第32話 刻み始める刻と予期せぬ邂逅
「ここが私の家です」
見上げるほどの、城のような巨大な門が聳え立っている。
網模様の大きな門から覗く庭は色鮮やかな植物たちで彩られ、地面には青々とした芝が広がっている。
日に照らされた朝露がキラキラと花々を輝かせる様は、まるで天上の楽園に朝を告げているようだ。
「ほわぁ〜。すごいお家ですねぇ」
「そうですか? 普通だと思いますけど」
ジュリエットは不思議そうに首を傾げている。
彼女はとても清楚だが、たまに世間知らずな一面を見せることがある。
そして、今回も遺憾なく発揮された。
しかし、これはまたとんでもない大豪邸だ。
ロザリアの家といい勝負だな。
ジュリエットは静かに門を開け中へ入り、俺たちも後に続いた。
「ジュリエットです。ただいま帰りました」
すると、花の水やりをしていた執事がジョウロを置き、駆け足でやってきた。
後ろに流す白髪はしっかり整えられており、年齢を感じさせない清々しさがある。
「お嬢様! よくぞご無事で。この老ぼれ、ずっとその身を案じていました」
「ありがとう。心配かけてしまってごめんなさい、爺や」
「ライオネル様はご一緒では?」
ジュリエットは執事に静かに懐中時計を見せる。
「大変失礼致しました」
執事は一歩下がり深く頭を下げた。
「良いのです。それより、お母様はどちらでしょう?」
「中においでです」
「ありがとう」
彼女の後に続き木々のアーチを潜り抜けると、赤い煉瓦調の大きな建物が目に入った。
恐らくここが家なんだろうが、とてつもなく大きく、とてもそうは見えない。
中へ入ると、エントランスのように開けた空間の端に綺麗な曲線を描いた階段が伸びていた。
階段を見下ろすように大きな一枚絵が壁に掛けられている。
晴天の下に青々とした草原が風に吹かれる様子は開放感があり、草のタッチには一本一本に丸みや柔らかさが感じられ、今この瞬間にもそよ風が吹いているように感じられた。
ふと階段の中段へ目をやると、黒いロングドレスを着た物静かな女性がこちらを見下ろしていた。
肩には小柄な黒猫が乗っている。
「ただいま戻りました。エレノアお母様」
ジュリエットがお辞儀をすると、エレノアはゆっくりと優雅に階段を降り彼女の前に立った。
細く赤いリボンが長い黒髪を纏め、覗く金色の瞳がミステリアスな印象を与える。
顔の輪郭や目つきまでジュリエットと瓜二つだ。
そして彼女の持つ特異な雰囲気。
一目見ただけで彼女の実力が理解できた。
一切無駄がなく足音のしない洗練された身のこなしだけでなく、その動きを見ていながら気配が全く感じ取れなかった。
とてもハイヒールを履いた状態で階段を降りてきたとは思えない。
なるほど。
ジュリエットの素質は母親譲りというわけか。
「・・・・・・・」
「お母様?」
エレノアは黙ったまま虚を見つめている。
「あの、あなたがジュリエットさんのお母様ですか?」
カルマナの呼びかけにも返事をしない。
まるで聞こえていないかのように黙ったままだ。
肩の黒猫は呑気にあくびをしている。
しばらくして我に返ったエレノアは恥ずかしそうに口に手を当てた。
「・・・ごめんなさい」
声が小さい。
そして聞き取りにくい。
「お帰りなさい。ジュリー」
ジュリエットは呆れたように深いため息をついた。
「お母様のことですから、お客様の前でいい顔しようとしたんでしょう? いきなり呼んだこともない愛称で呼ばないでください」
「だって、お友達に仲のいいところアピールしたかったから」
「慣れないことしないでください。気持ち悪いので」
心無い一言に、エレノアは元々乏しい表情にさらに影を落とした。
娘に愛称を拒まれたのが相当ショックのようだ。
「なかなか返事をしないと思ったら、そんな下らないことを妄想していたんですか」
「・・・ジュリーは、私の宝物だから」
エレノアの一言にジュリエットの目つきが変わった。
「『漆黒の翼』に加入させて、汚い仕事をさせてたのに?」
「・・・そ、それは」
「本当に愛しているなら、どうして娘を闇組織に入れたりしたんですか? いいえ、そもそもどうして『煌玉殿』で働くという名誉な仕事をしていながら裏社会と繋がっていたんですか?」
エレノアは胸の前で固く手を結んでいる。
「・・・ジュリーには信じてもらえないかもしれないけれど、裏社会と繋がったことには理由があるの。だから・・・」
「娘に人を殺めさせようとしたんですよ?! この手を汚させようとしたんですよ?! 今更愛してるような素振りを見せられて、納得できるはずがないでしょ?!」
ジュリエットは声を荒げ、その息は激しくなっていた。
「ジュリエットさん、そのことは・・・」
補足しようとするカルマナの肩を叩く。
「俺たちが口を挟むことじゃない」
赤の他人に言われて納得できるほど単純な話じゃない。
こればかりは家族で話し合うしかないが・・・。
「ジュリエット。喧嘩するためにここに帰ってきたわけではないはずだぞ」
「それは・・・」
年端もいかない少女が、こうして自分の問題に真正面からぶつかっていること自体が、何より成長している証と言える。
それだけでもこの子の精神力の強さを十分感じ取れる。
「俺たちはいくらでも待つ。ゆっくり話し合うといい」
「お師匠様・・・」
ようやくジュリエットの目つきは穏やかになり、静かに頷いた。
「聞かせてお母様。私のことを。デラクール家のことを」
「・・・ジュリー」
「納得できるか分からないけど、話はちゃんと聞きます。全てはその後で、私自身で決めます」
そっと二人を残し、俺たちは別の部屋に案内された。
「ジュリエットさん、お母様と仲良くなれるといいですけど・・・」
カルマナは神妙な顔をしたまま両手を合わせ、テーブルの上の果物に手を伸ばした。
「こればかりはあいつが自分自身で越えなきゃいけない問題だからな。どうなるかは俺たちには分からない」
「その割には落ち着いた顔をしていますね?」
「これくらい、あいつなら乗り越えられる。お前は心配しすぎだ。信じて待つのも友の役目だろ」
しかし、デラクール邸に着いてから感じるこの妙な焦燥感は一体なんだ?
