第71話 希望を繋ぐ架け橋
ルミナス渓谷に咲き誇る色とりどりの花の絨毯を、魔王の軍勢が黒一色に塗りつぶしていく。
太陽のように煌めくおさげのブロンド髪の勇者フローリスと、その隣で静かに軍勢を見据える夫である聖匠オスカー。
多くの仲間を率いる二人は後方でまもなく訪れる衝突の時を見守っていた。
やがて二つの雄叫びがぶつかり合い、戦いの合図となった。
両軍の激しい剣戟と爆発音が渓谷に響き渡り、花の都は間もなくして血の海と骸の山を築いていった。
だが、すぐに予想通りの展開となった。
魔王軍が戦線を押し上げ、気付けば魔王は勇者フローリスの目前に迫っていた。
『脆すぎる。非常に強い魂を感じわざわざ降りてみれば、取るに足りない稚魂だったか』
魔王の不気味な笑い声が木霊する。
すると、眼を疑うような光景が目に入った。
聖匠が、死神の持つ鎌のように長い金色の鶴橋を手に魔王の前に立ったのだ。
見る限り、どうやら彼が戦うようだが、さすがに無理がある。
勇者フローリスの固有スキルが支援型で後衛だというのは分かる。
しかし、いくらなんでも勇者パーティの一員でもない生身の人間が魔王と戦うなんてあまりにも無謀だ。
時間稼ぎにもならない。
『貴様もフローリスを見下すか。下賎な人間どもとさして変わらぬ凡愚のようだな』
ゆっくりと構えるオスカーを前に、魔王は虫を払うように漆黒の翼を羽ばたかせた。
生まれた衝撃波が周囲の兵士や仲間を軽々と吹き飛ばす。
『ククク。我が凡愚かどうかはすぐに分かる。貴様のはらわたを曝け出すことによってな』
勢いよく飛び出した二人が凄まじい力で衝突する。
あまりの衝撃に、二人を支える大地がひび割れ、陥没した。
優勢とはいかないまでも、生身の状態であそこまでやり合えるとは。
なんて実力だ。
下手な勇者パーティよりオスカー一人いた方が頼もしいと思えるくらい、よく耐えている。
そんなオスカーの背中を見守るフローリスは、鮮やかなピンクの花柄の柄が美しい聖剣を地面に突き刺し、祈りを捧げた。
『生命の償い!!』
彼女の足元から発生し描かれたピンク色の魔法陣が、オスカーや仲間たちを包み込んだ。
『はあぁぁっ!!』
オスカーの動きにキレが戻った。いや、向上した?
防御に徹していた彼の攻撃に重みが増したのか、鬼気迫る勢いに気圧されたのか、次第に魔王の防御する場面が増えていった。
今までに見たこともない強力かつ広範囲の支援スキルだ。
やはり勇者の名は伊達ではない。
だが、しばらく拮抗を保っていたオスカーだが、次第にその動きのキレが弱まっていた。
よく見ると、フローリスは膝をつき肩で息をしていた。
すごい量の汗が彼女の頬を滴り、その顔色からは女性らしい瑞々しさが失われつつあった。
固有スキルの負荷が大きいのか、かなり衰弱している。
まるで、命を削っているかのような・・・。
フローリスとリンクするかのように、オスカーの動きが急速に鈍化した。
『どうやらここまでのようだな』
魔王が吐き捨てると同時に、漆黒の鋭利な爪がオスカーの腹を突き破った。
『がはっ・・・!!』
『オスカー!!』
フローリスの叫びも虚しく、小虫を払うように打ち捨てられたオスカーの体が地を転がる。
色鮮やかな花々が鮮血で染まる大地を踏み締め、魔王は座り込む彼女に狙いを定めゆっくりと歩を進めた。
ところが、魔王は彼女を見下ろしたまま動かなかった。
馬鹿な。
今更情けでもかけようと言うのか?
