間話⑤ー友達とセピア色の想いー
※視点が変わりますのでご注意ください
まったく。
あの人は酷いです。
こんなに人を不安にさせておいて、自分はやることがあるからって出会い頭に突っぱねて。
この気持ちを返して欲しいです。
「魔王との決戦間近ですからね。お師匠様にも色々と準備があるのだと思いますよ」
「それはそうですけど〜。付き添うくらいなら邪魔にならないと思いますけどね。『俺について来い!』くらい言えないんでしょうか」
束の間の休息ではありますけど、元気になったカインさんとロックバスティオンの町を見て回れると楽しみにしていたのに。
とても残念です・・・。
「準備は大事」
「エレノアさんが言うとものすごく説得力がありますね」
こういう時のエレノアさんの目力はすごいですね。
過去に裏社会に生きていたと聞いていましたが、これは納得です。
「ほ、ほら! せっかく三人でゆっくりできるのですから、どうせなら満喫しちゃいましょう!」
「ジュリーの言う通りですよ」
ジュリエットさん、気まずい空気を盛り上げようとしてくれて・・・。
あぁ〜・・・。
お二人に気を遣わせてしまうなんて、私も人を導く者としてまだまだ未熟ですね・・・。
って、ダメですよカルマナ! あなたは大司教なのですよ!
もっと前向きにいかないと!
「そうですね! あとで、カインさんにこれでもかってくらい自慢してやります! 行きましょう!」
それから、私たちはロックバスティオンの色々な場所へ訪れたました。
煌びやかな洋服屋に食欲をそそる甘い匂いが漂う甘味処、この国のシンボル『栄光の回廊』。
どれも初めての経験だったのでとても新鮮です。
「友達と遊ぶというのはこんなに楽しいものなのですね〜♪」
・・・あら?
お二人の様子がおかしいですね。
「カ、カルマナ様。今、友達って・・・」
はっ?!
私ったらつい舞い上がって!
「ち、違いました! 私たちは魔王討伐を目的とした仲間であって友達とかそういう感じではないですよね!」
すると、ジュリエットさんはブンブンと首を振りました。
「そんな。すごく嬉しいです。勝手に友達だと思っていたのは私の方だと思っていましたから」
「私の方こそ。私、興味のある方にはつい積極的になってしまうんです。だから、もしかしたら迷惑かなって・・・」
「迷惑だなんて思ったことはありません。私は自分からいける性格ではないので、気さくに話してくれるカルマナ様に感謝したいくらいなんですよ」
ほっ。私だけじゃなかったんですね。
良かったぁ。
一方通行は寂しいですから・・・。
「良かったですねジュリー」
「はいっお母様!」
それにしても、このお二人が並ぶと絵になりますねぇ。
さすが親子。
ジュリエットさんの少し恥ずかしそうに笑う様子はとても温かくて、薔薇のように気品があります。
エレノアさんも思わず見入ってしまう大人の美しさがあります。
まあ、私も負けてませんけどねっ!
「この後はどうしましょう? まだまだ時間はありますよ」
「そうですねぇ。これといってやりたいことは・・・」
ほんの一瞬、あの人の戦う姿が脳裏に浮かんだ。
剣で魔物を斬り裂く姿。
子供ながらに圧倒的な存在感を放つ少年。
「あの、よろしければコロシアムに行きませんか? 実際の決闘がどのようなものか見てみたいです」
「いいですね! 人の戦い方を見るのは参考になりますし!」
ジュリエットさんは目を輝かせて大きく頷きました。
何だかワクワクしているように見えます。
ふふ。ちょっと意外ですね。
「アマチュアの戦いを見ても特に得られるものはないでしょうが、催し物としては面白いでしょう」
皆が命懸けで挑むコロシアムを催し物って・・・。
エレノアさんは底が知れません。
「決まりです! 早速向かいましょう!」
カインさんにコロシアムの話を聞いた時、なんだかとても身近なものに感じたんですよね。
あの時は、人の命が弄ばれている現実をさも当然のように話すカインさんがあまりにも切なくて、つい怒りをぶつけてしまいました。
けれど、同じく心地良さも感じたのも確か。
私は決して独りぼっちじゃないんだって思えるような、そんな安心感。
過去に似たようなお話を聞いたことがあったのでしょうか。
う〜ん・・・。
記憶が曖昧で、なんだかモヤモヤしますね。
そんなことを考えていたら、ものすごい雄叫びと口笛が聞こえてきました。
いつの間にかコロシアムに着いてしまっていたようです。
「さあ、中へ入りましょう」
勢いで来てしまいましたけど、いざ目の前にするとやっぱり気が引けますね。
「大丈夫ですよ。今日は奴隷のバトルはありませんから」
「どうして分かったのですか?! まさか、お主まで読心術の使い手だったか!」
「お主?」
カインさんといいジュリエットさんといい、どうしてこうも容易く人の心を読めるのでしょうか?
