第59話 もう一度ここから
「ーーーというわけだ」
ロザリアが魔王との戦いで命を落とすこと。
その未来を変えるためにこれまでに四度のループを繰り返して来たこと。
その全てが失敗に終わったこと。
ロザリアのパーティを離れ、一人で宝玉を集めることにした理由。
カルマナとジュリエットとの出会い。
勇者と聖匠、その関係。
二つの試練。
全てを話した。
誰もが息を呑み、その視線が俺に集中している。
「このままただ勇者の巡礼をするだけでは結果は変わらない。魔王を倒すことはできないんだ」
一番ショックを受けていると思われるのは他でもない、ロザリア本人だろう。
呆然と立ち尽くしている。
渦中の中心人物だ。無理もない。
「ハッ! いきなり何を言い出すかと思えば。そんなお伽話を信じろってのか?」
「これは信じる信じないの話ではなく事実だ。だが、それでもお前たちの信頼を裏切る行為を取ったのは愚策だったと思っているし、謝ったところで失ったものは取り戻せないことは分かっている。それでも言わせてくれ」
フリードに対し、深々と頭を下げた。
「お前たちの信頼を踏み躙るようなことをして済まなかった。許してくれとは言わない。だが、魔王討伐のためにお前たちの力を貸して欲しい。俺だけでも、ロザリアだけでもダメなんだ。俺たちが・・・」
フリードの剛腕が俺の服を乱暴に掴み上げる。
「ふざけんなよ。テメェの身勝手な行動でこっちがどれだけ振り回されたか分かってんのか? どれだけロザリアが苦しみ、悲しんだか分かってんのかよ? 大体、テメェが・・・」
すると、ヴィオラが低い声でフリードの話を遮った。
「フリード。ちょっと黙れ」
「なっ?! ヴィオラ、お前どっちの味方だ?!」
ヴィオラは真剣な顔で思考を巡らせているようだった。
「『廻天』。まさか、時を逆行するスキルが存在していたなんて。それはあまりにも人の手に余る力・・・。しかもそれを四回も敢行するなんて信じられない。そんな禁忌を犯して無事で済むはずが・・・」
彼女は何かに気付いたように駆け寄り、乱雑に俺の腕を掴んだ。
「その左半身、まさかっ・・・!?」
「ああ。ループで負った代償だ。酷使すると激痛が走り、今では数分間しか戦えない」
「そんな・・・。あんた、一体どれだけ・・・」
「それでも、今俺はここにいる。まだ戦える。皮肉にも跳ね上がった能力値もあるしな」
いつになく真面目な表情のジュリアン。
「とても嘘をついているようには見えないね。そもそも、カインが本気で僕らを裏切るつもりなら、こうして会おうとしないはずだ。でも、自分の非を認めた上で、許されないことを分かっていて、こうしてここに現れた。強い覚悟を感じたよ」
顔を上げると、ジュリアンは爽やかな笑顔で手を差し伸べていた。
「僕は君を信じるよ。マイハニーが存在しない未来なんてゴメンだからね。それに、魔王を倒したいという思いだって、ここにいる皆んな同じだ。君がいてくれたらこんなに心強いことはないよ」
「なに一人だけいい人ぶってんのよ」
いつの間にか後ろにいたヴィオラがジュリアンの尻を蹴飛ばした。
「いったぁっ?! だから叩かないでくれってお嬢!!」
ふと見下ろすと、か細い小さな手が差し伸べられていた。
「ん」
「・・・ん?」
「ま、真似すんなっ!! 見りゃ分かるでしょバカっ!!」
これでもかと、ずいっと小さな手を押し付けられる。
「すまん、そんなことする奴には見えなかったから」
「あ、謝んなっ!! 虚しくなるでしょ!!」
手を握ると、ヴィオラは顔を真っ赤にしたままそっぽを向いていた。
気のせいか、少し喜んでいるように見える。
するとジュリアンが耳打ちしてきた。
「お嬢、君のこと結構好きなんだよ。稀代の天才少女も案外分かりやすいよね」
ヴィオラの冷たい微笑みが向けられる。
