第56話 成長の証
俺とカルマナは目の前の状況に困惑していた。
武装兵がそこらじゅうに横たわっている。
なんと、その中にあのアルフォンスの姿もあったのだ。
「こ、これは一体・・・?」
「全員気を失っているだけだな。急所は見事に避けられている」
倒れる漆黒の翼の面々の真ん中で、ジュリエットはたじろぐライオネルの喉元に聖剣を突きつけていた。
「チェックメイトです。お父様」
「・・・まさかここまで腕を上げていたとは」
せめてもの抵抗を見せ娘を睨みつけていたライオネルの表情は崩れ、観念するように静かに両手を上げた。
「お父様は、本当は私を漆黒の翼に入れたくなかったんですよね」
「何を言い出すかと思えば。私はお前を利用してこいつらと手を組み、裏社会での影響力を広げようとしただけだ」
ジュリエットは真っ直ぐライオネルの目を見つめた。
「いいえ。お父様は私を漆黒の翼に入れることで私を守ろうとした。お金も、私を守り抜くための力もなかったから・・・」
図星を突かれたライオネルの眉間にシワが寄る。
「全部とは言わない。でも、それがどれほど苦しい選択だったのか、今なら分かるんです。どれだけ私を想ってくれていたのかも」
「しかし、私はここでお前の命を断つつもりでいた」
「それは、私をアルフォンスに渡したくなかったから。あの人のように、人を人だと思わない人に渡して壊してしまうくらいなら、せめて親として自分が終止符を打たないといけない。そう思ったからでしょう?」
一瞬、ライオネルは驚いたように目を見開いた。
「全てお見通しというわけか。なるほど。子供とは、かくも成長が早いものなのだな」
今度は彼の鋭い視線がジュリエットを見据えた。
「だが、親にもなったことがない奴が知った風なことを言うな」
「ご、ごめんなさい・・・」
彼は愛娘の頭にポンッと軽く手を置いた。
「お前がそれを語るにはまだ早い」
娘の大きな成長に、ライオネルの表情はとても晴れやかで、嬉しさが滲んでいた。
その言葉にジュリエットは胸を撫で下ろすように両手を結んだ。
「仲直りできたみたいで良かったです」
「カルマナ様!」
駆け寄るジュリエットとカルマナは抱き合い喜びを分かち合っていた。
「この人数を相手に一人も殺さずに収拾をつけるには高い技術が必要だ。見違えたな」
「私はずっと、子供の自分に甘えていたんです。でも、そのままでは駄目なんだと、お師匠様が気付かせてくれたんです」
「乗り越えたのは自分自身の力だ。もっと自分を誇ってやってもいいと思うぞ。自分を認めてあげられるのは他の誰でもない、自分しかいないんだからな」
元々、母親譲りのジュリエットの潜在能力は非常に高い。
しかし、心が未熟だったせいで、その成長にブレーキがかかっていたんだ。
迷いが消え、精神的に大きく成長したことで、彼女の能力向上に拍車がかかったということなのだろう。
精神の状態は戦闘に深い影響を与える。
心の不安定さは自らを窮地に追い込みかねない。
その意味において、これまでの俺の精神はどこまでも不安定なものだった。
終わりの見えない道を進むことですり減らされた心と体。
責任を一人で背負う重圧と孤独感、焦燥感・・・。
カルマナたちと絆を深めても、どこか信じきれない自分がいた。
『廻天』。副作用。ロザリアたちとの決別。
様々な要素が絡み合い、いつの間にか俺の目は曇っていた。
勝てないわけだ。
魔王にも。ロザリアにも。
自分自身にも・・・。
ふと、左腕の紋様を眺める。
この代償も含めて俺は俺だ。
たとえリミットが決められた限定的なものだったとしても、この義肢で戦い抜いてきたことに変わりはないんだ。
副作用を負うことで能力が急増しなければ、五回目の挑戦なんてできなかった。
その前に確実に命を落としていた。
普通なら、こうして未来を変える機会を得られている今があり得ない状態なんだ。
俺にこそ、感謝すべき心が必要なのかもしれない。
ジュリエット。
お前はそれを俺に教えてくれた。
「ありがとう。お前には助けられてばかりだ」
一瞬にしてジュリエットの顔が真っ赤に燃え上がった。
「はぇ?! ど、どうしてそうなるのですか?!」
「素直に伝えたかっただけだ。気にするな」
何はともあれ、無事にライオネルを助けることができて良かった。
ライオネルは訝しげに俺の顔を覗き込んできた。
「お前、どこかで見たような顔だと思ったが、あの冷血の剣童か」
「昔の話だ」
「なるほど。娘が師匠と仰ぐ奴がコロシアムの伝説と呼ばれる剣童ならば、この上達にも納得だ」
それは世間が勝手に言っているだけだがな。
「しかし、私の記憶では剣を使っていたように思ったが」
「何の話だ? 俺の武器は初めから・・・」
ズキン・・・!!
突然、激しい頭痛が俺を襲った。
くっ・・・!?
だが、すぐに痛みは治った。
手には汗が滲んでいる。
くそ。
一体何なんだ・・・。
すると、しばらく訝しんでいたライオネルの口角が上がった。
「ふ・・・。まあいい。私はこいつらの後始末をつけてから戻る」
ライオネルの後ろで倒れるアルフォンスがもぞもぞと動く姿が目に入った。
まずいっ!!
飛び出そうとした時、乾いた音が倉庫内に響き渡った。
ライオネルを庇うようにカルマナが間に立っていた。
地面に一筋の細い煙が上がっている。
聖剣で弾丸の軌道を曲げたのか。
「君は、僕が愛でてあげるんだ・・・。僕が壊してあげなきゃ・・・。美しいその肢体を切断して・・・」
カルマナは軽く剣を振る。
発した小さな衝撃波がアルフォンスの胸の辺りで弾けると、白目を剥きそのままぐったりと倒れた。
「本当にあなたは救いようのない人ですね。大人しく寝ていてください」
ライオネルは、胸ポケットから取り出した古びた懐中時計を、我が子を見つめるような眼差しで大事そうに眺めていた。
そして、何かに決別するように強く握りしめる。
「お前に渡しておくものがある」
ジュリエットのそっと添えられた手に、静かにそれを置いた。
「これは、私の父親が唯一くれたものだ。今思えば、私はこの時計の影響でアンティークに興味を持つようになったのかもしれない。ずっと捨てられずにいた」
「お父様・・・」
「ずっと、辛い思いをさせてしまったことを謝罪する。許してくれとは言わないし、信じてくれなくても構わない。だが、ずっとお前を大切に想ってきたのは本当だ。その証として受け取って欲しい」
「ううん。信じるよ。お父様の気持ち。大切にするね」
ジュリエットは愛おしそうに、優しく時計を包み込んだ。
「温かい。とても・・・」
「裏社会からは足を洗うことにする。どうやら、逞しく成長したお前を見ていたら柄にもなく触発されたようだ。これからは表舞台に立ち堂々と仕事をしよう。いつか、お前に誇れるようにな」
その言葉に、彼女の想いは一筋の涙となってこぼれ落ちた。
「お父様ならきっと大丈夫。だって、私のお父様ですもの」
これで一件落着だな。
本当に、良い笑顔を見せるようになった。
錆びついた扉から差し込む陽の光が、喜びに泣くジュリエットの涙を煌めかせている。
長い間すれ違い、違う方を向いていた親子の絆の糸が一つに合わさる姿を、俺とカルマナは温かい気持ちで見守っていた。
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