第67話 長く短い未来を見据えて
幼い頃、俺には剣の声が聞こえた。
セドリックの勧める剣を押しのけ、立てかけられた一本の剣をせがんだあの時がその始まりだった。
周りを見ても俺にしか聞こえていないみたいだったし、時々聞こえただけだったから一種の幻聴くらいに思っていた。
それよりも俺が気になっていたのは、その剣にしようと決めた時に一瞬だけ見えた、あの綺麗な白い女性の姿だった。
あれ以来ずっとその姿を見ることがなかったが、一度だけ垣間見たことがあった。
魔王に二度敗れ、三回目のループを敢行したあの時。
高台の教会から、長年使用していた愛剣を大海原に投げ捨てた時だ。
結局その後も魔王に敗れ、四回目のループを始めた時に教会で出会った、これまでいるはずのなかった純白の司祭服に身を包んだ女性。
そう。カルマナこそが、あの時見た『セレニティ』に宿る剣の精霊だったんだ。
「長い間、ずっと俺の傍にいて、支えてくれていたんだな。コロシアムでの戦いの日々も。勇者パーティの一員として魔王討伐を試みたときも。お前がいてくれたから、俺はここまで生きてこられた。それなのに、俺は・・・」
カルマナの人差し指がそっと唇に触れた。
「こうして再び縁を繋げることができたのですから、私はこれ以上何も言うつもりはありませんよ」
ヴァルムレイクでの試練以降、幼い頃の記憶や剣士をマスターした記憶はあるのに、昔からインビシブルを使っていたと思い込んでいた。
俺の中で、抜け落ちた記憶の辻褄を合わせていたんだ。
何か、体の中から力が漲るような活力を感じる。
明らかにこれまでとは違う。
五回目のループが始まって以来苦しめられていた副作用も、今はとても穏やかで安定している。
「カインさんがその記憶を思い出したこと。私という存在を再認識できたことで、未来を掴むための大切なピースがまた一つ揃いましたね」
カルマナが笑顔を見せるたびに、小さな寂しさや儚さのようなものを感じていた。
こうしている今も・・・。
記憶を取り戻したというのに、まだどこかで不安を感じている。
自分の中でまだ完全に消えていない。
その正体を知りたい。
それが、彼女の言うピースの一つのような気がする。
俺たちにとって、何かとても大切な。
「聞きたいことが二つある」
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと答えますから」
「まず一つ。どうしてあの時、お前は俺の前に現れたんだ?」
聖匠の打つ剣には、その証としてカルマナが宿る。
それを繰り返し、四千年にも上る時間を勇者と共に過ごし、魔王討伐を試みてきた。
しかし、天使ルシェリア以外にその姿を見た者はいない。
歴代の勇者も、聖匠も。
「それはですねぇ〜」
意味深に焦らすカルマナに、思わず息を呑んだ。
「カインさんをロザリアに渡すわけにはいかないからです♪」
・・・・・は?
「だって、私はず〜っとあなたのような人に巡り会えるのを待ち侘びていたんですよ? 私の愛は、二十年も生きていないぽっと出のロザリアより大きいのですよ!」
いや、確かに同情しなくもないが、それを俺に言われてもな・・・。
「それはともかく、カインさん。あなたの願いは、魔王を倒しロザリアが死んでしまう未来を変えたいこと、ですよね?」
「ああ。それは何があっても変わらない」
「その願いを叶えるためには、私、つまり聖剣『セレニティ』を絶対に手放してはいけなかったからです。世界の安定を保つ秩序が、あなたのその強い願いと、私の叫びが生み出した強力な力を混ぜ合わせることで時空を超え、四度目のループをしたあなたに警告しようとしたのでしょう」
聖剣『セレニティ』が必要・・・?
二度もやり直して、それでも未来を変えられなかったから、自分の不甲斐なさもろとも海に捨てたんだぞ。
「大丈夫です。聖匠の試練を乗り越えた暁に、きっとその意味が分かりますから」
また、俺の考えていることが分かっているかのように先回りしたセリフ。
それは、既にお前には分かっているという意味なのか?
それとも、何か他に意味が隠されているということなのか?
どうしてかまだカルマナは全てを語っていないと、そう思えてならない。
恐らく、これがこの心の底にこびりついた不安感の正体だ。
とはいえ、残る二つの残骸の念に触れ、無念を解消しなければ判断しようがないか。
「分かった。二つ目だ。どうしてセドリックに聖剣を創ることができた? 年齢から考えて、当時の勇者はロザリアの母イザベラだったはずだ。勇者と聖匠の関係が神話通りであるなら、イザベラはエドワードではなくセドリックと結ばれていたんじゃないのか? 同世代に聖匠が二人も存在していた、ということか?」
「本当に、あなたという人は勘が鋭いですねぇ。だからこそなのでしょうか」
すると、カルマナは困ったような笑顔を見せた。
先程までの意味深な笑顔ではなく、心からの笑顔だ。
「もちろん、私もイザベラのことはとても良く知っています。ですが、それに関しては私よりも本人から聞いた方が良いでしょうね。そして、その疑問も、この試練を乗り越えた先で知ることになると思います」
結局、試練を全て終えることが最も近道、ということか。
「仕方ない。今はそれで満足しておこう。だが、一つだけ言わせてくれ」
「愛の告白ですか? もちろん、私はいつでも心の準備が・・・」
「頼むから、俺のそばを離れないでくれよ」
彼女は一瞬、その大きな目を見開いた。
「すごく遠回りした挙句、随分すれ違っていたが、ようやく本当の意味で互いを理解することができたんだ。俺は、今のお前との繋がりを大切にしたいんだ。人間や精霊といった、種族の垣根を越えて」
「カインさん・・・」
「一方的にお前を切り捨ててしまったし、お前の積年の想いを知らずにのうのうと生きてきた。それでも、もしも許されるのなら俺は、お前と共に歩みたい。俺とロザリアの行く末を見守っていて欲しい。魔王を倒した後の、俺たちにとっては長く、お前にとっては瞬きのように過ぎ去る一瞬の、希望に満ちた未来を」
彼女に対するこれまでの行いは、きっと許されないだろう。
あまりに勝手だ。
それでも、カルマナには俺たちの軌跡を見届けて欲しい。
俺はもちろん、彼女の強い願いの先にも、それは待っているのだから。
カルマナは、溢れる涙を拭いながら、必死に笑顔を作って見せる。
「私は、今が一番幸せです。あなたと心を通わせ、重ね合うことができたこの瞬間が」
「大袈裟だな。まだまだこれからだろ?」
すると、雪のように美しい白い手が目の前に差し出された。
「約束します。あなたたちの未来を見届けると」
「ああ。よろしく頼む」
そっと握り返した時の、壊れてしまいそうなほど柔らかいこの温もりが何を意味していたのか、この時はまだ分からなかったーーー。
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