第70話 女の子という勇者
フローレンスバレーはルミナス渓谷を超えた先にある花の都。
渓谷から町までの獣道には色とりどりの花々が咲き誇り、渓谷を吹き抜ける風が甘い香りを運ぶ。
楽園のように多種多様な植物に彩られたその風景は、まるで地上の天国。
「なんていい匂いでしょう。歩いているだけでなんだか嬉しくなっちゃいますね」
「あ、見てくださいカルマナ様! あそこに可愛いお花が咲いてますよ!」
二人は和気藹々と野に咲く花々を眺めていた。
話を聞いた後も、ジュリエットはこれまでと同じようにカルマナと接している。
カルマナ本人が三人の関係はそのままがいいから、と釘を刺した。
ジュリエットもきっと思うところがあるはずだ。
それでも、彼女の意思を尊重している。
俺はといえば、そんな強い彼女とは反対に、ずっと反芻していた。
こうしている今も。
覚悟は決めたが、正直心の整理がついていないというのが本音だ。
幾千年もの時を超えてこの時代に辿り着いた精霊カルマナ対して、どう接したらいいのか分からなくなっている。
「ーーーー様」
天使ルシェリアと魔王。
勇者と聖匠。
五大勇者と聖剣。
精霊カルマナ・・・。
これまでの世界線では至ることのなかった事実が次々と明らかになっていくことで、望む未来が手に届く場所に見るようになった気がする。
必要なピースが一人でに埋まっていく。そんな感覚だ。
自分の意思とは無関係に・・・。
しかし同時に、時折感じていた胸を締め付けるような寂しさが、以前よりも強くなっていた。
ヴァルムレイクで手放した記憶を取り戻したことで大きな安心感を得られたのも確かだが、以前に感じていた不安感とは違うものが心の中に波を立てている。
・・・本当に、このまま進んでいっていいのだろうか?
カルマナとマイアのやり取りが頭をよぎる。
「お師匠様!」
不機嫌そうにむくれるジュリエット。
両手には、温かみのある黄色い一輪の金盞花。
「もう。ちゃんと見て下さいよ〜。せっかくお師匠様にも綺麗なお花をプレゼントしようと思ったのに」
「すまない。考え事をしていた」
「カルマナ様のことですよね・・・」
ジュリエットの視線の先で、カルマナが目をキラキラさせて花々を眺めていた。
「私、お師匠様とカルマナ様に出会えて、本当に良かったと思ってるんです」
「そうだな。俺も同じ気持ちだ」
「お二人に出会えなければ、弱い私は自分を受け入れられず、結局ずっと裏社会で生きていくことになっていたと思うんです。お二人が、私を閉じ込める檻を壊してくれたんです」
「俺たちは何もしていないさ。その歳で家族を切り、自分一人で行動を起こしたのは強い気持ちの表れだ。思い描くことはできても、それを実際の行動に移すのは容易じゃない。殻を破ったのはお前自身の力だ」
彼女の恥ずかしさを代弁するかのように揺れる、手の中の金盞花をスッと引き抜いた。
「とはいっても、セレニティを盗むという発想はいただけなかったがな」
「あ、あれは本当に反省しています! あの時は追い詰められていて、ロザリア様を名目に都合の良いターゲットを探していたんです」
「まあいいさ。結果的に、お互いこうして良い出会いになったんだ。未来とは分からないものだよな」
まるで、自分に言い聞かせているみたいだ。
「二人とも何やってるんです〜? こっちですよ〜」
顔を上げると、遠くでカルマナが手を振っていた。
町とは反対方向だ。
というか、花にうつつを抜かすお前を待っていたんだが。
俺とジュリエットは互いに顔を見合わせると、思わず吹き出した。
「やれやれ」
手招きするカルマナに追いつくと、俺は目を疑った。
これが、聖剣・・・?
地面を這う蔓が剣の残骸に巻き付き、倒れるのを何とか支えていた。
燦々と降り注ぐ太陽の陽を浴びて佇む姿は、その錆びついた茶色と生命力漲る緑のコントラストと相まって、儚さを一層強めている。
「ふむ・・・」
「どうかしましたか?」
「いや、これまで訪れた残骸の場所とは全然雰囲気が違うと思ってな。何ていうか、あまり緊張感がないというか」
これまでの四つは、どれもが荘厳な空気を漂わせ、朽ち果てながらもその威厳を感じ取ることができた。
だが、この蔓に支えられた残骸はこれといって特別なものは感じられない。
むしろ、優しさや温かさ、そんなありふれた人間的な感情を抱かせる。
カルマナは小さく声を漏らし、表情を崩した。
「ほら、カインさんにまで言われてしまって。やっぱり、それがあなたの良さなんですよ」
彼女の美しく白い手が、朽ち果てたひび割れた残骸の柄頭をそっと撫でる。
「お久しぶりです。フローリス」
語りかけるカルマナの微笑みは、久しぶりに会えた友への弔いの意がこめられているように見えた。
上手く言えないが、これまでの彼女の言葉で一番軽やかな感じがする。
それほど深い関係だったのだろうか。
「こうして見ると、やっぱり彼女の面影を感じられずにはいられませんね。本当にあの子らしい」
「大人しい勇者だったのか?」
「私から見た彼女は、勇者というより一人の女の子でしたね」
「女の子? 勇者のイメージからは程遠い気がするな」
すると、カルマナは思い出したように笑った。
「フローリスったら、何をやらせても不器用なんですよ。放っておけないと言いますか。本当に勇者なのか疑ってしまうくらいドジで危なっかしい子でした。剣の中から見ている私の方がヒヤヒヤしましたよ。夫のオスカーさんはいつも苦労していましたねぇ」
数千年ぶりに触れた感想がそれとは、余程のインパクトだったらしい。
「とにかく目の離せない子でしたが、彼女ほど親しみやすい勇者は、きっとどこにもいないでしょうね」
気付けば、残骸を見つめる瞳には憂いが滲んでいた。
「結局、最後の最後まで彼女は自分のことを悲観していましたが、私は、彼女ほど優しく未来に希望を見出していた勇者を他に知りません。他の四人と比べても決して恥じることのない、とても素晴らしい勇者でした」
勇者の宿命は残酷だ。
そんな温かさを持つ勇者の命の糸すらも、こうして容易く断ち切ってしまうのだから。
「彼女の想いに触れてあげてください。きっと、彼女も喜んでくれると思いますよ」
これまで見て来た過去と同様、また一人の勇者の戦いと無念を垣間見る。
それは、俺を成長させる一方で、想像以上に疲弊させる。
行き場のない無念が俺に集中して、胸が締め付けられ、どうしようもなく苦しくなる。
それでも、そんな積年の念をこの身に刻むことが俺に課せられた試練。
逃げてはいけない。
ここで逃げたら今までと変わらないし、これまで積み上げてきたものを壊してしまう。
「その想いを見せてくれ。フローリス」
そう聖剣の残骸に語りかけ、覚悟を決めて蔓に覆われた細い柄をそっと掴んだーーー。
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