第57話 覚悟の欠片
カルマナの申し出により、俺たちはアルフォンスの犠牲になった女性たちの供養するために、あのアストリア大聖堂に訪れていた。
祈りを捧げるカルマナの背中をジュリエットと二人で静かに見守っていた。
「これで彼女たちは解き放たれました」
「ああ。ご苦労様だったな」
俺とジュリエットも彼女に倣い、日も当たらぬ地下で報われることのなかった彼女たちの魂に祈りを捧げた。
朽ち果てた大聖堂を出ると、カルマナはある方向を指差していた。
月明かりが森を照らしている。
暗くて奥が見えない。
「決めた順序と変わってしまいますけど、せっかくここまで足を運んだので行ってみましょうか」
聖匠の試練のことか。
ということは、この先に聖剣の残骸があるということなのか?
「どの道、五本に宿る魂を解放しなきゃいけないからな。行こう」
森の中を進んで行くと、段々と静けさが増していった。
まるで異世界へ近づいていくような、そんな奇妙な静寂が辺りを包み込んでいる。
すると、先頭を歩くカルマナの足がぴたりと止まった。
背中越しに奥へ目をやると、あの鉱山で見たような、かろうじて棒であることが分かるくらいボロボロの折れた剣が佇んでいた。
一筋の月光が、その位置を指し示すように剣の残骸を照らしている。
その背後には、見上げるほど大きな老木が空に向かい伸びていた。
その姿は、まるで小さな剣を包み込んでいるみたいだ。
「これが・・・」
導かれるように剣に手を伸ばす。
残骸に触れた瞬間、辺りが見慣れない風景に変わっていた。
アストリア島・・・だな。
大聖堂もまだ原型を残している。
かなり昔の記憶のようだ。
人々が怯えた表情で空を見上げている。
数多の兵士を引き連れ、長いブロンド髪を靡かせ堂々と先頭を歩く重厚な大剣を携えた一人の女性。
リーダーシップを発揮し、激しい戦果のなか指揮を取るその姿は、まさに勇者そのものだった。
よく見ると、彼女の両手の甲が小さな円を描き、ほのかに輝いていた。
天使の輪のようにも見えるその紋章は、勇者の神々しさや高潔さをはっきりと示している。
情景はすぐに移り変わった。
胸を引き裂かれ、大量の血を流し目を瞑る先の女性が大木にもたれかかっていた。
その傍には、その姿を見守るように大地に刺さる大剣。
『ーーーー!!』
誰かの名前を叫ぶ声が聞こえた。
『ーーーーにしないで』
透き通るようで、消えてしまいそうな儚い声。
何かが叫ぶその声に、心が張り裂けそうになった。
そんな胸を鷲掴みにされたような息苦しさに声を詰まらせていると、一人の男のことを思い出した。
セドリック。
・・・あんたも同じ気持ちだったのだろうか?
俺と離れたくなかったのだろうか?
あの時、セドリックはガラクスタンについていこうとする俺を必死に止めていた。
そんな彼の悲痛に苦しむ顔は、今でもこの胸に深く刻まれている。
それなのに、どうして忘れていたんだ。
離れたくなかった。
ずっとあんたの側に居たかった。
もっと色んなことを教えて欲しかった。
でも、あの時は従うことしかできなかったんだ。
それが、セドリックを守れる唯一の方法だと思ったんだ。
「すまない。セドリック・・・」
勇者らしき女性は大剣に向かい何かを呟いていた。
『私がもっと強ければ、仲間を失うことはなかった・・・。君を一人にすることも・・・』
『全てを守ろうとするのではなく、本当に大切なものを守ることに全力を注ぐ・・・。私には、その覚悟がなかったのだな・・・』
その言葉には、強い後悔の念と寂しさが込められていた。
最後の力を振り絞り剣に触れる勇者。
脈打つように輝いていた手の甲の紋章は、やがて心臓がその鼓動を止めるように、静かにその光をしまい込んだ。
そして、剣に触れていた手はパタリと地についた。
本当に大切なものを守る、覚悟・・・。
気付けば、眠る女性の姿はなくなり、森の鮮やかな緑色が戻っていた。
「あれは・・・」
放心したまま、涙で歪んだボロボロの剣の残骸を見下ろしていた。
すると、残骸は優しい光に包まれ、小さな光の粒子となり天へ昇っていった。
その様子をただ黙って見上げていた。
「お疲れ様です。無事に試練を終えたようですね」
「ずっと、謝りたかった。伝えたかったのに、言葉にすることができなかった。居なくなってからじゃ遅い。もう届けることはできないのに・・・」
「よかった。自分と向き合うことができたんですね」
「向き合う・・・?」
「人って逃げたいことは都合よく忘れたりするじゃないですか。でも、あなたはそれを思い出し、自分の抱いた気持ちを自分で認めることができた。そして受け取った。大切な想いの欠片を」
そう、なのだろうか。
あの光景を見て、俺は願ってしまった。
ありもしない風景を。
セドリックが死なずにいて、俺がその横にいる未来を。
セドリックと別れるべきじゃなかったかもしれないと、ずっと後悔していた。
ずっと、胸に秘めていた感謝の意を伝えたかった。
朽ちかけていた、取るに足りない俺の命を救ってくれたこと。
生きるために必要な様々なことを教えてくれたこと。
でも、彼はもういなくて。
それを伝える術はなくて・・・。
そんな自分を責め続けたことで、いつの間にか忘れていた。
忘れたつもりでいても、心の片隅にはちゃんと残っていた。
逃げていただけなんだ。
だが、そんな潜在意識と向き合う覚悟ができた。
そして、こんな俺を信じてくれる仲間を二度と手放さないという覚悟も。
「その証拠に、ほら」
指差すカルマナの手の下、残骸のあった場所がキラリと光った。
宝石・・・?
クリスタルのように凛と輝く結晶のようなものを拾い上げる。
「もう、なくさないでくださいね」
「ああ」
カルマナの笑顔に少しだけ胸が痛む。
彼女に対して時々抱く不安の正体。
その答えに、この試練を越えた先で辿り着ける気がした。
「少し時間を食ってしまったな。戻ろう」
心の準備ができないまま一つ目の試練を終えた俺たちは、ロックバスティオンに向かい船を漕ぎ出した。
月明かりに照らされたアストリア島を背に、小舟に揺られながら夜空に映る満天の星空を眺める。
「俺たちもいつか、あの星の一つになるのだろうか」
・・・は。
思わず浸ってしまった。
カルマナは必死に笑いを堪えていた。
「カインさんて、意外とロマンチックなこと言うんですねぇ」
くそっ。油断した・・・。
「今のは忘れてくれ」
「残念っ!! たった今、私の脳内聖剣で深くふか〜く刻み込みました♪」
なんだ脳内聖剣て。
こいつ、司教のくせに思考が破壊的なんだよな。
「今日は家に泊まっていってください。お父様とお母様が私たちの帰りを待っていますので」
「やった〜! また美味しいご馳走が食べられますね!」
お前は人様の家で当然のように御相伴に預かろうとするその精神を何とかする方が先だ。
「今度はエレノアにいい報告ができるな」
「はいっ!」
こうして、町に戻った俺たちは踊る足取りでデラクール邸へと向かったのだったーーー。
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