第73話 残された最後の念
俺とロザリアは互いの試練を無事に終え、ドルガリスで合流した。
そして、魔王に勝利するための残りのピースを求め、ある場所へと向かっていた。
軽快な荷馬車の音や、人々で賑わう大広場を抜け、次第に虫の声が響く人気のない山道へ入っていく。
先導するカルマナは鼻歌を歌いながら体を左右に揺らしている。
何とも緊張感がない。
しかしこの坂道。どう考えてもあそこへ向かっている。
そう・・・。
俺にとって始まりの場所であり、消えることのない罪を犯した忘れられない場所。
「着きましたよ!」
カルマナがくるっと振り返り、笑顔を見せる。
彼女の後ろにはどこまでも広がる大海原。
その脇でぽつんと海を見下ろす真っ白の教会。
「着いたってお前な・・・。ここには何もないだろ。俺への当てつけじゃないだろうな?」
「ふふっ。それもいいかもしれませんね。あなたに捨てられた時は私、すごく寂しかったんですから」
すると、ロザリア一行が騒めき始めた。
「お前、女を捨てやがったのか!」
「サイッテー」
「ははっ! 君もなかなか罪な男だね♪」
こいつら好き放題言いやがって。
気付くと、ロザリアは青ざめた顔で俺を見ていた。
「カイン・・・。私と距離を取ったのって、そういうことだったの・・・?」
「ち、違う! 色々と事情があってだなっ・・・!」
くそっ。カルマナのやつが余計なこと言うからだ。
大体こいつが・・・。
「でも、今はそんな寂しさは少しも感じません。もう、独りではありませんから」
「カルマナ・・・」
彼女の口からそれを聞けることが、どれほど大きな意味を持ち、その価値があるのか今なら分かる。
数千年の時を越え強い願いを抱き続けてきた彼女にとって、俺という存在にどれだけ希望を感じ、賭けていたのか。
「そうだな。お前はもう独りじゃない。俺がお前の願いを叶える。ロザリアと一緒に」
「はいっ! 頼りにしてますよ♪」
「ああ。お前には俺たちの未来を見届けてもらわないといけないしな」
すると、彼女は何かを言おうとしていたが、そっと口を結んだ。
そして、ただ微笑んでみせた。
「カルマナ?」
「さあ、教会へ入りますよ♪」
気のせいだろうか。
いつものように慈愛に満ちたその笑顔は、今にも消えそうなほど儚いものに見えた。
俺の中で、心の奥底で重く纏わりつくような感情がゆっくりと頭をもたげたような気がした。
またこの感覚・・・。
一体、何がそんなに不安なのだろう。
そんな煮え切らない思いを抱いたまま教会の中へ入ると、陽の光がステンドグラスを介して温かく注ぎ込み、埃っぽい空気に包まれていた。
何度訪れても、ここは変わらないな。
カルマナはひっそりと佇む勇者像の前まで歩いていく。
思えば、この勇者像の姿はどことなくイザベラに似ているような気がする。
「お母・・・様?」
ロザリアが呟いた時、勇者像が淡い光に包まれ、その形をゆっくりと変えていった。
まるで生き物のようにうねるその姿に引き込まれていると、やがて鼓動を打つような光は、ふっと火が消えるようにその瞬きを止めた。
足元には、聖剣の残骸が佇んでいた。
鮮やかなピンク色の花弁の柄。
天使の羽のように舞う花柄が刻まれた折れた刀身。
欠けたピンクの柄頭。
今にも息を吹き返しそうなほどに鮮やかだ。
月日を感じさせないその姿が、犠牲となったのがほんの少し前だということを一層際立たせている。
カルマナはしゃがみ込み、ひび割れた柄頭をそっと撫でた。
「勇者イザベラ。ロザリアのお母様。フローリスと同様、私の大切な親友です」
そんな・・・。
ループで何度もここで祈りを捧げていたが、全く気が付かなかった。
ずっと、こんな近くに在ったのか。
どうして今まで発見できなかったのだろう。
過去の勇者の念はどれも非常に密度が濃かった。
そして、この剣からも同じもの・・・。いや、それ以上かもしれない念を感じるというのに。
「皆さんが困惑するのも無理はありませんね。彼女は五大勇者ではありませんから。でも、彼女は歴代の勇者と比べても全く引けを取らない素晴らしい勇者でした。むしろ、彼女の功績を考えれば五大勇者を凌ぐかもしれませんね」
「どういうことだ?」
実際に彼女たちの戦いを見たから分かる。
彼女たちの強い想いは相当なものだった。
聖剣の残滓としてこの世に残るくらいなんだ。
そんな彼女たちをも超える功績なんて、一体何をすれば・・・。
「イザベラは全身全霊で未来を紡いだ。魔王に勝利するための、最後の決定的な一手を。命を懸けて」
カルマナは、真っ直ぐロザリアを指していた。
「あなたという未来を」
「わたし・・・?」
そういうことか。
確かにロザリアは歴代最強と謳われる勇者。
名実ともに、それは疑いようもない事実だ。
「イザベラはとてもしなやかで、聡明でした。彼女は勇者だけでなく、聖匠のことも深く理解していました。魔王を倒すために必要なことも」
カルマナはゆっくりと立ち上がり、唖然とする俺たちに柔らかい微笑みを向けた。
「どうか皆さんで確かめ、そして受け取ってください。この剣に託された彼女の想いと、その在り方を。彼女の想いが、皆さんを魔王の喉元に剣を突きつける所にまで至らせる最後の手助けをしてくれるでしょう」
これまで語られることのなかったロザリアの母イザベラの物語。
彼女の無念とは何なのだろう。
ロザリアの存在に未来を見出していた彼女は、一体何を思っていたのだろう。
聖剣の残骸に手を伸ばした時、ロザリアの手がそっと添えられた。
「無理をしなくていいんだぞ。これは俺の役目だ」
「私も見たい。知り得なかったお母様の想い」
「怖くないか?」
「ちょっとだけ怖いかな。だって、結末は分かっているから」
ロザリアにとってこれは、治りかけた傷を再び抉られるようなものだ。
不安を感じないはずがない。
「でも大丈夫。皆んながいるし、カインが居てくれるんだから」
離さないように、ぐっと俺の手を重ねた。
「ああ。何も心配しなくていい。一緒に見届けよう」
勇者イザベラ。見せてくれ。
あなたの想いと、その覚悟を。
強く念じると同時に眩い光が俺たちを包み込み、彼女の想いの海へと誘ったーーー。
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