カルマナには偉そうに言っておきながら、内心焦っているのだろうか。
「カインさんて不思議ですよね。本当、たまに良いこと言います。いつも無愛想なのに」
すると、カルマナは閃いたように手を叩いた。
「あ、私と一緒にいるからですね。大司教のさまのありがたい話を毎日聞いていますもんね〜。私としたことが肝心なことを見落としていました」
「言っておくが、お前の話をありがたく思ったことはないからな」
「んなっ?! この私の話を聞いて何も響かないというのですか?! 悪魔です! あなたの心は悪魔に侵食されています!」
やれやれ。
その無駄にポジティブな根拠を聞かせてほしいものだ。
「・・・まあ、お前の言葉に支えられたことがあるのは否定しない」
カルマナは指についた果汁を舐め取りながら、得意気な視線を送ってきた。
「でしょう? 私の力の偉大さに気付いたあなたの心はとても清らかです。賢しいですよ」
俺の心は悪魔に侵食されているんじゃなかったのか?
というか、人様の家に上がり込んで出されたものを当たり前のように頬張る今のお前の行為そのものが悪魔だ。
「ジュリエットさん、遅いですね。話が並行しているのでしょうか」
「長い間積もり積もった両親の不器用さが生んだ誤解だ。簡単にはいかないさ」
その時、ドアをノックする音が響いた。
「お待たせして申し訳ございませんでした」
静かに部屋に入るジュリエットの表情は穏やかだ。
「今日は泊まっていってください」
「わあっ?!」
いつの間にか後ろに立っていたエレノアに、カルマナは勢いよく飛び上がった。
かくいう俺も、一瞬体がこわばった。
「お母様・・・。その気配を消して近づく癖、何とかならないのですか?」
「せっかくだから、お友達を驚かせたくて」
自覚あるんだな。あと、何がせっかくなんだ?
それよりも、さっきまでの殺伐とした雰囲気がすっかり消えている。
どうやらちゃんと和解できたようだな。
「あら? ジュリエットさん、その懐中時計」
「お母様が磨いてくださいました。止まっていた時計も直してくれたんです」
ジュリエットは首に掛けた懐中時計を嬉しそうに宙で踊らせている。
「良かったのですか? あの時間が示していたのは・・・」
「はい。あの針は私が生まれた時間で止まっていたもので、とても大きな意味を持つものでした。お父様の想いが込められていた、私にとって大切な啓示でした」
時計を見つめる眼差しは、小さな子供に向けられたように優しく、どこまでも落ち着いている。
「でも、私はお父様とお母様の想いを受け取って、今この時を生きています。二人の想いに応えるためにも、私は私の時間を精一杯歩むと決めました。だから、この子にはこれからちゃんと時を刻んで欲しいと思ったんです」
そして、彼女は咲き誇る薔薇のように、優雅に美しく微笑んだ。
「そうすれば、お父様も安心して私を見守ってくれるかなって」
なんて真っ直ぐで、澄んだ瞳だ。
心の迷いは一切感じられない強い決意を秘めた瞳。
「いい表情をするようになったな」
「ふふっ! お師匠様とカルマナ様のおかげです!」
気付くと、エレノアは静かに俺の左腕を指差していた。
「・・・ジュリーから聞いています。明日、装具屋に案内しましょう」
「いいのか?」
「あなたたちは、ジュリーのお友達だから」
突然、温かい雰囲気を壊すようにドアが強くノックされた。
すると、返事をする前に執事が慌てて部屋に入ってきた。
やや息が上がっている。何かあったのだろうか。
「お話中のところ誠に申し訳ございません。来客のようです」
「こんな時間に人を招く予定はなかったはずですが」
「いかがなさいますか」
「・・・通してください。すぐに向かいますので」
執事が急いで出ていくと、エレノアもその後に続いた。
「お二人とも慌ててどうしたのでしょう?」
「さあな。想定外のことのようだが・・・」
まさか、ジュリエットを奴隷にしようと王家の奴らが?
いや、この国は貴族を優遇している。それはない。
だが、さっきよりも強く感じるこの焦燥感は一体・・・。
「どうしますか?」
「行ってみよう」
よく分からないままエレノアの後を追いエントランスへ向かうと、誰かが言い争っている声が聞こえた。
近づく度に心の底に湧き上がる焦燥感が強くなっていく。
まるで、何かを警告するかのように心臓が強く鼓動する。
エントランスに着いた時、目の前に飛び込んできた人物に心臓が強く鼓動を打った。
そして、焦燥感の原因が明らかになった。
太陽のように輝くブロンドの髪と、燃えるような真っ赤な瞳。
彼女のもう一つの顔である聖剣『グリムガウディ』を携え威風堂々と立つその姿は、誰もが人種の違いを感じずにはいられない圧倒的な存在感を放つ。
歴代最強と謳われる『勇者』。
その正体は、あの時断ち切った俺の想い人、ロザリアだった。
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