第65話 運命共同体
その光景が飛び込んできた時、目を疑った。
山脈に降り立つ魔王と対峙する、長い黒髪を後ろで束ねた女性。
パーティの仲間も、兵士も、どこを見渡しても二人以外誰もいない。
あの絶対的な力を持つ魔王にたった一人。
孤独に挑んでいるのだ。
『ほう。貴様の魂、相当洗練されているな。その小さな器に収まるには少々大きすぎるようだ』
ゆっくりと歩み寄る魔王に対し、剣全体に刻まれた聖印が輝く重厚な二重刃の聖剣を構える勇者。
柄の中央に光る青白い結晶が、彼女の覚悟を表してるようだ。
『この呪われた宿命はここで終わらせる。お前は私が必ず倒す』
『ククク。やってみるがいい』
『出し惜しみはしない。全力でいく!』
勇者が聖剣を地面に突き刺すと、剣先から発した闘気が虹色の光を帯び、魔王、そして勇者自身を囲むように覆い尽くした。
虹の光は、まるで魔王を逃がさぬために作り出した箱庭のように二人を閉じ込めた。
そして、虹色の光が勇者を優しく包み込むと、背中の光輪が強い輝きを放った。
その瞬間、凄まじい覇気が発せられ、全身に鳥肌が立った。
心がざわつくのを抑えながら、二人の戦いを固唾を飲んで見守る。
超高速で繰り出される技の応酬。
二人の力がぶつかり合った衝撃が山肌を切り裂く。
軽やかに宙を舞う勇者。
あの体勢から躱せるのか。
それを先読みした魔王の絶妙なカウンター。
早い。
今、何回斬撃を入れた?
互いに少し先の未来を見ているかのような間合い。
なんて奴らだ。
これが本当の戦い・・・。
気付けば手に汗握り、戦いの行方が気になっている自分がいた。
そうだった。
結果は、分かっているんだったな・・・。
驚くほど人間離れした戦いにも、やがて終焉が近づいていることを予感させた。
勇者の動きが明らかに鈍くなっていたのだ。
『どうした? 久方ぶりに心踊る戯れだ。我をもっと楽しませよ』
『くっ・・・!』
残る力を降り絞り剣を振り上げたその時、魔王の赤き狂爪が、彼女の胸を貫いた。
『か・・・はっ・・・!』
捨て置くように腕を抜くと、彼女は力無くその場に倒れた。
鮮やかな流血が真っ白な雪をじんわりと赤く染めていく。
決着がついた後、勇者の仲間と思われる者や兵士たちが駆けつけていた。
『アマリス様!!』
魔王が引っ掻くように手を振るうと、弾けるような轟音が響き渡り、空間に亀裂が入り巨大な裂け目が出現した。
『数百年ぶりに楽しめた。貴様らのような稚魂でこの悦を汚すわけにいかぬ』
そう言い残し、魔王は異空間へと去っていった。
アマリスは、仲間の腕に抱かれながら、地面に突き刺さった主人を失った聖剣を見つめていた。
『アマリス・・・』
どこからともなく声が響いた。
この声・・・。
聖剣からのようだ。
聖匠の試練の数をこなしたことで感覚的な純度が上がっているのだろうか。
声はこれまでの過去よりもずっと鮮明に聞こえた。
『ふ・・・。魔王は、軍勢を引き連れてくると踏んでいたんだがな・・・。仲間を守るために、一人で背負おうとした結果が裏目に出た・・・』
『アマリス。今は喋らないで』
美しく響く忠告を拒むように、彼女は最後の力を振り絞り、剣に手を伸ばした。
『もっと、仲間を頼るべきだった・・・。お前にも。そうすれば、この剣の力をもっと引き出すことが、できたかもしれない・・・』
『誇りを持って。誰が何て言おうと、あなたは最強。だから、すぐに治療を・・・』
アマリスはゆっくりと目を閉じた。
『・・・遠い未来。いつの日か、きっとお前の力を最大限引き出してくれる奴が現れる』
『そんなお別れみたいなこと言わないで・・・。私にはあなたしかいないの。お願いだから、私を独りにしないで』
アマリスは、震える手で青白い刀身をそっと撫でていた。
『私は・・・。ここまでのようだ。すまない、カルマナ・・・』
彼女の腕はパタリと地についた。
その言葉を聞いた瞬間、俺の心に風が吹き荒んだ。
息を引き取ったアマリスや風景が薄れていく中、俺の心だけが浮き彫りになっていくようだった。
ひんやりとしたものを感じ掌を見ると、鋭利に磨き上げたクリスタルのように輝く結晶が、収まっていた。
あまりの衝撃に、いつの間にか元の景色に戻っていたことすら気付かなかった。
心臓が、ものすごい速さで鼓動を打っている。
息苦しく内側から騒ぎ立てる脈動を抑え、ゆっくりと後ろを振り返る。
彼女は慈愛に満ちた、陽だまりのように温かい笑顔を向けていた。
その姿に、一気に距離が離れてしまったかのような、とてつもない寂しさに襲われた。
「知ってしまったみたいですね」
「お前・・・。剣に宿る、精霊だったのか」
「えへへ。正解です」
彼女は少し恥ずかしそうに笑い、今一度その姿を見せるように一回転して見せた。
「なかなかよく再現できているでしょう? これなら普通の人にも見えますからね。我ながら器用だと思います」
舞のような踊りを止め、彼女は再び俺に向き合った。
「これまで見てきた二つの過去よりも鮮明に映ったのですよね?」
「あ、ああ・・・」
「それは良い兆候です。しっかりと試練を乗り越えている何よりの証拠ですからね」
頭の中が洪水に飲まれたように混乱して、彼女の言葉が全然頭に入ってこない。
「聖匠の試練が始まった以上、遅かれ早かれ分かることでしたけど」
カルマナが・・・。
剣に宿る精霊・・・。
「優れた聖匠の打つ剣には魂が宿り、意志を持つのです。人はそれを精霊と呼びました」
彼女が物に意思が宿ると言っていたのは、そういうことだったのか。
自分自身が、そういう存在だったんだ。
「優れた聖匠には、剣に宿る精霊の声が聞こえるという特別な特徴があり、それは聖匠の中でも非常に珍しい。そして、勇者もまた、その声を拾うことができる。勇者は、己の力を引き出してくれる剣を打つ聖匠と結ばれる運命にあります。勇者と聖匠は、切っても切れない関係なのです」
精霊と言われて思い出すのはクルーザスト山脈の彼らだ。
カルマナもあいつらの仲間ということになるのか?