「よく聞こえなかったからもう一度言ってみなさい? 肉団子にしてやるから」
「絶対聞こえてましたよね・・・」
フリードは深いため息をつき、扉に手を触れた。
「お前が俺たちを裏切った事実は変わらねぇ。でも、非難されると分かってここまで来るその心意気は嫌いじゃねぇ。魔王討伐への覚悟も、俺たちやロザリアへの想いも、疑いようもなく本物だった。その潔さに免じて、今回はその想いに乗っかってやるよ」
初めて俺に向けられた清々しい笑顔に、深い安心感を覚えた。
「ああ。ありがとう」
すると、フリードはひらひらと手を振り外へ出て行った。
「さぁ、私たちも行きましょ〜」
カルマナとジュリエットは皆を連れて外へ出ていった。
美しいステンドグラスから差し込む虹色の光にさらされ、長い沈黙が俺とロザリアを包む。
彼女はずっと言葉を探しているようだ。
俺と目を合わせない。
「一番ショックを受けているのはお前だろう。混乱させるようなことを言って悪かった」
「う、ううん。そんなことない」
「とんだ笑い種だよな。お前が殺される未来を変えたい一心で動いてきた俺の判断は、そのすべてが間違っていたんだ。何度やっても結果は同じ。結局、お前を救うことができなかった」
俺は、許されない罪を犯した。
だが、今度こそ。
今度こそ未来を変えられると確信している。
俺とロザリア。
それぞれが本来の役割を全うし本当の意味で協力し会えれば、必ず魔王を倒せる。
そんな思いを込めて、手を差し伸べた。
・・・が、ロザリアは応じなかった。
うつむく彼女の垂れる前髪がその顔を隠す。
僅かに垣間見た彼女の口元は固く結ばれていた。
「私は、その手を握ることはできない」
「そうか・・・。軽々しくお前の気持ちが分かるなどとは言わない。だが、これが魔王を倒す最善の手段であり、おそらく最初にして最後の機会だ。だから・・・」
「違う。違うの・・・。」
ロザリアは力無くその場に頽れた。
まるで何かに怯えるように、その双肩は震えていた。
「私、最低だ・・・。自分のことしか考えていなかった。世界を救うため、魔王を倒すためだと言って勇者としての使命を盾にして。世界を、人々を守るなんて言っておきながら、何よりも大切なあなたの心を守ることができていなかった。あなたの行動の真意を考えもしないで・・・」
「ロザリア・・・」
肩に触れようとした時、拒絶するようにその手を叩かれた。
「あなたのことを一番理解しているはずなのに。理解していなきゃいけないのに。歩み寄ろうともしないで突き放した・・・。あ、あなたはっ・・・。こ、こんなにもっ・・・。わ、わたしをっ・・・。なのにっ・・・」
溢れ出る想いは言葉として紡がれなかった。
だが、その意味は一点の曇りなく全て伝わった。
絞り出したその想いが、どれだけの苦しみから生まれたものなのか、俺には痛いほど分かる。
ロザリアの背負うものは、勇者の使命以上に彼女自身の過去がそれを大きくしている。
愛する母との別れ。
きっともう戻ってこない。
そう自分に言い聞かせ、笑顔を崩さず母の背中を見送ることが、幼いロザリアにとってどれだけの苦痛だったか。
普通の十代の女の子が背負うにはあまりにも重く、とてつもなく長い呪われた運命の鎖。
ロザリアは、自分の抱えるものや弱さを臆さず曝け出してくれた。
あの時の、彼女の晴れやかな笑顔の内に隠された深い悲しみと喪失感は忘れない。
笑顔の裏で感じたであろう不安や恐怖に塗り潰され、今にも壊れてしまいそうなお前を助けたい。
その苦しみを少しでも分かち合い、楽にさせてあげたい。
心からそう思い、誓ったんだ。
そしてそれは、今この瞬間でも変わらない。
俺がお前を守る。
膝をつき、そっととロザリアを抱きしめた。
