第39話 勇者さまの真意
町へ戻ると、大通りは行き交う人々でいっぱいだった。
相変わらずこの町は人が多い。
溢れかえる人混みの中、薔薇のような香りがふわりと鼻を撫でた。
無意識にどこか懐かしい匂いの行方を追っていると、両手に大量の食べ物が入った紙袋を抱える一人の女性が目の前を横切った。
幸せそうに口に何か咥えている。
それにしても美しいブロンド髪だ。
そう、まるで・・・。
女性もこちらの気配に気付き、こちらを見つめてきた。
夕日のように赤い瞳とばっちり目があう。
「ふぁ、ふぁいん?!」
なんと、ロザリア本人だった。
口に含んでいたものを急いで飲み込み、激しく胸を叩いている。
「ど、どうしてカインがいるの?!」
「それはこっちのセリフだ。ここの試練も終えたんだろ。その足でドルガリスへ戻ったんじゃないのか?」
「え、え〜と。それは〜・・・」
その腕に抱える紙袋を見れば大体想像がつく。
「買い食いか」
「違うよ食べ歩き!」
違いがわからん・・・。
「お前は昔からグルメだったからな。ロックバスティオンには珍しい食材も多いから、食通のお前にとっては楽しめる町かもな」
「べ、別にそんなんじゃっ・・・!」
ロザリアは顔を真っ赤にして紙袋を後ろに隠した。
やれやれ。
「大方、俺を待ってたとか探していたとか、そんな所だろ」
「・・・どうして分かったの?」
「俺は元勇者パーティであり、お前の元護衛役だ。お前の考えていることくらい大体分かるさ」
「それだけ? ・・・他にないの?」
ロザリアは期待するような顔で覗き込んできた。
「・・・恋人でもある」
そう呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「そこには元をつけないんだ」
「俺にとって、お前が愛する人だということは一生変わらない。変えるつもりもない」
すると、ロザリアの顔が熟れたリンゴのように真っ赤に染まった。
「言わせたのはお前だぞ」
「う、うるさいなもう!」
言うが早いか、ロザリアは俺の手を取り走り出した。
「お、おい! どこへ行く気だ?」
「夕飯まだ食べていないの! ちょっとくらい時間あるよね! 付き合ってよ!」
どうやら今食べていたものとその荷物はカウントされないらしい。
そんな疑問が吹き飛ぶほど早く連れ出される。
「だから力強いって! 病み上がりだぞ?!」
「あははっ! これくらいで根をあげる人じゃないでしょ!」
強く握る手から嬉しさが伝わってくる。
俺は、彼女の気持ちを裏切った。
さっき伝えたことも、彼女の態度を確認するつもりもなければ、返事をさせるつもりもなかった。
この想いは、俺が勝手に抱いているだけのものだから。
だが、彼女に対する後ろめたさを感じながらも、悪い気はしなかった。
そんなことを考えていたら、いつの間にか大きなレストランの中にいた。
木造の店内は温かみがあり、酔っ払いや大きな声で談笑する冒険者でいっぱいだ。
レストランというより飲み屋だな。
たくさんの笑い声がそこかしこで響いている。
そんな中、ロザリアは俺の手を引いたまま受付へ直行した。
「これは勇者ロザリア様! ようこそおいでくださいました!」
受付は慌てて身なりを整える。
「ここより落ち着けるテーブルはあります?」
「それでしたら最上階へご案内いたします。別料金がかかってしまいますが、よろしいでしょうか?」
ロザリアは俺を見て微笑んだ。
「大丈夫です!」
やれやれ。
最上階は屋外となっており、オープンスペースにいくつか丸いテーブルが並べられていて、俺たちを除いて人の姿はなかった。
やや暗めの照明が落ち着いた雰囲気を演出し、ゆったりした音楽が心をリラックスさせる。
眼下には賑わう大通りを行き交う人々と、それを優しく照らす町の明かり。
下の階とは雰囲気が随分違う。
なるほど。別料金を取るのも頷けるな。
「わぁ! いい眺めだね!」
角のテーブルに腰掛け、目をキラキラさせて町を見下ろすロザリア。
「さて。俺を待ち伏せしていた理由を聞かせてもらおうか」
「ちょっと待って。すみませ〜ん」
ロザリアは控えていたウェイターを呼び、何やらメニューの端から端まで指でなぞって見せている。
料理について聞いているようには見えない。
こいつまさか・・・。
ウェイターは少し引いた笑顔で去っていった。
「全部頼んだのか?」
「どれも美味しそうだったからつい♪」