「お前のように聖剣に宿った精霊は他にもいるのか? 例えばマイアとか」
「いいえ。彼女たちは正真正銘の異世界の住人。いわば神の一種といえます。対して私は、人が込めた願いの結晶とでも言いましょうか。人の手によって形作られた存在です」
人の込めた願い・・・。
聖匠の、天使ルシェリアに対する献身が具現化した存在がカルマナ、ということなのか・・・?
ダメだ。
思考が追いつかない。
「勇者と聖匠のように、勇者と精霊も同じ関係にあります。彼女たちは、聖剣に宿った私の声を聞き入れることでその力を発揮し、聖剣の力を解放してきた一方で、私もまた、彼女たちから願いを持ち続ける勇気と強さをもらった。私たちは運命共同体だったのです」
いつもと変わらないおどけた声で続ける彼女の姿は痛いほどに儚い。
「お前の言うその優れた聖匠は、過去にどれくらい存在したんだ?」
すると、彼女は微笑みながら、静かに人差し指を唇に添えた。
「一人だけ」
そいつが、カルマナを生み出した張本人ということなのか。
カルマナは、強い意思を込めた眼差しで真っ直ぐ俺を見つめた。
「私は何としてでも魔王討伐を叶えたい。これは、ルシェリアのためです。カインさんは、この世界を創った創造主と言われる、一人の天使をご存知ですか?」
ルシェリア。
前回、マイアも言っていたような・・・。
思い出した。
確か、子供の頃にセドリックが語ってくれた昔話に登場した名前だ。
「セドリックがその名を語ったことがあるな。だが、その天使が何だと言うんだ?」
「私は、彼女を救うために、勇者カナリアの聖剣にその身を宿し、魔王討伐に挑みました」
待て。
勇者カナリアは初代勇者のはずだ。
考えてみれば、剣から発せられたと思われる声は全て同じものだった。
懐かしいようなその安心感も。
カルマナは彼女たちと言った。
まさか、それは・・・。
彼女の話を真に理解したその瞬間、背筋が凍るような悪寒が走った。
「そう。初代勇者カナリアに始まり、ネフィリス、アマリス。そして、これから見ることになるエステル、フローリスの過去。五本全ての聖剣に宿っていたのが私です」
言葉を失ったーーー。
風が凪いだように包み込む静寂に押し潰されそうだ。
こいつは、一体どれだけの月日を過ごしてきたというんだ。
どれだけの無念を積み重ねてきたというんだ。
時の放浪者となってもなお達成したい願い。
強い想い。
運命共同体、か。
拘るわけだ。
人との結びつきにも。仲間の存在にも。
「どうして・・・。どうしてお前はそこまで頑張れるんだ? 計り知れない悔しさを抱えながら、どうして俺を支えてくれるんだ? お前を突き動かしているのは、一体何なんだ?」
「彼女たちには私の姿までは見えませんでしたが、それでも意思疎通ができたというその一点が、悠久の時をただ一人漂流していた私にとって、何よりも大切であり尊い時間だったのです」
喜びに満ちた、優しい眼差しが向けられる。
「そして、四千年の時を経て、あなたが私を見つけてくれたんです。カインさん」
初めは、ただ聖職者として自分を信念を貫いていると思っていた。
だが、思い返してみればカルマナの言葉にはいつも一貫性があった。
数千年にも及ぶ自分の信念を、こいつはずっと貫いてきたんだ。
それほどまでに、カルマナの魔王討伐に対する想いは強いんだ。
そして、その孤独感も・・・。
だから、独りになることを過剰に恐れていたんだな。
「まだ幼いあなたに触れられた時、私は直感しました。この人こそが、終わりなき勇者の宿命を断ち切る者なのだと」
「後に、あなたの後を追うように誕生する勇者ロザリアと共に」
ちょっと待て。
それはまるで、ずっと俺が剣を使っていたような言い方・・・。
ズキンッ・・・!!
その瞬間、激しい頭痛に襲われた。
視界が大きくぐらつく。
「はぁっ! はぁっ・・・!」
何かが俺の中で溢れようとしている。
必死に訴えている。
思い出せと。
気付くと、カルマナの温かい手が頬に触れていた。
「不安ですよね。苦しいですよね。でも、あなたが置いてきたものを取り戻すことができれば、きっと未来を掴み取る大きな力となるはずです」
「置いてきた、もの・・・?」
「これから私が話すことをよく聞いてください」
カルマナに向けられた天使のような微笑みに安心すると同時に、再び心の底からあの喪失感がゆっくりと頭をもたげた。
俺とジュリエットは、透き通る清純な声で静かに語りだすカルマナの話に導かれるように、不安を抱きながらも自然と耳を傾けていたーーー。
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