大司教であるこの私の心を読むなんてそう簡単ではないはず。
世界で一、二を争うミステリーです。
「カルマナ様は司教様ですから、そういうのを気になさると思って。バトルは毎日のように開催されていますが、奴隷の戦う日は限られていますから、そこに関しては安心ですよ」
毎日・・・。
この国の民は一体どれだけ戦いが好きなんですか。
「それにしてもすごい歓声ですねぇ」
「今日SS級のバトルがあるみたいで、ちょうど今から目玉の戦いが始まるみたいです」
ジュリエットさんの指差す方に視線を送ると、そこには『SSクラス(最上級)』と書かれた掲示板を見つけた。
「せっかくですのでこれを見に行きましょう!」
ジュリエットさんは返事をする前に受付まで走って行ってしまいました。
ワクワクした気持ちが伝わってきます。
まさかジュリエットさんがコロシアム好きだったとは驚きです。
「お待たせしました! 三人分の席を取れましたので早速観覧席に移動しましょう!」
ジュリエットさんに手を引かれ大歓声が聞こえる観覧席へ上ると、見渡す限りに広がる熱狂的な観客に圧倒されました。
ちょうど戦いが終わったようで、観客たちの拍手喝采が闘技場内に響き渡っています。
ふと闘技場の方を見下ろした時、再び脳裏に少年の戦う姿がよぎった。
セピア色の景色の中で、今度は大勢の魔物と戦っている。
劣勢のはずなのに涼しい顔。
鋭い目つきで輝く聖剣を構える幼きカインさん。
勇敢にも正面から飛び込んだカインさんは、目にも止まらぬ速さで魔物たちを次々と斬り倒していく。
うんうん。私の剣を使っているのですから当然です。
私ってすごいんですよ。
カインさんにはもっと敬ってもらわないといけないですね。
「ーーーー様」
それにしても少年のカインさんも可愛らしいですねぇ。
幼いけれど面影があります。
ちょっとツンツンした目つきとか特に。
「カルマナ様?」
はっ・・・。
「大丈夫ですか? ぼーっとされていましたけど」
「い、いえ。ちょっと暑いな〜って」
「気温もですけど、ほとんど観客の熱気でしょうね。何せこの人と盛り上がりですから」
「負けていられませんね。この熱気を吹き飛ばすくらい私たちも気合を入れて応援しましょう!」
臨場感溢れる闘いにのめり込み、結局三回も観戦してしまいました。
こんなに大きな声を出したことありませんでしたが、案外スッキリするものなのですね。
結果の見えない緊張感もハラハラします。
なるほど。人々が熱狂的になるのも頷けますね。
「どのバトルも凄かったですねぇ。見ているこっちが白熱しちゃいましたよ」
「やはり最上級ともなると圧巻ですね。勉強になります」
私とジュリエットさんが興奮気味に話していると、エレノアさんがさらっと呟いた。
「全員、いくつか選択ミスや詰めが甘い部分もあり、総じて課題の多い闘いでしたが・・・。まあ、及第点ですね」
エレノアさんは戦闘のこととなると評価が厳しいのですねぇ・・・。
と思っていたら、彼女の厳しい表情が一変して蕩けるような表情を浮かべ、頬に手を当てた。
「ジュリーならもっと優雅に、華麗に勝ち星をあげられたと思います」
愛娘には激甘・・・。
「そ、そんなことありません。私なんかよりお師匠様の方が全然凄いです」
「『冷血の剣童』の彼ね」
「マーシレス?」
「彼のコロシアムでの二つ名です」
冷血の剣童?
何ですかその無性に心を躍らせるネーミングは。
「もしかして、お母様はお師匠様とお知り合いだったのですか?」
「いいえ。一度見たことがあるだけです。当時、コロシアムの常連の暗殺依頼を受けたことがありまして、その時に」
「え?! 一般人ですか?!」
「いえ、ターゲットはSS級の闘士でした。もちろん一般人がターゲットになることもありましたが」
思い出に浸るようにうっとりした表情で虚を見つめるエレノアさん。
「齢12歳にして総優勝数192回を達成した史上最年少記録の持ち主が彼です。この早さは無敗でなければ達成できない記録です。素晴らしいですね。彼だけが、本当の戦いというものを理解している」
改めて聞くと、カインさんの異次元っぷりがよく分かりますね・・・。
「打ち立てた偉業の凄さに言葉が出てきません。さ、さすがお師匠様」
「家に来られた時はかなり衰弱していた上に義肢でしたから、気付くのが遅くなってしまいました。しかし、そんな天才的な彼をあそこまで手負わせたのは誰でしょうか? そちらも非常に気になります」
うっとりしていたエレノアさんは恋する乙女のように頬を赤くしました。
ま、まさかエレノアさん、カインさんに恋を?!
ダメですよ! カインさんには私という運命共同体がいるんですから!
