第33話 信念の衝突
ロザリアの緋色の瞳がエレノアをまっすぐ見つめて離さない。
「ここにカインと名乗る男性が来ているはずです。彼に会わせてください」
「・・・ですから、先程からそのような人はいないと仰っています。お引き取りください」
対するエレノアは、勇者の放つ威厳にも、後ろのパーティメンバーからの圧力にも動じることなく、淡々と答える。
空気は張り詰め、緊張が高まっている。
「ヒュウ。俺たちを目の前にしてその落ち着き。あんた、只者じゃねぇな?」
「・・・答える義務はありません」
挑発するように躍り出るフリードを制し、ロザリアは続けた。
「王都ロックバスティオンに要請し、ガラクスタン王にも協力を仰ぎ、すでに調べはついています。彼は勇者に対する重大な侮辱行為を働きました。これ以上彼を擁護するのであれば、たとえこの国随一の貴族であっても身柄も拘束しなければならなくなりますよ。エレノア・デラクール卿」
ロザリアは涼しげな表情のまま一歩前に出る。
「やめてくださいロザリア様!」
ジュリエットはロザリアの前に立った。
「ジュリエットちゃん・・・? そう。デラクールの子だったのね」
ロザリアの静かに見つめる視線に圧倒されたジュリエットは、ごくりと唾を飲み込んだ。
ジュリエットはロザリアに憧れていると言っていた。
まだ幼い自分を対等に扱い、笑顔を向けてくれたと。
そんなジュリエットに対してあの表情。
ロザリアは本気だ。
「ロザリア様、一体どうしてこのような真似を? こんなの、勇者様のすることじゃありません」
「あのね、ジュリエットちゃん。カインという人がここにいるはずなの。私はどうしても彼に会わなくちゃいけないんだ」
精一杯穏やかに伝えようとしているが、優しい言葉と裏腹に声が低い。
言葉の裏に燃える怒りが滲み出ている。
声色こそ落ち着いているが、内心ではこれ以上擁護するなら容赦しないと決めているだろう。
「だからね、ジュリエットちゃんも協力してくれないかな? これはとっても大事なことなんだ」
ジュリエットはキッパリと首を横に振った。
「お師匠様を裏切るようなことは絶対にしません」
「お師匠様?」
「お師匠様は私を。私たち家族を救ってくれました。やり直すきっかけを与えてくれました。だから、私はお師匠様の想いに応えたい。応えると決めたんです。たとえロザリア様のお願いだとしても、受け入れることはできません」
ロザリアは、ひどく悲しそうな顔でエレノアに向き直った。
「無礼は承知の上で、中を調べさせていただきます」
さらに一歩踏み出すロザリア。
「・・・これ以上侵入するというのなら、我が邪剣をその喉元に突きつけなくてはなりませんが」
ジュリエットを守るようにエレノアが立ちはだかった。
「勇者たるもの、一般人に剣を向けることなどしたくないのですが、どうしても協力していただけないのであれば致し方ありませんね」
ロザリアはゆっくりと聖剣『グリムガウディ』を引き抜いた。
目を見張るほど研ぎ澄まされた刀身は眩い光を放ち、その威厳と共に周囲を照らす。
「・・・ジュリー。私の後ろに」
エレノアが手をかざすと、異空間から禍々しい漆黒の細剣が姿を現した。
栄光を具現化したような輝きを放つ『グリムガウディ』と対照的に、真っ黒な翼を模した柄とその刀身は、地獄の底に鎮座する堕天使を連想させる。
異様な空気を察知した肩の黒猫が飛び降りた。
「暗黒騎士。それもマスタークラス。私の属性とはちょっと相性悪いな」
このままおとなしく帰ってくれればと思っていたが、無駄な期待だったようだ。
これ以上はデラクール邸が消し飛びかねない。
限界だな。
「あ! カインさん!!」
カルマナの声に押されるようにロザリアの元へ歩いていく。
「名誉ある救世の剣を人、それも一般人に向けるとは余程追い詰められているようだな」
「カイン・・・」
「久しぶりだなロザリア。その無能たちを引き連れているところを見ると、未だオトモダチごっこを卒業できていないのか」
その瞬間、俺を見据えるロザリアの視線が敵に対するものへと変わった。
「仲間を裏切ったあなたには関係ないことよ。そんなことより、今のあなたが置かれている状況を分かってるの?」
「ドルガリスのエルドリックは勇者でもない俺が宝玉を集めて回っていることが気に入らないはずだ。さしずめ、勇者パーティを抜け独断で勝手な行動をする俺を捕まえるためにお前を派遣した、といったところだろ。つくづく下らない瑣末なことを気にする連中だ。過程はどうであれ、結果的に魔王の脅威を取り除くことが肝要だというのに」
行動の信憑性を示すため、三つの宝玉をロザリアに見せた。
「あなたの行為は勇者に対する冒涜。あなたは今や世界中で犯罪者扱いされてるようなものなんだよ。勇者とその使命を侮辱する不敬な輩だと。下手したら、あなたを捕まえるためにエテルヌス教まで本腰入れて各国と協力し動き出しかねない」
好き勝手言ってくれる。
所詮、国もエテルヌス教も勇者の影に隠れ、犠牲になっていく彼女らを見ていることしかできなかった腑抜けた奴らの生き残りだ。
そんな腰抜けどもに初めから何も期待しちゃいない。
魔王討伐を掲げ立ちあがろうともしない奴らには、勇者はもちろん、俺の気持ちすら理解できないだろう。
俺からすれば、勇者を過剰に奉るこの世界の空気の方がはるかに歪だ。
俺には、勇者の使命を神格化しているこの現状が、まるで面倒事を全て勇者に押し付けているように見えてならない。
そうすることで、人々は自分たちが命を懸けなければならない苦行から逃げている。
そんな奴らの一時の安寧のためにロザリアが犠牲になることは、この俺が断じて認めない。
たとえ、この世界の全てを敵に回したとしてもだ。
「不敬、か。魔王さえ倒せば大衆の目などすぐに変わるさ。無論、何百年も勇者様にすがることしかできなかった王族も、エテルヌス教もな」
とはいえ、これだけ長い間積み上げてきたしきたりを覆されるのは、奴らにとって好ましくないものに映るかもしれないということは考慮している。
だが、国家や宗教団体とはいえ魔王討伐に懸ける想いというものは本物だ。
褒め称えられることはないにしても、不敬な扱いを受ける確率は高くないはず。
それでもなお認めないというのなら、そんな世界などこちらから願い下げだ。
その時は一人で生きていく。
「私たち勇者の血を引く者は代々魔王討伐の使命を負っている。それは世界の意思であり、私の意思。エルドリック王も私も悲しい気持ちはあれど、あなたが勇者を名乗っていたことに対してとやかく言うつもりはないの」
ロザリアは俺たちに向けた聖剣『グリムガウディ』の柄を握り直す。
「あなたは本気で魔王を討伐しようとしている。それは手中に収める宝玉を見ても明らか。けれど、あなたからは私を。私たちを出し抜こうとする意思を感じるの。私の想いを知りながら・・・。あなたの考えていることが分からない。それは、仲間を裏切ってまですることなの? その行動の果てに何があるの?」
お前に、それを言われる俺の気持ちが理解できるのか?
