第6話 穢れを受ける青銀の器
レオール王の治めるヴァルムレイクには他にはない、火山地帯という地理的特徴がある。
その特殊な地形により、ここら一帯は天然の温泉が湧き出る。
温泉は疲労回復やリラックス効果が高く、世界中から癒しを求めて人々が集まる。
もちろん観光地としても有名だが、湧き出る源泉は勇者の巡礼試練としての側面も併せ持つ。
大昔の噴火による影響で町の地下は洞窟になっている場所も多く、どこも似たような形をしている上に意外と入り組んでいる。
この町のエテルヌス教会の大司教に試練を受ける許可を得た俺たちは、ある場所へと向かっていた。
「この辺はあまり植物が自生していないのですねぇ」
「噴火したマグマが固まり蓄積した溶岩石でできた土地だ。植物にとっては厳しい環境なのかもな」
「道理で逞しそうな肉厚のものしか生えていないわけですね」
「実はヴァルムレイクは天然の温泉でも有名で、専門のジョブスキルを身につけた商人の運営する温泉宿も結構・・・」
・・・しまった。つい余計なことを。
こいつが妙な気を起こしてしまう。
気付いた時には遅く、カルマナは目をキラキラ輝かせていた。
「カインさん! 温泉に入りましょう!」
遅かったか。
女心は秋の空というが、こいつとは無縁のようだ。
こちらとしては気を遣わなくて楽だが、こうも単純すぎると逆に張り合いが・・・。
いや、止めておこう。
ロザリアは少し真面目すぎる節もあるが、典型的な乙女といった感じで、なんていうかあれはあれで少し面倒だった。
しばらく町を歩いていると、妙なことに気が付いた。
人々に覇気がない。
すれ違う人もみな疲れ切っていて、おぼつかない足取りだ。
この町の温泉には副作用があり、こういった人々を見かけることは珍しくはない。
それでも、貧困街のように道端に倒れ込む人もいる所を見ると、かなり状況は悪いようだ。
世界線に関わらず時間の経過と共にあの湖の力が強まっているということなのか?
「皆さん元気がありませんね。どうされたのでしょう?」
「恐らくここの温泉が原因だろう」
「温泉が? 疲れを癒してくれるのが温泉ではないのですか?」
「それはそうなんだが、実はここの温泉に宿る特殊な力が人々の活力を少しづつ奪っていく。そして、それは長い年月をかけてゆっくりと地下空洞を伝い、ある湖へと溜まっていくのだが・・・」
ちょうど目の前に、救いを求め小さな教会の前で行列を作る人々に語りかける司教の姿が目に入った。
「今回のはかなり重いのか?」
「ええ。急にこの町を覆う瘴気が強くなりまして・・・。今朝からずっとこの調子なんです」
不自然だ。
これまで湖の力は緩やかだったはずだ。
毎年のように襲うこの現象は勇者の巡礼時期と重なることが多く、その都度勇者が解決していたため、被害は比較的軽かったとロザリアに聞いたことがある。
実際、前回もその前もここまで酷くなかった。
やはりループの影響か?
とにかく、急ぐ必要がありそうだな。
「あなたはもしかして試練を受けられる勇者様ですか?」
「現代の勇者は誰もが知る絶世の美女だ。・・・お前もあまり無茶はするなよ」
それだけ伝え、俺たちは教会を後にした。
「人々を苦しんでいるのは大司教として見過ごせません! 早く試練を終わらせてしまいましょう!」
「受けるのは俺なんだがな」
「良いではありませんか。どうせすぐ勝ってしまうんですし」
簡単に言ってくれる。
確かに能力値こそ異次元だとは思うが、これまで俺はロザリアが試練を受けるのを横で見ていただけで、自らが経験したわけではない。
そもそも、今から受ける試練は分かりやすく勝ち負けで決まるようなものではない。
特に今回は、正直どのような形で自分にとって難題となり得るのか分からない。
この試練は人によって内容が大きく変わるからだ。
とはいえ、ご覧の通りカルマナは既に頭の中は温泉で一杯だろうし、さっさと終わらせて時間を稼ぐしかないか。
「そういえば聞きそびれていましたけど、試練と言っても具体的には何をすればいいのですか?」
「国によって試練の種類は様々だが、簡単に言うと五大国である王都ドルガリス、ヴァルムレイク、フローレンスバレー、フロストヘイヴン、ロックバスティオンそれぞの国に存在する宝玉を手に入れ、勇者の聖像に祈りを捧げることだ。試練はエテルヌス教監督のもと行われる」
「国の王様が許可を出すわけではないのですねぇ」
「国とエテルヌス教は古くから協力関係にあるが、その歴史的な背景から、こと勇者の試練においてはエテルヌス教が管轄しているんだ。国もそれを認めているし、実際勇者の試練にはエテルヌス教の支援は不可欠だ」
すると、カルマナはゆっくりと首を傾げた。
「私の教会に許可を求めてきた人はいませんでしたよ? はっ・・・! ていうか、勇者様が尋ねてきたことすらなかったような・・・?!」
「国で一番大きな教会や聖堂の司教に許可を得るんだ。あんなところに申し訳なさそうにひっそりと建っている教会をわざわざ試練の拠点にしないだろう」
