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第4話 天使の加護

 

 地下百階まで一気に急降下し、ふわりと地面に着地する。


 ジメジメと湿った空気と、纏わりつくような陰湿な雰囲気が一段と濃くなっている。


「し、死ぬかと思いました・・・」

「これくらいで死ねれば楽なんだがな」

「ステータス外れ値のあなたに言われるとなんだか自分が惨めに思えてきますね」


 辺りを見回すと、目の前に坑道の一本道が奥へと続いていた。


 壁の灯りが申し訳なさそうに木で舗装された地面を照らしている。


「この先に例の宝があるようだな」

「探索魔法でそこまで分かっちゃうなんて凄いですね」

「ちなみにボスらしき大型の魔物が守っているみたいだから戦闘準備しておけよ」

「じー・・・」


 何だその勘繰った目は。


「あなたは本当に人間ですか?」

「まだ一応な」


 自分が自分じゃない感覚っていうのもなくはない。


 というより、何度もループすることで世界との距離が遠くなった気がするのは確かだ。


 段々と孤独になっていくような。


 時間の逆行という禁忌の中を泳いでいるんだ。


 これ以上繰り返したらそれこそ人間をやめることになるかもしれない。


 いや、その前に代償により俺の存在が消え去る方が先か。


 だからこそ今回で終わらせなきゃいけない。


「あ〜あ。本当にあなたに私が必要なのか疑わしくなってきました」

「それ、本気で言ってたのか」

「それはそうですよ。教会であなたを見た時、バリバリッときたんですから」

「・・・痛そうだな」


 こいつみたいに思い込みが激しければある意味幸せかもしれない。


 そんな思いを抱きながら、肩を落とすカルマナと肩を並べ奥へと進んでいく。


「何だかジメジメしてますね。大司教に相応しくない環境だと思います」

「無理しないで帰ってもいいんだぞ。ちょうど面倒だと思っていたところだ」

「それはダメですっ! ここのお宝は超貴重なものなんです! たぶん」

「そのお宝とやらはどんなものなんだ?」

「私も知りません」


 ・・・こいつ。


「お前な。無駄な時間を費やすほど俺は暇じゃないんだぞ」

「まあまあ、そう言わずに。私といると癒されますよね? 温かい気持ちになりますよね?」

「・・・・・」

「ほら、あなたには私が必要なんです♪」


 何も言っていないだろう。


 どういう話の流れでそうなるんだ。


「それに、あなたを見ていると何だか危なっかしいんですよね。放っておけないと言いますか」

「誰目線だよ」

「そうですねぇ。目の離せないやんちゃな子供に苦労する母親の気分です」

「余計なお世話だ」


 突如、重い重圧と異様な威圧感を察知し足を止めた。


 岩・・・?