「俺の方こそ最低の人間だ。たとえ嘘でも、どれだけお前のためを思っていたとしても、あんな言い方をするべきではなかった。お前がどれだけ苦しむか分かっていたのに・・・。お前を裏切るだけでなく、誰よりも思いやりのあるその温かい心を深く、深く傷付けてしまった」
ロザリアは俺の腕の中で身を委ねたまま必死に首を振り、啜り泣いていた。
「違うの・・・。それは私の方。これまでに、あなたが一方的に裏切ったことなんて一度もなかった。ちょっと考えれば理由があることくらい分かったはずなのに、仲間を悪く言われたことで頭がいっぱいになってしまった。それだけじゃない。あなたが単独で巡礼を始めたことを知って、私はあなたを心から疑ってしまった。きっと、勇者の使命を背負う私を侮辱するためだって・・・」
俺の服の裾を思い切り掴むロザリアの両手は震え、歴代最強の勇者と名高いその姿からは想像もできないくらい弱々しい。
「私の方が最低だ。勇者の使命に縛られて、本当に大事なものを見失ってた・・・。仲間のことを気遣うふりをして、自分のことしか考えていなかった。こんなんじゃ世界なんて救えない。魔王を倒すなんて無理だよ・・・」
「違う。お前が仲間を想う気持ちは本物だ。それは誰より俺が一番よく知っている。そうでなければ、あの場で俺を追放するなんて決断はできかったはずだ。俺は、お前ならきっとその判断ができるだろうと思ったからこそ、あの行動に出たんだ。それに、魔王と戦った時、全てが俺の判断ミスによるものだった。それでもお前は率先して先頭に立っていた。お前は何一つ間違っちゃいなかった。お前はお前の信念を貫いたんだ」
目指すものが同じだったにも関わらず、ずっとすれ違っていた。
それは、互いの想いが強いからこそ生まれた歪み。
だが、もう見失ったりしない。
俺は俺の果たすべき使命を見つけたから。
呪われた運命の鎖は、俺たちの代で断ち切らなければならない。
「ロザリア、協力してくれないか。俺は、今度こそ魔王を倒しお前を失ってしまう未来を変えたい。そして、おそらくこの機会は二もう度と来ない。互いに力を合わせて未来を切り拓こう。二人で運命を変えるんだ」
ロザリアの目尻を優しく拭う。
「こんな私を、信じてくれるの・・・?」
「もう自分を責めるのはやめよう。俺だってお前を裏切るようなことをしたんだ。お互い様だ」
初めから、こうしてちゃんと話せば分かってくれたんじゃないのか?
ロザリアは聡明で、身内や知り合いだからといって偏見を持たない強さがある。
・・・今まで何やってたんだ俺は。
自分の不器用さに呆れるばかりだ。
そんなことを考えていたら、急に何度もループしてきたことがバカらしく思えてきた。
「な、なんで笑ってるの?」
「いや、二人とも不器用にも程があると思ってな」
すると、呆気に取られていたロザリアも思わず声を漏らした。
「ぷっ! 本当だね」
ロザリアの手を引きゆっくりと立たせると、真っ直ぐ手を差し伸べた。
「もう一度やり直そう。二人で一緒に」
「うん。私も、もう迷わない」
今まで不明瞭だった未来の形が、くっきりとその輪郭を表した。
彼女の手を握ると同時に掴んだ確信。
長きに渡り淀んでいた心の空にようやく晴れ間が見えたような、そんな気がした。
二人の想いを重ねるように、彼女の手を固く握っていたーーー。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
皆様の応援が、何よりの励みになります!
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ぜひブックマークをお願いします!(広告下の☆をタップで簡単に登録できます)
また、読み進める途中でも構いませんので評価をしていただけると大変嬉しいです!
これからも、どうぞよろしくお願いします!