「あぁ・・・。いつか手合わせしてみたいものですね。互いの命を賭けて。孤高の天才剣士をこの手で打ち取るなんて、考えただけでも心が満たされます」
・・・・・。
私が想像していたものとは全然方向が違いました。
色々と、エレノアさんとは住む世界が違いすぎますね。
「お母様は長い間裏社会で生きてきた人ですから、命や戦いに対する価値観が他人とかなりズレているんです」
「はい・・・。今回で身に染みました」
「お父様もお父様でしたし、そういうのが嫌で家を出たのもあるんですよね」
すると、エレノアさんは急にオロオロし始めた。
「そんな悲しいこと言わないでジュリー。私たちは貴方を心から愛しているのですよ」
「そ、それはもう分かりましたけどっ。時々お母様は突拍子もないこと言うので、ちょっと怖いんです」
「あなたが家を飛び出して行って、私はどれだけ心配したか・・・」
エレノアさんは急に泣き始めました。
涙に震える細いなで肩が、一層同情を誘う。
さすがに可哀想に思えますね。
「大丈夫ですよ。エレノアさんの愛はジュリエットさんにちゃんと伝わっています。こうして一緒に過ごす時間を楽しんでいるのですから」
すると、エレノアさんの眼に光が戻ってきました。
「あなたは・・・女神様?」
「女神ではありません! 大司教さまです!」
「カルマナ様の中では神様より司教様の方が位が高いのですね・・・」
このお二人の関係を見ていると、何だか羨ましく思えちゃいますね。
私もカインさんにもっと頼りにされたい。
そんなことを願ってしまいます。
「暗くなってきましたし、そろそろ家へ戻りましょう。今晩は家でご馳走を用意してますので」
「それは楽しみですね!」
「戻ったら、ジュリーに渡すものがあります」
エレノアさんはジュリエットさんの腰の双剣をずっと指差しています。
「お母様?」
「良い暗殺者は己の武器をも自身の一部にします。そのような量産品ではなく、しっかりとした、手に馴染む物をお使いなさい。私には扱いきれなかった代物ではありますが、性能と価値は保証します。ジュリーにピッタリのはずです」
そういえば、カインさんもそのようなことを仰っていましたね。
やはり一流には一流の物を、と。
ともあれ、ジュリエットさんの安全を心から願う、エレノアさんなりに精一杯愛を込めた気配りなのでしょう。
「私のジョブはアサシンでも暗黒騎士でもないですけどね」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃ・・・」
頬を膨らませるジュリエットさんに、エレノアさんはまた泣き始めてしまいました。
ジュリエットさんも、お母様には強く当たるのですねぇ。
・・・手に馴染むもの、か。
ふと目を閉じると、あの時の情景が広がっていた。
切り立つ崖の上に発展した城塞都市と、どこまでも広がる開放的な青い海。
色褪せた景色の中で、浅瀬に立ち崖の上を見上げている。
燦々と輝く陽を浴びてもちっとも温かくならない喪失感と、悲しむ心に染み渡るような潮の香り。
この風景を、私は覚えている。
まとわりつくように重く、冷たくのしかかる深い悲しみ。
拒絶された疎外感。
大切なものを失った喪失感。
突き放された、孤独感・・・。
・・・あれ?
我に返ると、細い綺麗な手が私の手を包んでいた。
温かい。とても・・・。
「帰りましょう。カルマナ様」
気品に満ちた笑顔を見せるジュリエットさんが目の前にいた。
無意識に、ぽろっと呟いた。
「ジュリエットさんだ」
「もう、当たり前じゃないですか。どうしちゃったんですか? さっきから様子が変ですよ?」
「い、いえ何でもありません」
この不安は何だろう。
皆んな私のもとから離れていくような。
また、独りぼっちになってしまうような・・・。
「ジュリエットさんは、どこにも行きませんか?」
「え・・・?」
「私を側に置いてくれますか? ・・・私を、必要としてくれますか?」
気付けば涙が頬を伝っていた。
「あ、れ・・・? 私、どうして・・・」
自分でも何を言っているのか分かりません。
本当に、どうしちゃったんだろう。
ふわりと薔薇の香りを感じた時、ジュリエットさんの腕に包まれていた。
「カルマナ様は私の大切な友達です。友達を放っていくわけないじゃないですか」
薔薇の香りに包まれながら、涙がとめどなく溢れ出す。
「どうしようもなく不安なんです。みんなが、私の元から去って行ってしまう気がして」
「私は去りません。絶対にカルマナ様を一人にしません。・・・この手は、絶対に離しません」
ああ・・・。
どうか今だけは、この温もりに身を預けることをお許しください。
もう、独りぼっちはたくさんです。
離れ離れになりたくないんです。
カインさん・・・。
色々な感情が混ざり合う中、しばらくの間ジュリエットさんに身を委ねていた。
己の使命から解放されたこの一瞬の安らぎに。束の間の心の自由を噛み締めながらーーー。
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