「酷いですっ! 私だって大司教さまなのに!」
俺に言われてもな・・・。
あと、さりげなく自分で「様」をつけるな。
「試練を終えた勇者は、各国の城に聖像として安置されている歴代勇者の像に祈りを捧げる。これにより、勇者は一族の加護を受けることができ、魔王と戦う準備が整うとされている。その一連の流れから、自然と勇者の試練は巡礼のことも指すんだ」
とはいえ、皮肉にもそんな由緒ある巡礼をこれだけ長い間行なっていながら全く実を結んでいないのが現実だがな。
「勇者さんも大変ですよ。あまりにも重い皆んなの期待を背負うのですから」
カルマナは囁くように呟いた。
その視線は、ここではなく、どこか遠くを見つめているように思えた。
「あれ? でも、そんな大事な試練をどうしてカインさんが受けることができるのですか?」
「聖像の安置された場所には勇者以外立ち入ることができないが、然るべき手順を踏めば宝玉の入手は代理でも敢行できる。宝玉は言わば魔王のいる異空間への扉を開くための鍵に過ぎないからな」
「最終的に宝玉の力を解放した者が扉を開く力を得られるとも言われているようだが、祈りを捧げる聖像は王都の聖堂内にある。だから、実質その権限は試練と祈りを同時に行う勇者にあるようなものなんだ」
ただし、これまでそれを試したことは一度もないし、代理が全ての宝玉を収集して異空間への扉を開いたという前例も聞いたことがない。
そもそも、勇者から離れるという選択を下したのも今回が初めてだ。
果たして俺が宝玉を集め切ることで異空間への扉を開くことが可能なのか、正直分からない。
「なるほど。結局は宝玉だけを持っていても一般人にはその力を引き出すことができないかもしれない、というわけですか。でも、確かに形式上は勇者が集めるのが普通でも、宝玉の用途を考えれば代理が試練を受けても同じですもんね」
代理といっても勇者パーティに属していることが条件。
勇者パーティに加わるには勇者本人の指名が必要で、その数に制限は設けられていない。
仲間を集めた勇者はドルガリス王に申告し、大司教立会のもと石碑にそのメンバーの名が刻まれる。
そして、勇者パーティを抜けるには勇者と本人の承諾が必要であり、一緒に王に申し出なければならない。
そのためパーティを抜けることは容易ではなく、時間もかかる。
現状、俺とロザリアは互いに同意してはいるものの、追放宣言されただけで王に申し出ていない。
故に、形式上俺はまだ勇者パーティに属していることになる。
俺の推測では、勇者パーティの証が生きていれば、恐らく扉を開くことができるはずだ。
「それにしても、随分と試練に関して詳しいのですね。まるですでに経験したことがある人の言葉みたいに説得力があります」
「これでも一応勇者パーティにいたからな。それなりに知識はある」
「ふぅ〜ん。何だか怪しいですね。私の天眼は誤魔化せませんよ?」
てんがん? 何だそれ。
とにかく、ループのことは他人には話せない。
ましてや話したところで信用されるはずもない。
このまま話題を変えなければ。
「つまり、ここヴァルムレイクでは長年温泉に溜まった穢れを浄化することで宝玉が手に入るということ。・・・らしい」
「わかりやすい試練ですね」
「そうだな。試練自体はどれもそこまで複雑なものでもないようだ。過去にワクワクした様子でロザリアが・・・」
我に返り、思わず口に手を当てた自分に驚いた。
何を焦っているんだ俺は。
こいつにロザリアのことを知られたくない?
いや、ロザリアはかなり有名だ。
どこかで名を聞いている可能性の方が高い。
「なるほど分かりました! それでは早速向かいましょう!」
単純なヤツで助かった。
「どこを目指しているか分かっているのか?」
「いいえ? 全然」
そんなことだろうと思った。
「ブルームーンと呼ばれる湖のある場所だ」
「わぁ! なんだか美しい響きの名前ですね!」
「湖は、ヴァルムレイクの地形が生み出した空洞に差し込む月明かりを水面に映す姿からそう呼ばれているらしい」
「それで?! それで?!」
その瞳の煌めき。今日一番のテンションだな。
まったく呑気なヤツだ。
名前とは裏腹に、そんなときめくようなロマンチックな場所ではないというのに。
何せこの試練は大きな覚悟が必要。
生半可な気持ちでは自分を見失うことになる過酷なものだ。
今の俺にこの試練を乗り越えることができるのだろうか。
俺なんかに・・・。
そんな不安に駆られていると、カルマナの温かい微笑みが向けられていた。
「きっと、カインさんなら大丈夫ですね」
まるで俺の心を見透かしたようなタイミングの良さに、不思議と肩の力が抜けていった。
「そうだといいけどな」
改めて覚悟決め顔を上げた先には、溶岩でできた空洞から差し込む光が、まるで俺の想いを受け入れるかのように注いでいた。
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