第64話 深き青を照らす覚悟の光
忘れ去られたクルーザスト山脈にひっそりと佇む聖堂の内部にある大地の裂け目。
俺たちはそんな底の見えない暗闇を見下ろしていた。
しばらく眺めていると、暗闇に飲み込まれてしまいそうな恐怖が込み上げてきた。
「まさか、この下に聖剣があるのか?」
「はい。問題はどうやって降りるのか、ですが」
今回は意識が飛ばないんだな。
いや待て。
聖匠の試練の存在に気付いた今回、聖剣の残骸の元へ辿り着く時はいつも今まで通りのカルマナだった。
前回の人が変わったかのような放心状態は一度も確認していない。
まさか・・・。
「カルマナ。これは俺の推測なんだが、お前がたびたび意識を失い、まるで何かを示すように指差していたのは、もしかして聖剣の残骸のことだったのか?」
カルマナはしばらく頬に指を当て考えているようだったが、すぐに閃いたように手を叩いた。
「ああ、どうも記憶が途切れ途切れだと思っていたら、やっぱり無意識に出ていたのですね。恥ずかしいです」
恥ずかしい? 一体どういうことだ?
「結論から言うと、その通りです。実は、前回カインさんと出会ったばかりの私は、まだ記憶が曖昧だったんです。自分でも薄々気付いていたのですが、あれは、聖剣の残骸に近づくことで記憶が一時的に呼び起こされた結果ですね。無意識に残骸の在処を示していたのでしょう」
そういうことだったのか。
あの時、俺は勇者側の試練である宝玉を集めることで頭がいっぱいで思いつきもしなかった。
カルマナは、初めから聖匠の試練のことを暗示していたのか。
滑稽だな。
本当に、なんて遠回りをしていたんだ、俺は・・・。
ずっとこいつが道標を示してくれていたというのに。
「カルマナ様は不思議な人ですよね。普段は明るくおどけているのに、皆んなが知らないことはすごく詳しかったりしますよね。大司教様だからこそなのでしょうが、さすがアークビショップの名は伊達じゃないですね」
「ふふふ。ジュリエットさん、そんなに褒めても何も出ませんよ」
もっと褒めてと言わんばかりに、ちらちらジュリエットに目配せしている。
何も出さないくせに求めるんだな。
「あまり調子に乗らせない方がいいぞ。収拾がつかなくなるからな」
いい気分でうっとりしているカルマナを尻目に、地面に手をつける。
「おや、リブラですか?」
「ああ。やはりこのまま飛び込むには少々不安だからな」
泣き喚きそうなカルマナが特に。
やはり・・・。相当深い。
俺一人だけならまだしも、さすがにこの高さで二人を抱えて降りるわけにもいかないな。
「仕方ない『浮遊魔法』を使うか。少し離れていろ」
裂け目に向かい手をかざす。
三人が収まる大きさだと、これくらいか。
かざす手のひらに流す魔力を微調整する。
そして、手に集中させた魔力を、大きく風呂敷を広げるイメージで裂け目に向かい放出した。
すると目の前に、虹色に輝く美しい魔法陣が出現した。
久しぶりに使ったから不安があったが、成功したようだな。
「これで降りれる。いくぞ」
「すごいですお師匠様! 浮遊魔法も使えるんですね! しかもこんな簡単に!」
「ふっ。運命共同体なら当然ですとも」
いつもの奇怪なポーズを取っているアホ司教を無視してジュリエットと魔法陣に乗り込んだ。
「じゃあな。留守番を頼む」
「あわわ?! 待ってくださいよ! 私が行かないと意味がないじゃないですかぁ!」
試練だけに限って言えば、今のところいてもいなくても変わらないと思うがな。
慌てて飛び乗るカルマナを合図に、魔法陣はゆっくりと降下を始めた。
しばらく降下していくと、カーライルの手袋をしていても空気がより一層ひんやりとしていくのが分かった。
山頂では何ともなかった二人の吐く息も白くなっている。
