第5話 大司教様は欲望に忠実
「さて、どこのお店で売りましょうか」
今、なんて言った?
「これはきっと高く売れますよ〜。そうしたら美味しいものをたくさん食べられますねぇ」
カルマナは、まるで悪徳商売している商人のような顔で勝手に妄想して涎を垂らしている。
「大司教様とは思えん発想だな。というか、それなら何のためにあんな地下深くまで足を運んだんだ」
「あなたの実力を測りたかったのですよ。ほら、いくら私が必要でも肝心のあなたが弱かったら私と釣り合いませんから」
置いてけぼりにされて泣きじゃくっていたヤツの台詞とは思えないな。
よく見ればわりと綺麗だし、自然にできたものとしては形もいい。
確かに、売ればそれなりの値段にはなるかもしれない。
それくらい美しいのは間違いないのだが、こいつの言うことを素直に聞くのはあまりに馬鹿げている。
こいつの意図が全く読めない。
「それはそうと、自分のものにしたいとは思わないんだな。てっきり駄々こねてせがんでくると思っていたんだが」
「しつれいな。私は司教ですよ? 自分の欲望はしっかりコントロールしてるんです」
コントロールしている奴が売ろうとするか。
「真面目な話、『天使の加護』を手に入れたらなんか安心しちゃたんですよねぇ。糸がプツンと切れたような」
世間ではそれを所有欲という。
とはいえ、どうしてこいつは『天使の加護』の存在を知っていたんだ?
何度もループしている俺でも鉱山にあんな洞窟があったとは知りもしなかった。
こいつには何か特別な力があるのだろうか。
「おう兄ちゃんよぉ。ちと待ってくれや」
太いガラガラ声に後ろを振り向くと、見上げるほどの巨漢がこちらを見下ろしていた。
おまけに横にもでかい。
背中で怪しい光を放つ大斧と毛皮の服が野蛮さを強調している。
後ろでは、お約束のように手下らしき剣士と弓使いの男が付き従いニヤニヤしている。
そういえば、そろそろ出会うタイミングだったな。
カッツォ・・・だったか。
この辺を縄張りにしている山賊だ。
今までは、すれ違いざまに肩がぶつかって因縁をつけられるというお決まりの展開で接点を持っていた。
明らかにこいつの悪意によるものなんだが、大抵、説得するロザリアにヘコヘコ頭を下げることで解決していた。
この一連の出来事が嫌でループするごとに経路を変えていたのだが、不思議と必ず遭遇していた。
そして案の定、今回も。
それにしてもこの男、ロザリアがいないと随分態度が違うんだな。
「何の用だ。俺たちはお前に構っている暇なんてないんだが」
「兄ちゃんの手に持ってるそのネックレス。そいつを俺たちによこしな。そうすれば命だけは助けてやるぜ」
やれやれ。
何を言うかと思えばそんなことか。
「ほう? このカッツォ様率いる『禿鷹団』を前にして笑ったやつは初めてだ」
「いいネーミングセンスだな。大事にしろよ」
巨漢の横を抜けようと歩き出した瞬間、鉛のような巨掌に肩を掴まれた。
「この俺様を素通りたぁいい度胸じゃねえか」
カッツォが壁を叩くと、大きな亀裂が入った。
どうやら相当お怒りのようだ。
「こうして会話してやっただろ。不満か?」
「てめぇ」
ふぅ・・・。
いちいち付き合ってられん。
こっちは雑魚どもを相手にしている時間はないんだ。
「いいから止まれやぁ!」
「ア、アニキ!?」
・・・。
・・・・・・。
・・・まだギャーギャー聞こえるな。
結構歩いたはずなんだが。
これだから脳筋ってのは声がでかくて困る。
「あ、あのカインさんっ」
「どうした?」
息を切らせ横を歩くカルマナの表情がどこか変だ。
困ったように後ろを見ている。
視線を追うと、カッツォが俺の肩を掴んだまま引き摺られていた。
すぐに立ち止まり、その手を払う。
「おい。離れろ。俺にそんな趣味はない」
「てめぇが馬鹿力なんだろうが!!」
この品のない声を聞いていると気分が悪くなるな。
「そんな非力で気付くわけないだろ。子猫の方がまだマシだ」
「この野郎! もう許さねぇ! ぶっ殺してやる!!」
背中の大斧を掴み、軽々と一回転させ振り下ろす。
遠心力をつけ威力の向上を図った一撃。
ふむ。
眠くなるな。
箸でつまむように斧の先端を二本の指で挟む。
「どうした。もっと力を込めないと当たらないぞ」
