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三本の聖剣と司教さま〜巡る勇者の宿命を超えて〜  作者: SSS


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第62話 モノ以上の価値と忍び寄る不安

 

 真っ白な布をかけられたような山々の間から差し込む朝日が俺たちをほんのりと温かく照らす。


「さあ! あと少しです! 美味しいお鍋料理が待っていますよ♪」

「やった♪ また食べられるなんて幸運ですね!」


 ・・・・・。


「次はもっと違うところも見てみませんか? きっと楽しいですよ〜♪」

「ぜひぜひ!」


 ・・・・・。


「でも、その前にカーライル洋服店に寄って上着を買わないとですね。このままだと凍えてしまいますし。ね、カインさ・・・」


 寒い寒い寒い寒い寒い。


「そんなに寒いなら私が温めてあげますよ」

「あ、私も!」


 これが平時であれば、男にとってパラダイスだっただろう。


 だが、今の俺には猫のようにピッタリ寄り添う二人に気を払う余裕すらない。


「・・・話しかけるな。今はそれどころではないんだ」


 くそ。完全に油断していた。


 てっきり次はフローレンスバレー辺りだと予想していたのだが、まさか通り越してこの極寒の地とは。


 カルマナのやつ、適当に順番を選んでいるんじゃないだろうな。


 それにしても寒すぎる。


 この猛吹雪は何とかならないのか・・・。


「あはは。体は正直ですねぇ。しっかりカーライル洋服店の方へ向かっているじゃないですか」

「ここでは『恵みの糸』で作られたあの服は必須だからな」

「確か、アネットさんがお店を発つのは朝でしたよね。もしかしたら、ライオネルさんの時のように未来を変えられるかもしれません」


 珍しく急足だと思ってはいたが、そういうことか。


 前回、精霊たちはクルーザスト山脈の山頂で倒れたアネットを介抱するために精霊の里へ連れ帰った。


 つまり、店を出るアネットと合流できれば里へ行く必要がなくなる。


 余計な捜索や戦いに巻き込まれる心配もない。


 なるほど理にかなっている。


 どっさりと雪を被ったログハウス、カーライル洋服店が見えてきた。


 窓から優しい明かりが漏れている。


「おはようございま〜す」

「あらいらっしゃい。ずいぶん早いお客さんだねぇ」

「こんな時間からお店を開けているんですね」

「この町の人は皆んな朝から活動するからね。うちの特殊な服を求める声が多いんだよ。まあ、女性物がほとんどなんだけどね」


 すると、奥の部屋から身支度を整えたアネットが出てきた。


 ドンピシャだ。


「それじゃ、行ってくる」

「本当に行くのかい? 今日はいつもより吹雪いていて危険だよ」

「もう糸が枯渇しかけているのは知っているだろ? 店を続けるために糸は絶対に必要なものなんだ。誰かが行かなきゃいけないだろ」

「それはそうだけれど、無茶はよしなよ。何事も命あっての賜物なんだよ」


 婆さんの言葉に、アネットは不愉快そうに舌打ちする。


「そんなこと言っている場合じゃない。姉さんの残したこの店を存続させるにはどうしても行かなきゃいけないんだ」

「アネット。それは本当にあんたの願いなのかい? 私はあんたが無事でいてくれればそれでいいんだよ」

「私以外の誰の願いだって言うんだよ」


 アネットはボソッと吐き捨てるように呟き、ドアノブに手をかけた。


「クルーザスト山脈へ向かうのか? 『恵みの糸』を取りに行くなら俺たちも手伝おう」


 アネットは驚いた様子で顔を覗き込んできた。


「君たち何者? どうして糸のことを知っているんだい?」

「勇者の代理として巡礼をしていてな。その試練をクリアするために『恵みの糸』が必要なんだ」

「本当かい? とてもそうは見えないけど・・・」

「信じようが信じまいがどっちでもいい。クルーザスト山脈は常人には過酷だ。目的地が同じならわざわざ別々に向かうこともないと思っただけだ」


 前回、婆さんに事情も聞いているしな。


 倒れられたら目覚めも悪い。


「私は司教を務めているカルマナと申します。勇者ロザリアの魔王討伐を祈祷するために各地を巡礼しています。『恵みの糸』は山頂に住む精霊から得られる貴重な糸。私たちの目指す聖堂も山頂にあります。今日は特に吹雪が強いですし、ご一緒した方がお互いに楽になると思ったんです」


 アネットは、しばらく難しい顔をして考え込んでいたが、パチンと指を鳴らした。


「確かにそれもそうだね! 素直に同行してくれるのはありがたいよ。あんな山を好き好んで登る人なんていないし、正直言うと、この吹雪のなか登るのはちょっと不安だったんだ」