 薄暗い奥に目を凝らすと、所々に苔の生えた大きなものが、非常にゆっくりと膨んでは縮む動きを繰り返していた。


 それは、洞窟内を覆い尽くすほど巨大なドラゴンの呼吸だった。


 じっと見つめるその蛇のような大きな瞳に悪寒が走る。


 そしてその膨縮が止まった次の瞬間、


『グオオオオオ!!』


 洞窟内に響き渡る咆哮と共にのしかかる重圧が一層激しくなった。


 目の前で光が発した瞬間、ドラゴンの口から激しい炎の塊が放出された。


 咄嗟にカルマナの手を引き炎を躱す。


「誰が危なっかしいって?」

「な、なかなかやりますね。私だって気付いてましたけどっ」


 意地っ張りなやつだ。


 ・・・こいつは、アースドラゴンか。


 体の至る所に生えた苔や植物が、長きに渡りこの場を守護してきたことを物語っている。


 翼を大きく広げ、大きな咆哮を上げると地響きのように周囲を震わせた。


 ずっと感じていた湿った空気の正体はこいつだったようだ。


「離れていろ。うろちょろされても邪魔だ」

「何ですかその言い方! 私だってそれなりに」


 話を遮るようにドラゴンが尻尾を振り下ろすと、土が吹き飛び地面が大きく抉られた。


 高速移動し難なく攻撃を回避する。


「ほら見ろ。お前が反抗するから」

「私のせいですか!?」


 気付くと、カルマナは呆けた様子で口を開け、ドラゴンの方に視線を送っていた。


「え? あの距離を一瞬で・・・?」


 つぶらな瞳をパチクリさせ俺とドラゴンを見比べるカルマナをそっと降ろした。


「少しでいいから大人しくしていてくれ。身の安全を保証できない」


 左脚のつまみを巻き直す。


「さて。さっさと済ませるか」


 一息つき、瞬時にドラゴンの懐に滑り込むと同時に、鋭い爪が振り下ろされた。


 この巨体でこの反応速度。


 野生の勘というやつか。面白い。


 手で受け止めると同時に地面に大きくヒビが入った。


 左脚が軋む。


 魔力供給こそ俺に依存するとはいえ、高い金払って職人に作らせたんだ。


 これくらい耐えてくれないと困るぞ。


 ドラゴンの爪を弾き返す。


『グオオオオオ!!』


 ドラゴンの吐いた激しい炎が俺の体を包み込む。


 そのあまりの高温に、周囲の岩がゆっくりと溶け出した。


「ふむ。残念だが、俺を燃やし尽くすには火力が足りないな」


 身を包み込む激しい炎の中、インビシブルに水色の弾丸を装填する。


「『水泡弾(アクア・バレット)』」


 発砲した瞬間、そこに川が現れたかのような大量の水が前方に押し寄せ、爆発のような破裂音と共に炎が一瞬にして消え去った。


 黒煙と焦げついた匂いが周囲に充満する。


 視界の悪くなった状況を利用し、一気に距離を詰め、岩のように大きなアースドラゴンの前脚の爪に触れる。


「さて。防御力の方はどうかな?」


 掴んだ爪を捻ると、パンを割くように付け根から剛腕が千切れ、激しく血飛沫を上げた。


 千切った腕を後ろに放り、狙いをドラゴンに定めた。


 炎に揺らめく視界の中、自動装填された黒銃インビシブルの引き金を引く。


 パァン・・・!!


 発砲した瞬間、短い断末魔と共にドラゴンの頭部は粉々に弾け飛んだ。


 よし。威力も問題ない。


 やはりもう普通の魔物では相手にならないか。


 ん・・・?


 ドラゴンの亡骸の後ろに小さく窪んだスペースを見つけると、奥でキラリと何かが光った。


 中を覗いてみると、天井からの地下水が漏れ滴っていた。


 長い年月をかけて蓄積し凝固した水の柱が細々とした棘のように突起しており、その頂点にネックレスのような輪が掛けられていた。


 まるで一粒の雫を模したような形状はとても美しく、自然が作り出した神秘に心を奪われる。


 何気なく視線を落とすと、窪みの脇に、ボロボロに朽ち果てた残骸が目に入った。


 これは、剣・・・なのか?


 ゆっくりと剣に手を伸ばし、蜘蛛の巣を払う。


 その瞬間、脳裏に見たことのない光景が洪水のように流れ込んできた。


 誰かが、戦っている・・・?


 すると、すぐに情景はすぐに移り変わった。


 今度は血だらけの女性の姿。いや、女の子か・・・?


