、魔王は震える腕を伸ばしていた。


 奴の中で何かが葛藤している・・・?


 助けを求めるようにも見えるその姿は、あの残虐非道で絶対的悪の存在である魔王とは到底思えなかった。


 自らの感情に振り回される哀れなその様が、あまりにも人間らしいからだ。


 カルマナは、全てを見透かしたように真っ直ぐ指差した。


『では、その涙は一体何なのでしょうね?』

『涙・・・だと?』


 魔王の瞳から流れた漆黒の雫が一筋の線を描く。


『グアアアアッ・・・?!』


 魔王が頬に手を当てた瞬間、苦痛に喘ぎ、再び頭を抱えこんだ。


『ルシェリア。あなたは救いを求めている。だから、あなたは勇者の血筋を絶やさなかった。絶やせなかった』

『黙れ! ルシェリアなど知らぬ!! 我は、我を脅かす勇者とこの世界を滅ぼす存在!!』

『あなたは自分でも気付かないうちに、心の奥底で自分を止めてくれる者を探し求めていた。長い間、ずっと』

『違う!! 私はっ・・・!!』


 一瞬、空間が波紋を広げるように魔王の姿が歪んで見えた。


『私があなたの願いを叶えましょう。長きにわたる宿命を終わらせる者たちと共に』


 気付くと、カルマナの手が差し伸べられていた。


 雪のように白く細い手は優しい金色の光に包まれている。


『さあ、カインさん。聖匠として、最後の試練を乗り越える時が来ましたよ』

「どういう、ことだ・・・?」


 カルマナの微笑みが、割れたガラスの破片のように俺の心に深く突き刺さった。


 ダメだ。


 その手を握ってしまったら全てが終わってしまう。


 そう予感せずにはいられない。


「カルマナ。俺は・・・」


 よろめき、後ろに倒れそうになった時、優しい薔薇の香りに包まれた。


「大丈夫。カインは一人じゃないよ。私がいる」

「ロザリア・・・」


 ロザリアの厚い信頼の眼差しに後押しされるように、恐る恐るカルマナの手を取った。


『では、参りましょうか。彼女の無念を探りに』


 カルマナの言葉が発せられた瞬間、周囲が真っ白い霧に覆われた。


 どこを見渡しても、俺たち三人しかいない。


 存在を知らせるようにロザリアが俺の手を握った。


 そして、体がふっと軽くなり、宙に浮くような感覚を覚えた。


『さぁ。こちらですよ』


 カルマナに手を引かれる。


 ささやかな安心感をこぼさないように胸に秘めながら、ゆっくりと落ちていく感覚に身を任せ瞳を閉じたーーー。

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