第63話 違和感の正体
唸るような轟音で山脈を吹き抜ける風が、吹雪を一層激しく舞い上がらせ視界を遮る。
そんな絶望的な氷の世界の只中にいても全く寒さを感じさせないカーライル店の衣類。
そのあまりに便利すぎる効果に心から感謝だ。
登山に必要な道具や食料の準備と、魔物との戦闘は俺たちが全て引き受けた甲斐あってか、アネットの体調を崩すことなく山頂へと辿り着いた。
頂上に着くや否や、空からたくさんの精霊が姿を現した。
三度目まではこれが普通だった。
やはり、前回が異常だったんだ。
まあ、これもある意味異常だが。
ただならぬ気配に曇天を見上げると、たくさんの精霊の中から白い着物を着た一際美しい精霊が目の前に降りて来た。
『よくぞお越しくださいました』
マイアの存在。
こいつと出会ったのは前回からで、それ以前の世界線では一切その姿を確認していない。
それが何を意味するのかは分からないが、前回の結果が変わらなかったにも関わらずこうしてこいつが現れたということには、何かしら意味があると見て間違いないだろう。
『あなたからは、また一つ重ねたオーラを感じます。なるほど、そういうことでしたか』
「なんのことだい? ああ、彼のことか。彼がどうかしたのかい?」
マイアの視線に気付いたアネットが振り返る。
『いえ。それよりも、目的は糸でしょう? それなら済ませてしまいましょうか』
「やった! ありがとう!」
これから自分と向き合い、覚悟を問われるということに気付いていない。
早くも歓喜するアネットに同情しながら、彼女の試練を見届けたーーー。
ーーー試練を終えたアネットは、無事に『恵みの糸』を手に入れることができた。
『あなた方はよろしいのですか?』
「俺たちには俺たちのやるべきことがある。だから糸は必要ない」
すると、マイアは優しく微笑んだ。
『時の狭間が作り出す鳥籠から出られたようですね』
「やはり、気付いていたのか」
『我々は、この世界とは異なる理に生きる存在。以前あなたと出会った時にそれは感じていました』
精霊たちはゆうに数千年を生きると言われている。
そして精霊の里という異空間を拠点としていることを考えても、マイアの言っていることの信憑性は高い。
『あなたが置き忘れてきたものを拾い、訪れる現実を受け入れることができれば、きっと望む未来を手に入れることができるでしょう』
「置き忘れてきたもの・・・」
恐らく、それは心の中で時折湧き上がる、あの感覚のことを言っているのだろう。
気付くと、マイアはその真剣な眼差しをカルマナに向けていた。
『長い間、深々と積もり積もったその願いが叶う日は近いかもしれませんね。同志として陰ながら見守らせてもらいましょう。あなたの歩むその先に、何が待っているのかを』
長い間? カルマナとマイアは以前会ったことがあるのだろうか?
前回ではそんな素振りはなかったが。
精霊の里は、あの忘れ去られた山脈の大聖堂が入り口となっていた。
エテルヌス教の巡礼か何かで遭遇し、面識があったのかも知れない。
しばらく黙っていたカルマナは、マイアにニコッと笑いかけた。
「それは決まっていますよ。魔王を倒す。そして、カインさんやジュリエットさん。ロザリアさん。世界中のみんなが幸せになれる最高の未来です♪」
すると、緊張感を漂わせていたマイアの空気が和らぎ、やがて笑みをこぼした。
『ふふ。あなたは強いですね。だからこそ、ここまで来れたのでしょうね』
「はいっ♪」
先ほどまでの緊張感はすっかり消え、二人は互いに笑い合っていた。
カルマナのあどけない笑顔に、まるで俺だけ取り残されたような、どこかに置いていかれるような疎外感を感じた。
「無事に『恵みの糸』も手に入ったし、私は町へ戻るけど君たちはどうするんだい?」
「俺たちは行かなければいけない所がある。だからここでお別れだな。一人で大丈夫か?」
「うん。体調も良いし、君たちのおかげでまだ体力もある。帰るだけなら全然問題ないよ」
すると、アネットはスッと手を差し出した。
「君たちの目的は分からないけど、達成できるといいね」
「ああ。ありがとう」
見えなくなるまで手を振り、山を下っていくアネットを見送った。
「さあ、私たちは私たちのやるべきことをやりに行きますよ!」
「そうですね!」
・・・・・。
しばらく、手を繋ぎ歩き出す二人の背中を見つめていた。
何かが引っ掛かる。
マイアの言葉か?
それともこいつの笑顔・・・?
このやるせない気持ちの正体が何かは分からない。
だが、今ここではっきりさせないといけない気がした。
「カルマナ。お前は一体何を隠している?」
「何のことです? 私は何も隠していませんよ」
またそういう態度か。
「・・・本当に?」
「もぅ。あまりしつこいと女の子にモテませんよ?」
やはり何か違う。
これだけ一緒に過ごしてきたんだ。
いつもの彼女なら、こういう時は冗談めかした笑顔でおどけて見せる。
だが、今の言葉には冗談を滲ませていなかった。
やや低い彼女の声のトーンから、いつもと違うことくらい簡単に分かる。
「嘘をつくな!!」
あくまでしらを切ろうとする彼女の発言に激しい怒りを覚え、気付けば声を荒げていた。
しまった・・・。
感情的になりすぎたか。
なんとか平静を装い、勢いを押し殺して言葉を繋ぐ。
「いつもと違うことくらい見れば分かる。運命共同体なんて言っておいて自分は肝心なことを言わないつもりか?」
「急にどうしちゃったんですか? らしくありませんよ」
困った様子で手を握ろうとする彼女の手を振り払った。
だって、仕方がないだろ。
頭をよぎってしまったんだ。
マイアが言っていたこいつの願いの中に・・・。
みんなの幸せの中に、こいつだけが入っていない。
まるで、最初からその未来に自分がいないと決めつけているような・・・。
「・・・頼むから、本当のことを言ってくれ。どんなことでも聞くから。頼むから、俺を一人にしないでくれ・・・」
すると、彼女は掬うように、再び俺の手を取った。
「今は、試練に集中しましょう。心配しなくてもちゃんと話すつもりですよ。避けられないことですから」
避けられないこと・・・?
司教として、何か重大な使命を負っているという意味だろうか。
彼女の静かな微笑みの中に隠された強い覚悟を垣間見た気がした。
同時に、今はこれ以上話すつもりはないという、明確な意思を感じ取った。
「信じて、いいんだな・・・?」
彼女は一度だけ頷くと、そっと手を離し、雑草に覆われた剥き出しの山肌を下っていった。
「お師匠様・・・」
「怒鳴ってすまない。大丈夫だ。喧嘩したわけじゃない」
自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。
そして、心配そうに口を結ぶジュリエットと共に、いつの間にか吹雪が止み、かすかに陽の光の差す山肌を下ったのだったーーー。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
皆様の応援が、何よりの励みになります!
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ぜひブックマークをお願いします!(広告下の☆をタップで簡単に登録できます)
また、読み進める途中でも構いませんので評価をしていただけると大変嬉しいです!
これからも、どうぞよろしくお願いします!