 少女は折れた剣を握りしめ、何かを呟いている。


 そして、彼女はそのままゆっくりと目を閉じた。


 わけも分からず見つめていると、景色はいつの間にか元に戻っていた。


 気付くと、ボロボロの剣の柄を握りしめていた。


 何だ・・・。


 このどうしようもなく寂しい気持ちは。


 気付くと、自然と湧き出た気持ちは祈りへ変わり、役目を終えた剣に対し右手を添えていた。


「何してるんですか?」

「いや、何でもない」


 首を傾げるカルマナの目を盗み、こっそり剣を後ろに立てかけた。


「あぁ〜!! これですこれ!!」


 しまった。咄嗟に隠したのがバレたか。


 顔を上げると、カルマナの指は水柱のてっぺんを指差していた。


 なんだそっちか。


「もしかして、それが探していたものか?」

「はい! 『天使の加護』です!」


 天使の加護ね。


 いかにもご利益がありそうな名前だ。


 確かに神秘的でありながら、どこか切なさを感じさせる独特の雰囲気がある。


「はぁ〜。惚れ惚れする美しさですねぇ〜。私にピッタリですね」

「煩悩に塗れすぎだろ。本当に司教か?」

「これは女子の本能なんですぅー! 抗えないんですぅー!」


 それを律するのがお前の仕事じゃないのか。


「そういえばお前、魔物を見ても何とも思わないんだな。もっとこう、取り乱すと思っていたんだが」

「それはそうですよ。あんな能力値を見て不安になる方がおかしいです。ま、どうしてもと言うなら私が代わってあげても良かったんですけどね」


 震える腕で聖剣を持ち上げるその姿を見て、任せようと思う奴が果たして何人いるだろうか。


「終わった後なら何とでも言えるからな」

「私は本気でしたよ! 私はやればできる子なんです!」

「分かった分かった。とにかく目的は果たしたんだ。早く戻るぞ」

「むぅ。信じていませんね? それなら次は私が・・・」


 これ以上話していても埒が明かない。


 義足のつまみを締め直し、むくれるカルマナを軽く抱える。


 突如発した眩い光りに目を細めたその時、白い風景の中に立たされていた。


 振り向くと、先の少女が立っており、うっすらとこちらに微笑みかけていた。


『ありがとう』


 そう言われた気がした。


「どうかしましたか?」


 カルマナの声で我に返る。


「喋ると舌噛むぞ」

「ひゃあっ?!」


 必死に目を瞑るカルマナを抱いたまま超速で跳躍し、一気に地上まで飛んでいく。


 軽やかに地面に着地しカルマナを降ろした。


「カインさんて本当に人間離れしてますよねぇ。道理でお友達がいないわけです」


 余計なお世話だ。


「あまり適当なこと言ってると置いていくからな」

「わっ?! ごめんなさい! いくら本当のことでも言って良い事と悪い事がありますよね!」


 フォローになっていると思っているのかこいつは・・・。


 やはり一人で旅した方がマシかも知れない。


 そんなことを考えていたら後ろから微かに泣き声が聞こえてきた。


「うわぁ〜ん! 早いですよぅ! こんな暗いところに置いていかないで〜!」


 ふと振り返ると、カルマナがフラフラになりながら必死に追いかけて来ていた。


 大量の涙が滴り落ち、かなり酷い顔になっている。


 いつの間にか早足になっていたようだ。


 高すぎる能力値というのも結構不便だな。


 一般人の身体能力に合わせるのも一苦労だ。


「うぇ〜ん。もう言わないから独りにしないで〜」


 頬を真っ赤にして泣きじゃくっている。


「悪かった。そんなつもりはなかった」

「ゔぇ〜ん。ごめんなさい〜」


 裾を掴む手にも相当力が入っている。


 本当に怖かったんだな。


「もう離れたりしないから。泣くのを止めてくれないか」

「・・・ほんとうですか? もう置いてけぼりにしない?」

「ああ」


 その言葉に安心したのか、カルマナは涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま微笑んだ。


 そんな彼女の表情に心から安堵した。


 自分のことのように嬉しさが込み上げてくる。


 同時に、小さな針で刺されたように胸の奥が痛んだ。


 またか。


 何だこの気持ちは・・・。


 こいつと一緒にいることが、どうしてこんなに嬉しいのだろう。


 どうしてこいつが悲しむと胸が苦しくなるのだろう。


 ・・・考えても仕方ないか。


「落ち着いたか?」

「・・・はい。もう大丈夫です」


 ふう。とりあえず一件落着だな。


「さあ。ウルフスタンに戻ろう」

「はいっ!」


 まだ少し涙の跡が残る赤い頬のまま笑いかける彼女の健気な姿勢に、どこか救われた気持ちになっていた。

ここまで読んで下さりありがとうございます!


皆様の応援が、何よりの励みになります!


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また、読み進める途中でも構いませんので評価をしていただけると大変嬉しいです!


これからも、どうぞよろしくお願いします!



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