「よかった! 決まりですね!」

「君たちの準備が整ったら早速向かおう。あ、ちょっと待っててくれ」


 アネットは何かを思い出したように奥の部屋に戻っていった。


「助かった」

「あんな言い方したら誰だって警戒しちゃいますよ。まあ、そうなると分かっていたので文言は予め考えていたんですけどね。嘘は言っていませんし」

「さすがだな。恐れ入ったよ」

「わ〜い! カインさんに褒められました♪」


 やれやれ。


「それより早く服を決めろよ。アネットが戻ってきたら出るぞ」


 すると、カルマナもジュリエットも嬉しそうに服を見せてきた。


「前回と同じにしました! これ、デザインが結構気に入っていたんですよ」

「ね〜!」


 相変わらず男ものはないが、二人が嬉しそうだから良しとしておくか。


「ごめんね。男ものは少なくてねぇ」

「構わない。手袋でもかなり暖かいからな」


 そうこうしているうちに、奥からアネットが出てきた。


「これを使いなよ。君が着れるものはないだろ?」


 毛糸で編まれたほのかに虹色を帯びる純白の手袋と、鮮やかな赤い手袋の二双を渡された。


「ウチの衣類は服を着なくてもちゃんと暖かい。手袋でも十分効果はあるよ」


 この手袋、前回カルマナにもらったものと同じだ。


「ああ。助かる」

「ごめんね。二双しか余ってなかったから赤い方は二人で話して決めてくれ」

「でしたら、私は赤い方で大丈夫ですよ」


 ジュリエットは迷うことなく赤い手袋を取った。


 カルマナはくるっと振り返り、俺の方に真っ直ぐに手を差し伸べた。


「それでは、カインさんの気持ちはありがた〜く頂戴しますよ♪」


 やれやれ。これじゃ前回と真逆だな。


 待ちきれないと言わんばかりに差し出した手をブンブン振って強調している。


「分かったよ。ほら」

「やったぁ! 私の気持ちを察するなんてさすが運命共同体です♪」


 いや、どう見ても催促してただろ・・・。


 測らずして訪れた境遇。


 こいつの執念か、はたまた運命とやらの仕業か。


 こいつの言うとおり、俺たちは見えない何かで繋がっているのかもしれない。


 今となってはあながち嘘でもないと感じているし、それも悪くないと思っている自分がいる。


 でも、時折見せる彼女の優しい微笑みや儚げな表情、どこか寂しげな眼は出会った頃からずっと俺の心の奥底にこびりついたままだ。


 俺に対する彼女の言葉が、必死に俺に振り落とされないように、しがみつくように聞こえる時がある。


 そんなことを考えてしまう時がある。


「ありがとございます。カインさん」


 片方の手袋を頬に当て、まるでこの世の天国を具現化したような聖母のような神聖さを帯びる笑顔。


 心からの安らぎを見せる彼女に、一瞬強く鼓動を打った。


「喜んでもらえて何よりだ。運命共同体さま」


 束の間の静寂に顔を上げると、彼女の目尻から一筋の涙が伝っていた。


「お、おい。なにも泣くことないだろ」

「あなたからその言葉を聞けたことが、何よりも嬉しい。私、これまで生きてきた中で、今が一番幸せかもしれません。ようやく私の想いが伝わったんだと、そう思うと・・・」


 少し大袈裟すぎると思うが、確かにこれまでは頑なにその言葉を避けるようにしていた。


 どうしても運命共同体などという誇張された言葉に胡散臭さを感じていたからだ。


 でも今は・・・。


 こいつとならそういうのも存在するかもしれないと、心から思えたんだ。


「そこまで喜んでくれるなら言った甲斐があったな」


 啜り泣く彼女の頭をそっと撫でる。


 でも、とても嬉しそうだ。


 彼女の表情からそれが良く伝わってくる。


 しばらくその姿に浸っていると、再び心の底で、まとわりつくような得体の知れない不安が首をもたげた。


 息が苦しくなり、無意識に胸に手を当てた。


 またか・・・。


 なんだ、この焦りにも似た感覚は。


 カルマナと心を通わせるほど湧き上がる、この悲しさは。


 何か大切なものを手放してしまったような。


 遠く離れてしまったような・・・。


 ヴァルムレイクの試練を境に生まれた、この心の中にぽっかりと空いたような感覚と関係があるのか・・・?


 思い出せない。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああ。なんでもない。それより準備は整った。早くクルーザスト山脈へ向かおう」


 聖匠の試練とは別に、これは俺にとって解決すべき重要なことなのかも知れない。


 深い呼吸に集中する。


「それじゃ、行こうか!」


 アネットの号令と共に店を出ると、一面降り積もった雪が広がっていた。


 どこに向かっているのか分からない俺の気持ちを表すようにどこまでも続く真っ白い地に少しだけ戸惑いながら、一歩を踏み出したのだったーーー。

ここまで読んで下さりありがとうございます!


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