第36話 折れない心
「本気を出してよ。それとも、あなたにとっては私ですら本気を出すに値しない?」
「・・・お前を相手に手加減して勝てるような奴がいたとしたら、そいつがとっくに魔王を倒しているさ」
ロザリアの固有スキルは、必然的に相手のあらゆるスキルを封じる。
言い換えれば、ロザリアとまともにやり合うには、彼女を超える純粋な身体能力が必須だということだ。
大抵の人間にとって、スキル無しでロザリアの限界を大幅に超える能力値から繰り出される体術に耐え凌ぐのは至難の業だ。
そして、今の俺は普通の冒険者にも劣る。
「ふ〜ん。なら、どうして剣を使わないの?」
剣・・・?
何のことだ?
俺の武器はこの黒銃インビシブルただ一つ。
それ以外の武器なんて・・・。
「っ・・・!」
頭がっ・・・。
頭痛を誤魔化すように、咄嗟に持ち上げたインビシブルを発砲するが、容易く『グリムガウディ』に弾かれた。
「・・・甘く見ないで。あらゆる可能性は考えてる」
「やれやれ。好機だと思ったたんだがな」
体はすでに限界。
下手にスキルを見せるのは逆効果。
ならばもう、これに賭けるしかないか。
残していた最後の魔弾を取り出す。
反動の大きいリスクのある弾丸だが、背に腹はかえられない。
どの道、負けてしまえば全てを失う。
今更恐れるものなんてない。
覚悟を決め、深く息を吐く。
「『狂乱弾』」
濃いオレンジ色に包まれた弾丸を装填し、自身の右胸部を撃ち抜いた。
血流が一気に加速し体温が急激に上昇する。
同時に筋肉が肥大。
枯渇した魔力を強制的に搾り出し、一気に義肢の魔力回路へ流し込む。
乾いた破裂音と共に赤い電撃がスパークし、俺の周りを縦横無尽に駆け巡る。
「オオオオオオオオ!!!!」
血のように赤く染まる視界で、剣を構えるロザリアの姿を捉えた。
大きく大地を蹴り、一瞬にしてロザリアの懐に潜り込んだ。
脅威的な早さが生み出す強烈な正拳が空気を割る。
「うっ・・・!?」
ガードしたロザリアを紙切れのように吹き飛ばし、遥か後方の壁に激突させた。
土煙でロザリアの姿を見失っても、限界まで研ぎ澄まされた五感が彼女の居場所を瞬時に特定した。
勢いを緩めることなく煙に飛び込み、鋭い膝蹴りで追い討ちをかける。
飛び退くロザリアの足を掴み、鞭を振るように回転させ、その体を思い切り地面に叩きつけた。
「か、はっ・・・!」
そのまま上空に飛び上がり、両手を結ぶ。
体を大きく反らせ全身のバネを利用することで力を溜め、大の字に倒れるロザリアに向かい急降下し、結んだ両手をハンマーの如く振り下ろした。
ロザリアは咄嗟に『グリムガウディ』で受け止めた。
発生した衝撃により地面が地割れのように大きくひび割れ陥没し、俺とロザリアを飲み込んでいく。
「ああああああああっ!!!!」
ロザリアの渾身の一振りが俺の体を弾き飛ばす。
「オオオオオオオッ!!!!」
咆哮をあげ突撃を仕掛けた時、ドロっとした赤い液体のようなものが視界をさらに赤く染めた。
その瞬間、目の前で噴水のように激しい血飛沫が上がった。
体の至る所に切れ目が入ると同時に、体の内側で筋繊維の千切れる音が聞こえた。
飛び出した俺の体は、いつの間にか停止していた。
限界を迎えたサインだったーーー。
「カインーーーー!!!!!」
意識が正常に戻ったとき、俺の目に飛び込んできたのは、宙を舞い一閃を放つロザリアの姿だった。
対処できるはずもなく、衝撃波をまともに受けた体が壁に激しく衝突する。
「ガハッ・・・!!」
次の・・・。
次の、攻撃に備えなければ・・・。
鉛のように重たい体を持ち上げ前を見据えると、ロザリアは鞘にしまった聖剣の柄を握り、ゆっくりと身構えた。
「私は、あなたの背中を追いかけてここまで来られた。あなたのその圧倒的な強さがあったからこそ、私は強くなれた。あなたには本当に感謝しているの。誰がなんて言おうと、あなたは私の誇り。それだけは変わらない」
お前が強くなったと言うのなら、それはお前自身が成し遂げたことだ。
俺がいようといまいと、きっとお前は同じ強さを手に入れていたはずだ。
何度ループを繰り返しても、何度会話をしても、お前の信念が曲がることは一度もなかった。
俺は、そんな変わらない強さを持つお前を救いたいんだ。
たとえ誤解されたとしても。
たとえ怒らせてしまうとしても。
失望させてしまうとしても・・・。
「負けを認めてカイン。そうすれば、ここで終わりにする」
「・・・それは、出来ない相談だな」
「そう。どうしても認めないのね」
聖剣の柄を握ったまま、ロザリアは深く腰を落とした。
ロザリアの固有スキル。
先の『円熟』と、もう一つ。
『絶縁』。
神速の抜刀術から繰り出される空間ごと全てを断つ、神速の一閃。
大気もろとも切り裂くことで生まれる衝撃波は、歪みを埋めるように空気ごとあらゆるものを飲み込み、一瞬にして辺り一帯を虚無に変える。
普通、人は固有スキルを一つしか身に付けられない。
固有スキルを二つも習得している奴はロザリアを除いてこの世にいない。
これが、全ての能力値が限界値を超え、歴代勇者トップの能力値を有するロザリアの強さを支える根幹。
「今こそ、あなたを超える。『勇者』として。私自身のために」
目にも止まらぬ早さで抜刀された刀身から放たれた真白に輝く衝撃波が大気を切り裂き、凄まじい勢いで眼前に迫る。
捲れた地面や土砂が衝撃波に飲まれていく。
発生した荒ぶる風が生温かい追い風となり、まるで引き寄せるかのように俺の背中を押した。
ここまでか。
お前が殺されるのを目の当たりにするくらいなら、いっそ先に死んだ方が辛い思いをしないで済むのかもしれないな。
ひと足先に向こうで・・・。
瞳を閉じかけたそのとき、白い人影がふわりと俺の前に舞い降りた。
振り抜かれた輝く剣が、あの『絶縁』をいとも容易く相殺させた。
今までの彼女からは想像もできないくらい凛々しい姿。
「カル、マナ・・・?」
俺の搾り出すような声に振り向くと、彼女は優しく微笑んだ。
真っ赤な視界の中で咲き誇るその笑顔は、慈悲の奥に悲しみや寂しさを湛えているように見えたーーー。
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