「う、嘘だろ!? 熊を一撃で両断する技だぞ!」
「そんなペットと比べられても嬉しくないな」
しかも技というほど大層なものでもない。
それに、例えるならドラゴンとかキマイラとかいるだろ。
もっとそれなりのヤツが。
「ア、アニキ! そいつの腕! 脚も!!」
「あん? それが一体何だってんだ」
カッツォは足元から頭まで俺の体をじっくり調べるように凝視すると、全身から一気に汗が吹き出した。
「そ、その体・・・」
「お察しの通り、左腕と左脚を失っている」
見やすいように髪をかき上げる。
「ついでに左目も使い物にならない」
カッツォの顔がみるみる青ざめていく。
「す、すみませんでしたぁーーー!!!」
高くジャンプしたと思ったら、空中で体勢を整えながら膝を曲げ、そのまま地面に顔を擦り付けた。
激しい振動と一緒に砂埃が舞い上がる。
物凄い風圧だ。
これほど熱の籠った土下座は初めて見た。
「この通りです!! ご無礼をどうかお許しください!!」
汗や涙やらで顔がぐちゃぐちゃだ。
穴という穴から液を垂れ流している。
そんな姿を見ていたら、怒りがスッと消えていった。
戦意を喪失してすっかり小さくなったカッツォの前に天使の加護を放る。
「そんなに欲しいならやるよ」
「めめめ滅相もございません! さっきの虚言はどうか忘れてくだせぇ!!」
「気にするな。元々必要なものでもないからな」
「お、おい兄ちゃん・・・。本当にいいのか? 俺だって分かるぜ。これがどれだけの代物かってことくらい」
彼は慌てて両手で受け取ったものの、その目には驚愕と戸惑いが混じっていた。
金目のモノ目当てで接触してきたことも考えると、それなりに説得力はある。
「知ってるのか?」
「こんなに綺麗なモンただの装飾品じゃねえことくらい一目で分かるし、噂で聞いた形状とほぼ一致しているんだ。間違いなく本物さ。持つだけで命を繋げるとか、力を引き出すとか、そんな伝説じみた話まで聞いたことがある。正直、手にしたらロクなことにならねえ気もするが・・・」
煮え切らない態度だな。
こいつが要らないというのなら、本当にアクセサリー屋で売ってしまった方がマシかもしれないな。
「なら持たなきゃいいだろう。いらないなら返せ」
「そ、そういうわけにはいかねえ! けど、本当にあんたはそれでいいのか?」
「必要ないと言っただろう。俺には他に優先すべきものがある」
「・・・そうかい。だったらありがたく受け取らせてもらうぜ」
カッツォはそっと天使の加護を懐に仕舞い込み、深々と頭を下げた。
「じゃあな。もう絡んでくるなよ」
「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!!」
カルマナの言う慈善活動とやらにもなるしちょうどいい。
すると、彼女は納得のいかない様子で腕を組んでいた。
「あれは私が頂戴しようと思ってたのに残念です」
まさかの一言。
「大司教様ならもっと寛大になれよ。弱者に対する施しはお前たちの専売特許だろ」
「だって〜。すごく綺麗なので密かに気に入っていたんですよね」
全然隠しきれてなかったけどな。
というか、売るとか何とか言ってなかったか?
「ヴァルムレイクに着いたら美味いもんでも食おう。それでいいだろ?」
「私のこと、物で釣れる安い女だと思ってません?」
「違うのか?」
「違いますよ! 私は大司教! そんな煩悩に塗れたはしたない女じゃありませんっ」
かなりピントがズレた自己評価だ。
「まあ、でも? カインさんがせっかくそう言ってくれているのですし? 無碍にするのも可哀想ですからお言葉には甘えさせてもらいますけどね」
すごい角度でものを言うな。
「まあいい。ならこのままヴァルムレイクへ行くぞ」
「えぇ?! 泊まって行かないんですか?」
「時間がないと言っているだろ。ロザリアたちに追いつかれるわけにはいかない」
「そんなぁ。高級宿を期待してたのにぃ」
本当にこいつを連れてきて良かったのだろうか・・・。
土下座したまま何度も頭を下げる『禿鷹団』の三人に見送られ、俺たちはウルフスタンを後にした。
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