恵みの糸の効果があるカーライルの洋服でもここまでとは。
「真っ暗ですねぇ。これじゃ何も見えません」
「見えないなら、どさくさに紛れて腕を絡めるのを止てくれるか」
「え〜? 何のことですか?」
ミトラを押し付けカルマナの視界を遮る。
「あ、あれっ?! 本当に見えない!?」
とはいえ、こうも視界が悪いと流石に少し不便だな。
「『星の瞬き』」
手のひらから発した光の球が頭上から周囲を明るく照らすと、ちょうど裂け目の底が見えてきた。
魔法陣から飛び降りると、細く曲がりくねった道が伸びていた。
「この先にあります」
カルマナの先導で、細い道を進んでいく。
上の地層とは大分違うな。
地下深くだからか、クリスタルの青みがより濃いものになっている。
光るそのグラデーションがとても美しい。
空気の密度もかなり濃い。
乾燥していて冷えているが、呼吸するたびに細胞が生まれ変わるような爽快感がある。
新鮮さは段違いだ。
長い間人が踏み入れることなく、ありのままの時の流れが積み重なった結果だろう。
静寂に包まれる中、俺たちの足音だけが響く。
しばらく進んでいくと、岩のようにゴツゴツとしたクリスタルが目立つようになり、自然の作り出した芸術に息を呑んだ。
顔を上げると、瓦礫のように積み上がったクリスタルの真ん中に聖剣と思われる朽ち果てた残骸がクリスタルの輝きに反射し、脈打つように静かに煌めいていた。
前を歩いていたカルマナはゆっくりと俺たちの方に振り返った。
「この試練を終えた暁に、私のことを話します」
彼女の強い決意を秘めた瞳の輝きに、例の不安感がゆっくりと湧き上がった。
「カインさん。ジュリエットさん。二人は私にとってかけがえのない大切な存在です。それは、何があっても決して変わることはないでしょう」
「もちろんだ。俺もジュリエットも同じ気持ちだ」
ジュリエットは胸に手を当て、深く頷く。
「カインさん。あなたは五度のループを経て、精神的に大きく成長しました。ですが、私の話を聞いた時、もしかするとあなたの覚悟が揺らいでしまうかもしれません。そして、同時に忘れていたものを取り戻すことになるでしょう。それでも、私と共に歩んでくれると約束してくれますか? その歩みを止めないと、約束してれますか?」
ごくりと唾を飲み込む。
口の中はカラカラに乾いている。
聞かない方がいいのかもしれない・・・。
俺たちにとって、何か良くないことを聞かされるんじゃないかと思ってしまう。
それくらい、カルマナの声色には重みや責任、強い願いが溶け込んでいた。
今までの俺なら、軽くあしらって終わらせていたのかもしれない。
だが、もう立ち止まらない。
この三人で前に進むと決めたんだ。
大丈夫だ。真実が何であろうと、俺にはカルマナとジュリエットがいる。
きっと乗り越えられるはずだ。
「約束する。俺は。俺たちは、運命共同体だ。何があっても、お前の隣に立ち続ける」
精一杯の想いを彼女にぶつけた。
それが伝わったのか、張り詰めた緊張感を漂わせていた彼女の表情がスッと穏やかになった。
「良かった。本当に、見違えるくらい成長しましたね。私は、それがとても嬉しく思います」
「そうだとしたら、それはお前のおかげだ。俺一人では、決してここまで歩き続けられなかった」
「ふふ。その調子で、先ずは目の前の試練を乗り越えないと、ですね」
・・・そうだ。
今は試練のことだけを考えるんだ。
さあ、次はどんな勇者の念を見せてくれる?
カルマナに見守られるなか、俺はクリスタルの光に照らされた氷のように冷たい残骸の柄をそっと握ったーーー。
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