ロザリアが大食いということをすっかり忘れていた。
いや、町で出くわした時に思い出すべきだった。
「フリードたちと帰ったんじゃないのか?」
「もう・・・。そんなに私と話したくないの?」
「わからないな。一方的に関係を切った身だぞ」
ロザリアの恥ずかしそうな表情が、次第に寂しさを帯びていく。
「ずっとね、考えてたんだ。どうしてカインが私にあんなことを言ったのか。仲間を蔑むようなことを言ってまで私を切り離そうとしたのか」
町行く人々を見下ろすロザリアの視線には、儚い切なさが滲み出ている。
「それは伝えたはずだ。お前たちでは魔王を討伐できない。魔王は、ぬるま湯に浸かりながら勝てるほど生優しい相手じゃないんだ」
「それは分かってるつもりだよ。相手は数千年にわたり人々の脅威として君臨している邪悪な存在。簡単にはいかないって。でも、それなら尚更力を合わせたほうがいいんじゃないの? カインの強さは私が誰よりも知っているもの」
しばらくの沈黙の後、彼女は自分に言い聞かせるように言葉を溢した。
「偽勇者のことを知らされて、どうしてかすぐにカインのことが頭をよぎったの。それはすぐに確信に変わって、自分が捕まえなきゃって思った。一騎打ちしてでもあなたを止めて、真意を確かめようと思った」
すると、急に眉間にシワを寄せ疑いの目を向けてきた。
「決闘の時、本気じゃなかったよね?」
「バカ言え。本気でやっていなかったら今頃こうして呑気にお前と話せていない」
「いいえ、絶対本気じゃなかった! だって、もしカインが本気出していたら、きっとスキルになんて頼ってなかったもん」
両手を組みそっぽを向くロザリア。
「お前の前で闇雲にスキルを披露するのはただの自殺行為だ。だからと言って、スキルなしで相手をするのはさらに死期を早める。戦略的に使うべき場所を絞っていただけだ。限られたスキルで立ち回らなければならないこちらの身にもなってくれ」
「カインの強さはスキルや技なんてそんな上辺のものじゃないよ。なんて言うのかな。もっと根本的な部分が他人とは次元が違うのよ。それに、私の剣技はあなたに教わったものが土台になっているのよ? 少なくとも、私は実力であなたを超えたとは思ってない」
ロザリアの悲しそうに向けられた視線に良心が痛む。
このまま嘘つくのもなんだか気が引けるな。
「ふぅ・・・。実を言うと、左半身が全く使い物にならない状態だったんだ。そのせいで魔力が枯渇していた」
悲しげなロザリアの顔が一気に明るくなった。
「ほらやっぱり!! 全然万全の状態じゃなかったんだ!」
「喜ぶところなのか・・・?」
「だって、パートナーが強いと安心できるじゃない?」
まぁ、それはそうかもしれんが。
気付けば、彼女の頬に一筋の涙が伝っていた。
「お、おい。今度はどうしたんだ」
「なんでかな・・・。その体を見ていると、とても悲しい気持ちになるの。まるで自分のことのように。締め付けられるように胸が痛くて切ない・・・。代われるなら代わりたいって、なぜかそう思うの」
もちろん無意識だったとは思うが、本能的にループを繰り返し重ねる時間の澱みを感じ取ったのだろうか。
ロザリアは慌ただしく頬を拭った。
「ごめんねっ。なんだろ。どうしてかその義肢が私を惹きつけてやまないんだ。いつも見ていたはずなのにね」
「ロザリア・・・」
ロザリアは真っ直ぐに俺を見つめた。
「私たちから離れたのは何か理由があるんでしょ? わざわざ私を怒らせるように敢えてフリードたちを挑発したんでしょ?」
その言葉が、嘘を重ねる度に疼く痛みが、俺の心をさらに深く傷つける。
だが同時に、ロザリアに対する絶対の信頼を再確認できた。
そんなお前だから、どうしても未来を変えたいんだ。
こうして話していると、つい全てを話してしまいたくなる。
お前の優しさに甘えてしまいそうになる。
だからこそ・・・。
「理解していないようならもう一度言う。俺が離れたのはお前のパーティが弱いからだ。人は皆、弱いからこそ群れをなすのは理解できる。だがその結果、現在に至るまで何も変わっていない。惰性で続くこの現状がどうしても受け入れられなかった。だから、お前たちのごっこ遊びに付き合うのにうんざりしたんだ」
曇りない真剣な眼差しを向けるロザリア。
「それ、嘘だよね」
責めるような表情でも声でもない。
怒っているわけでもない。
ただ真実を悟ったような目。
