第68話 宿命を背負う者の証
クルーザスト山脈での試練を終えた俺たちは、次の聖剣の残骸が眠るヴァルムレイクへと赴いていた。
遠目にぽつぽつと細く白い湯煙が昇っている。
地下のミネラルをふんだんに吸い込んだ温泉から発する独特の匂いに心が癒される。
「わ〜! この匂い、何だかとても懐かしく思えますね!」
カルマナは遠目に見える白い煙を、背伸びをして見上げていた。
「確かにな。思えば、お前と試練に挑んだのはここからだったからな」
「運命共同体として初めて共同作業した場所ですからね♪」
「お前は見ていただけだろ・・・」
気付くと、ジュリエットは頬を赤く染め、恥ずかしそうに両手を当てていた。
「温泉・・・。初めての共同作業・・・」
ジュリエットのやつ、まさか・・・。
「変な勘違いをするな。お前が想像してるようなことはしていないし、その予定もない」
「私はそのつもりだったんですけどね〜。そのために温泉に入ってお清めしたんですから。それなのにカインさんときたら甲斐性なしで・・・」
嘘泣きを演じるカルマナのミトラを奪う。
「あぁっ?! 返してください! それがないと大司教としての威厳がっ!」
「聖職者が堂々と欲情を暴露しておいて威厳もクソもないだろ」
ぼすっとミトラを被せる。
「お前もお前だ。変なこと言うとこいつが調子に乗るだろ」
「す、すみませんつい・・・」
まったく。そんな歳でもないだろうに。
貴族やお嬢様はそんなことばかり考えているのか?
すると、ジュリエットは一変して不安を滲ませた。
「お師匠様の記憶はここで・・・。そのせいでカルマナ様が伝えられない想いを抱えることになって・・・」
ぎゅっと口を結ぶジュリエットの頭をそっと撫でる。
「もう、あんな愚策は取らないから安心してくれ。その役割はロザリアが担っているしな」
「ロザリア様たちの方はどうなっているのでしょう? 順調にいっていると良いのですが」
「あいつらに関しては全く問題ない。何せ、何度ループを繰り返してもあいつが試練を失敗したことは一度もなかったからな。この世界線でもそれは変わらないだろう。俺たちと和解し迷いが消えたことで、むしろ今までで一番早く巡礼できるかもな。そしたら巡礼の早さでも歴代最強の名を欲しいままだ」
「あはは。ロザリア様の才能は本当に随一なんですね」
そうだ。あいつは名実共に歴代最強。
そんなあいつがいるこの時代に俺が生きていることには、必ず意味があるはず。
魔王を倒し、世界に平和をもたらすという大きな意味が。
俺は・・・。いや、俺たちは、やり方を間違えていたせいでロザリアの存在を活かしきれていなかった。
そんな遠回りはもう終わりだ。
俺たちは、魔王を倒すための欠片を一つ一つ確実に拾い集めている。
しばらくして温泉街を抜け、人気のない地下洞の中へ入った。
以前、勇者の試練を受けるために訪れた湖と逆方向、町を挟んでちょうど反対側だ。
道中、頭の中でずっとカルマナの話を整理していたが、一見無駄に思えるこの巡回順序。
やはり、ルマリア大聖堂の石像の並びと同じだ。
カルマナは順番にかなり拘っているようだが、何か意味があるのは間違いない。
それも気になるが、勇者と魔王の関係も見過ごせない。
これまで見た過去の戦いでは、勇者の紋章らしきものが輝いていた。
あれらはどれも天使の輪を連想させた。
果たしてあれは何を意味するのか・・・。
「ずっと考えていたんだが、勇者が魔王を討伐するというこの構図は、一体いつから始まったんだ? 世界の脅威である魔王を倒したいのは理解できるが、どうして勇者だけがそんな危険な使命を背負うことになった?」
するとカルマナは真剣な表情で俺を見つめた。
「最初から、というのがその答えになります。勇者は、ルシェリアとアルカディウスの子孫にあたります。創造主たるルシェリアの血を引く子供たちは、必然的に生まれながらに卓越した才能を持ち、生みの親であるルシェリアの破壊行為を止めるために剣を取った。そして、最初に立ち上がったのが、カインさんがロックバスティオンでご覧になった聖剣の残骸の持ち主、勇者カナリアでした」
そういうことか。
天使ルシェリアの血を引く者であるなら、世界を放置しその宿命から逃げるわけにもいかない。
「彼女の血族である証として、勇者は身体に天使の輪をその身に刻み、誕生するのです」
つまり、これまで見てきた彼女たちに刻まれた紋章は天使ルシェリアの象徴とも言えるわけか。
おかしいな。
俺の知る限り、ロザリアにはそのような紋章はなかったように思えるが・・・。
記憶違いか。
・・・ん?
「そういえば、ルマリア大聖堂にある勇者像は皆、超優秀な才能の持ち主だよな?」
「はい。彼女たちは勇者の歴史の中でも一際強い輝きを放っていた存在です。実際、聖剣に宿る私の声を聞くことができた勇者は彼女たちだけでした」
「こうして聖剣の残骸に宿る彼女たちの無念を感じ取り、その過去や後悔を垣間見ることができるのも、彼女たちの、ある種の昇華した精神がそれを形作っている、と。そういう解釈でいいんだよな?」
カルマナはその大きな垂れ目を見開いた。
「さすがカインさん。その通りです」
「だとするなら、ウルフスタンの鉱山で見たあの聖剣と少女の過去は、一体誰のものだったんだ?」
すると、カルマナは諦めたように短く息を吐いた。
「あなたという人は本当に、こういうことによく気が回る人ですね。でも、だからこそ『秩序』はあなたを選んだということでしょうか」
秩序・・・?
それは一体どういう意味だ?
「大丈夫。あなたの疑問は全て、近い将来必ず解消されます」
それで片付けられるとしっくりこないのだが、今知ったところでやることは変わらない。
そう言いたいのだろう。
気付けば、辺りは薄暗く、ジメジメとした生温かい空気で満ちていた。
火山でできた、でこぼこの岩壁の至る所に鮮やかな深緑の苔が生えている。
「今は、試練に集中しましょう」
カルマナは、ゆっくりと奥の方を指差した。
まるで、今にも崩れそうな弱く小さな存在を守護するように、細く穏やかな一筋の光に照らされた茶黒く錆びついた剣が、崩れた火山の瓦礫の上で静かに鎮座していた。
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