全てを分かってくれとは言わない。
ただ、それでもお前にだけは信じていて欲しかった。
決して揺るがない、この想いだけは・・・。
「つまり、もとよりお前は俺を信じていないわけだ。お前のその言葉こそ、仲間を裏切っているんじゃないのか?」
「そ、それはっ・・・!」
「それとも、勇者でもない俺のようなただの一般人に先を越されるのがそんなに不愉快か? それほど勇者としての威厳が大事か? だとするなら、勇者様の器とやらも程度が知れるな」
「違うよ! そんなこと思ってない!」
「どうかな。もし仮に俺が魔王討伐に成功したら、勇者様の立場はあったものじゃないからな。これだけ長い年月をかけて人々が信じてきたものが覆るんだ。下手したら今度はお前が世界中から批判されかねない。そうなれば勇者を盾に栄華を築いた王家もエテルヌス教も、内心気が気じゃないだろうしな」
ロザリアの今にも泣き出しそうなほど悲し気な視線が突き刺さる。
想いと正反対の言動に、自分で自分の首を締め付けているように息苦しい。
「どうして? どうしてそんなこと言うの? あなたは、私の想いを知っているはずでしょ? 私が、どんな想いで魔王討伐に臨んでいるのか知っているはずでしょ・・・?」
・・・知っているさ。
お前の気持ちも。覚悟も。母親に対する想いも。
痛いほどに。
勇者として使命を全うしようとするその勇気や恐怖も。
その背中に背負う重圧の重みも。
何もかも。
だからこそ、あの時お前を護ると心に決めた。
でも、無理なんだ。
俺がお前の側を離れない限り、お前は助からないんだ。
何度も目の前で死にゆくお前を見るのがあまりにも辛いんだ。
そんなの、耐えられるわけがないだろ。
この世で最も愛する人が自分のせいで死んでしまう、そんな残酷な真実なんて。
それが、どれほどこの心を深く抉るか、お前に分かるはずがないだろ。
だから、俺がやるしかないんだ。
たとえお前を突き放してでも・・・。
「全て理解した上で言っている。お前たちはでは魔王は倒せない。譲るつもりもない。絶対にな」
「・・・・・・本気、なんだね」
「冗談でパーティを抜けると思うか?」
「・・・・・・・」
ロザリアはゆっくりと聖剣を鞘に収めた。
「あなたに決闘を申し込みます。一対一の真剣勝負。勝った方が宝玉を手にする。どうかしら?」
どこまでも真っ直ぐな真紅の瞳には、強い信念が宿っている。
「却下だな。俺が勝ったところでメリットがない」
負けたらデメリットどころではないしな。
「あなたが勝てば、これ以上追いかけるような真似はしない。私から王へ取り繕ってあなたを追跡させないようにする。そして、私たちがあなたと関わることも二度とない」
こうなることも織り込み済みでの発言ということか。
驚くほど気持ちにブレがない。
まったく・・・。
呆れるくらい強いその正義感に敬意を表するよ。
お前は、間違いなく歴代最強の勇者だ。
弁明はロザリアに勝利し、魔王を討伐した後でどうにでもなる。
選択の余地はない、か。
「分かった。受けて立つ」
一瞬、ロザリアの表情が柔らかくなったように見えた。
まるで出会った時のような、俺を信じて疑わないやさしい微笑み。
「二時間後、コロシアムで会いましょう」
コロシアムか。
まさか、こんな形で帰ってくるとはな。
だが、この町で戦うというのなら、あそこ以上に相応しい場所などない。
ロザリアのことだ。
恐らく、見せ物にするつもりはなく、そして被害者を出さないためにも会場には関係者以外立ち入らせないだろう。
心置きなくやれるというわけだ。
「いいだろう」
そう伝えると、彼女は仲間と共に踵を返した。
夕日に照らされ、オレンジ色に染まる彼女の背中を見つめる。
その柔らかな日差しは、彼女自身が抱く不安や切なさを癒しそっと受け止めているように思えた。
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