「これまでの会話で十分。あなたは私の知っているカインだ。自分の境遇よりも人を思いやることができる、優しいカインだよ。だからこそ、あなたの取る行動がどうしても腑に落ちないの。齟齬を感じずにはいられないの」
「だから、言っているだろう。俺は・・・」
崩れてしまわないように口を固く結び、今にも押し潰されてしまいそうなほどの悲しみを精一杯堪え、俺を憂う眼差しを向けるロザリア。
「分からない。どうしてか分からないけど、今のあなたを見ていると胸が張り裂けそうになるの。深い悲しみに支配されてしまいそうになるの・・・。お願い。お願いだから、本当のことを教えてよ・・・」
真紅の瞳を滲ませるそのあまりにも切ない表情に、つい言葉が漏れた。
「・・・お前を守るためだ。お前を守るために、俺は魔王を倒したいんだ。何を犠牲にしてでも」
「カイン・・・」
「お前たちよりも早く宝玉を集めれば、俺が異空間への扉を開ける。そうすれば、お前やあいつらが傷つくこともないだろうって、そう思ったんだ」
「だったらわざわざ離れなくても一緒に・・・」
「ああ。だから、正直お前たちと共闘できることになって内心ほっとしていたんだ。まったく、我ながら無計画だったと、今では反省している」
赤い瞳が、ただ真っ直ぐに俺を捉えて離さない。
「・・・・・・」
静寂に包まれる中、ピリピリした雰囲気を纏っていたロザリアの表情がようやく柔らかくなり、力の入っていた肩がスッと降りた。
「も〜。やることが極端すぎるのよ〜」
ロザリアは椅子の背もたれに思い切り寄りかかり、深く息を吐いた。
緊張感に包まれた空気が晴れていく。
「悪いな。言葉にするのは苦手なんだ」
「分かってるよ。だからこうして無理矢理にでも言わせる状況を作ったんじゃない」
この町に残ったのはそういう理由か。
「さすがだな」
「当たり前だよ。これでも誰よりもあなたのことを理解してるつもりだもん」
本当のことを言えば、ロザリアは信じてくれるし、自分の運命を受け入れるだろう。
だが、たとえお前がそれを受け入れたとしても、俺がそれを許さない。
ロザリア。
お前の人生はこんなところで終わっていいはずがないんだ。
これが今の俺にできる精一杯。
だから、今はこれで許してほしい。
いつか、全てを笑って話せるその日まで。
「カインのやったことは褒められたものじゃないけど・・・。それでも確信したことがあるんだ」
「なんだ?」
「何が起きてもあなたは私の恋人なんだってこと。私たちの関係はずっと変わらないってこと」
・・・よくもまあ本人の前で堂々と言えるな。
まぁ、そういうところに惹かれたというのが大きいのだが。
「感情ってのは不安定だ。お互い気持ちが変わるかもしれないだろ」
「私の気持ちは死ぬまで変わらないよ。ううん、何回生まれ変わってもカインを好きになるよ。これはもう百年くらい先まで決まってます」
「凄まじい事実が発覚したな」
「なに人事みたいに言ってるの。当然、あなたの気持ちも織り込み済みですからね。残念ながら拒否権はありません」
そうやって、お前はいつでも俺を連れ出してくれる。
惜しみなく与えてくれる。
そんなお前だから、安心して身を委ねることができるんだ。
「お前の壮大な未来に組み込んでもらえるなんて最高だ。拒否するくらいなら死を選ぶさ」
ロザリアの真っ赤な顔から煙が吹き出た。
そして、タイミングよく到着したウェイター。
「ほ、ほら! 料理きたよ!!」
指差す腕がプルプルと震えている。
自信家なのか恥ずかしがり屋なのか分からんな。
銀色のワゴンに乗せられた、たくさんの料理が運ばれてきた。
こんがり焼けた照りの美しいチキンに、湯気立つ金色のスープ。
ボウルに盛られた赤や緑にツヤツヤに煌めく新鮮な野菜と、鉄板上で焼ける音と共に鼻を撫でるバターの香りを漂わせる厚切りのステーキ。
実に様々な料理が所狭しと並べられた。
「うわぁ〜! いい匂い〜♪ どれも美味しそう♪」
「全部食うのか?」
「当然っ! あ、カインはちゃんと自分の分は自分で頼んでね」
これ、全部お前用だったのか・・・。
さっきまでの緊張感が嘘のように幸せそうな顔で熱々の料理を頬張るロザリア。
そんな彼女の健気な笑顔に救われるように、束の間の安らぎを噛み締めていた。
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