『やはり、あまりに小さい未成熟の魂。喰らうに値せぬ』
すると魔王は空に血に染まる手を掲げ、異空間への巨大なゲートを開いた。
『貴様は己の無力と絶望を抱いたまま、一人で朽ちるがよい』
そう吐き捨てると、魔王は魔物の軍勢を引き連れ異空間へと去っていった。
すっかりやつれたフローリスは、異空間へ消えていく魔王の背中をただ黙って見上げていた。
気配が完全に消えたことを確認すると、彼女は力を振り絞り、聖剣を支えに何とか立ち上がった。
オスカーの亡骸を見下ろすと、彼女の胸元で紋章が強い輝きを放った。
そして、彼女は迷うことなく聖剣を地面に突き立てた。
ピンク色の鮮やかな魔法陣が、亡骸を包み込むように広がっていく。
『私の全てを捧げる。だから、オスカーを・・・!』
魔法陣が眩い閃光を放つと同時に、彼の腹部の傷がみるみるうちに修復されていった。
やがて、彼はゆっくりとその目を開けた。
それは、優しくて、強力で。
そして、とても悲しい力だった。
フローリスの固有スキルの本当の力は、自分の生命力を捧げることで、一時的に死んだ者を生き返らせるものだったんだ。
目覚めたオスカーは、すぐに何が起こったのか理解した。
雪のように白くて儚く、やつれた変わり果てたフローリスを抱き抱えた。
『どうしてスキルを解放した?! 何があってもそれには頼らないと二人で決めていたはずだ! それなのに、どうしてっ・・・!』
フローリスは、震える腕でオスカーの頬に触れた。
『・・・心配、しないで。最初から、使うつもりでいたから・・・』
『フローリス・・・』
『・・・私のスキルだもの。私が、一番よく知っている。使わなければならなくなるであろうことも。使うべき人は、あなただということも・・・』
オスカーは涙ながらに彼女の手を握った。
『残した子供はどうするんだ。あの子に寂しい思いをさせてしまう・・・』
『・・・私、あの子に嫌われちゃってるから。あなたが行ってあげた方が喜ぶんだよ』
『ダメだっ。あの子は俺たちの子だ。二人で迎えに行かないと意味がないだろ・・・』
フローリスは力無い笑みを浮かべる。
『・・・賭けは、私の勝ちみたい』
『賭け・・・?』
『・・・予想通り、魔王は私の力を過小評価してくれた。そして、あの子の存在を認識できなかった。きっとこれが、魔王の唯一にして最大の過ちになると、私は確信しているんだ』
フローリスはゆっくりと、深い呼吸をした。
『・・・私にできることはただ一つ、子供を守り通し、遥か未来へ繋ぐこと。私の役目は、それだけ』
『そんなこと、言わないでくれ。お前は最高の勇者だ。誰が何と言おうと、俺はお前を誇りに思う』
オスカーの涙がフローリスの頬を濡らす。
『・・・ありがと。でもね、私、今とっても晴れ晴れした気持ちなんだ。だって、顔も名前も知らない未来の勇者が、いつか必ず魔王を倒して、私たちの長い宿命に終わりを告げてくれると、そう思えるから。その橋渡しになれるんだから』
『フローリス・・・』
彼女はやつれた白く細い手で聖剣を握りしめる。
祈りを捧げるように胸の上に置いた時、聖剣は淡い光に包まれた。
彼女の呼びかけに応えるように、剣からカルマナの声が響く。
『フローリス。もう喋らないで』
『・・・ふふ。大丈夫だよカルマナ。私は、希望で胸がいっぱいだから・・・』
震える口を噤んだフローリスの目から、涙が滴り落ちる。
『・・・でもね。本当はね、私があなたの願いを叶えてあげたかった。こんな私の側に寄り添ってくれた、大切な友達の願いを。でも、私にはその力はなかった。・・・それだけが、唯一の心残り』
『私にとっても、フローリスは本当に大切なお友達。それだけは絶対に変わらない。色褪せない。たとえ、何千年経っても』
沈黙が流れる。
『・・・お願いカルマナ。子供の未来を、どうか見守ってあげて』
『心配しないで。大丈夫だよ。私が繋いでみせる。あなたの願いは私が連れていく。いつかまた会えるその時まで』
生気を失ったフローリスの笑顔に、一度だけ光が戻ったように見えた。
『・・・なんだか眠くなってきちゃった。少しだけ、休むね・・・』
眠りにつく彼女に重ねるやうに、次第に薄れていく光景のなかで目を閉じた。
「・・・・・」
ゆっくりと目を開くと、目の前には蔓に支えられた聖剣の残骸が佇んでいた。
しばらく朽ち果てた残骸を見つめていたが、次第に温かい気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。
フローリスに感化されたのか、不思議とこれまで見てきた中で一番晴れやかな気分だ。
結末だけ見ればこれまでと同じ。
魔王に挑んだ一人の勇者が敗北しただけだ。
それなのに、この希望に満ちた気持ち・・・。
今まで見てきた勇者は皆、強い後悔と共に朽ちてきた。
だが、フローリスだけは違った。
彼女は、自分が未来の勇者を繋ぐための役割しかないことを受け入れていた。
魔王を倒せるのは自分ではないと。
それは、自分の死を真正面から受け止め、現実に立ち向かった何よりの証だ。
彼女は、死に間際に希望に満ちていると言い切った。
これほど強い覚悟を持った勇者がどれだけいるだろう。
自分の信じた未来のためにその身を捧げることができる者が、果たしてどれだけいるだろう。
五大勇者の中で一番勇者から遠い女の子?
思い違いも甚だしい。
彼女の生き様こそ、勇者に最も相応しい。
彼女は確信を持って一縷の可能性を未来へと繋げた。
そして、その消えそうな細い糸は、フローリスという何よりも強い架け橋を渡ってこの時代まで届いた。
糸を掴むように拳を強く握ると、聖剣の残骸は、まるで役目を終えたかのように淡い光に包まれ、光の粒となった。
それらが引く尾の一部が集まり、舞い散る花びらのような結晶となって俺の手に乗せられた。
託された希望は必ず繋いでみせる。
魔王を倒すことによって。
抱いた強い確信を胸に、晴れ渡る空に旅立つ光の玉を見送っていた。
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